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49話 ベル子がYouTuberになったわけ 3









 DAY2、ラウンド3の終了後。俺たちは選手控え室で重くるしい空気に耐えながらポイント数の計算をしていた。

 カタカタとキーボードの音が控え室に響く。

 簡易的なテーブルをパイプ椅子に座って囲んでいる俺たちは、証言台に立つ容疑者のような気分でジルの結果発表を待っていた。


 ラウンド3の結果を端的に言えば、俺たちは最下位だった。

 ラウンド開始の出端で全滅したので当然と言えば当然。


 けれど俺たちには2位と大きく差を開けるほどのポイントの貯金があった。最下位だとしても次のラウンドでまぁまぁの結果を残せば問題なく予選突破できると思っていた……んだけど。


「俺たちの現在の順位は、4位。これまで2位あたりにつけていたチームや、cross flareがラウンド3で好成績を残したせいで、貯金は無くなった。次の予選最終ラウンド、1位を獲るくらいの気持ちじゃないと、予選突破は厳しいだろう」


 淡々とジルは事実を告げる。

 ベル子もそして俺も不調な状態で1位を獲る。

 どれほど難しい事かは想像に難くなかった。


「ごめんなさい……私のせいで……本当に、ごめんなさい……!」


 目尻に涙を溜めてうつむきながら呟くベル子。

 俺が彼女の立場なら同じようにしたかもしれない。事の重大さを理解しているからこそ、俺は彼女に対してどう声をかければ良いか分からずにいた。

 優しく声をかけるのも違うし責め立てるのも違う。

 今まで大きなピンチはあったけれど、なんだかんだで俺たちは勝利を収めてきた。

 けれど今回は違う。

 ただ負けたのではなく、味方同士足を引っ張りあって負けたのだ。

 実力で負けたのであれば気持ちの切り替えもできるし、次のラウンドでの対策も立てられるだろう。

 でも、今回のラウンドは反省点さえも曖昧。

 なぜベル子が足音を聞けなくなったのか、冷静じゃいられなくなったのか、それすらも分からない状態であり、軽々しく聞けない状況なのだ。


 初めて味わう。チームとしての挫折。


 リーダーとして情けない限りだけれど、ゲームに関してはこういう負け方をしたことが無い俺は本当にどうすればいいのかわからなかった。


「アンタだけのせいじゃないわよ。シンタローを不調にさせた私の責任でもあるし、アンタの不調に気付けなかったチーム全体の責任でもあるわ」


 ベル子の呟きに対して、奈月が珍しく優しげに声をかける。

 俺が不調なのはファンから貰ったチョコレートにちょっぴりお酒が入ってたせいなので、奈月のせいじゃないと思うんだけど、この空気でそれを指摘する気にはなれなかった。


「奈月の言う通りだベル子。誰しも調子の悪い時はあるし、思うように結果が残せない事だってある」


 ベル子はうなだれたまま、返事をしようとしなかった。


 世界大会出場の為、誰よりも努力していたのは、他の誰でもない、彼女だ。


 自分のミスでチームを瓦解させ、敗北の要因となってしまった。この事実を、誰よりも真面目で努力家の彼女が重く受け止めないはずがない。

 俺のせいで与えてしまったオーダーへのプレッシャーは計り知れないものだったろう。

 それに、試合前に見せた彼女の行動もストレスやプレッシャーを感じる要因だったのかもしれない。


「すみません、少しひとりになって冷静になろうと思います……」


 そう言いながら彼女は立ち上がる。

 次の試合開始まで2時間半ほど時間がある。

 1時間もあれば、ベル子なら自分の気持ちに決着をつけるだろう。


「わかった、何かあったら連絡してくれ」


 俺が彼女にそう告げると、彼女はコクリと頷いて控え室の扉を開いた。


「……ベル子、大丈夫だろうか……」


 ジルが心配そうな声をあげる。

 すると、奈月が反応した。


「大丈夫よ、アイツなんだかんだで強いから」


 ベル子はたしかに強い。

 メンタル面においては、ジルに次いで安定しているだろう。

 ……けれど、メンタル強いやつが決して立ち直りが早いとは言い難い。


 嫌な予感がまた、脳裏を、薄い靄のように包んでいく。


「……ちょっとトイレに行ってくる」

「私も」

「俺もだ」


 ベル子が部屋を出て少し経ったあと、図らずとも全員まったく同じタイミングで席を立つ。


 どうやらみんな考えることは同じらしい。


 嫌な予感に蓋をして、俺は酔いをさますためにペットボトルの水を勢いよく飲み干した。







* * *





 



 重たい足を引きずって、私は会場から少し離れた女子トイレに篭っていた。

 大きな鏡の前で、自分の顔を見る。


「ヒドイ顔……」


 目には大きなクマがあり、丁寧にしたお化粧も汗でところどころ色あせている。

 登録者100万人をゆうに超えるYouTuberの顔とは思えないほど覇気がなく、憔悴しきった顔だ。


「……」


 自分の情けない姿を見ていると、瞳の奥の方からじわりじわりと涙が溢れてくる。

 本当に情けない。

 奈月さんも、ジルも、あのタロイモくんだって私に期待してくれていたのに、その期待を裏切るどころか、私のムーブのせいで最悪の結果を招いてしまった。


 音を聞くことが、私の最大の武器であり、それしかできない生命線だったのに今やそれすらもままならなくなってしまった。


 索敵ができない私は誰からも必要とされないだろう。

 チームからも、視聴者からも、ただの下手なプレイヤーとして扱われる。

 このままじゃ、動画の再生数だって低迷するし、何より今大会、先ほどの試合の動画が出回れば私は死ぬほど叩かれるだろう。


 何度考えても、自分がとんでもないことをしでかしてしまったという事実しか結論として出てこなかった。


「それも……これも……全部……全部…………もういっそ、あいつらが死んでしまえば……ッ!」


 試合前の出来事を思い出し、思いの丈を叫ぼうとした。

 けれどそれは突然の闖入者により、制止される。


「ベル子早まるなッ!」


 ここにいるはずのない人。

 RLR世界最強が、勢いよく私の腰にしがみついてきた。


「な……何やってるんですかタロイモくん……! ここ女子トイレですよ!?」

「そんなの関係ない! お前が死ぬとか馬鹿なことぬかすなら、俺はここで全裸になって社会的に死んでやるからなッ!」

「やめてください! さっきのはその……言葉の綾というやつです! 勢いで言っちゃっただけですから!!」

「お前がいないと俺はrulerにだって、cross flareにだって、grimeにだって勝てねぇんだぞ!」

「わかりました! わかりましたから離れてください!」


 鼻水と涙でぐちゃぐちゃになったタロイモくんをなんとか引き剥がす。私のユニフォームはタロイモくんの体液によってべとべとになっていた。

 一瞬ぶん殴ってやろうかと思ったけれど、私を心配してくれての行動だろうと察することができたので、なんとかこらえる。


「で、なんで私がここにいると分かったんですか?」

「ふつうにストーカーした」

「本当に社会的に殺されたいんですか?」

「仕方ないだろ、心配だったんだから」


 タロイモくんの情けない顔を見ていると、先ほどの鬱々とした気分は良い意味でも悪い意味でも吹き飛んでしまった。


「何か悩みがあるんだろ。言えよ」

「強いていうなら、女子トイレにまでついてきたストーカー男が今の悩みですね」

「茶化すな、全裸になって泣きわめくぞ」

「自分の社会的地位を人質にとるのやめた方がいいいですよ……?」

「ベル子は優しいからな、俺が社会的に死ぬようなことはしっかりと止めてくれるはずだ……はずだよな?」

「時と場合とお金によりますね」

「お前やっぱいい性格してるよ」


 けらけらと笑う彼は、少しうつむいて、ボソリと呟く。


「試合前の観客席で、何があったんだ?」

「……っ」


 不調になった原因を、的確につかれて、一瞬どもってしまう。


「あの時のベル子は、よくわからんけど、寂しそうだった……何かあったんだろ?」

「寂しくなんかありませんッ!」


 思わず、大きな声で反発してしまう。


 試合前の出来事を思い出す。


 あれさえなければ、私は平常心で試合に臨めたのに……私の心の弱さが、甘えが、心に大きな隙を生んでしまった。


「……私は別に寂しくなんか……」


 一人で生きると決めていたのに。

 一人で妹を守って、誰にも頼らず、生きると決めていたのに。



「お父さんとお母さんがいなくたって、私は一人で生きていけるんです……寂しくなんかないんです……っ!」



 言葉と一緒に、涙がこぼれ落ちそうになる。



 観客席に、多額の借金を残して消えたお父さんとお母さんに似た人がいた。



 たったそれだけの事で、足音が聞けなくなるほど手榴弾がまともに投げられなくなるほど私は大きく取り乱してしまった。


 とんでもない額の借金を残してどこかに消えた私たちの親。

 恨む気持ちはあっても会いたいという気持ちはまったくないはず。


 なのに、それなのにお父さんとお母さんかもしれないという期待にも似たような感情に支配された時、それを観客席にまで行って確かめずにはいられなかったのだ。


 さらに私は、観客席にいた夫妻が親ではないと知った時、ひどく落胆した。


 もう二度と会いたくないし会う機会もないと思っていたはずなのに、会えないと再認識するとどうしようもなく悲しい気持ちになってしまう。

 親を怨む気持ちと、親を求める気持ちが、私の中でせめぎ合って平常心ではいられなくなってしまう。


「そうか……」


 目の前にいた彼は、少し悲しそうに、相槌を打つ。


「ベル子はずっと、寂しかったんだな」


 彼は、否定したはずの言葉を、悲しそうに肯定する。



「……寂しくなんか………っ!」



 反論しようにも、言葉が上手く紡げない。


 本当は知っていた。


 何故、親がつくった借金を、わざわざ自分で返そうとしたのか。


 何故、露出が多く不安定なYouTuberという職業でお金を稼ごうとしたのか。


 何故、親戚に頼らず、妹と一緒に広いオンボロの家で二人暮らししているのか。


 全部、全部。



「親だもんな、嫌いになれるはずねぇよ」



 お父さんと、お母さんに、私を見つけてほしいから。


 お金目当てでもいい、帰ってきてほしいから。


 ただそれだけだったのだ。






 

長くなりすぎたのでここで一旦区切ります。

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