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48話 ベル子がYouTuberになったわけ 2









「足音が……聞こえない……っ!」


 ベル子の慌てふためく声が無線から聞こえる。

 砂漠マップという事もあって、索敵の距離をかなり伸ばして、ジルや奈月、ベル子のいる位置からおよそ800mほどの距離に俺はいた。

 ここからベル子達へのカバーに向かうまでかなり時間がかかる。


「ヘッドセットが壊れたのか!? USB抜き差ししたら治るかもしれんぞ!」


 ベル子にそう発言する。

 少しして、プツッという音が何度かして、ベル子が無線に復帰した。

 どうやら俺の声は聞こえるらしい。足音だけが聞こえないのなら、ヘッドセットの異常とは考えにくい。


「ヘッドセットは問題ないみたいです……けど、何故だか、足音だけが聞こえないんです……! 前ははっきり聞こえたのに、今は全然……なんで……っ!?」


 自分の最も得意な技術が使い物にならなくなったベル子は、声だけで慌てふためく様子が想像できるくらい、取り乱していた。

 俺はなるべく、落ち着いた声音で、声をかける。


「ベル子、落ち着け。すぐにカバーに行くから奈月とジルに指示を出すんだ。絶対になんとかなる」


 今の俺はエイムクソ雑魚だけれど、仮にも世界最強(トップランカー)。俺のアドバイスに従っておけばなんとかなるだろう。

 と、ベル子が勘違いしてくれれば僥倖(ぎょうこう)だ。

 不安という感情は、どのスポーツにおいても、選手のスキルを鈍らせる。

 その不安を払拭する為ならば、一時的でも根拠の無い自信に頼るべきだ。


「わ、わかりました……! 奈月さん、ジル、とりあえず私の方まで寄ってきてください!」


 いつものペースかはわからないけれど、とりあえずパニックから脱したベル子は、奈月達にオーダーをだす。

 それでもまだ、足音は思うように聴けないらしく、敵の後ろをとるのに悪戦苦闘していた。


 ……もし仮に、本当にヘッドセットの異常ではないとしたら。


 考えられる要因はひとつ。


 ベル子は今、イップスと呼ばれる状態に陥っているのかもしれない。


 イップスとは、精神的原因などにより、スポーツなどの動作に支障をきたし、突然、自分の思い通りのプレーや意識ができなくなる症状のことだ。

 主に、野球やゴルフなど、動作が複雑なスポーツで多く見られる症状だが、電子競技であるe-sportsも、動きが複雑なスポーツという意味じゃ、例外では無い。


 今回の出来事を端的に言えば。

 ベル子のメンタル面に重度の負荷がかかって、いつものパフォーマンスを発揮できていない。

 ということになるだろう。


 イップスに関しては、治療法が本人のストレスの原因に依存する為、明確な治療法というものが確立されていない。

 大会は今日と明日。もし、本当にベル子がイップスであれば、今大会中に索敵能力を回復させるのはほぼ不可能といっていいだろう。


 ベル子がスカウトとしての能力を失う。それはつまり、俺たちの火力の大幅ダウンを意味する。

 ベル子が居たことにより、俺、奈月、ジルのキル数、生存率は跳ね上がっていた。

 当たり前だ。敵の位置をセンチ単位で完璧に把握できるのだ。バトロワ系FPSにおいて、これほど重要なスキルは無い。

 俺がもし、俺のチームを相手にするなら、間違いなく一番先にベル子を狙うだろう。それほどまでに彼女は特殊で、且つ、強すぎるのだ。


 俺たちは、半ば反則クラスのスカウトの力を借りて、今の今まで無茶なムーブを繰り返してきた。本来ならば、角待ちやドア待ちを駆使してキルを稼ぐところを、敵に突撃して強引にねじ伏せてきたのだ。


 何度も言うように、俺たちのチームは、たったひとりでも欠ければ、大きく戦力ダウンする。


 現時点での状況は、俺はチームから離れていて、さらにエイムガバガバの役立たずで、ベル子は索敵できず、奈月とジルは複数の敵チームに囲まれた状態。

 無線だけ繋がった状態だとしても、結果は火を見るより明らかだった。


「ッ! すまん! 気絶とられた……!」


 ジルが悲痛な叫びをあげる。キルログにジルの気絶を示すメッセージが流れた。撃ち合い最強のジルクニフとはいえ、数的有利を取られれば負けることは必至、ジルの強みは一対一の撃ち合いにある。その状況を、オーダーが作り出せなかった時点で負けは確定していたのだ。

 精神的支柱の気絶に、ベル子はさらに落ち込む。


「ごめんなさい……私のせいで……」

「落ち込むのは後にして! 早くカバー頂戴!」


 ベル子に奈月は発破をかける。

 それと同時に、敵の死亡を告げるキルログも流れた。名前は2N。

 奈月は、2チームに囲まれながらも、一人善戦していた。


「ッ……!」


 奈月のHPバーがどんどん削られていく。

 陣形を崩され、数的有利もとられ、尚且つ苦手な屋内戦。

 これほど不利な状況で、勝つなんて、土台無理な話なのだ。


「奈月さんっ!!」


 敵を3人落とした後、ついに奈月は気絶をとられる。ベル子の悲痛な叫びが、砂漠にこだましたように聞こえた。


「……すまんベル子、待たせたな」


 けれど、奈月の決死の時間稼ぎのおかげで、俺はベル子と合流することに成功していた。

 奈月とジルが死んだ、北東の廃墟群から、少しだけ離れた南の三階建てに芋っている。

 車で一気にベル子の方まで寄ったので、敵に位置はバレているだろう。


 数的有利を崩された今、交戦することは避けるべき。ベル子に逃げようと提案しようとする。

 けれど彼女はいそいそと手榴弾を準備し始めた。


「敵は、たぶん向かい側の二階建てに芋っています」

「人数は……?」

「1人……のはずです。足音が、いつもと少し違う感じですけど、聞こえるんです……」


 おかしい。

 向かい側の二階建ては、俺たちのいる建物とそんなに距離は空いていないので、俺でも足音を聞けるはずなんだけれど、まったく足音は聞こえない。

 それに、人がいる気配もしない。


 嫌な予感がする。

 けれど、俺は、その嫌な予感を何かの間違いだと思いたくて、ベル子に意見するのをやめた。

 考えたくなかった。

 イップスの件も、ただのベル子の一時的不調で、俺のいつもの思い込みだと、そう決めつけたかったのだ。


「わかった、二人で同時に手榴弾を投げるぞ」


 手榴弾のピンを抜く俺とベル子。爆発時間を計算して、向かい側の建物に投げ込む。

 放物線を描いて、俺の手榴弾は飛んでいった。


「……どうした?」


 飛んでいった手榴弾はひとつだけ。ベル子は手榴弾を投げず、その場で右往左往していた。

 爆発時間を計算するために、長いこと手に持ったままの手榴弾。


 これ以上はまずい。


「ベル子ッ! 早く手榴弾を投げろッッ!!」

「あれ……手が……上手く……っ!」


 俺は、この時点で、後悔していた。


 ベル子の突然の不調。

 足音が聞こえなくなり、さらには足音かどうかも怪しい幻聴まで聞こえ、そして、手榴弾を投げるという簡単な動作までも滞る身体的齟齬。


 これはもう認めざるを得ない。


 信じたく無いけれど、ベル子は相当重いイップスを患っていたのだ。


「みんな……ごめんなさい……」


 涙交じりの声が聞こえる。


 その一言を最後に、無情にも手榴弾は爆発して、俺とベル子はその爆発にのみ込まれた。














 

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