45話 泥酔した世界最強【後編】
いつも感想ありがとうございます。最近忙しくて、色々大変ですけど、感想やらレビューやらを見ていると、元気が出ます。これからも出来るだけ毎日投稿したいと思います。よろしくおねがいします。
突然の来訪者。diamond ruler。
VoVの、赤と白を基調としたユニフォームを着ている彼女は、いつものように無表情で佇んでいた。
先ほどの昼休憩といい、この北米最強スナイパーはいつも間が悪い。
「悪いけど、今は取り込み中なの、帰ってくれる?」
rulerの視界にシンタローを入れないように立ち回る。
ウチのチームからシンタローを無理矢理引き抜こうとする野蛮な女。そんな女が、拘束されている無防備なシンタローを見たら何をするかわからない。
「どいて、2N、へぼすないぱーにようはない」
「……は? アンタ数字も数えられないの? 今大会の現時点でのキル数は私の方が上なんですけど?」
「……しんたろつよいから、2N、ぬーぶ。それに、ダメージすうは、わたしが、うえ」
図星を突かれて顔が赤くなる。
私は今大会、現時点で最多キル数を記録している。けれど、それはシンタローのオーダー、ベル子の索敵のおかげだ。私の実力じゃない。
もしシンタローのオーダーで、私以上の実力を持つdiamond rulerが立ち回れば、私以上の結果を残すだろう。
悔しいけど、実力では、敵うべくもない相手なのだ。
だけど、退くわけにはいかない。
この女に撃ち勝たなければ、シンタローはVoVにとられてしまう。
そんなの死んでも嫌だ。
「私はアンタにだけは死んでも負けない」
「……こっちのセリフ」
真っ白な彼女とバチバチに視線を交えていると、背後から呑気な声が聞こえた。
「ベル子ぉ〜……俺ってなんでこんなにもモテないんだろぉなぁ……顔もそんなに悪くないし、くそぉ……」
「ちょっ! タロイモくん! ベッドに鼻水垂らさないでくださいっ!」
さっきまでハイテンションだったシンタローは、今度はうって変わってローテンションモード、いわゆる泣き上戸と呼ばれる状態になっていた。
「しんたろ、ないてる……!」
rulerは、試合でも見せないような鬼気迫る表情を浮かべて、私の傍をすり抜ける。
いつもスローペースな印象を受ける彼女の、俊敏な動きに私は対応しきれず、なんなく侵入を許してしまった。
「これは……どういうこと?」
拘束されながらすすり泣くシンタロー。
その傍で、ベル子がシンタローの鼻水やら涙やらを拭いていて、ジルは先ほどのシンタローのセリフに酔いしれている。
どういうことかと聞かれれば、見たありのままだと、私は答えるしかなかった。
* * *
「なるほど、りかい、した」
必死に通報しようとするdiamond rulerをなんとかなだめつつ、私は事の顛末を彼女に説明することに成功した。
彼女が運営に連絡すれば、私たちは一発退場。故意ではないとしても、学生の身分での泥酔は、完璧にアウトだ。
「うぅ……ちくしょぉっ……俺だって……好きでタロイモじゃねぇんだぞ……っ!」
部屋の中に、すすり泣くシンタローの声が響く。
なんともシュールな光景だ。
そんな悲しげなシンタローの声を聞いて、rulerはさらに奇行に走る。
「しんたろ、かっこいい」
「なっ……!?」
どさくさまぎれに、拘束されたシンタローの上に覆いかぶさりながら、耳元で甘言を吐く北米最強スナイパー。
今のシンタローは泥酔している予測不能な状態。そんな状態のシンタローに、私ほどじゃないにしろ、美少女である彼女が甘言で誘惑すれば、何か間違いが起きてしまうかもしれない。
一刻も早くrulerをシンタローから引き剥がすべく、私はrulerに掴みかかる。
「離れなさいよ……っ!」
「2N……じゃま」
けれど、rulerはまったく離れない。この細い腕のどこにそんな力があるのか不思議になるレベルで力強かった。
「俺が……かっこいい……?」
「うん、かっこいい」
「嘘だ……っ! 髪もボサボサだし、目もクマが取れないし、死んだ魚の目みたいだし……俺なんか……俺なんか……っ!」
酔ったせいで深刻なメンヘラ化をしているシンタロー。
思わず目を覆いたくなるレベルで病んでいた。
普段から、慎重すぎる性格のせいで、色々とストレスを溜め込んでいたのかもしれない。
「それでも、しんたろ、つよい、わたしとしんたろがこどもつくったら、きっといちばんつよくなる」
「ちょっ! アンタ何言ってんのよ!」
「ゆうしゅうないでんしを、のこすべき。2N、ぬーぶ、やくしゃぶそく」
私とrulerがやいのやいのと言い合いをしていると、ベル子がパンパンっと、手を叩く。
「お二人とも、争いの根源である本人を無視して話を進めるのは、いささか合理性に欠けるとは思いませんか?」
急に説明口調になるベル子。それもそのはず、彼女はいつもの営業スマイルを浮かべながら、自撮り棒で動画を撮っていたのだ。
その動画を一体何に使うつもりなのか問いただそうとするけれど、ようやく冷静さを取り戻したジルの発言によって、私の詰問は遮られた。
「確かに。現時点で誰がSintaroの王様に相応しいか、当の本人に聞いてみればいいではないか。まぁ、結果はわかりきっているだろうがな」
もちろん俺だ! と、謎の自信に満ち溢れたジルは叫ぶ。
そんな変態を尻目に、rulerはここぞとばかりにシンタローに問う。
「しんたろは、わたしと2N、どっちがいい?」
「……っ!」
まるで断頭台に首を据えているような気分になる。
今のシンタローは、良くも悪くも本音で喋ってしまう状態。
これでもし、シンタローがrulerなどと答えれば、私はまともな精神状態ではいられないだろう。
生唾を飲み込む。
曲がりなりにも、私は10年以上もの付き合いがある幼馴染。数週間前に顔を合わせたようなぽっと出の女なんかに負けるわけがない。
そう信じていた。
けれど。
「……そりゃ強いのはrulerだろ」
「……っ」
一番聞きたくない言葉だった。
……冷静に考えれば分かる事だ。いつも理不尽に暴力を振るってくる幼馴染なんかより、真っ白で可愛くて積極的に好意を示す大人しくて素直なrulerのような女の子の方が良いに決まってる。
それに加えて、rulerは私よりも強い。
きっと、シンタローと組めば、私なんかよりずっと、シンタローを満足させられる。
「ほら、2Nより、わたしのほうが、しんたろもいいいって、いってる」
自慢気に、無い胸をそらすruler。真っ白な肢体を、仰向けに拘束されているシンタローに、妖艶に絡ませる。
私は反論する気力すら湧かず、ただただうつむいていた。
勝利の余韻に浸るrulerを、据わった目で見つめるシンタロー。彼は、意識が朦朧としたような雰囲気で、口を開く。
「何言ってんだ……? rulerの方が強いとは言ったけど、勝つとは言ってないだろ」
「……へ?」
素っ頓狂な声を上げる北米最強のスナイパー。
私はうつむいていた顔を、恐る恐るあげて、前髪の隙間からシンタローを見つめる。
シンタローは、私の方を見ていた。
「強いのはrulerだけど、勝つのは2Nだ」
矛盾を孕んだ彼の言葉に、私の胸が高鳴る。
「……おかしい、わたしのほうが、2Nよりつよい……なぜ?」
rulerは、真っ赤な瞳を淀ませて、くちびるがくっつきそうなくらいの至近距離で、シンタローの胸ぐらを掴みながらボソリとしゃべる。
いつものシンタローなら、ビビって何も言い返せないくらいの迫力がrulerにはあった。
けれど、今のシンタローは泥酔モード。
そんなこと御構い無しに、尊大に言葉を続ける。
「ruler……お前は大きな勘違いをしている……」
「……かんちがい?」
「……戦うのは、お前と奈月じゃない……VoVとUnbreakableだ。俺たちは、決して、奈月をひとりで戦わせない。いくらお前らの個々の技術が高くたって、所詮は足し算。かけ算である俺たちには勝てねーんだよ」
「……なにいってるか、わからない……」
泥酔しているせいか、支離滅裂な謎理論を展開するシンタロー。
けれど、私は、なぜかその意味不明な言葉に、目頭を熱くさせていた。
「俺は、奈月を世界一のスナイパーにして……ベル子を世界一のスカウトにして……ジルを世界一のアタッカーにする……そういうチームなんだ」
呂律が回っていないような喋り方で、けれど、重たく、彼は言葉を紡ぐ。
「俺の夢は、コイツらと出会って、少し変わった……」
据わってた目に、光が宿る。
普段シンタローが話さないような本音に、私達は耳を傾けた。
「……俺たちは、この星で一番強くなる。こんなところで、負けてらんねぇんだよ」
そう啖呵を切ったところで、シンタローは目を回して倒れる。
少し経って、寝息が聞こえてきた。
「……あれだけ、現実はそんなに甘くないとかぬかしておいて……このタロイモは、私たちチームの中で一番現実的じゃない夢を見ていますね」
くすりと笑いながらも、とても優しい目で、シンタローを見つめるベル子。
「あぁ……確かにそうだな。……けれど、まぁ、悪くない目標だ。世界を統べる王様という称号も、嫌いじゃない」
よくわからない英単語を並べる、変態。
「……私はどっちみち、シンタローを超えるくらい強くならなきゃいけない。世界のひとつやふたつとれないと、こんなSintaroに一対一で勝てるわけないわ」
私は、シンタローより強くなる。
それが私の夢であり、最終目標。
シンタローが私に首ったけになるくらい、強くなってやる。そうしなきゃ、気がすまない。
「わ、私だって、世界一のストリーマーになって大金持ちになるという夢があるんです……! タロイモくんにはまだまだ馬車馬のように働いてもらわないと困ります!」
シンタローに感化されてか、次々と自分の目標を口に出す私たち。いつもなら恥ずかしくて言えない目標も、シンタローの言葉の後であれば、なぜかスラスラと口に出すことができた。
そんな私たちのことなど御構い無しといった具合でVoVのエースこと、diamond rulerは、シンタローに覆いかぶさったまま息を荒げていた。
「……やっぱり、しんたろ、ほしいっ……!」
「ちょっ! ナニしようとしてんのよっ!?」
rulerの腰がくねくねと妖艶に動き出したあたりで、私たちはようやく、rulerも拘束しようと行動を開始した。