43話 匿名のプレゼント(笑)
* * *
「What the fu○k……!(クソが……!)」
控え室のロッカーを蹴り上げる。かなり大きな音がしたけれど、周りのチームメイトは『またか』と言った風に、流し目で俺の方をみている。
勝利者インタビューを終え、人目につかない控え室に入ってから、俺はようやく、滞りの気持ちを体外へ放出した。
「なんで俺があんなアジア人風情に……屈辱だ……!」
「あなたが油断したのが悪いんでしょ、grime」
ウチのエース、diamond rulerに正論を叩きつけられ、さらに気分が悪くなる。
「あんな戦術、普通思いついてもやるか!? あいつらにはプライドというものがないんだ!」
「……勝つ為には、どんな手段でも講じるべきよ。私たちはそれを学習するべき」
「だからといって限度がある! あんなムーブは野蛮だ! 美しくない!」
「……美しかったら、強くなれるの? そんな潔癖じゃ、しんたろには勝てない」
「……ッ」
rulerは俺をキツくにらむ。
俺だって理解している。エイム力だけをどれだけ研ぎ澄ませても、立ち回りで上をいかれれば、簡単に負けてしまう。現に、立ち回り重視の韓国のプロゲーミングチーム『SZ torecom』には、優勝数では負け越している。
理解はしているけれど、どうにも相容れないのだ。
シンタローという強さを、ようやく認められるようになったのに、また新たな懸念事項が日本に現れてしまった。
「日本には忍者がいるもの、侍がいたって不思議じゃないわ」
rulerは、シンタローのプレイ動画を何度もリピートしながら、そう呟いた。
* * *
「あぁ〜疲れた〜」
夕日が、ホテルの窓から俺の頬を照らす。
1日目、ラウンド2を終えた俺たちは、夕飯を終え、用意されたホテルの一室で、羽を伸ばしていた。
俺たちは女性が二人もいる珍しいチームなので、ホテルの部屋は特別に二つ用意されている。今は俺とジルの部屋でくつろいでいた。
ラウンド2はラウンド1と同様に、通常マップでの試合だった。最大の懸念事項であるcross flareが早々に落ちたこともあり、ラウンド1の様な予想外の展開にはならず、堅実にゲームを進めることができた。
結果は、1位。
キルポイントはそこまで稼げていないものの、ラウンド2を終えた時点で俺たちは2000ポイント近く得点している。
2位のチームには大きく差をつけた。まだ油断はできないけれど、予選突破はなんとかできそうだ。
「シンタロー、ユニフォームのまま寝転ばないで、しわになるでしょ」
「……ん」
ベッドに寝転んでいると、奈月に肩をたたかれる。せっかくのユニフォームにしわをつけるのも申し訳ないので、素直に脱いで奈月に渡す。
黒いシャツ一枚になって、改めて俺はベッドにダイブした。
「勝ったからっていちゃつかないでください、砂糖吐きそうです」
ベル子が机でノートパソコンをカタカタしながらそう吐き捨てる。
「べ、別にいちゃついてなんかないわよっ! そう……これはアレよ……! シンタローは寝汗すごくて汚いから気を利かせてあげただけよ!」
「なんでお前、俺が寝汗すごいって知ってんの……?」
「っ……! たまたまよ! たまたま!」
奈月は結構ポンコツだけれど、俺のことになるとかなり勘が鋭かったりする。
やっぱりコイツ、俺のこと結構好きなんじゃね?
「こっち見んなキモい」
ですよねー。
生暖かい視線を奈月に向けると、プイッとそっぽを向かれた。
仲が悪すぎる幼馴染に容赦なく傷つけられていると、扉がガチャリと開く。
大きな紙袋を大量に持ったジルが、大きなため息を吐きながら部屋に入ってきた。
「なんだよその紙袋」
「……お菓子とか、手紙とか、たぶんそういうのだ」
「なんでお前がそんなもん持ってんの?」
「もらったんだ、試合終わりにな」
「誰から?」
「……自分で言うのも恥ずかしいな、まぁ……俺のファンの方たちからだ」
「はぁ!? 俺そんなん貰ってないんだけど!?」
反射的に奈月とベル子の方を向く。
「お……お前らも貰ったのか?」
「まぁ、ジルほどじゃないですけど、紙袋ふたつ分くらいは貰いましたね」
「ま……まぁ、ベル子はトップYouTuberだしな、そりゃ貰えるわな……奈月は?」
一縷の望みをかけて、奈月に問う。
コイツ見てくれはかなり良いけど性格はヤベェほどツンツンしてるからな、あんまりファンとかつかなそうだ。
「私、見知らぬ人の作ったものって、どうしても食べられないのよね。だから丁寧に断ったわ」
奈月の返答に絶望する。
チームのリーダーでありながら、世界総合ランキング1位でありながら、俺だけまったくファンがつかない。
「……なんで俺だけ貰えないんだよ……っ! 世界最強だぞ……っ! もうちょっとチヤホヤしろよ……っ!」
ベッドの上で泣き崩れていると、ジルが、持っていた紙袋の中から、一際豪華な紙袋を、ふたつ俺に渡す。
「安心しろ、シンタロー。お前にも匿名でプレゼントが届けてあったぞ」
「おおっ……! お前それを早く言えよ!」
俺はベッドから飛び起きて、ジルから紙袋を受け取る。
「タロイモくんにプレゼントを贈るなんて、変わった人もいるもんですね」
「はぁ? プレゼントをもらえなくて落ち込むであろうシンタローに、わざわざチョコレートを贈るなんて超優しい女の子に決まってるじゃない」
「……なんで奈月さんが中身を知ってるんですか……?」
「っ……たまたまよ! たまたま!」
小さいけれど、高級感溢れる黒色の紙袋。ベル子もジルも、興味有り気にこちらを覗き込んでいた。なぜか奈月はそわそわしてる。
紙袋を丁寧に開けると、奈月の予想通り、中から綺麗に包装されたチョコレートが出てきた。
「奈月すげぇな、エスパーかよ」
「……わ、私くらいのスナイパーになると、これくらいできて当然よ!」
「スナイパーすっげぇ」
俺は早速、包装を剥がして、チョコレートと対面する。
丁寧な包装からか、市販のものかと思ったけれど、原材料やら商品名やらが書かれたバーコードがついていない。どうやら手作りの様だ。
「この時期に手作りチョコレートとか、なかなか攻めましたね」
「し……シンタローは甘いもの好きだし、ちょうど良かったじゃない! ね! シンタロー! 嬉しいでしょ!」
「おう、もちろん嬉しいぞ」
「やった!」
「……なんで奈月さんが喜ぶんですか……?」
「な……なんのことかしら?」
「……白々しい」
下手くそな口笛を吹く奈月を尻目に、俺はチョコレートを一粒手にとって、口に運ぶ。
「どう……? 美味しい……?」
「なんだか不思議な味だな」
「不味いの……?」
「いや、美味しい……けど……なんだか……頭がぼーっとする味だな……」
体がふわふわと浮いている様な、妙に心地よい雰囲気が全身を包む。
姉ちゃんが開けたお酒を間違えて飲んでしまった時のような、そんな感じだ。
「奈月さん何を入れたんですか?」
「なんで私に聞くのよ!」
意識が朦朧とする。
俺はそのまま、ベッドに倒れこんだ。
「おい大丈夫か!?」
「た、タロイモくんが奈月さんのポイズンクッキングによって死んじゃいました!」
「わ、私は知らないわ! 悪いのはお酒入れた方が美味しくなるって言ったママよ!」
「やっぱり奈月さんが作ったんですね……」
「な……何のことかしら……!?」
頭がぽかぽかして、奈月達の言葉がうまく聞き取れない。
なんだか、良い気分だ。
テンション上がってきた。
* * *
「うぃ〜ひっく……! 俺は脱ぐぞぉ……っ!」
ベッドの上で、くねくねと変なダンスを踊りながら服を脱ぎ始める私の幼馴染。
お酒に弱いとは知っていたけれど、まさかこれほどとは……。
「タロイモくん完全に出来上がっちゃってるじゃないですか……!」
「……シンタローは昔からお酒にものすごく弱いのよ、だからママが入れろって……」
「どんなお酒を入れたんですか……?」
「えっ……強い方が美味しいかなと思って、スピなんとかってやつを入れたけど……」
「ほとんど消毒液じゃないですか……!」
目が据わったシンタローが私の方を向く。
次の瞬間、彼はとんでもないセリフを吐く。
「奈月、お前可愛すぎるだろぉ……!」
「……へ?」
予想以上の展開に、私の頭は一瞬で真っ白になった。
2日目の予選までの閑話休題です。
次回! シンタロー、めっちゃ酔う。
デュエルスタンバイ!