42話 ラスト・サムライ
目を血走らせて、息を切らし、流れる汗もそのままにして、画面にかじりつくwakatakeという選手。
特別、プレイが上手いわけでもないし、奇をてらっている容姿でもない。
ユニフォームは出店の店員が着ているようなヨレヨレのTシャツ、背中には『岡山、若旦那のきびだんご』と刺繍されている。
彼の服装やプレイから感じる印象は、言っちゃ悪いけど、凡夫と表現するのが最も適切だと思ってしまうくらいだ。
……それなのに、なぜか目を離せない。
現に観客達は、この圧倒的に不利な状況でも、彼を必死に応援している。し続けている。
強大な、アメリカという敵に対して、たった一人で勇敢に立ち向かう彼に、日本人としていろいろと感情移入しているのかもしれない。
少し経つと、画面は、wakatake視点のプレイ画面に切り替わる。
勝利の二文字のみをがむしゃらに追い続ける様は、見るものの心を揺さぶる。
彼が、何故そこまで勝利を追い求めるかわからないけれど、胸の奥から、何か熱いものが込み上げてくるような、そんな感覚がした。
「がんばれ……」
思わずそう呟く。
まるでスポーツ観戦をしているような不思議な気持ち。俺はすぐにその気持ちに、自ら結論をつける。
5年後のオリンピックの正式種目になるほど、人々の心を惹きつけてやまないスポーツ。
e-sports。
一流のプレイヤーがしのぎを削り、その摩擦で、観戦した人間の心をも熱くさせる。野球やサッカーと何も変わらない。e-sportsはれっきとした電子競技なのだ。
「位置バレしましたね……」
ベル子がそう呟く。
彼の居場所が、VoVのスカウトによって突き止められた。
すぐさま火炎瓶やら手榴弾やらを投げ込まれる。
『……ッ!』
皮膚は焼け、爆風で身体が吹き飛ぶ。
それでも彼は立ち上がる。
直撃は避け、遮蔽物の少ない野山を伏せながら右往左往している。
彼のアバターは、生々しい傷を負いながらも、なんとか即死は避けていた。
そして、ついに、VoVの面々達が攻撃系の投げ物を使い切るまで彼は生き延びた。
まさに豪運、流れはwakatakeというプレイヤーに向いていた。
「けど……こっからどうやって……」
死なないという意味での立ち回りなら、今のムーブでも悪く無い。けれど、この状況から勝利を狙うなら、伏せているだけじゃどうにもならない。
敵はすでに1チームのみ。漁夫の利は狙えない。
ましてや相手はあのVoV、確実に、堅実に、定石を外さずキッチリ詰めてくるだろう。
ここまでよく頑張った。だけど、流石に、ここから勝利を手繰り寄せるのは不可能だ。
俺がそう思った瞬間、彼は信じられないような行動に出る。
『………タダじゃ死んじゃらんけんな……っ』
「は……?」
彼は何を思ったのか、武器や弾薬、回復薬、貴重な物資を捨て始めたのだ。
発煙弾と手榴弾の投げ物を除いて。
「まさか……自殺するつもりか?」
公式大会では、敵に囲まれて圧倒的に不利な状況に陥った時に、安地外や手榴弾でわざと死んだりすることは結構よくあることなのだ。
負けるとわかっていて、わざわざ貴重なキルポイントを相手に与える必要も無い。そういった趣旨からくる選択だ。
安地が狭くなって、伏せゲーになれば、少しでも身を隠しやすくするためにカバンなどを捨てるムーブはよく見る。しかし、銃まで捨てるというのは見たことがない。
……武器を捨てるということは、戦う意思がないということの証明だろう。
少し残念な気持ちになる。
けれど、これも立派な戦略、誰も彼を責めることはできない。
2位での順位ポイントは彼に入る。予選1位通過を彼が狙っていて、少しでもVoVとの差を縮めたいと考えるのであれば、むしろ当然の選択と言えるだろう。
「1ラウンドは予想通り、VoVがとったわね」
「……シンタローが欲しいなどと妄言を吐くだけのことはある」
「エイム力で押せ押せのゴリラムーブすぎて、対策立てられませんね……」
奈月、ジル、ベル子は、画面を見るのをやめて、この試合の感想を口々に言い合っている。
「……おい、まだ試合は終わってないぞ」
俺は未だに、画面から目を離せずにいた。
その理由は、件の彼のムーブにあった。
ポイントを与えない為に自殺ムーブに移行するかと思いきや、彼は伏せながら、ジリジリとVoVの方へ詰めているのだ。
勝負は終わっているけれど、試合はまだ終わっていない。
wakatakeという選手は、発煙弾をすぐ手前に投げて、白煙の中に身を隠した。
手榴弾一発でスモークの中に芋る意図とは?
これまでの彼のムーブの、目的とは?
頭の中で、さまざまな疑問が浮かんでは消えてを繰り返す。
「VoVの残り人数は4人、投げ物が無くなったとしても、単純に数的有利でゴリ押せばいいだけ。自殺もしないし、武器も捨てる……まったく意図がわからないわね……」
奈月の一言に、頭の中でバラバラになっていた何かが、カチリと音をたててハマる。
「まさか……」
武器を捨ててまで身を隠し、発煙弾の中に芋るという意味不明な行動。
敵が投げ物を投げ切るまで必死に耐えていた理由。
そして、インベントリに残してある、たったひとつの手榴弾。
導き出される答えは、口にするのも恐ろしい、悪魔の戦術。
「まさか……特攻?」
俺の言葉に、ベル子や奈月、ジルが反応する。
「……手榴弾で敵を道連れにするってことですか? でも、それでキルは入らないんじゃ……」
「いや、入る。ギリギリまで敵を引き付ければ、気絶無しのオーバーキルまで持っていけるはずだ。それに、死んでから数秒以内のキルはポイントに加算される。もし成功すれば、相手にキルを与えることなく、キルポイントを獲得することができる」
「VoVがそんな戦術に引っかかるとは思えないわ」
「普通ならな。けれど、wakatakeっていうプレイヤーは、それができる場面に誘導した。いや、演出したといった方が正しいかもしれない。瀕死で、反撃もできず、時間稼ぎしかできない弱者を彼は演じたんだ」
俺が結論を出してすぐ、VoVは動き始める。
grimeはあろうことか、仲間3人を安地ギリギリで待機させて、自らスモークの中めがけて突貫し始めた。
敵をもう少し警戒していれば、スモークが晴れるまで待って、二方向から同時に攻撃するという選択ができただろう。
けれど、彼らはナメていた。ナメきっていた。
小さな島国の侍など、e-sports後進国のムーブなど、恐るるに足りないと、過信していたのだ。
なにがあっても撃ち勝てると、盲信していたのだ。
煙の中には、自らの命を賭して戦う、侍がいるとも知らずに。
『……っ!?』
grimeは、何故撃ってこないと言わんばかりにうろたえ、そして結局、白煙の中まで足を踏み入れてしまう。
詰めてきた自分を、瀕死に近いwakatakeが迎え撃とうとし、それをお得意の撃ち合いで制するまでが、彼の想定していたムーブなのだろう。
けれど、wakatakeは、撃とうとはしなかった。
そもそも銃すら持っていなかった。
彼は、白煙の中で、虎視眈々と狙っていたのだ。
grimeの微かな足音を聞いて、自分に接近するであろうタイミングを計算し、手榴弾のピンを抜いていたのだ。
きっちり計算を合わせたのか、ただの強運かはわからない。けれど、爆発するタイミングと、grimeが白煙に踏み込むタイミングは、まったくの同時だった。
「狂ってる……」
俺はおもわずそう呟く。
地面を大きく揺らし、手榴弾が爆発した。
キルログには、wakatakeの名前と、VoVを率いる、鮮血の皇帝、grime_Eの名前が表示されていた。