41話 北米の常勝軍団 vs 小さな島国の侍
騒がしかった控え室は、cグループの試合開始時刻が近づくにつれ、空気が重たくなっていく。
今大会最大のライバルであり、北米最強のプロゲーミングチーム VoVの試合が始まるからだ。
俺たちを含めこの公式大会を観戦している人たちが漏れなくすべて、固唾を呑んでこの予選を観戦していることだろう。
日本は、アメリカに、どこまで通用するのか。
U-18大会とはいえ、この大会には未来の日本を担うe-sports player達が参加している。
世代的に、小学生からPCをつついていたようなFPSゲームのサラブレッド達が、日本の若き侍が、世界の最前線をひた走るアメリカとぶつかるのだ。
この予選はアジアの島国の小さな公式大会のひと試合なんかじゃ無い。
来るべき2024年、オリンピックe-sports部門の前哨戦とも呼べる大切な試合なのだ。
五年後には、俺たちの世代はゲーマーの最盛期である二十代前半を迎える。
それを鑑みれば、現時点で日本のプレイヤーがVoVにどれだけ通用するかが如何に重要か理解できるはずだ。
流石にVoVにcグループの予選組が実力で優っているとは思えないけれど、もしかしたら、何かが起こるかもしれない……。そんな期待感を皆胸中に抱きながら観戦していることだろう。
俺たちは、控え室の机にベル子のパソコンを置いて、VoV視点のプレイ画面を眺めている。現在は試合開始直後、飛行機が離陸して、プレイヤー達がそれぞれのランドマーク目指して降下している。
「タロイモくんはどう思います?」
ベル子の曖昧な質問に答える。
「まぁまず間違いなく、VoVが勝つだろうな。……けれど、cグループの予選組が全く太刀打ちできないとも思えない。安地さえ良ければ、喰える可能性だってある……と思う」
「やけに消極的な意見ですね。日本のプレイヤーと海外勢の差はやっぱりまだ大きいんですか?」
「……大きいなんてもんじゃないだろ、例えるなら……そうだな、ド○ゴンボールのヤ○チャと、フ○ーザくらいの差はあるな」
「勝てるわけないじゃないですか……!」
怯えるベル子に対して、俺はさらに言葉を重ねる。
「いいか、俺たちは文字通り化け物を倒そうとしてるんだ。生半可な覚悟じゃ圧倒的な実力差に絶望してゲームを辞めたくなるぞ」
そう、ここからはもう、遊びじゃ無いのだ。
れっきとした競技。e-sportsの本領。
生半可な覚悟では、強者に喰われる餌に成り下がるだけだ。
「ちなみに……私たちとVoVの差はどれくらいなんでしょうか……?」
「……自分で言うのもなんだけれど、俺たちのチームは、間違いなく国内最強クラスの選手が揃ってる。まぁだから少し色がついて、最終形態フ○ーザとピッ○ロさんくらいだな」
「ピ○コロさんがフリーザに勝てるわけないじゃないですか!」
「バカ言え! ピッコ○さんだって作戦と安地次第じゃフリー○様にだって勝てるはずだ!」
俺とベル子がやいのやいのと言い合いをしていると、VoVことgrime達が飛行機から降下をはじめる。
「やはりと言うべきか……」
オーダーであるgrimeは、通常マップで、もっとも激戦区とされる、中央市街地をランドマーク
に選択したようだ。
「皇帝とやらの実力、しかと見届けてやろう」
「足を掬われて情けなく死ねばいいのに」
grimeと rulerに敵意丸出しのジルと奈月は画面をにらみつけている。
そんな彼らを尻目にベル子はいそいそとノートを取り出して、メモを取っている。
激戦区に降りたチームは、公式大会にしてはかなり多めの4チーム。
「さて、お手並み拝見」
少しでも有利に立ち回れるよう、この試合を入れた4試合の予選で、VoVの弱点と呼べるべき何かを見つけなければならない。
俺は、いつもの数倍は、画面を注視していた。
* * *
「はぁ……」
大きなため息を吐く。
試合開始から28分が経過し、残りチーム数が早くも2チームのみになった現在。俺たちは立ちはだかる現実を前に、眉間にしわをよせていた。
「……まるで歯が立ちませんね」
日本の若き侍たちは、北米最強のキルムーブにより、為す術もなく、次々と狩られていった。 VoVの立ち回りは意図してか、お粗末だけれど、撃ち合いに関してはやはり世界レベルで、たとえ不利な状況に陥っても、異次元のエイム力で敵のヘッドを撃ち抜き、なかったことにする。
日本のプレイヤーが立ち回りで優位をとっても、強ポジをとっても、負けてしまう。
お前たちとはそもそもの地力が違いすぎる。早く降伏しろ。
そう言わんばかりに、 VoVのオーダー、grimeはチームメンバーに他チームへの突貫を指示する。
少々リスキーなキルムーブを敢行したにも関わらず、チームメンバーは一人も欠けていない。そして、VoVの総キル数はすでに30を超えていた。
「……どうやら、皇帝の名を冠するに値する実力のようだ」
「……まぁまぁの強さね」
敵意高めの彼らは強がる。
正直言って、まぁまぁどころの強さでは無い。
文字通り、お遊び程度のムーブで、日本のプレイヤーたちは次々と殺されていくのだ。
grimeが本気でオーダーを出せば、もっとレベルの高い立ち回りを演出するだろう。
おそらく、この予選は俺たちが見ていると言うこともあって、わざと、実力を出し切ろうとしていないのだ。
想定していた以上の実力の差。
今現在の俺たちの実力じゃ、VoVの一人をけずることすら難しいかもしれない。
「世界には、こんなに強いプレイヤーがゴロゴロいるんですか……?」
「……あぁ、 U-18という枠を取っ払えば、rulerはまだしも、grimeレベルならザラにいるだろうな」
「そうですか……」
ベル子は俯いて、メモに緻密に書かれていた作戦の8割方を斜線で消していく。
ベル子が試合前に、対 VoVを想定して立てていた作戦は、先程cグループの日本プレイヤーたちに試され、そしてことごとく失敗した。
「……また、クイックショット……!」
奈月が苦しげな声をあげた。
最後に生き残った1チーム、MoMotarou Gamingも今まさに狩られようとしている。
rulerが、十八番の超高速エイムで逃げ惑う敵のヘッドを抜き、気絶無しのワンパンをかましたのだ。
残る生存人数は5人。 VoVが4人で、MMGが1人。
勝利は絶望的。
最終安地は吹きっさらしの野山。木々が数本立つばかりで、遮蔽物はほとんどない。
ソロでこの状況を覆すなんて、絶対に無理だ。
唯一の救いは、MMGのリーダー、wakatakeの居場所が、 VoVに割れていないということだけ。
俺は画面から目を逸らした。
敵とはいえ、4人に囲まれて無残に殺される様を、見たくはなかったのだ。
MMGの素性はよく知らないけれど、VoVを相手によく最終安地まで生き残ったと思う。並大抵のプレイヤーじゃ、奴らの圧に押しつぶされてミスを連発し、容易に狩られるだろう。現に、このラウンドで死んだプレイヤーの大半はそうだった。
実際に同じ場所で戦うオフライン大会では、試合慣れやメンタル面のケアは必須、どんなにうまいプレイヤーでも、観客や実況がいる会場に呑まれては、実力を発揮できない。その点、MMGは少ない試合経験にも関わらず、大きなミスもなく、堅実に試合を運んでいる。
今回の負けで、彼らの心に大きな傷が残らないことを祈るばかりだ。
俺は次の試合の準備をする為、マウスやキーボードを取りに行こうと、部屋のロッカーを開けようとする。
その瞬間。
背後から信じられない声が聞こえた。
『勝つ……勝つ……絶対に……勝つ……!』
思わず振り向く。
ベル子のPC画面に、実際にプレイしているMMG、wakatakeが、忙しなくマウスを動かしている様子が中継されていた。
目は血走り、短い髪の毛は汗で額に張り付き、うわごとのように自分を鼓舞している。
何が彼をそこまで勝利に執着させているかわからない、けれど、何故か俺は、彼から目を離せずにいた。