4話 新たな仲間
5月下旬の日曜日。
俺と2Nさん……もとい奈月は、駅前のオサレなカフェで、ぬるいコーヒーを啜っている。
やはり日曜日なだけあって、周りには姦しい女の子達やカップルやらで賑わっていた。
俺の服装はジーパンにパーカーという、近所のコンビニに行くような格好だけれど、奈月は今流行りのゆるふわニットをベースに、清潔感のあるロングスカート、可愛らしいブーツを履いている。
オシャレに詳しくない俺でも、オシャレっぽいなぁ……と思ってしまうくらいは気合が入っている様だ。
「……それで、大事な話って何よ?」
どこか落ち着きのないような雰囲気で、奈月は大きめのマグカップを口元に当ててそう呟いた。
頬を赤らめて、瞳に水気を帯びている彼女は、女の子というより、女といった雰囲気で、とてつもなく妖艶だった。
「今日のお前なんか女っぽいな」
「喧嘩売ってるの?」
「いや……! 綺麗だな……って! へへっ……!」
「……はじめからそう言えばいいのよ」
暴力を振るおうとしないあたり、どうやら地雷を踏みぬかなくて済んだらしい。それどころかちょっぴり嬉しそうだ。
まったく、暴力系ヒロインなんて今時流行らないぜ。
「それで? FPS廃人のアンタが、せっかくの日曜日にこんなオシャレなカフェまで予約して、私を呼び出した理由をはやく説明しなさいよ」
何故か頬を赤らめながら、奈月はもじもじしている。
なんだこいつ。トイレに行きたいのか?
「まぁ待ってろって、そろそろ来るから」
「……誰が?」
「ん? 新しいメンバーに決まってるだろ」
「新しいメンバー?」
「『eスポーツRLR全国高校生選抜大会』を勝ち抜く為のメンバーだよ。今日二人くる」
「はぁ!? 聞いてないんだけど!」
「言ってないからな。言ったらお前絶対来ないだろ」
「当たり前よ! 私は参加する気なんてさらさらないから!」
「うるせぇ! 行こう!」
「お前はどこぞの麦わら帽子か!」
2Nが参加しないとなると、勝率はかなり下がる。
それだけはなんとか阻止しなければならない。
………それに、俺にはどうしても全国大会を優勝しなければならない理由がある。
働きたくないのだ。
俺も奈月も、8月で18歳になる。
就職や進学、面倒なことを考えなければいけない時期だ。
けれど、海外で開催される超高額賞金の公式大会にエントリーできる年齢でもある。
RLRの様なビッグタイトルゲームの公式大会なら、賞金100万ドル(1億1000万円)なんてザラだ。
日本では、まだそのあたりの法律が整っていなくて、賞金は無かったり少額だったりするけれど、海外なら問題ない。
1億なんてあったら、10年は働かずゲームだけしててもお釣りがくる。
大学に進学したとしても、学費なんて一括で払えてしまう。
今回の大会はその為の布石。
数々のプロゲーミングチームが視察に来るであろう高校生大会で、圧倒的な力の差を見せつけ、無双し、そして企業やプロチームとコネを作る。
とてつもなくプレイヤー人口が多いRLRなら、当然、実況動画の再生数や大会の視聴率なんかも桁違いに多い。
RLRのプロゲーマーがテレビに出演して街ブラロケをしてしまうくらいには人気のゲームなのだ。
全国大会で優勝すれば、名前が売れてYoutubeでのチャンネルの再生数も爆上がりだろうし、プロゲーミングチームにスカウトされたり、スポンサーがついて海外の高額賞金の公式大会に参加することも夢じゃない。
日本の高校生RLRプレイヤー、280万人の頂点に立てば、プロゲーマーとして、ゲーム三昧生活も夢じゃないのだ。
「アンタ、どうしてそんなに日本の全国大会にこだわるの? 現世界1位なのよ? いまさら高校生大会なんかに参加しても張り合い無いでしょ」
アイスカフェラテを追加注文しながら奈月は俺に疑問をぶつける。
「お前……それはアレだよ、名誉の為とか……そんなんだよ!」
「……嘘ね。また何かしょーもないこと企んでるんでしょ」
じっとりとした視線でにらまれる。
首筋に汗が伝っているのが分かる。昔から奈月のこういった視線は苦手だ。
「しょーもないとはなんだしょーもないとは! eスポーツは今や世界的に認められている立派な競技なんだぞ! アレだ! サッカー選手になりたいとか野球選手になりたいとか! そういう少年たちとなんら変わりないピュアな心で俺はプロゲーマーを目指してるんだよ! マジで!」
「……就職活動めんどいからプロゲーマーって言っとけばどうにかなるかな……とか思ってるんじゃない?」
こいつエスパーか?
「……そ、そんなんじゃないしっ! 勘違いしないでよねっ!」
「なにその声、キモいんだけど」
「お前のマネだよ」
「死になさい」
ガンっ!
「いッ!」
と、嫌な音がした。
机の下で、奈月が俺のすねを蹴り上げたのだ。
こいつのブーツ鉄板でも入ってるんじゃないかってくらい硬いんだけど……!
「まぁアンタの将来なんてどうでもいいけど、そんな浅はかな夢が実現しちゃうくらいの実力があるのがうざいわね」
「えへへ……」
「褒めてないわ、死になさい」
「お前俺に殺意湧きすぎじゃない? 大丈夫?」
「当たり前じゃない、アンタを殺す為にゲームをはじめたんだから」
にやりと笑いながら俺に殺害予告をぶちかます幼馴染。
毒を吐かれまくっているとは言え、俺はなんだかんだ奈月との会話を楽しんでいた。
当たり前だ。
5年間も疎遠になっていたのに、ここ一週間は急に距離が近くなったのだ。……まぁ、実際にはゲームの中で1日も欠かさず会っていたのだけれど……。
「せんぱぁ〜い、お待たせしましたぁ〜!」
カランカランと、扉が開く音が聞こえて、その後から甘ったるい声が聞こえた。
どうやら新しいメンバーの一人が来たようだ。
亜麻色のセミロングの髪の毛を揺らして、お人形さんのような顔をした超絶美少女がこちらに駆け寄ってくる。
「は? 女?」
周りの温度を2度くらい下げるレベルで冷たい声を出す奈月。
有吉レベルで毒を吐きまくる奈月のことだ。俺とのひと時を、他の女に邪魔されて怒っているとかそういうラブコメチックなリアクションじゃないだろう。
おそらく嗅ぎ取ったのだ。
新メンバーの戦闘力を……!
「紹介するぜ奈月、こいつが新メンバー! チャンネル登録者数180万人の超有名Youtuber!『BellK』さんだ!」
「よろしくお願いしまぁ〜す!」
満面の笑みで、フリフリのワンピースをフリフリさせて、あざとくお辞儀をするBellKさん。
俺の一個下でありながら、その愛らしいルックスとうますぎるFPSの腕前を武器に、月に何百万も再生数とお金を稼ぐ、今ノリに乗っているYoutuberだ。
そして密かに俺もファンだ。
触れるもの全てを傷つけるジャックナイフウーマンである奈月とはいえ、流石に初対面の相手を、しかも超有名人を切り刻む様な真似はしないだろう。
「なにこの痛い女」
ダメかぁ〜。
「痛いなんてひどいですぅ〜ぷんぷん! ベル子怒りましたよぉ〜!」
おっきいお胸をゆっさゆさと揺らしてぷんぷんポーズを披露するBellKさんことベル子ちゃん。
たしかに言動は子供っぽくて痛いけど、お胸は大人っぽくて生唾ものである。チャンネル登録者数が多いのも頷けるボリュームだ。
「おい奈月! 初対面のベル子ちゃんに向かってなんて口の聞き方だよ! ぷんぷんだぞ!」
「そうですぅ! ぷんぷんですぅ〜!」
もう痛いとかどうでもいい。
ベル子ちゃんの揺れるお胸が見れれば俺はそれでいい。
「シンタロー、幼馴染のよしみで教えてあげる。その女、あまり信用しない方がいいよ」
「なんてこと言うんだ奈月! ベル子ちゃんはな! 俺がチームメンバーを探しているっていう噂を聞きつけて、わざわざ連絡してきてくれたんだぞ! こんな嫌われ者の俺の為に、今日だってはるばる東京から会いにだな……」
「それが最大の証明になるってなんで気がつかないの?」
「……ん?」
「アンタみたいな嫌われ者に近づくのは余程の物好きか、再生数稼ぎの実況者くらいだって言ってんの」
「そ、そんなことないし! ベル子ちゃん俺のファンだって言ってたし!」
ベル子ちゃん、もといBellKさんの方をあわてて見る。
BellKさんは今までどの動画でも見せたことのないような冷たい表情をしていた。
「……バレちゃったかぁ、どっちみちこのキャラ疲れるし、そのうちネタバラシするつもりだったから別にいいんだけど」
「べ……ベル子ちゃん?」
「気安く呼ばないでね、タロイモくん」
「………ふぇ……?」
満面の笑みなのに、声はびっくりするぐらい冷たい。
あれ? 俺の天使はどこに行った?
「世界最強であり、かつ他プレイヤーから死ぬほど嫌われているタロイモくんと一緒に大会にでるなんて、とても面白そうだと思いませんか?」
「えっ……ぁっ……」
「タロイモくんは私みたいな超絶美少女と二泊三日で大会に出ることができるし、私は再生数をたんまり稼ぐことができる。win-winの関係ってまさにこのことですよね」
先ほどまでの舌ったらずな喋り方はどこにいったのか。滑舌よくテキパキ喋るベル子ちゃんを見て、俺は呆気にとられていた。
「コレがこの女の正体ってわけ、分かったならこんなやつチームに入れるのやめときなさい」
「……一応、タロイモくんがチームリーダー、もといクランのリーダーでしょ? あなたが決める権利ないですよね?」
「あら、サブリーダーの権限じゃ不服かしら?」
「……そう、あなたがあの有名な2N……ふーん、女だったんですね。だけど2Nは、タロイモくんから聞く限り、大会参加にはあまり気乗りしていなかったはずでは?」
「………全国大会には参加しない、けれど、アンタは気に入らない。それだけよ」
やだ! もうやだ! 女怖っ! 怖すぎるっ!!
奈月は無表情で、ベル子ちゃんは満面の笑みで、淡々と会話を続ける。
「ま、2Nさんがどう言おうと、あなたが大会に参加しない以上、私が参加せざるを得なくなりますよね。楽しんできますね、タロイモくんと、二泊三日の公式大会を」
含みを持たせた言い方で、ベル子ちゃんはにっこり笑う。
その含みに一体どんな意味が込められているのか気になるところではあるけれど、この空気でそれを追求する気にはなれなかった。
「………チッ!」
奈月はびっくりするぐらいの大きな舌打ちをすると、足を組み直す。
そして、次の瞬間、信じられないような一言を口にする。
「……しょうがないから全国大会に参加してあげるわ」
「えっマジで!?」
「あら、思ったより簡単に釣れるんですね」
あれだけ出場を渋っていたのに、一体何が、奈月を変えたのだろう、俺にはまったく理解できなかった。
「…………もうどっちみちバレちゃったし、このバカとの約束に付き合うのもアホらしくなっただけよ」
「……私としてはそのへんの動機はどうでもいいです。あなたみたいなビッグネームがチームに入れば間違いなく動画は伸びますから」
「2Nが出る以上、これまで通りこのSintaroと二人組で出場するわ。BellKの出る幕はないの、分かったらさっさと東京に帰りなさい」
「話のできない人ですね、それはタロイモくんが決めることだってずっと言ってるでしょ?」
「は?」
「あ?」
険悪な空気に終止符を打つべく、俺は意を決して飛び込んだ。
「ぼ……僕としては、奈月さんがボイチャを使えるようになって俺以外とも連携がとれるようになったので……その、チームを組んでいただけると嬉しいんですけど……」
「シンタロー、雑魚は敵の養分になるだけよ、考え直しなさい」
「遠距離しか能の無い芋スナイパーがよく言いますね。どちらが雑魚か、一対一でもすればその足りない脳みそでも理解できるんじゃないですか?」
「は?」
「あ?」
無理でした(笑)
バッチバチに言い合いをしている彼女たちを尻目に、俺は諦めてスマホをつついていると、カランカランと、来店を知らせるベルが鳴った。
暗くなったスマホの液晶に、高身長、金髪碧眼の超絶さわやかイケメンが映る。
どうやら二人目の新メンバーも来たようだ。
「シンタロー、ようやく俺とセッ○スする気になったのか」
最後のメンバーがとんでもない爆弾発言をしたことにより、ようやく2NとBellKの口喧嘩は終戦を迎えた。
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