38話 結果
大きく息を吐きながら、ヘッドセットを外し、中につけていたイヤホンも外す。
割れんばかりの歓声が、鼓膜を大きく揺らした。
ゲーミングチェアをデスクから離して、またゆっくりと深呼吸をする。
「……やったな」
デスクについていた衝立を押し込んで、伏し目がちに、隣に座っていた仲間達にそう告げる。彼らは、まだ緊張した様な、それでいて嬉しそうな、よくわからない表情をしていた。
俺たちは公式戦初参加。さっきまでギリギリの勝負を繰り広げ、そして勝利した。
不思議な感覚に体を支配される。
満足感というか、幸福感というか、安心感というか、よくわからないけれど、そんな感覚だ。
勝利の余韻に浸るのもつかの間。
ジルとベル子は無言で立ち上がり、そして、ものすごい勢いでタックルをかましてきた。
「へぶむっ!?」
その勢いをモヤシ男の俺が吸収できるわけもなく、そのまま倒れこみ、自分の椅子の角に頭をぶつけた。
ちょっと待って……血が出そうなレベルで痛いんだけど……!
俺のユニフォームから顔をあげたベル子が、満面の笑みで口を開く。
「やりました! タロイモくん! 一位です!」
笑顔のベル子と一緒に、俺に覆いかぶさっている変態も続く。
「フゥン、王様にふさわしい結果だな」
まだラウンド1にも関わらずこの喜び様。
まぁしょうがないのかもしれない。U-18とはいえ、猛者が集まる公式大会で勝利を収めたのだ。嬉しくない筈がない。
俺はつり上がりそうになる頬をなんとかなだめて、ベル子とジルに注意する。
「お前らまだ初戦だぞ……! 喜びすぎだ! 奈月も何か言ってやれ!」
奈月に目配せすると、彼女はひどく濁った瞳でベル子を見つめる。
「……ベル子、離れなさい。シンタローに妊娠させられるわよ」
「お前は俺のことを何だと思ってんだよ……!」
実況が俺たちの戦績を大仰に発表し、そしてさらに大きな歓声が、会場を包む。
緊張から解放されたからか、さっきよりも歓声が大きく聞こえた。
俺たちは勝ったんだ。
初戦とはいえ、公式大会で結果を残したんだ。
喜びが、ふつふつと湧き上がる。
「なにやってるんですかタロイモくん! 早く行きましょう!」
「いやお前が押し倒したんだろ!」
ベル子が俺の手をグイグイと引く。
ラウンドを制したチームは、ゲーム後にインタビューされるのだ。
『それでは! 見事にlast winnerを飾った、チーム Unbreakableに勝利者インタビューです!』
大勢の観客達に挨拶をした後、俺たちはスタッフに案内されて、奥の会議室に通された。
小さな会議室に、所狭しとカメラが並んでいる。
大会スポンサーの名前がプリントされたお立ち台に登ると、カメラが一斉にこちらを向いた。
コミュ障の俺がうまく喋れるはずもなく、ほとんどベル子とジルに受け答えを任せたのは言うまでもないだろう。
* * *
「……疲れた」
インタビューを終え、俺たち4人は、選手控え室で昼休憩をとっていた。この休憩が終われば、ラウンド2が始まる。
ラウンド1では、順位ポイント500、キルポイント720。
俺たちは合計1220ポイントの高得点を叩き出した。
現在、2位に420ポイントの差をつけてぶっちぎりの1位だ。
「安地のせいで想定外のキルムーブしちゃったけど、次はもっと静かに立ち回ろうぜ」
「賛成です」
俺がため息を吐きながらそう言うと、ベル子がうんうんと頷いた。プレイスタイル的にも、ベル子は俺と近しいものがある。それ故に、接敵回数が多くなるのは不安なのだろう。
「たしかに、ポイント数では大幅にリードしているし、危ない橋をわたる必要も無いな」
「理想は3キルくらいで勝利する事、撃ち合いに絶対は無いし、ジルや奈月だって数的有利が崩されれば殺られる可能性が高くなる。けれど立ち回りには絶対がある。索敵チートのベル子が俺たちの立ち回りを絶対にしてくれるんだ。いいか、次は安全に、石橋を叩きに叩きまくって渡るぞ」
「それは分かってるけど……アイツがいる限り難しいわよ……」
奈月が眉間にしわを寄せて呟く。
「cross flareか……」
謎の、超絶技巧プレイヤー。
今わかるのは韓国籍のプレイヤーということだけ。
ゲームが終わった後、すぐに大会のパンフレットでkolangというチームを調べたけれど、分かったのは、リーダーのcross flare以外は、初心者同然のプレイヤーということだけだった。
「数合わせの為だけに、味方チームを選別して、ソロスク同然で公式大会キルムーブ、そんな無茶をかましておきながら18キルという好成績を残した。控えめに言って化け物だな」
「けど……タロイモくんだってラウンド1で18キルしてます……! 数で押しつぶせば、どうにでも……!」
「……正直、次勝てるかどうかは分からんぞ……実力は五分五分……いや、若干俺より、向こうの方が撃ち合いという意味じゃ強いかもしれない」
「ゲーム中は詳しく聞けなかったけど、私たちと別れた後の奴のたち回りはどうだったの?」
俺は、ゲーム中の出来事を、簡潔に4人に伝える。
「俺と同じようなムーブだったけれど、撃ち合い、エイム、反動制御、索敵、どれをとっても一級品だった。個人じゃなくて、1チーム相手にしてるんじゃないかって錯覚するくらいにはレベルが高かったな」
「……私もその意見に概ね同意よ」
「じゃあどうするんだ? 無名とはいえ、Sintaroレベルで強いのであれば、警戒しなければならないだろう」
ジルは足を組み替えながら、そう呟く。
それを聞いたベル子が、可愛らしいリュックからノートパソコンを取り出した。
「……とりあえず、さっきのラウンドのハイライトのデータはこのノートパソコンに入ってます。付け焼き刃ですけど、見ておいた方がいいですよね?」
「でかしたベル子。俺と奈月の情報だけじゃ心もとない。対策を立てられるかどうかは分からないけれど、見る価値は十分ある」
ノートパソコンを開いて、動画ファイルを開こうとしたその瞬間。
ノックも無しに、控え室の扉が開く。
「발견……!」
韓国語だろうか?
日本語ではない何かを口ずさむ、黒髪ベリーショートで、中性的な顔立ちの美少女が、控え室の扉を開けて、俺を見つめていた。