37話 揃った4人
キルログが流れる。
次から次へと、丘上の街にいたであろう敵の名前が表示されていく。
武器種はSMG。日本屈指のプレイヤー達が、たった一人のプレイヤーに、どんどん狩られていた。
「ほんと……腹が立つくらい強いわね……」
「私たちがあれだけ苦労した敵を……あんなに簡単に……」
「流石はSintaroだ」
「……お前らだって不利な状況じゃなきゃこれくらいやってのけるだろ」
敵味方入り乱れる乱戦。
敵も、味方の足音か敵の足音か区別がつきにくい状況で、シンタローは一人。自分以外の足音は全員敵と割り切れる状況は、シンタローが得意とするシチュエーション。
しかも屋内戦で、街の周りは低地。狙撃される可能性は低い。
今のシンタローはまさに水を得た魚。
飛び回るように建物の隙間を縫って敵を殺し、そして敵の気絶までも奪って、どんどんとキルを重ねていく。
「俺がヘイトを集める。その間にここまで詰めてくれ」
「お……おかしいです……タロイモくんがかっこよく見えます……!」
ベル子がまるで恋する乙女のような声をあげる。
……まずい。
私の女の勘がけたたましく警笛を鳴らす。
「……っ! シンタローは別にかっこよくないから! パンツとか裏表反対に履くし、ソックスとか別々の履いたりするし、とにかくダサいわ! あと髪の毛ボサボサだし……勉強できないし、足も遅いし……! ゲーム以外はほとんど無能なの! 目を覚ましなさいベル子……!」
「えっ……奈月さん? ここ公式大会だよ? 全世界に配信されてるんだよ?」
「まったく、しょうがないやつだな、Sintaroは……俺が毎日服を選んでやろう。安心してくれ、これでもトップデザイナーの息子なんだ」
「黙れジル。てめぇが俺にブーメランパンツを履かせようとした事忘れてねぇからな」
不安だった気持ちが、一気に晴れる。
シンタローがいれば……いや、四人で居れば、
怖いものなんて、何もない。
シンタローのキル数が15を超えたあたりで、私たちはようやく山上の街に到達した。
「そういえば、あの韓国のプレイヤーはどうしたんです?」
「俺より狙い上手そうだったから、射線合わせずに火炎瓶で焼いた」
「うわぁ……」
「うわぁとか言うなよ! 勝ったんだからいいだろ!」
三階建ての建物に芋る私たち。
残り人数は16人。
「さぁ、しまっていこう」
私たちは一人も欠ける事なく、最終局面を迎えた。
* * *
歓声が鳴り響く。
観客席は、最終局面を迎え、撃ち合いが始まったゲームに熱狂する観客達で溢れかえっていた。
「I cannot believe it so strong ...(本当に……信じられない強さね……)」
私は、自前の銀髪を手で梳きながら、思わずそう呟いてしまう。
結成3ヶ月にして、シンタロー率いるUnbreakableは、すでに総キル数32を記録している。
私は、中央に吊るされたモニターを、食い入るように見つめていた。
屋内戦最強の男は、十八番である最速の決め撃ちで、敵をどんどん殺していく。
血飛沫で頬を濡らす彼を見て、言葉じゃ言い表せないような感情が込み上げてくる。
「やっぱり……しんたろ……欲しい……」
私は北米サーバーでは敵無しだった。
年上のプロゲーマーにも、実力で負けたことは無かった。
そんな私が、大会でもほとんど賞金が出ない国のアマチュアの、ふたつ上の青年に、完膚なきまでに叩きのめされたのだ。
慣れないアジアサーバーで油断していたのもあるけれど、それを差し引いても、彼は強かった。
キルログで彼の名前を確認した時、下腹部に熱がこもるのを感じた。元々ファンだった彼に、殺されたのだ。悔しいけれど嫌な気分じゃない、不思議な気持ちになった。
メスの本能というやつなのかもしれない。
自分より強いものに、私はどうしようもなく惹かれてしまうのだ。
「ruler、そろそろ試合の準備するぞ」
隣から、grimeの声が聞こえる。
彼は大きめのマスクで顔を隠していた。
顔が売れていると大変だ。
「今いいところだから、邪魔しないで」
「情報収集なら明日にでもできる。それより今は、予選突破を優先するべきだ」
「予選なんて、簡単にクリアできる。問題はあのチームよ。私たちが研究していた時より数段レベルが上がってる」
「……まぁ、ある程度は強くなっているみたいだな。それでも俺たちの敵じゃないだろう?」
「あのチームは敵じゃない。けれど、シンタローは私たち四人で攻めても、勝率は五分五分よ。」
「……考えすぎだ。俺たち4人で撃ち勝てないなら、一体誰が勝てるんだ?」
「馬鹿ね、grimeは」
顔をしかめるリーダーに、私は当たり前の事実を告げる。
「誰も勝てないから、世界最強なのよ」
* * *
「はぁ……はぁ……あと、ワンパ……!」
危ない局面もあったけれど、ベル子の索敵を駆使して、俺たちは未だ一人もかけることなく、最終安地である、大きめの二階建てに芋っていた。
残り人数は8人。
俺たちを引けば4人。
これまでの銃声からして、残りの4人は同じチーム。
あと4人を殺せば、俺たちがlast winnerだ。
「ベル子、敵の位置は?」
「敵は一階の外、2人は北東の壁際に張り付いてて、もう2人は奥側の岩裏に芋っています。伏せている音が聞こえました」
毎回思うけれど、最終安地になってからのベル子の強さは異常だ。
敵が近ければ近いほど、ベル子の索敵能力は冴える。
視野が狭い一人称視点であるFPSにおいて、敵の位置を知るということが最も重要なスキルになる。
ウォールハックを使っているレベルで敵の位置を正確に知ることができる斥候なんて、どのチームも喉から手が出るほど欲しいだろう。
「了解。手榴弾を投げた後、ジルと俺で突るから、ベル子は平屋の中で待機、奈月は安地の円を左回りに迂回して木の裏で待機。敵の頭が狙えるようなら合図を待たずに抜いてくれ」
「わかった」
「御意」
「それじゃあ行くぞ」
アタッカーであるジルの後ろに続く。
手榴弾を二階から一階に落としたと同時に、俺たちは反対側の窓から飛び降りる。
鈍い破裂音が聞こえた。
「敵はダウンしていない……間一髪避けたみたいだな。けれどダメージは入っている筈だ、このまま撃ち合うぞ」
ジルを前衛に、俺が後衛につく。
「見つけた」
ジルはそう呟くと同時に引き金を引く。
AKMのフルオートが、的確に敵の頭を真っ赤に染める。
「もう一人いるぞ!」
「問題ない」
壁際から飛び出してきた敵を、ジルは銃を入れ替えて、撃ち抜く。
キルログに敵の名前が表示された。
「王様に勝とうなど、二万年早い」
「お前イキってるけど相当危なかったぞ……」
「俺が倒れてもシンタローが残りを仕留めるだろ。計算通りだ」
「……お前のそのメンタルだけは尊敬するよ」
ダメージを相当もらったけれど、敵二人に撃ち勝った。
ツイッターで流れてくるような超絶技巧の反動制御と狙いを魅せるジル。ヘッドセットの外から、小さく歓声が聞こえた。
「残る敵は後二人……」
俺がそう呟いた瞬間。
RLRゲーマーが聞けば戦慄してしまうであろう銃声が聞こえた。
「敵、一人抜いた」
AWMを装備した奈月が、涼しげな声をあげた。
俺がcross flareから奪った物資武器を奈月に持たせたのだ。
岩裏に隠れていたレベ3ヘルメットを着用した敵の、わずかな隙をついて、気絶なしのワンパンで倒す、ウチの砲台。
「ほんと、頼りになる仲間達だよ……」
一人になった敵に、俺は突る。
敵が岩裏から頭を見せれば、奈月やジル、二階建てから覗くベル子の的になる。
「……行くぞ」
火炎瓶、手榴弾、閃光弾。
あらゆる投げ物を岩裏に投げ込むと、敵はたまらず岩裏から飛び出す。
「良い的ね」
AWMの銃声が、真っ青な空に轟く。
それと同時に、画面に俺たちの勝利を告げるメッセージが流れた。
初戦はこれにて終了です。
長くなりすぎた……。
次回はcross flareさんが登場、お楽しみに。