36話 だって私のヒーロー
ボロボロの車を乗り捨て、安地ギリギリの二階建てに駆け込む。
「な……なんとかなりましたね……」
「運が良かったわ……この家をとられてたら私たち確実に潰されてた」
「ピンチの後には必ずチャンスが来る。勝負ごとの鉄則だ。俺たちはリスクを冒したムーブを見事成功させた。橋からの流れは確実にこちらに傾いている。ここからが本当の勝負だ」
橋を渡りきった私たちは、なんとか敵の攻撃をかいくぐり、二階建ての建物に芋っていた。
現在の安地収縮は30秒後に終わり、それと同時に、新たな安地が表示される。
収縮が4回目を終えようとしているのにもかかわらず、まだ50人以上ものプレイヤーが生存していた。
公式大会では、ほとんどのチームが高配当の順位ポイントを狙う。この大会の場合は、積極的にキルを獲りに行くよりも、生き残った方がポイントが高いのだ。
この狭い範囲に、50人。
U-18RLR公式大会の真骨頂。
本当の生き残りをかけた戦いはここから始まる。
「タロイモくんの反応は未だありませんね……とにかく、ここまで来たら私たちだけで一位を狙う覚悟を決めましょう」
「……」
「……了解」
私はベル子の言葉に返答することが出来なかった。
シンタローと別れてから3分間の間、キルログを確認できていない。橋での戦闘やらそれ以外の立ち回りのせいでログ管理が疎かになってしまったのだ。
落ち着いてからは、ログを食い入る様に見つめていたけれど、シンタローの名前も、そしてcross flareの名前も、一切表示されていなかった。
未だ、どちらが生存しているかわからない状況。
シンタローが勝ったのか、負けたのか、あるいは両方安地外で死んだのか。
ログに名前が表示されるか、無線にシンタローが復帰するかしなければ、シンタローの安否を確認する術はない。
となりに座るシンタローの画面を見ようにも、デスクトップPCと、簡易的な衝立が邪魔をして、覗き見れないのだ。
「……奈月さん、大丈夫ですか……?」
「……大丈夫、そろそろ次の安地が決まるわよ」
ベル子にそう促して、マップを開く。
心の乱れはエイムの乱れ。今は不安を、殺さなければならない。
私達が負ければ、シンタローは、いなくなってしまう。
「……次の安地決まりました……」
「……なるほど」
ベル子とジルの残念な声を聞けば、次の安地が私たちにとって有利か不利かは容易に察することができるだろう。
私たちがいるのは、現在の安地の最も南西の二階建ての家。
その家の周りは、半径50メートルほどが平地なのだ。立っている遮蔽物も、木が三本、ぽつぽつと立っているだけ。
それだけならまだしも、そこからさらに道路を渡り、次の安地である北東の山上まで移動しなければならないのだ。
車は爆発寸前、しかも、車の音を盛大にさせてこの家に突ったので、周りのチームにはほぼ確実に索敵されている。
何もない吹きっさらしの野山を、3人が無防備に移動すれば、間違いなく攻撃される。
文字通り絶体絶命。
ほとんど死を宣告されたようなものだ。
この状況で、一体どうすれば勝てるというのか。
「勝てます」
オーダーが、呟いた。
「………え?」
「だから、勝てるって言ってるんです」
率直な疑問を、ベル子にぶつける。
「勝つって言ったって……この局面をどうやって……」
「策は今から考えます」
短絡的な返答に、苛立つ。
野球で例えれば、9回裏ツーアウトで5点差。
サッカーで例えれば、後半ロスタイムで2点差。
それほどまでに絶体絶命。
しかも敵はただの野良の集まりじゃない。正真正銘、厳しい予選を勝ち抜いてきた猛者たちなのだ
「……アンタ、このゲームナメすぎ」
私はぶっきらぼうにベル子に告げると、彼女は尚も、平坦な声で続けた。
「ナメてるのは奈月さんです。このゲームに勝つために、一番大事な事を忘れたんですか?」
「………」
「最後まで、絶対に諦めない事です」
「……そんな精神論が通用する程、このゲームは甘くない」
「けれど、諦めたら勝つ可能性はゼロになる。私は絶対に勝ちたい。勝率が限りなく低かったとしても、死んでも諦めたくないんです」
ベル子は、はっきりと、弱々しく、言葉を吐いた。
「だって負けたら、タロイモくんがとられちゃうじゃないですか……」
普段明るい彼女からは、想像もつかないような不安そうな声だった。
「私はまだまだ、このチームでゲームをしたいんです……! タロイモくんの実力を考えたら、たしかにVoVに移籍した方が、タロイモくんの今後の人生にとって、大きくてプラスになることは分かっています……それでも……それでも……嫌なんです……!」
涙が滲むその声に、私の心も同調して、視界がにじむ。
「私は、このチームで、ずっといっしょに、いたいんです……!」
ベル子の声が、心に刺さる。
ジルが続く。
「ベル子、よく言った。俺たちはVoVに思い知らせなければならない。誰の仲間に手を出そうとしているかを。お遊びチームだと馬鹿にしたツケを、しっかりと払わせなければならない」
「……その為に必要なのモノは……」
「完璧な勝利。キルレも、キル数も、ノック数も、ダメージ数も、全てトップを獲る」
忘れていた殺意が蘇る。
私はあの、真っ白な女に、世界最強のスナイパーの頭に、風穴を開けなければならないのだ。
かけがえのないものを、一瞬とはいえ。私はあきらめようとしていた。
シンタローの顔が、ベル子のむくれ顔が、ジルのドヤ顔が、脳裏をよぎる。
求めるべきは、完璧な勝利。
diamond rulerに、VoVに、思い知らせる必要がある。
シンタローは、私たちのチームだって。
勝たなきゃ、強くならなきゃ、一緒にいられない。
私はいつだってそうだった。なにも変わらない。
いつか、シンタローよりも強くなる。こんなところで、挫けるわけにはいかない。
「……私に出来るのは、敵の頭を撃ち抜く事だけ、オーダー頼んだわよ」
「任せてください! たった今思いついた良い作戦があるんです!」
ベル子は、胸を揺らしてそう答える。ベル子のアバターは現実と同じように胸を極端に盛っているのだ。
また少し苛つきかけたけど、我慢して、ベル子が立てた作戦に、耳を傾けた。
* * *
作戦に開始位置についた私たち三人は、耳を澄ませる。
安地内のあちこちから銃声が聞こえて、キルログがものすごいスピードで更新されていく。
次の安地収縮にかけて、この激戦はずっと続くだろう。
私たちは、このどさくさに紛れて、向こうの山上にある小さな町に突らなければならない。
「それでは、行きますよ……!」
ベル子の合図を聞いて、私たちは発煙弾のピンを抜いて、出来るだけ遠くに投げる。
「名付けて、煙の中をマラソン作戦です! これぞ王道ムーブ! 投げ物こそ最強武器なんです!」
シンタローに毒されてしまったベル子を哀れに思いつつも、なかなか理に適った作戦だと私は思っていた。
発煙弾。
初心者には、攻撃能力の無いただの投擲武器だと思われがちだが、玄人にとって、これほど有用な武器は無い。
何もない場所に、射線を切れる安地を生み出すことができる。こう文字に起こせば、如何に発煙弾が有用か伝わるだろう。それ以外にも味方がダウンした時や、敵の物資を安全に漁りたいときなど、活用場所は多岐にわたる。
「スモーク全部使い切った!」
「俺もだ!」
何もない平地に、安地へ向かって、真っ白な煙の道ができる。若干足りない部分もあるけれど、コレが限界だ。
私たちは一斉に走り出した。
「それじゃあ撃たれるまでは走って安地内に向かいます! 撃たれたら……頑張って避けてください!」
「要するに運ゲーってことね」
「フゥン、敵から撃たれるということは、撃ち返せる場所に敵がいるということ、撃ち勝てばいいだけだろう?」
「ほんと脳筋ですね……でも今は心強いです! しょうがないので私の分のキルは譲ってあげます」
作戦と呼べるかどうか危うい代物だと思っていたけれど、案外敵に攻撃されることなく、100メートルほど進んだ。ベル子がスモークを追加して、さらに進む。
今は敵も、別パと接敵したり、ポジション争いで忙しいのだろう。
もしかしたらこのまま何事もなく、山上の街まで突れるかもしれない。
「あと……すこし……!」
スモークの道が無くなる。
残り50メートルほど。
スモークは尽きた、あとは木の裏や岩裏を駆使して寄るしかない。
「……ッ!」
けれど、そんな甘い考えは、すぐに撃ち砕かれる。
「正面の山上! 岩裏に敵です! 数は2人!」
「任せろ!」
ジルが咄嗟に攻撃して一人気絶をとる。
けれど、もう一人の敵に攻撃され気絶する。
敵が二人いれば、弾の数も二倍になる。いくら撃ち合いが強くたって、数的に不利であれば負ける可能性は高くなる。
向こうには遮蔽物があり、こちらは遮蔽物も何もない野っ原。いくら撃ち合い最強のジルでも、そう簡単に勝てる状況じゃなかった。
「ベル子! ジルを起こして!」
「了解です!」
敵の弾丸にHPを削られながらも、私はスコープを覗く。
息を止めて、引き金を引いた。
キルログに敵の名前が流れる。
「奈月さんナイスです! 岩裏まで走りますよ!」
ジルを蘇生し終えたベル子が叫ぶ。
先ほど敵がいた岩裏なら、安地から外れているけれど、射線を切って回復できるはずだ。
「すまん、助かった」
「……謝る必要は無いわ。……その……」
「……仲間だからか?」
ジルは、私が言い淀んでいた言葉を、恥ずかしげもなく発した。
「……そう……それよ」
「なら訂正しよう。ありがとう奈月、助かった」
「……さっさと走るわよ!」
顔が熱い。
こういうのは苦手だ。
……まぁ、悪くないけど。
目標の岩裏が見えた。奥には安地内であろう山上の小さな町も見えた。
あと少し……!
そんなタイミングで、ベル子がまた声をあげる。
「今度は北西の木の裏に敵です! 二人見えました! 人数は確定できてません!」
速攻でエイムを合わせる。
「エイム合わせた。いつでも撃てるわよ」
「俺もだ」
「撃ってください! この進路なら接敵はまぬがれません!」
ベル子の合図を聞いた瞬間、引き金を引く。
ヘッドは外したけれど、胴体に入ってそのまま気絶が入る。
どうやら敵もHPがかなり削れていたらしい。
ジルももう一人を気絶させる。
「確キル入らず、もう一人か二人いるぞ!」
「了解です! とりあえず岩裏まで走りましょう! このままのHPでまた撃ち合えば確実に全滅します!」
私たちのHPバーは、三人そろって半分以下になっていた。
誰とも接敵しないことを祈りながら、息を切らせて走る。
岩裏まで、あと少し、あと10メートル……!
岩裏にいる敵の物資を漁って発煙弾を手に入れれば、あとはさっきと同じ様に山上の街に突ればいい。
数々のリスクを経て、ようやく勝機が見えてきた。
「ッ!?」
そんな私の考えは、またもや撃ち砕かれる。
弾丸が、走っている私の肩を貫いた後、乾いた音が野山に響いた。
スコープを覗かなくてもわかる。
山上の小さな街の、一番手前の建物のどれかに敵がいる。そこにスナイパーがいる。
距離は500か400、銃を構える前に、私はやられるだろう。
ここまでか。
悔しいけど、しょうがない。
私が死んでも、ジルとベル子さえ生き残ってくれれば、それでいい。
「ベル子! ジル! 私が囮に……っ……?」
作戦を提言する前に、戦況が変わる。
山上の街の敵が死んだのだ。
遠目だけれど、手榴弾で吹き飛んだのが見えた。
私はキルログを確認する。
そこには、私の絶対絶命のピンチを救ってくれたプレイヤーの名前が表示されていた。
「……遅いのよ……ばか……っ!」
「……待たせたな」
私の幼馴染であり、世界最強のプレイヤーが、申し訳なさそうに返事をした。