35話 開き直り脳死火力コンビ
「橋ッ! 見えました!」
ベル子が叫んだ。
私たちが乗っている車は、砂塵を巻き上げながら、安地を目指して全速力で走っている。
「敵確認! 橋半ばの廃車の裏に1人、橋の出口付近に2人です!」
ベル子の報告を聞いた次の瞬間。乾いた音が空に響く。
車体に無数の穴が開いた。
想定していたパターンの内、間違いなく最悪のパターン。
敵パーティーが、無防備な車を奇襲する為、橋向こうで芋っていたのだ。
いわゆる『検問』と、呼ばれる戦術。
敵パーティーは橋向こうで、こちらにキッチリと狙いを合わせて、伏せ待ち。
けれど、車に乗ってる私たちはそうはいかない。ガタガタと揺れる車では、照準を合わせたり、反動を制御することは至難の業。
反撃できない鉄の箱が、単調な動きでまっすぐ進んでくるのだ。敵からすれば、これほど攻撃しやすい的はない。
「ッ! 流石にこれじゃ撃ち負けます! やっぱり引き返した方が…!」
「いや、その必要はない」
慌てて車を左右に揺らして運転するベル子に、ジルは冷静に返答した。
「でも!」
「ベル子、2秒でいい。車をまっすぐ走らせてくれ」
急に真面目な声をだすジル。普段とのギャップで、何故か妙に説得力が増すのだ。
何の根拠もないようなムーブでも、そうした方が上手くいくんじゃないかとさえ思ってしまう。
現にジルは、冷静でいられなかった私を、ものの数秒で落ち着かせた。
少しの静寂が訪れた後、ぶっきらぼうにベル子は吐き捨てる。
「……どうなってもしりませんからね!」
オーダーの命令を制止してまで、ジルがやりたい事。
いや、正確には。
ジルにしか出来なくて、
ジルはそれだけしか出来ない。
「奈月、やるぞ」
「……了解」
ジルの最大の武器であり、同時に生命線でもあるスキル。
立ち回りが苦手でも、後から撃ち出しても、撃ち勝ってしまう暴力的なまでのスキル。
反動制御。
どんなに不利な状況でも、圧倒的な反動制御、エイム力で撃ち勝つのが、ジル本来のスタイル。
エイム力至上主義のジルの立ち回りは、まるで北米サーバーのトッププレイヤーの様だ。
いつもであれば、ジルを止める場面だけれど、背後から毒ガスが迫っていて、尚且つ、この橋を渡るしかないという、不利を押し付けられた今の状況であれば、ジルのスタイルは却って効果的だ。
背水の陣。
立ち回りで挽回できないのであれば、腹をくくって、敵の頭を撃ち抜くことだけを考える。
死ななければ負けないというシンタローのプレイスタイルとは真逆。
一人残らず殺せば勝てるというシンプルな発想。
圧倒的な不利を無かったことにできるジルの強みを、最大限活かせる場面が、今のこの状況なのだ。
こういった局面に限っては、案外ジルはオーダーに向いているかもしれない。
ジルが腹をくくれと言うほどの状況であれば、私たちは信じて従うのみ。
脳死キルムーブに終始する。
「開き直れ、今は立ち回りは関係ない。シンプルに、敵の頭を撃ち抜けば良いだけだ」
尊大。大仰。傲慢。
今のジルを表現するなら、このあたりの言葉が適切だろう。
「……そういうの、嫌いじゃないわ」
敵の頭を貫くだけ。シンプルで良い。
「火力コンビはこれだから嫌なんです……!」
ベル子の泣き言を無視して、ジルと私は車外に身を乗り出す。
照準を敵に合わせる。
車は揺れ、同時に、照準線も上下に揺れる。
「ッ!」
容赦無く、敵は横殴りの鉛の雨を浴びせてきた。
弾丸が肩を貫き、車からは灰色の煙が出ていた。
「2秒以内に決めてくださいよ! 行きます!!」
ベル子はハンドルを固定して、車をまっすぐ走らせる。
少しだけ照準が、照準線が、安定した。
「退け、愚民共」
揺れる車内の中で、敵の鉛玉にHPを削られながらも、ジルは2倍スコープを覗く。
そして、敵の顔面に、照準を合わせながら。
引き金を引いた。
引き続けた。
「そこは王様の通る道だ」
AKMの重たい銃撃音が鳴り響く。
車内からの、一切妥協のないフルオート射撃。
AKMをフルオートでぶっ放すプレイヤーなんてそうそういない。
7.62mm弾を使用する、高威力、高反動なARを扱う場合の射撃方法は、タップ撃ちや、単発撃ちがベターだ。
それほどまでに、ジルが扱っている銃は、反動制御が難しい。威力は強いけれど、伏せて撃ってもブレるほど、銃身が跳ね上がりやすいのだ。
「ログ確認! 1人ダウンです! ……すごい……!」
そんな暴れ馬を、完璧に乗りこなす王様。
「もう1人」
そのまま次の敵に狙いを定め、引き金を引く。
寸分の狂いも無い。
まるで鉄が、強力な磁石に吸い寄せられるように、ジルの放った弾丸は敵の頭に吸い込まれていく。
敵の頭を吹き飛ばし、鮮血が舞う。
「アンタばっかにいいカッコさせないわよ」
私も負けじとスコープを覗いて、一番奥の敵に照準を合わせる。
味方が一気に2人もやられて動揺しているのか、最後の敵は橋の鉄柱から身を乗り出して、私たちの車を攻撃していた。
「…………頭が丸見え」
息を止めて。
引き金を引いた。
キルログに、気絶無しの即死を示すメッセージが流れる。
「あなた達……本物の化け物です……」
ボロボロの車を運転しながら、超人気美少女YouTuberが出しちゃいけないような声のトーンで、ぼそりと呟くベル子。
「……化け物? 気に入らんな」
車内に体を戻して、ジルは本物の王様のようにふんぞり返る。
チームでお揃いのスキンにしているはずなのに、なぜか、ジルのヘルメットが豪華絢爛な王冠の様に見えた。
「俺の事は、王様と呼べ」
背後から、ヘッドセット越しだけれど、微かに歓声が聞こえた。
このヘッドセットを外せば、会場中に、鼓膜が悲鳴をあげるほどの歓声が鳴り響いているのだろう。
その観客の中には、きっと、あいつもいる。
真っ白で、赤目で、私の大切な人を奪おうとする、最強のスナイパー。
……死んでも、負けるわけにはいかない。
あいつを否定しなければ、私はシンタローの隣にいられないのだから。
私は、そんな思いからか、普段は絶対に口にしないような言葉を、ポロリと漏らしてしまう。
「私は世界ランク2位の最強スナイパーよ? この程度で驚かないでほしいわね」
今度ははっきりと、ヘッドフォン越しから歓声が聞こえた。
キリが悪かったのでちょっと短くしました。ごめんなさい。
次回は熱い展開用意してます。お楽しみに。