34話 一人欠けたチーム
蘇生のインターバルを終え、復活する。
俺とジルはすぐさまマンションから離れ、近くの二階建てに芋る。
「ジル、サンキュー…!」
「お安い御用だ。それでどうする? 敵はかなりデキるんだろう?」
今は奈月がcross flareを抑えている。
けれど、奈月のHPバーを見る限り、戦況は芳しくない。
屋内戦は奈月が苦手とするムーブ。
しかも、敵は俺と同じような投げ物で攻めてくる。やりにくいことこの上ないだろう。
「当初の予定を優先する」
俺がそう呟くと、ジルは声にならない悲鳴を、小さくあげる。
「4人で移動するという道は……」
「無い。たぶんcross flareは本物だ。根拠はないけど、そんな匂いがする。実力はgrimeやrulerクラス、キルムーブというスキルだけなら、それ以上と言っていいかもしれない」
奈月のHPバーが少しずつ欠けていく。なるべく早く、決断しなければいけない。
「俺たちと同等、もしくはそれ以上の強い敵に出会った場合は、1人を殿に残して残り3人は生き残ることのみに終始する。これは大会前に決めた俺たちチームのルールだ」
強く、言葉を発した。
「……なら……殿は俺が…!」
ジルは弱々しく、そう答えた。
俺はその甘さを打ち砕くように、さらに冷たく、呟いた。
「チームで屋内戦が一番得意なのは俺だ。俺が戦う」
「ッ……シンタローはオーダーだ。お前がいなければ生き残るものも、生き残れない!」
ジルの言葉に同調するように、奈月も乱暴に言葉を吐き出す。
「そうよ! あんなシンタローの紛い物、私たち4人でやれば……!」
4人で戦えば確かに勝てるかもしれない。
けれど、安地収縮がもうじきはじまるこの状況で、そんな悠長なことは言ってられない。
俺たちは長距離の移動に加え、橋を渡るというリスクを背負わなければならないのだ。
移動が遅れれば遅れるほど、橋で検問(橋など、限定された道を通る車を待ち伏せして狙撃する戦法)しているパーティーに出くわすリスクはどんどん高くなる。
今大会で求められているスキルは、生き残ること。
今は少しでも順位を上げることに終始するべきだ。
戦いはこのラウンドだけじゃない。
予選さえ突破できれば最悪6位だっていい。
「俺たちはもう、充分にキルポイントは稼いだ。あとはこのラウンドを6位以内に生き残ればいいだけだ。それだけで充分なスタートダッシュを切れる。ベル子の索敵があれば、難しい事じゃない。ここで全滅のリスクを負う必要は無いんだ」
「でも……っ!」
強者を相手にしているにも関わらず、食い下がる奈月に、ベル子が語気を荒げて発言する。
「車持ってきました! 奈月さん!ジル! 早く乗ってください!」
それと同時に、俺はマンション内に発煙弾をいくつも投げ入れる。さらに時々手榴弾も混ぜる。
屋上まで駆け上がる敵の足音が聞こえた。
……本当に抜け目のないやつだ。奈月と戦いながら、発煙弾と手榴弾のピンを抜いた音の違いまでしっかりと聞いてやがる。
「奈月! ジル! 早く行け!」
俺はマンションに突りながら、叫ぶ。
「…………ッ! 死んだら死刑だから!」
奈月はマンション1階の窓を割って外に出ながら、そう叫んだ。
そして、俺と入れ違いに屋外へ出る。
牽制ついでに屋上に火炎瓶を投げながら。
「タロイモくん! 強ポジとって待ってます!」
「Sintaro……! 紛い物に負けたらディープキスの刑だからなッ!」
奈月とジル、そしてベル子は、車に乗り込み、そして発進させながら叫ぶ。
あいつら好き勝手言いやがって……。
「ふぅ……」
大きく息を吐く。
……まぁ、やるしかないよな。
死刑もディープキスもごめんだ。
「さっきは油断したけど、今度はそう簡単にやられねぇからな」
孤立したマンションの中。
無名のキルマシーンと、足音のみで牽制し合う。
足音の聞かせ合い。騙し合い。
ボクシングでいうジャブの応酬のようなもの。足音のみで相手との間合いを図り、攻撃の糸口を見つける。
「っ…!」
敵の足音を聞いて、思わず苦悶の声が漏れる。
足音、動き、手榴弾のピンを抜くブラフ。
どれをとってもcross flareは一級品だった。
「まずい……こいつ俺より強いかも……」
奈月達と距離が離れ、無線が届かなくなったと同時に、俺は思わずそう呟いた。
* * *
シンタローを街に置き去りにしてから、少し経った頃。
私たちは見晴らしの良い野山を、車に乗って、全速力で駆け抜けていた。
「500m超えて、無線……切れました……」
ベル子がそう呟く。
画面左上に視線をやると、シンタローのネーム部分が灰色に染まっていた。
生気を失ったようなこの色は、シンタローと無線が繋がらないということを意味している。
マップも同様に変化し、シンタローの居場所を示すピンが、灰色になって動かなくなった。
これは、RLRの、他のゲームにはない稀有な特性。無線が繋がるのは半径500メートルまでというシステムのせいだ。
密林マップなら300メートル、砂漠マップなら1キロ。雪原、通常マップであれば500メートル。
とにかく、チーム内で無線が繋がる範囲は決まっており、味方との無線の範囲外にでれば連絡は取れないし、居場所示すピンも、無線が繋がっていた最後の場所で動かなくなる。
4人の無線距離を限界ギリギリまで伸ばし、伝言ゲームの要領で索敵範囲を広げるキルムーブもあるけれど生き残るということが最優先の今現在、やるべき事じゃない。
「っ……」
私はSRのマガジンを交換しながら、ため息を呑み込む。
私がもっと強ければ……!
屋内戦だろうと、cross flareを問答無用で殺せるくらい強ければ……シンタローをおいていくなんて選択肢を選ばずにすんだのに……!
自分の不甲斐なさに、はらわたが煮えくりかえる。
そんな私の怒気を察したのか、ジルがおもむろに口を開いた。
「……奈月、冷静になれ」
……冷静にならなければいけない。
そんなことわかってる。わかりきってる……!
けれど、遣る瀬無い感情は、私の理性と相反して、さらに膨れ上がる。
「冷静になれ……? この状況で……? 文字通りチームの要石が抜け落ちたのよ? そんなことも理解できないのであれば、ジル、アンタが冷静になるべきよ……! アンタ達も薄々気付いているでしょうけど、このチームはシンタローがいなきゃ回らない。あいつが私を含め、全メンバーをケアして、尚且つオーダーまでこなしていたから突飛な作戦でも上手くいってたのよ……! そのシンタローが今はいない。欠陥だらけの3人組で冷静でいられるわけないでしょ……!」
私は自分の不甲斐なさを、思わずジルやベル子にぶつけてしまう。
「……奈月さんは、私のオーダーじゃ、不安ですか……?」
「…………っ!」
ベル子の、悲しそうで、申し訳なさそうな声に、私は頭から冷水をかけられたように、一気に冷静になる。
私は、公式大会を共に戦い抜く、大切な仲間を無神経に傷つけたのだ。
「…………ごめん、ちょっと……言い過ぎた……」
敵を逃して、シンタローに尻拭いをさせ、さらにはチームの空気まで悪くする。
……トロールにも程がある。
今は大事な公式大会の初戦、冷静になるべきは明らかに私の方だった。
「……奈月、お前はふたつほど、思い違いをしている」
優しい声音で、ジルはそう呟き、そして続ける。
「世界中のRLRプレイヤー、周知の事実である事をあえて、今、口にしよう」
「………」
うるさい車の音が、その瞬間だけ、不思議と消えたような気がした。
「俺のSintaroは、死なないという一点において、絶対に誰にも負けない」
優しい声なのに、妙に説得力のある声音に、思わず息を呑む。
「そしてふたつめ、欠陥だらけの3人組は今日で卒業だ。初の公式大会……たとえシンタローがいなくとも、最後まで生き残れるということを証明するにはちょうど良い機会じゃないか、世界最強におんぶに抱っこじゃ、キングの名が泣く。トップYouTuberの名や、アジア最強スナイパーの名だって、鼻水垂らして大泣きするぞ?」
ジルはわざとらしく、おどけて見せた。
「……そうですね! あとでプレイ動画を見直した時にタロイモくんがびっくりするぐらいの連携を見せてやりましょう!」
発奮するベル子、それに呼応するように、暖かい感情が胸の奥から湧いてくる。
「……ごめん、ジル、ベル子……ありがと……冷静になった」
「謝る必要はない。チームだからな。助け合うのは当たり前だ」
「奈月さんが泣いてお礼を言うくらいの神オーダー飛ばしてやりますよ! ……その代わりと言っては何ですけど、今度私の動画に出演してくださいね? もちろん顔出しで!」
ジルの尊大な態度に、ベル子の厚かましい態度に、私は何故か安心していた。
……こんな気持ち、シンタロー以外じゃはじめてかもしれない。
「……このラウンドで一位になれたら……ね」
「言質とりました! 待ったはなしですよ!」
「いいからさっさとオーダー出しなさいよ、もうすぐ橋が見えるわよ」
「言われなくてもキッツイの命令してやりますよ。……それじゃ行きますよ……!」
橋が見える。
ジルが呟いた。
「さぁ、しまっていこう」
シンタローのいない戦いが、はじまる。
奈月はシンタローがそばに居ないと余裕がなくなってうざい子になっちゃうんです。許してやってください。