33話 無名のキルマシーン
* * *
「はぁ……はぁ……」
喉が乾く。
俺達が最序盤で向かい、そして物資を漁った街は、第二次の安地収縮で中心になり、あれから3パーティほど突ってきた。
ベル子が一回気絶、ジルは二回気絶したけれど、攻撃してきたチームをなんとか撃退し、俺たちは街の1番西側のマンションに芋っていた。
「……キル数確認するぞ」
「4キル」
「2キルです」
「6キルだ」
俺が4キルだから、合計16キル。
丸々4パーティ潰したことになる。現時点で合計キルポイントは320。
公式大会で序盤からこれだけキルとれれば最多キル賞とか獲れちゃうんじゃないかってくらい戦闘民族してる。作戦立てた当初はこんなはずじゃなかったんだけどな……。
そして、第三次の安地収縮が終わり、次の安地が表示される。
「頼む……っ!」
こんだけリスク背負って戦ったんだからせめて、安地はこっちに寄って欲しい。
そう願いを込めて、マップを開く。
「……うわぁ……」
物の見事に安地は外れていた。
しかも、川を挟んで大きく北西方向にずれている。長距離の移動に加え、橋を渡るというリスクを冒さなければならない。
「……ベル子、ガソリン拾ったか?」
「もちのろんです。拾ってます」
「なら速攻で移動するぞ。車は、俺と奈月、ジルとベル子の二台だ」
「心得た。carをとってこよう」
「わかりました。車を回してきますね」
移動するべく行動に移るベル子とジル。
けれど、奈月だけは、マンションの中で何故かまごついていた。
「どうした……?」
「……いや、ログ管理で気になった事があって……」
俺はすぐさま画面左上に表示されているキルログを確認する。
奈月は神妙な面持ちで告げた。
「このcross flareってプレイヤー……さっきから1人で18キルしてる……」
「は……?」
日本の強豪が集まるこの公式大会で、たった1人で18キル?
……ありえない。
そもそも激戦区に降りたとしても、4パーティ以上、18人も居ない。敵がいなければ殺すこともできないはずなのだ。
「何かの間違いじゃないのか?」
「いや……ずっと注意して見てたから間違いないわ」
いつも慎重な奈月が言い切る。
かなり信憑性は高いだろう。
「使用武器は?」
「武器は途中から物資武器ばかり、AWMとGrozaよ」
「殺意高すぎだろ……」
物資武器とは、ゲームの途中で飛行機から落とされる補給物資からのみ、手に入れられる強力な武器の事。
AWMなどはその最たる例だ。
最強のSRであり、レベル3ヘルメットでさえもワンパンで貫くことができる。
「そのcross flareってプレイヤーのチーム名は?」
「kolangってチーム。韓国からのエントリーよ」
韓国……RLR、いや、e sportという競技において、無類の強さを発揮する絶対王者。RLRの公式大会においても、有名な大会は軒並み韓国が優勝している。あの常勝軍団であるVoVですらも、韓国のプロゲーミングチームに優勝数では負け越しているのだ。
「韓国からの強豪チームは今回の公式大会にはエントリーしてなかったはずだろ……? アジア圏の参戦はheavenだけのはずだ」
「……事前にチームを調べたけど、kolangの情報はほとんど無かった。というか、cross flareって奴以外は、最序盤でみんな死んでる」
「……ってことは、実質ソロで18キルってことか……?」
「たぶんそう……だと思う」
思わずゲーム画面から目を離して奈月の方を見つめる。
「ありえない。そんな超絶技巧のプレイヤーが今まで無名のはずが……」
俺が言葉を続けようとした瞬間。
マンションが揺れた。
ガゴンと鈍い音が聞こえた。
すぐさま窓から音のした方向を確認する。
ボロボロの車がマンションの壁に激突していた。運転席に人影は無い。
マンションを駆け上がる足音が聞こえた。
「クソ! 油断した! 奈月、屋上まで上がるぞ!」
「分かった!」
奈月の話に集中しすぎて、高速で近づいてくる車の存在に気づけなかった。
索敵担当であるベル子が居ればこんな醜態を晒すことは無かったんだろうけど、ベル子は現在、車を取りに行ってマンションから離れている。
ベル子に索敵を頼りすぎたツケが大事な公式大会でまわってきてしまったのだ。
「敵だな、寄った方がいいか?」
「頼む。近づく時は細心の注意を払ってくれ」
ジルの心配そうな声に、そう返答する。
このマンションの周りには遮蔽物がほとんどない。万が一、敵がジルに気づいて攻撃すれば、防ぐ手立てが無いのだ。
幸い、足音は一つ。
3人で叩けば問題なく殺れるだろう。
「ベル子はそのまま車付近で待機、奈月はマンションの外を警戒しつつ、ジルの接近を援護、ジルが近づき次第一階と二階で挟みうちするぞ」
「了解」
マンション内での戦闘は俺が得意とする所、本当は一対一でも負ける気はしないんだけど、ここは公式大会。不要なリスクは避けるべきだ。
屋上まで上がり、耳をすませて、敵の足音に集中する。
「……たぶん、敵は二階でうろちょろしてる。俺が三階におりて敵の注意を引くから、奈月はジルの接近を援護してやってくれ」
「任せて。ジルがマンションに入り次第、攻撃ね?」
「そういうことだ。手堅く行くぞ」
俺はSMGに武器を持ち替えて、三階に突る。
すると、二階から微かにピンを抜くような音が聞こえた。
「手榴弾か…ッ!」
すぐさま三階の東側の部屋に退避する。
二階から三階まで手榴弾を投げることはできるけど、壁に上手いことぶつけても、せいぜい階段の踊り場までくらいしか届かない。
俺も手榴弾のピンを抜く。
投げ物勝負なら引く訳にはいかない。
コンコンと音がした。
手榴弾が壁に当たる音だ。
敵の投げた手榴弾は、階段の手すりにあたり、丁度目の前に転がってくる。
手すりにぶつけて手榴弾を敵の目の前に落とす。
俺の十八番だ。
「……は!?」
驚きのあまり目を見開く、俺は反射的にマンションの窓から飛び降りる。持っていた手榴弾は空中に投げ捨てた。
「ッ!!」
爆風が背中を襲う。かなりダメージが入った。
俺はそのままマンションから落下して気絶する。
「シンタロー!? 大丈夫!?」
「すまん、手榴弾でやられた……ジル、蘇生頼む」
「任せろ、すぐに行く」
マンションに近づいていたジルが、俺が気絶した場所に発煙弾を投げる。
「悪い奈月、そいつ手榴弾めちゃくちゃ上手いぞ。気をつけろ」
足音を聞く限り、敵は三階に上がったようだ。
「っ! また手榴弾!」
奈月が苦悶の声を上げる。爆発音とともに、奈月のHPバーが少し削れた。
「今度は火炎瓶!? 閃光弾まで……! 鬱陶しい……!」
マンションの屋上で、ARの音が響き渡る。
鈍い敵の射撃音を聞いて、またもや俺は驚愕する。
物資武器、Groza。
「奈月逃げろ! そいつがたぶんさっきのcross flareだ!」
「逃げろったって! コイツめちゃくちゃ上手いんだけど!」
奈月の立ち回りは見えないけれど、足音や爆発音、銃声でなんとなく想像できる。
投げ物を軸に敵の視界や聴力を奪い、敵に接近し、攻撃する。
その立ち回りを、俺はよく知っている。
「なんなのコイツ……! まるでシンタローみたい……っ!」
心底嫌そうな声をあげて、奈月はマンションから飛び降りた。