3話 素直になれない幼馴染
「お前が2Nさん……だったのか……?」
俺が奈月にそう問いかけると、彼女は困ったような顔をして、ぽしょりと呟く。
「そ……そんな人、知らない」
「いやこの状況で言い逃れできねーだろ」
「いや知らないから、本当に知らないから……!」
俺はリザルト画面に表示された『2N』というハンドルネームを指差してそう答える。
「た……たまたま名前が一緒なだけかもしれないじゃない」
「それはない、IDまで一緒だからな」
「なんでそんなことわかるのよ!」
「俺は2NさんのIDは暗記しているから」
「えっ……きも……」
「……事あるごとに服や銃柄をお揃いにしようとするお前に言われたくない」
「はぁ!? たまたまなんですけど!? たまたまなんですけど!?」
奈月は顔を真っ赤にして俺をにらみつける。
スキンをお揃いにしようとする2Nさんの謎習性に反応したあたりほとんど黒なのだけれど、俺もまだ奈月が2Nさんだなんて信じられないし、確信も持てていないので、さらに追求する。
「で、どうなんだ、本当にお前が2Nさんなのか……?」
「………と、というか、なんでアンタが私の部屋に勝手に入ってるのよ! 変態! 死ねば!?」
強引に話を変えようとする彼女に、俺は冷静に理由を説明する。
「俺は珍しく早退したお前の為にプリントを届けに来たんだよ」
「っ……一生の不覚ね。アンタみたいな芋野郎に裏をとられるなんて……」
「芋野郎とか言うな……! 気にしてるんだから……!」
言動や俺のあだ名を知っていると言う事は、やはり奈月は2Nさんで間違いないらしい。
「信じられないぜ、あの優しい2Nさんがお前だったなんて……」
「はぁ? べ、べつに優しくなんかしてないし!」
「誕生日の日にクッソ高い拠点をプレゼントしてくれただろ」
RLRには、クラン(気の合う仲間や同じ目的を持ったプレイヤー同士が集まったグループのようなもの)というシステムがあり、俺と奈月は同じクランに所属している。
そして、RLRは、FPSゲーにおいて珍しい、拠点システムというものを採用している。
まぁ簡単に言えば、クランのメンバーで交流できる家の様なものを作ることができるのだ。くっそ高いけど。
2N、もとい奈月は、そのくっそ高い拠点を購入し、あまつさえ家具まで揃えてくれたのだ。メンバーは俺と奈月を入れて二人しかいないのにだ。
「あれは……! たまたまガチャで当たっただけだから! 勘違いしないでよね!」
「勘違いも何も、お前が『同じチームだから家も一緒にしないとね♡』とか言って買ってくれたんだろ」
「そ、それ以上喋ったら殺すから……っ!」
彼女の尋常じゃない殺意に、俺は背後から銃口を向けられた芋プレイヤーの様に動けなかった。
この殺意……! 間違いない! 2Nさんだ……!
「そ……そうだわ! 私だって、あなたがSintaroだって知らなかったし、だから仕方がないのよ! あなただって分かってればもっと悪辣に、辛辣に、扱ったわ! ほんと勘違いしないでよね!」
「………お前に俺のハンドルネーム教えたことないよな? なんで知ってるの?」
「っ!!」
語るに落ちるとはまさにこの事だ。
自ら墓穴を掘った彼女は、また俺を殺す勢いでにらんでいる。
「やっぱりお前が、俺の親友『2N』さん……なんだな?」
奈月はうつむいた。
そして、少しだけこちらに目配せをして、可愛らしい小さな唇を開く。
「わ……悪い?」
叱られる前の子供の様な顔をして、不安そうな声をだす。
違う、違うんだ奈月。
俺はお前を責めているんじゃない。
俺は……ただ……!
「……ありがとう」
そう言いたかっただけなんだ。
「……え?」
何故か溢れ出る涙をこらえて、俺はなんとか言葉を紡ぐ。
「俺、お前にすっげぇ酷いこと言ったし、したのに、お前はそれでも、俺と一緒に居てくれたんだろ、だから……その……ありがとう……」
俺がFPSにのめり込んだ理由。
それには思い出したくもない過去がある。
現実じゃ、人を傷つける度胸もないし、強くなることもできない。
RLRの中で、上がっていくランキングを見ることで、プレイヤースキルを高めることで、本気で殺し合うことで、俺は過去のトラウマから逃れることができた。
はじめは、FPSが、RLRが好きだったわけじゃなかった。
けれど、2Nさんと一緒に遊ぶようになって、それは変わった。
心底楽しそうに俺と戦場を駆け回る2Nさんのおかげで、奈月のおかげで、俺は初めて、FPSを好きになれたのだ。
「お礼なんて、必要ないわ。勘違いしないで」
「……!」
先ほどの不安げな表情は消え失せ、奈月は、真剣で、まっすぐな眼差しでこちらを見つめる。
「……じゃあ、お前は何の為に……」
俺は率直な疑問を投げかける。
「決まってるじゃない、アンタより強くなる為よ」
2Nさんのメッセージと、奈月の言葉が繋がる。
俺より強くなることが奈月にとってどんな意味を持つのかは分からないけれど、確固たる決意のようなものを奈月から感じた。
「……2Nさんは……いや、奈月は、もう充分強いだろ」
そう褒めると、奈月は顔を大きく歪めて、ため息を吐くように答える。
「ASサーバー1位、そして世界ランク1位、現世界最強のアンタに言われても嫌味にしか感じないんだけど」
め……面と向かって世界最強とか言われるとなんかこう……ムズムズした気持ちになるな。
「今シーズンは、ちょっと調子がいいだけだ……」
「今シーズンも何も、ここ2年はずっと世界ランキング1位じゃない。ほんと気持ち悪い、死ねばいいのに」
「お前は俺を褒めたいのか、それとも貶したいのかどっちだよ!」
「ぶっ殺したいわ」
「オーケー、お前の気持ちはよーく分かった」
これはアレだな。
アンタが1位なんて気に入らないわ! ぶっ殺してやるんだから!
とか言う理由で奈月はRLRをはじめたのかもしれない。
殺意だけで世界ランク2位まで上り詰めるとか執念深すぎて引くわ〜。
やいのやいのと言い合いをしていると、ふと、2Nさん、もとい奈月から来たメッセージを思い出す。
「そういえば、なんで全国大会行けないんだよ。開催日は夏休みだし、お前部活とかやってないんだから行けるだろ」
「何度も言わせないで、私はアンタより強くなってないでしょ、だから馴れ合うのは無し。私がアンタより強くなったら、遊んであげてもいいわ」
「よく言うぜ、お前、俺よりランキングが下でも、毎日二人組の申請送って来てただろ」
「はぁ!? お、送ってないし! 押し間違えただけだし! 勘違いしないで!」
「バレンタインデーにチョコレート柄の手榴弾とかプレゼントしてきたり、クリスマスには二人組で教会に芋ったり、お前って案外俺のこと好きなんじゃね?」
俺がけらけらと笑いながらそう言うと、彼女は顔を真っ赤にして、みたこともないような形相で俺をにらみつける。
やべぇ、無茶苦茶怖い……。
「な……奈月さん……?」
「……頭を思いっきりどこかにぶつければ、記憶ってなくなるよね」
「な……奈月さん……!?」
奈月は俺の肩をがっしりと掴む。
そして、クソたけぇゲーミングPCの角に、俺の頭をゆっくりと確実に近づける。
「ちょ……! まっ! 死んじゃう! 死んじゃうから!!」
「死んだら死んだでオーケーよ! それで私が世界最強だわ!」
「お前俺のこと嫌いすぎだろ!」
生死をかけて俺と奈月がもみ合っていると、半分開いた扉から、柔らかな声が聞こえる。
「あらあら、あなた達いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「ママ!? これは違くて!」
「ちょ! おまっ!」
皐月さんの声に反応した奈月が、大きく体勢を崩す。奈月ともみ合っていた俺も同様にバランスを崩した。
「いっ……つつ」
何か、柔らかいものが手に……。
「……ひっ!」
いつの間にか、俺は奈月を押し倒し、そして右手でがっしりと奈月の控えめな胸を揉んでしまっていた。「あらあら今日は赤飯ね〜」なんて呑気な皐月さんの声が聞こえる。
「………何か、言うことは?」
底冷えするような奈月の声。
「………大丈夫、俺が使ってるおっぱいマウスパッドよりは厚みがあったぞ」
「………死になさい」
それ以降の記憶は無い。
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次話で新キャラです。ようやくのハーレム要素…。