28話 スカウト。そして雨川真太郎の宣戦布告。
VoVのゲーマー3人を前に、俺の表情は岩のように固まっていた。
当然だ。プロ野球選手を目指す少年の目の前に突然メジャーリーガーが現れたようなものなのだ。
「は……はろー……ないすとぅみーちゅー……!」
なんとか挨拶しようとするけれど、微妙な英語しか絞り出せなかった。恥ずかしい。
真ん中の赤髪の男が、隣の金髪に、聞き取れないレベルの流暢な英語で話す。
すると、金髪の男は、後ろにとまっていた黒塗りの高級車に手で合図を送る。
俺は訳も分からずキモい英語を延々喋ることしかできなかった。
彼らが車に合図を送ってしばらくすると、スーツを着たアジア系のイケメンが降りてくる。
「すみません、お待たせしました。これからの会話は私が通訳を務めさせていただきます」
スーツの男は綺麗な日本語を話しながら、丁寧にお辞儀をする。すげぇなNo. 1プロゲーミングチーム、通訳まで雇ってるのかよ。
リーダーらしき赤髪の男が、通訳に、俺の目を見ながら話しかける。
「突然押しかけてしまってすみません。ウチのエースが、貴方の所へお伺いすると書き置きを残していたので」
「ウチのエース……?」
……VoVのエースって、diamond rulerの事だよな。
……まさか。
「……その、rulerさんって……このくらいの小さな女の子だったりします……?」
俺はジェスチャーで、今日突然押しかけてきた彼女の身長を、赤髪の男に伝える。
「そうです、彼女は年齢にそぐわず小柄な体型です。それと赤目で銀髪」
予想していた回答とぴったり重なる。
「マジか……」
アメリカからはるばる凸スナしてきた彼女はどうやらdiamond rulerだったようだ。
rulerが俺のファンだった事に歓喜する反面、この衝撃の事実を奈月が知ったら、俺の胃に穴が空くレベルのブチギレをかます事は容易に想像できた。背筋が凍る。
「……どうやらrulerがご迷惑をおかけしたようですね、本当にすみません、彼女は貴方の事になると見境が無くなってしまうんです」
「いえいえとんでもない……! すぐに連れてきますね……!」
俺は近所のおばさんのように笑顔でお辞儀すると、速攻で自分の部屋に戻る。
扉を開けると、布団に芋っている。北米最強スナイパーに喋りかける。
「……おい、ruler」
「……わたし、るな、rulerしらない」
rulerという単語を聞いて、ス○ブラでボッコボコにされて放心状態だった奈月が意識を取り戻す。
「ruler? ……待って、どういう事?」
「この真っ白な美少女の正体が、diamond rulerだって事だよ。今外にVoVのメンバーが迎えに来てる」
「……そんな……嘘よ……私、またrulerに……負けたの……?」
部屋の隅で三角座りをして小さくなる奈月。ツンデレを通り越してグサグサレベルでブチギレるかと思ったけれど、予想に反して、地面に埋まりそうなくらい落ち込んでいた。
けれど今は奈月に構っている暇は無い。
北米最強スナイパーをなんとかVoVに引き渡さねばならぬ。
「rulerちゃん、でておいでー」
「………」
無言の抵抗を続けるルナ、もとい、diamond ruler。
しょうがないので布団を無理矢理ひっぺがす。
「……んー!」
「ちょっ! 布団を食べるな!」
布団にかじりついて帰宅拒否する彼女。この女、相当ヤベー奴……!
「……わかった、俺の根負けだ。……そうだな。素直に今日は帰ってくれるなら、俺の部屋にあるもので、pc以外ならひとつだけ、なんでも持って行っていいぞ。それでどうだ?」
ただのコップをおみやげと称して持って帰るようなファン過激派であるrulerであれば、この手の話、食いつかないわけがないだろう。
「……ん」
rulerは何故か俺の方を指差す。
「じゃあ、しんたろ」
「……おみやげは無機物に限ります」
「……なら、むり」
ぷいっとそっぽを向くrulerに俺は一瞬で詰めよる。
俺の質問の真の目的は、彼女の口を布団から引き離すことにあったのだ。
「……んー!」
真っ白な彼女を持ち上げて、いわゆるお姫様抱っこで捕獲する。身長が小さい分、もやし男の俺でもすんなり持ち上げることができた。
そのまま北米最強スナイパーを玄関まで連れて行き、VoVの面々に引き渡す。
「しんたろ、わたし、あきらめない」
ちょうど宇宙人が両脇を抱えられてつるされているような情けない格好で、rulerは高らかに宣言した。
「……You should join my team. You don't have to be in this narrow country.」
「……?」
突然の英語に目を白黒させていると、通訳さんが翻訳してくれる。
「……シンタローさんは、私のチームに入るべきです。この国は、貴方にとって狭すぎる」
「俺が……VoVに……? そんなまさか」
rulerの言葉に続くように、赤髪の男も口を開く。俺は通訳さんの言葉に耳を傾けた。
「rulerの意見に、私も同意です。貴方はVoVに来るべきだ。その才能を、ここで腐らせるには勿体無い。アメリカにくれば、貴方の技術は正当に評価され、もっと大きな額の金銭だって手に入る」
「……ちょっと待ってくれ、俺はそんな大した男じゃ……!」
俺が謙遜すると、赤髪の男の目の色が変わる。
rulerを金髪にしっかり捕獲させて、俺の方へと向きなおる。
「それでは私は、大した事ないアマチュアの男に、2年間もランキングで負け続けていると言うことですか?」
「……っ!」
「今回の公式大会は、賞金も出ないし、それに日本の学生達が主体のレベルの低い大会。そんなメリットの薄い大会に、VoVをはじめ、数多のプロゲーミングチームが参戦を表明したのには理由がある」
赤髪の男は俺をにらみつける。
「Sintaro、貴方がいるからだ」
俺は嬉しいような怖いような、そんな感覚に陥っていた。
「アマチュアでありながら、錚々たる面々を降し、2年間も総合ランキング1位の座を欲しいままにしている。……私はそれが許せない。だから決着をつけにきた。VoVもGGGもheavenも、貴方を公式大会という正式な場で倒す事が目的でしょう」
「………っ!」
全身の毛が逆立つ。
強豪と呼ばれるプロゲーミングチームの新進気鋭の若手達が、揃って俺を潰しにくる。らしい。
……あれ? 詰んだくね?
「だから貴方も、お遊びなんかじゃなく、真剣に戦ってほしい」
「……お遊び?」
「見ましたよ。BellKの動画。貴方のチームの情報は全て調べ上げて、動画も穴が空くほど見た。その上で、言いたい」
「ナメてるんですか?」
赤髪の男は、怒りを隠そうとせず、そう告げた。
「2Nは貴方に依存するだけのスナイパー、スコープの覗き合いに関しては自分の有利な状況じゃないと実力を発揮できない。Zirknik、反動制御には目を見張るものがありますけど、それ以外の立ち回りがお粗末すぎる。……BellKの索敵は評価されるべきでしょう。けれど、索敵だけだ。それ以外はアマチュアの中学生にだって負ける」
俺は黙って聞いていた。
確かに正論だ。
「貴方はあんなお遊びチームでゲームをするべきじゃない。大会が終わった後でもいい、VoVに来るべきだ。ウチには、貴方の実力に見合ったプレイヤーがたくさんいる」
「……」
お遊びチーム?
仲間の顔が、走馬灯のようにフラッシュバックする。
少しでも勝率を上げるため、新たな武器を模索している奈月。
高いプライドをかなぐり捨ててまで、弱点を少しでも補おうとするベル子。
人一倍仲間想いで、チームにあった立ち回りを研究しているジル。
この赤髪は正論を吐いている。
だがその正論は、2ヶ月前の俺たちに限った話だ。
正直怖い。勝てる保証なんてどこにも無い。
けれどここで、引くわけにはいかない。ここで引けば、俺の大事な仲間達の努力を、頑張りを、俺自ら否定することになる。
「VoVだかGGGだか、なんだか知らねーけど、Unbreakableに勝ってからそういう大口は叩くんだな」
通訳の言葉を聞いた赤髪の男は眼光をさらに鋭くする。
そりゃ腹立つよな。アマチュアの何の結果も残していない無名チームにそんな事言われたら。
けれど、俺だって。
大事な仲間を馬鹿にされて、黙っていられるほど大人じゃない。
「上等だ。俺たちに勝ったらVoVでもどこでも好きなところに行ってやるよ。……その代わり、俺たちが勝ったら、さっき吐いたお遊びチームってセリフ、取り消せよ?」
赤髪に負けじと、俺もにらみつける。赤髪にひく気配は無い。
……やべぇ普通に怖い。ちょっと言いすぎたかも。
「……しんたろ、そのことば、わすれないで」
rulerがチームメンバーに捕獲されたまま、口を開く。
「わたしかてば……しんたろ、わたしのもの」
先ほどのあどけない少女とは思えないほどの妖艶な笑みで、rulerは俺にそう告げた。
世界最強チームに喧嘩を売るシンタローくん。シンタローをチームに引き入れたいrulerと赤髪くん。奈月とジルが黙ってなさそうですね。
次回から本格的に公式大会がはじまります。これからもどうぞこの作品をよろしくお願いします。