26話 真っ白な女の子
八月上旬。夏休み真っ只中。
午前中だけれど、うだるような熱線が太陽から発射され、俺の皮膚に突き刺さる。
俺はカーテンをすぐさま閉めて、クーラーの温度を1度下げた。
PCの電源をつけて、ゲームを開く。
「よし、やるか」
合宿を終え、公式大会を5日後に控えた俺は、さらなる技術向上の為、ソロで北米サーバーに潜っていた。
目的は北米サーバーのプレイヤーの癖になれる為。エイム力至上主義の戦闘民族に対して、できる対策はなるべく打っておきたい。
夏休みにも関わらず、ソロでログインしているのには理由がある。
ジルもベル子も、今日は外せない用事があるのだ。
というわけで、いつもの練習は休みになっている。
奈月は、午前中は皐月さんと買い物、午後からログインできるらしい。
午後からは奈月と久々の二人組だ。
「用事とはいえ、良い気分転換になるといいけど」
そんな独り言をこぼしながら、物資を拾う。
合宿を終えた後も、俺たちはオンライン上で練習を続け、以前よりさらに連携がとれるようになった。
連携以外にも、個々の技量はかなりレベルアップしていると言っていい。
特に成長が目覚ましいのはベル子。
奈月にはエイム。ジルには反動制御。そして俺には近距離の立ち回り方。それらを聞いて、貪欲に取り込んでいった。
聞くだけじゃもちろん上手くならない。この1ヶ月で、文字通り血の滲むような努力をしたはずだ。
いや、努力という表現は間違っているかもしれない……。
とにかく、夢中でRLRをプレイしていたのだ。
練習すれば伸びるスキルは軒並み伸びている。才能でしか手に入れることのできない反則スレスレの索敵スキルを身につけている分、練習すればもっと強くなれる可能性を秘めているとは思っていたけれど、戦闘面においてこれほど化けるとは思っていなかった。
まだ粗が多い段階だけれど、雨の日の戦闘においては、無類の強さを発揮するだろう。
もちろん、成長したのはベル子だけじゃない。
ジルや奈月、俺だって新たな得意を生み出している。
今はそれを公式大会にぶつけたくてウズウズしている段階だ。
「うし、ラス頂き」
PC画面には勝利を告げるメッセージが表示されていた。
曲がりなりにも世界最強。
ランクが低い、入ったばかりの北米サーバーで、負けるわけにはいかない。
もう一度潜ろうと、左上のボタンをクリックしようとする。
けれど、ヘッドセットの向こう側から、なにか甲高い音が聞こえた。
外して耳を凝らす、どうやら玄関のチャイムがなっている様だった。
「そういや新しいマウスパッド頼んでたんだよな」
おそらく密林さんからのお届けものだろう。
椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。
「お待たせしました〜」
呑気に玄関を開ける。
そこには俺が予想していた若い配達員のお兄さんはおらず、白い小さな別の何かが佇んでいた。
一瞬驚いて、冷静になる。
銀髪、小さな赤目の女の子が、黒い大きな日傘をさして、玄関前に立っていた。
年齢は中学生くらいだろうか……? 人形のように顔が整っていて、怖くなってしまうくらいの美がそこにあった。
肌は透き通るように白く、服装も白のワンピース、可愛らしい厚底のサンダルを履いている。
真っ白な肌に真っ白な服装。そして赤目。
顔立ちも日本人とはかけ離れている。この前テレビで見た、アルビノ、というやつなのかもしれない。
「………あの、どちら様でしょうか……?」
「………」
俺の問いかけに対して、真っ白な美少女はいそいそとスマホとりだし、ぎこちなく画面をたぷたぷしている。
すこし経って、彼女は口を開く。
「わたし……ふぁん……あなた……」
「ファン? 君が、俺の……?」
コクコクと無表情で頷く彼女。どうやら日本語はあまり喋れないらしい。さっき操作していたのはスマホの翻訳アプリのようだ。
それにしても……ファンか……どう考えてもRLR関連だよな……。
俺氏、まさかついに住所バレしたの?
俺は恐怖で身震いしつつ、彼女に質問する。
「なんで、俺の家、分かったの…?」
彼女は俺の言葉を一生懸命聞いて、スマホをたぷたぷつつく。
「………しらべた」
いや怖えーよ。
この子……俺のアンチ共が送り込んだ刺客なのかもしれない。
俺はすぐさまあたりを見渡す。
けれど人影はなかった。
「どこからきたの?」
「………ゆーえすえー、あめりか」
……日本人じゃないとは思っていたけれど、アメリカ人だったのか。なんかイメージ的には、短絡的だけど、ロシアの美少女って雰囲気だ。
「アメリカって……お父さんとお母さんは?」
「……ひとりできた」
「ひとりでここまで?」
「……はい」
相変わらずの無表情で、けれどどこか恥ずかしそうに答える彼女。俺はさらに質問を重ねる。
「何の為に、はるばるこんな所まできたの……?」
彼女は指をさす、俺の方に向けて。
「しんたろ……あう、ため……ふぁん」
アメリカからはるばる俺に会いにきたファンか、しかも美少女。
……うーん、どう考えても詐欺だよなぁ。
「悪いけど、俺今忙しくて……」
玄関を閉めようとする。
その瞬間、真っ白な彼女の目からぶわっと涙が溢れる。
「せめて……さいん……」
彼女は背負っていたリュックから、泣きながら色紙をとりだす。
何この罪悪感。俺悪い事してないよね……?
俺がなんとか泣きやませようとあたふたしていると、
「シンタロー、何してるの?」
左隣から底冷えするような声が聞こえた。
視線を飛ばすと、買い物袋を持った奈月が立っていた。ちょうど買い物が終わったタイミングで出くわしてしまったらしい。
俺の目の前には泣いている外国人美少女。このパターン、そういやベル子の家に行った時もあったな。
「通報した方がいい?」
予想通りの奈月のセリフに俺は落ち着いて対処する。
「落ち着け奈月、これは違うんだ」
「何が違うの? このロリコン」
スマホをとりだしどこかに電話をかけようとする奈月。それを阻止しようと玄関から飛び出す。
けれど、Tシャツの裾を、真っ白な彼女に掴まれる。
「……いっちゃ、だめ」
「いやでも、このままじゃお兄さんロリコンになっちゃうんだけど……」
俺の裾を掴んだ彼女は、先ほどまでのほわほわした無表情とは打って変わって、眉間にしわをよせて、奈月をにらみつける。
「なつき、2N、ぬーぶ、よわい」
俺はその言葉に戦慄する。
この子、奈月の正体まで知っているのか…。
それと同時に、俺は奈月の返答に内心ヒヤヒヤしていた。
……まぁ、ジャックナイフウーマンである奈月も、流石に年下の女の子には食ってかからないだろう。
「何このクソガキうざいんだけど」
やっぱりだめかぁ〜。
真っ白な彼女も、奈月に馬鹿にされたと理解したのか、言葉を続ける。
「……2N、よわい、しんたろ、の、あしでまとい」
「はぁ? アンタ誰に向かって口聞いてんの?」
「……へぼすないぱー」
「泣かすぞクソガキ」
「ちょっ! やめてやめて! 仲良くしてぇっ!」
バッチバチにやり合う二人の声を聞きつけて、御近所さん達が窓から顔をのぞかせる。まずい、これ以上は俺のメンタルがやられてしまう……!
なおも罵り合いを続ける奈月と真っ白な女の子をなんとか俺の家に連れ込んで、玄関を閉める。
「はぁ……」
そして、俺は今日イチ大きな溜息を吐いた。
次回!
修羅場
デュエルスタンバイ!