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25/104

25話 4人なら

やりすぎたなと反省しております







 緊張で喉が乾く。


 本堂の扉の前で、俺とベル子は身をかがめていた。

 背後で、ジルと奈月が心配そうにこちらを見つめている。


「熊の位置は?」

「ちょうど、この扉とは反対方向、本堂の裏を歩いています」

「よし、じゃあ行くぞ」


 本堂の扉を、音を立てないように開ける。

 すぐさま小声でベル子に確認をとる。


「熊は動いたか?」

「いえ、動いてません。依然同じ位置をウロウロしています」

「オーケー、それじゃ手筈通りに行くぞ」

「了解」


 身をかがめて、音を立てないように本堂から離れる。

 本堂から離れる際に、ベル子の弁当箱、それに扉を閉める大きな丸太を地面に置いておく。これが後の行動の重要なキーになる。


 俺たちが外の安全を確認した後に、奈月やジルも付いてきた。


 プラン1 シンプルに忍び足で逃げる。


 これで逃げ切れれば僥倖。

 なんのリスクも負わず、俺たちは無事帰宅することができる。

 一縷の望みにかけて、俺たちは小走りで坂道を駆け下りた。


「熊動きました……! こちらに来ます……!」


 数メートルほどしか進んでいない段階で、ベル子が小さな声で叫んだ。


 まぁそう上手くはいかないよな。


「了解、ってことで予定通り作戦変更で」


 プラン1は失敗する前提。こっからが本番。

 背後を確認しながら、小走りで目的地の本堂の東側に向かう。南側がジルの家の別荘に続く道がある方面で、本堂の扉がある方向だ。

 もうすでに熊との距離は離れていて、ベル子の索敵も使えない。

 熊が、俺があらかじめ置いておいたベル子の弁当箱に反応していることを信じて、小走りで暗闇の中を駆ける。


 ……まだ追いかけられている気配はしない。

 けれど油断はできない。熊が俺たちの背中を見た途端、眼の色変えて突ってくることは容易に想像できた。


 無言で、暗闇の中から迫り来る猛獣への恐怖に耐えながら、走り続ける。

 おそらく10秒ほどの時間だったけれど、体感的には10分じゃきかないくらいの長い時間に感じた。


 永遠のように思えた時間は終わりを迎え、俺たちは目的地である大きな樹木の裏に転がり込む。そして一斉に大きな溜息を吐いた。


「流石にドキドキするな」


 ジルが少し笑みを浮かべながら小声で呟く。

 ……こんな状況下で軽口叩けるなんてまったく大した奴だよ。


「……ジルみたいな変態さんでも、動揺する時があるんですね」

「俺はいつもドキドキしてるぞ、シンタローにな」


 ベル子の鋭いツッコミをスルリとかわして俺に話を振るジル。

 もしかしたら、こいつなりにチームの雰囲気を和ませようと努力してるのかもな。

 少し緊張がほぐれた俺は、ジルに目配せして口を開く。


「その軽口も今言われるとなんだか安心するぜ」

「お、デレ期か?」

「吊り橋効果かもな」


 トントン、と、肩を小突かれる。

 隣を見ると、奈月がもじもじしていた。


「し……シンタロー、私もドキドキしてる」

「……そりゃそうだろ、なんせ熊に追っかけられてるんだからな」


 奈月の表情が一気に暗くなる。

 

「………これはネット見かけた情報なんだけど、人食い熊は、人間を柔らかいお腹から食べるらしいの、お腹から食べられると人間は中々死ねなくて、地獄の苦しみを味わうことになるそうよ」

「ねぇ、なんで今そんなこと言うの?」


 こんな状況でも、ツンツンする奈月、髪の毛を整えるベル子、そしていつも通り変態なジル。

 こいつらなら世界大会でもノープレッシャーでゲームをプレイできそうだ。


 ………いや、違うな。


 4人だから、緊張していないのかもしれない。

 4人だから、怖くないのかもしれない。


 次の作戦敢行まで少し間がある。


「なぁ、円陣組もうぜ、甲子園とかでやるやつ」

「はぁ? なんであんな熱くるしいのやんなきゃ」


 奈月の肩に、ベル子が無言で腕をのせる。ジルも笑みを浮かべながら、ベル子と肩を組んだ。


「……ったく、しょうがないわね。さっさとしなさいよ」


 奈月も満更じゃないのか、少し笑って、俺の方に手を差し出す。

 俺はジルと奈月と肩を組む。


「リーダー、小声で掛け声頼む」

「じゃ、僭越(せんえつ)ながら……」


 肩をぎゅっとしめて、前かがみになる。

 信頼できる仲間達の顔を見て、小さく呟いた。


「しまっていこう」


 俺は胸の奥からじんわりと、何かあたかいものがこみ上げてくる感覚を噛み締めながら、腰をあげる。


 何故だか不思議と、勇気が湧いてきた。


 ……けれど、いつまでも悠長に話していられない。


 熊さん捕獲大作戦は今も続いているのだ。


「じゃ、ちょっくら行ってくる。タイミング間違えんなよ。俺死んじゃうから」


 そう軽く挨拶すると、仲間達は心配そうに口を開く。


「気をつけろよ」

「待ってるから」

「熊の餌になんかなったら動画のネタにしちゃいますからね!」


 頷いて、本堂に向かって駆け出す。


 偽物のハンドガンを片手に。


 マジで俺何をやってんだろ。


 大会前の大事な合宿なのに、なんで熊とバッチバチの大立ち回りを繰りひろげようとしているのか皆目見当もつかない。

 普段ゲームばっかりしているモヤシ男に熊と戦えなんて神様も酷な事をする。


 本堂が見えるまでのわずかな時間、俺はそんなことばかり考えていた。


 少し走っただけで息が切れる。

 けれど足をとめるわけにはいかない。

 本堂の扉の前に行くまでは、走り続けなければならない。


 俺一人で扉の前に行けば、あとは勝ったも同然。テンパってミスさえしなければ誰にでもできる簡単なお仕事。


「グルルッッッ!!」


「まぁ、そう簡単にはいかないよな……」


 本堂と俺の間に、熊が割り込む。

 当然だ、熊は先ほど俺が置いておいた、ベル子の弁当をちょうど食べ終わった頃。けれど仕方がない。ベル子達が向こうに芋る時間を稼ぐためには必要な事だった。そういう意味では、本堂の前にいるのはむしろ望んだ展開だと言っていい。


 とにかく、俺の目的地を、巨大な熊が遮った。


 逃げ込める場所も、遮蔽物も、何もない。

 紛れもなく絶対絶命の大ピンチ。


 けれど俺は、不敵に笑う。


「作戦通り」


 そう呟いた瞬間。右方向から何かが飛んでくる。

 黒い球状のソレは弧を描きながら、熊の少し手前に落ちる。


「悪いけど、お前と一対一するような度胸は無いんでな。チーム(4人)で相手させてもらうぜ」


 熊は落ちてきた黒い球の匂いを嗅ごうと鼻を近づける。

 その瞬間、黒い球から緑色の煙が発生する。


 ベル子が持ってきていた花火セットの中に同梱されていた超大容量煙玉セットだ。

 熊が匂いと煙に一瞬ひるんだ隙に、俺も持っていた煙玉四つに一気に火をつける。


 お得意の投げ物戦法。


 失敗しても別のプランを用意していたんだけど、徒労に終わったようだ。


 熊は明らかに動揺していた。


 火をつけた四つを熊の目の前に投げる。


 ここで煙と匂いにビビって逃げてくれるといいんだけど。

 俺は煙に隠れながら少し左にずれる。


 ドスンドスンと大きな音が聞こえて、先ほどまで俺がいた場所を、黒くて巨大なものが通り過ぎる。


「グルルァァアッッッ!」


「っぶねぇっ!」


 熊の視界を煙で遮っておかなければ、熊の鼻を煙で撹乱しておかなければ、俺は間違いなく熊の軽自動車並みのタックルを受けて即死していただろう。

 ブチギレ戦闘態勢モードに移行した熊。


「煙の中まっすぐ突って来るなんて自殺行為だぜ?」


 そう呟いて、駆け出す。

 熊は全力疾走した手前、すぐ止まれるはずもなく、俺の後方10メートルほどでようやくブレーキをかけ、こちらの方向に鼻先を向けていた。

 俺はその鼻先めがけてハンドガンを向け、引き金を引く。

 当たっても当たらなくてもいい。

 注意さえ引ければそれでいい。


 それに、このハンドガンの音は、信頼できる反則スレスレ観測手への合図でもある。


「グルルァァァァッッッ!!」


 予定通り、さらにブチギレた熊さんに恐怖しながら、俺は本堂の扉を開ける。

 そして中に入り、一度扉を閉めて、そして扉の左側に芋る。


 ドスン、ドスンと足音が聞こえた。

 本堂の扉が壊れないよう、半ドアにするのも忘れない。


「落ち着け、後は簡単だ。いつもやっていることを、やるだけだ」


 そう自分に言い聞かせて、時が来るのを待つ。


 5秒も経たない内に、半ドアだった扉が勢いよく開いた。

 熊が体当たりしたのだ。

 熊はさっきの通り、扉が固く閉ざされていると勘違いしていたのか、そのままの勢いを殺しきれず、本堂の中に転がり込む。


 開いた扉のすぐそば、そこでドア待ち(開いたドアで死角になる場所に芋る戦法)していた俺は、すぐさま外に出て本堂の重たい扉を閉める。

 近場に置いておいた大きな丸太で扉をさらに強固に閉めた。


「待たせたな、Sintaro(クイーン)……!」


 信頼できる変態の声が後ろから聞こえる。


「ジル! 奈月! ベル子! 頼む!」


 ハンドガンの微かな音を聞いていた反則スレスレ観測手は、ジルと奈月を連れて、すぐそばまで来ていた。

 本堂の右前に置いてあった大きな賽銭箱を抱えて。


「くッ! 早く!」


 扉を抑えている背中から衝撃が走る。

 八畳ほどの小さな部屋なら、熊もトップスピードで体当たりすることは出来ない。けれど、とんでもない衝撃だ。扉も、俺の背骨も、いつまで持つかわからない。


 3人で重たい賽銭箱を持ち上げて、扉の前に引っ掛ける。扉手前の手すりと扉の間に、賽銭箱はすっぽりと収まった。これならそう簡単には扉は開かないはずだ。


「さっさと逃げるぞ!」


 俺の合図に、3人は無言で頷くと、一目散に駆け出す。



 ゆっくり歩いてきて10分ほどの道のり、3分も走れば別荘に着くだろう。



 ドンドンと本堂を揺らす熊に恐怖しながら、俺たち4人は無我夢中で走り続けた。





* * *





「はぁ……はぁ……っ!」


 服が汗で体にはりつく。


 朝焼けの中、俺たちは別荘前の海まで走ってきた。


 スマホの電波が届いていることを確認して、すぐさま警察に連絡する。

 10分もすれば、別荘に警察が事情聴取にきて、俺たちはたっぷり叱られるだろう。


 疲労困憊(ひろうこんぱい)の中、仲間たちの顔を見る。


 3人も同じタイミングで顔を上げていた。


 何故かはわからないけど、不思議と、喉の奥から笑いたいという衝動が駆け上がってきた。


「一生忘れられない合宿になったな」

 

 ジルのその一言で思わず吹き出す。


「熊に襲われるってどんな合宿だよ、マジでふざけんなよ……!」

「まぁ無事に帰ってこれて良かったよ」

「それにしても、熊を本堂の中に閉じ込めるなんて、よく思いついたわね」

「流石はダーティープレイのタロイモくんです。汚いです」

「汚いとかいうな……!」


 海から太陽が昇ってくる。

 朝焼けの中、キラキラと水面に光が乱反射して、幻想的な景色を生み出していた。




「俺、お前達とチーム組めて、本当に良かったよ」



 景色にほだされて、そんな恥ずかしいことを口走る俺。


「……それは私達のセリフよ、シンタロー」


 奈月が恥ずかしそうに、ぽしょりとつぶやく。ジルもベル子も、笑みを浮かべていた。


 むず痒くなった俺は、後ろ頭をかきながら、前髪で目を隠して、別荘の方へと歩き出す。


「とりあえず、帰ってシャワー浴びてゆっくりしようぜ」

「賛成」

「流石に疲れました」

「シンタロー、俺が背中を流そう」

「お前は俺の胃に穴を開けたいの?」


 4人で軽口を交わし合いながら、別荘に向かう。


 まだ合宿は2日目を迎えたばかりだけれど、俺は、このチームの仲が、前よりもっと深くなったような気がしていた。




* * *






 2日目は休養をとって、3日目は予定していた練習をこなし、俺たちは濃すぎる合宿を終えた。


 あと2週間もすれば、いよいよRLR、日本公式大会。


 rulerや、並み居る世界中の18歳以下の強豪が集まる世界大会前哨戦。


 合宿を終えた後でも、勝率は10パーセント超えてれば良い方だと断言できる。


 実力も、ruler達のチームと比べれば、まだまだ足りない。


 ………けれど、不思議と。


 



 負ける気はしなかった。




 電車に揺られて眠る、3人の頼れる仲間達の顔を見て、俺はそんなことを思っていた。

 


 

 

長くなった合宿編はこれにて終了!

次回から公式大会編です。

ついにrulerとご対面!

……になるのは次の次の話数くらい?かもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。





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