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2話 親友の正体





「し……失礼しました」


 半泣きになりながら、俺は職員室の扉を閉める。

 成績も素行も良い生徒ではないので、ここぞとばかりにしっぽり叱られた。

 2Nさんとの件もあって、俺はダブルパンチで凹んでいた。もうべっこべこである。

 大きな溜息を吐こうと、息を吸おうとすると、後ろの扉がガラガラっと開いた。先ほど俺を叱りつけた担任が呑気に顔を覗かせる。


「そういや雨川、お前春名さんと家隣だったよな? これ届けておいてくれ」

「なんで俺が……」

「内申点、今のままじゃヤバイぞお前」

「……汚ねぇ」


 担任に無理矢理プリントを押し付けられた俺は、ようやく大きな溜息を吐く。

 滅多に早退や欠席をしない奈月が、今日は珍しく早退したのだ。透明なクリアファイルの中には学級紙や課題のプリントが入っている。

 嫌われまくっている俺が、奈月の家に行けばどんな態度をとられるかは目に見えている。


「不幸だ……」


 生きているうちに言ってみたいラノベ主人公口癖ランキング第6位のセリフを吐きつつ、俺は下駄箱に向かい、帰路に着く。


 歩きながらスマホをチェックするけれど、2Nさんから返信は来ていない。


「まだ俺は、君より強くなっていないから……か……」


 言葉通りの意味であるならば、俺は足手まといになるからーとか、そういう意味なんだろうけど、2Nさんが言っても嫌味しか感じない。

 キルレート(倒した数と、倒された数の割合)は確かに俺の方が上だけど、単純なキル数やエイム力(当てたい時に当てたい箇所へ当てる能力)主に直接の戦闘面に関しては圧倒的に2Nさんの方が上だ。

 俺はただ、死なない事が得意なだけの芋プレーヤー。巷じゃ、Sintaroという俺のハンドルネームとかけて『タロイモ』なんてあだ名をつけられて、ネット掲示板で叩かれている。悲しい。

 どれだけ撃たれても、たった一発のヘッドショットでなかったことにする暴力的なまでのエイム力から、理不尽な(アンリーズナブル)悪魔(デーモン)なんて崇められている2Nさんとは本当に天と地の差なのである。


 そんな2Nさんが、言った言葉だ。

 何か深い意味があるに違いない。

 そう思って今日は一日中、思案を巡らせていたけれど、何も閃かず放課後になってしまった。


「2Nさんが参加してくれなかったら個人参加なんだけど……流石に勝てるわけないよなぁ……他に誰か誘ってもいいけど、俺むちゃくちゃ嫌われてるしなぁ」


 勝利の為には、最後の一人になる為には、俺は手段を選ばない。


 だから、自分より強い相手には汚い戦法も使うし、芋る(建物の個室などにずっと隠れ続けること)

 勝てばよかろうなのだぁ精神でゲームをプレイしていた俺は、いつの間にかほとんどのゲーマーやストリーマーに嫌われてしまったのである。

 小さな大会で何度か優勝もしているけれど、2Nさんのように人気は出ない。プレイ動画を晒され、出回るたびにアンチが増えるばかりである。たまーに俺を擁護してくれるコメントにまで『お前タロイモ信者なの? 芋くせぇwww』とアンチが反応するレベルで嫌われている。

 俺みたいな嫌われ者に近づいてくる輩は大抵やばい奴か、再生数稼ぎの実況者くらいのものである。泣きそう。


 そんな俺にチームメンバーを補充するという望み薄な選択肢は選べない。

 正確には、選んでいるけれど結果はでない。

 仲がいいと思っていたゲーマーにDM送っても『あっ……Sintaroさんと一緒に組むのはちょっと……アンチ湧きそうなので……』と断られるのだ。おっと目から汗が溢れちゃう。


「なんとしてでも、2Nさんには参加してもらわなきゃな……」


 大会やらランキングで好成績を収めている今だからアンチも大きくでれな……いや結構大きくでてるけど、もし無様な負け方をすれば『タロイモ、高校生全国大会にイキってソロスクで参加するもフルボッコwww』なーんてスレが乱立するに決まってる。そんな悲しい未来は阻止せねばならない。


 俺は決意を新たにして、自宅の扉を開く。


「あっ……そういやプリント……」


 左手に持っていたプリントを眺める。

 嫌なことからは全力疾走で逃げる性分の俺だけど、このプリントを奈月に届けなかったらどうブチギレられるかわかったもんじゃない。

 リスクヘッジはサバイバル系FPSにおいて鉄則。

 どうせダメージを受けるのだ。最小にとどめなければ!


 そんなことを考えながら、俺は幼馴染の家のチャイムを数年ぶりに押した。

 ピンポーンと、お馴染みの音が聞こえる。少し経って、ガチャリと扉が開いた。


「あらシンちゃん、久しぶりね〜」


 黒髪ロングで超絶グラマーで超絶美人の奈月のお母さん。皐月さんが俺を出迎えてくれた。

 めちゃくちゃいい匂いするぅ〜。

 ものごし柔らかな雰囲気は、ツンツンした奈月とは大違いだ。ついでに胸も、マリアナ海溝とエベレストくらい大違いだ。南無三。


「あの、これ、奈月に渡しといてください」

「わざわざありがとう。よかったらちょっと上がっていきなさいな。ケーキあるから! ねっ?」

「ちょっ!」


 プリントを手渡した手を、皐月さんに捕まえられて、俺は玄関に引っ張り込まれる。

 ケーキで釣って家に連れ込もうとするとか、文面だけ見れば犯罪臭半端ないけれど、皐月さんのエベレストがおれの前腕にエベレストしていて俺はもうなにも考えられなかった。柔らかい。


「奈月は今シャワー浴びてるから、ちょっと奈月の部屋で待ってて頂戴。ケーキは後で持っていくから」

「いやでも……」

「いいからいいから、ねっ?」


 ぽわぽわとマイナスイオンを発しながら俺の背中を押す皐月さん。またもやエベレストが俺の背中にエベレストしていて俺のエベレストもエベレストしそうだった。


 結局。

 毒ガスに追われ、安全地帯に逃げ込むプレイヤーのように、俺は奈月の部屋の前に来ていた。


「……っ」


 ごくりと喉を鳴らす。

 いや別に悪いことしてるわけじゃないから、緊張する必要ないんだけど、なんかね。なんか緊張するよね。


 ドアノブに手をかける。

 そして、俺は5年ぶりに奈月の部屋に入った。


 女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 白を基調とした綺麗に整頓された部屋。

 奈月の部屋は、女の子の部屋と言われれば、まずイメージしてしまうようなそんな部屋だった。


 俺は緊張をほぐすため大きく深呼吸した。他意はない。緊張すればするほどエイムは乱れ致命的なミスを招くのだ。一流のゲーマーなら女の子の部屋で深呼吸するのは当たり前。


「すぅ〜〜、はぁ〜〜」


 やっべぇハマりそう。

 これ以上は逆に乱れる。いや、淫れるので、やめておこう。


「……ん?」


 机の上に置いてあるデスクトップ型の黒々としたPCに目を奪われる。


「これ……俺がめっちゃ欲しかったクソ高いゲーミングPCじゃん、なんであいつがこんなの持ってんだよ……」


 白を基調とした女の子の部屋には、あまり似つかわしくないようなゴツいゲーミングPCが、奈月の可愛らしい机に鎮座していた。

 よく見ればマウスもキーボードもヘッドセットも有名メーカーのお高いやつだ。


 俺は思わずマウスに手を触れる。


 すると、ディスプレイが明るくなり、ゲームのリザルト画面の様なものが表示される。



「は……?」



 そこに表示されたのは、俺がここ数年ハマりにハマっているゲーム。RLRだった。

 いや、驚くべきはそこじゃない。

 そんなところはどうだってよくなるくらい、文字通り、心臓が飛び出るほどの驚くべき情報が、ディスプレイ左上に表示されていた。



「ASサーバー……2位……総合世界ランキング2位……」



 そんな……ありえない、だって、世界ランキング2位は、俺の親友の……。





 ガチャリ。


 背後で音がした。

 振り向く。

 髪を濡らした奈月が、心底驚いた顔で、こちらを見つめている。





 「……お前が、2Nさんだったのか……?」





 物語ははじまる。








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