18話 2N vs Sintro
*この話だけ奈月視点になります。
「………ふぅ…」
シンタローがいる廃墟から遠く離れた岩壁の上で伏せて、大きく息を吐く。
目標のHPはほぼ無いに等しい。紅白戦では物資の補充はできない。さらに、私のチームには撃ち合い最強のジルクニフがいる。
敵の予想を超えた速攻で、慌てたところを確実に仕留める。
たらればで立てた作戦だけれど、びっくりするくらい上手くいった。シンタロー相手に、ここまでうまくいったのは本当に奇跡だ。
……まぁ、今回は私が上手いんじゃなくて、あいつが油断してただけなんだろうけど……。
だからといって、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「ジル、全力で追いかけて。シンタローを屋内から引きずり出せば、私たちの勝ちよ」
「OK! シンタローの尻を追うのは得意中の得意だ!」
ジルなら下手なミスはしない。
私がやるべきは、シンタローを深追いすることじゃない。
シンタローが届かない距離で、攻撃のチャンスを窺うことだけ。
少ないチャンスを、絶対に逃さない。
ただそれだけ。
8倍スコープを覗いていると、廃墟の一角から白い煙が立ちのぼるのが見えた。
「smoke……どうする奈月、このまま突っ込んでいいか?」
回復の為の時間稼ぎだろう。
屋内で発煙弾を焚いて、その煙を囮にどこかしらに隠れる。
シンタローがよく使う戦法だ。
「行って、今のシンタローのHPなら撃ち負けることはまず無いわ。足音をしっかり聞いて惑わされないようにね? シンタローが煙の中にいるとは限らないわ」
「……わかった。確実にいこう。なんせ相手は世界最強だ」
このまま順当にいけば、シンタローに勝てる。
マウスを握る手が震える。
もしかすると私は、今人生で一番緊張しているのかもしれない。
シンタローに勝てば、シンタローは私を認めてくれる。強い奴って思ってくれる。
あのウサギ女だけじゃなくて、私ともたくさん遊んでくれる。
rulerに負けるような役立たずのスナイパーだと思われたままなら、また5年前みたいに、弱いお前はいらないって、言われるかもしれない。
「そんなの嫌だ……! 絶対に勝つ……!」
震える手を抑えて、マウスを握る。
シンタローの武器はSMG UMP9とAR M16A4、スコープは、ドットサイトと、2倍スコープ。
私は8倍スコープでようやく見える距離にいる。
シンタローの武器は私には届かない。しかも、紅白戦だから他のチームの横槍も入らない。
仮に、シンタローがジルを倒して、私に接近しようとしても、800メートルの距離を、遮蔽物の無い砂漠を通って縮めなければならないのだ。
唯一の懸念事項である、次の安全地帯場所も……。
「……最高」
安地はこちらの方へ寄っている。
廃墟は安地外。
シンタローは移動を余儀なくされた。
負ける要素は皆無と言っていい。
けれど相手は世界最強。
油断はしない。できるはずがない。
「ジル、状況は?」
「ッ……すまない、見失った。廃墟を二軒ともくまなく探したけれど、全く見つからない」
ほら、あの絶体絶命の状況でも、シンタローならこれくらいのことはやってのける。
「足音は?」
「聞こえない……どこかに芋っているのは間違い無いんだ、シンタローは廃墟から離れていったんじゃないか?」
「……それはない、私がずっと見てたもの」
嫌な予感がする。
「ジル、こっちに戻ってきて。もしかしたら私の位置をもうすでに把握してて、私の視界から切れるように、廃墟を背にして逃げたのかもしれない」
「………もしそうだとしたら、足音を聞けなかった俺の責任だ、すまない」
「大丈夫、まだ状況はこちらが圧倒的に有利。シンタローが裏から逃げたとしても、安地収縮ははじまってる。いずれにせよ、こちらに来なきゃダメージを喰らうのはシンタローの方よ」
頭の中で、ジルをこちらに戻すという作戦を、何度も反芻する。
大丈夫、問題ないはずだ。
ジルが廃墟をクリアリングしきれないわけがない。屋内にいないということは、やはり裏から逃げたのだろう。
「一応、背中から撃たれないように発煙弾で射線を切りながら戻ってきてね。……シンタローに使われることも考慮して、一個だけね」
「了解、一個投げればだいぶ距離を稼げる。そこから撃ち合うのであれば、俺の距離だ。撃ち勝ってみせる」
「頼んだわよ」
シンタローが隠れるなら、廃墟の後ろにあった、大きな岩がかなり怪しい。というか、遮蔽物がほとんどない廃墟の裏手で、隠れられるのはそこしかない。
ここからでは狙えないので場所を変える。
30メートルほど移動して、ぎりぎり大岩を狙える位置に伏せると、ジルに合図を出す。
「ジル、動いていいわよ」
「OK、そちらに寄る」
ジルが発煙弾を投げて、こちらに走り出す。
狙われるのなら今。
「シンタロー、出てきなさい……私が情けなくなるくらい綺麗に抜いてあげる……」
大岩にレティクルを合わせる。
シンタローがジルを狙った瞬間。
私がシンタローのヘッドを吹き飛ばす。
それで勝てる。
世界最強に、勝てる。
心臓の音が聞こえる。
耳の奥が熱い。手が震える。
瞬きすらせず、息を止めて、その時を待つ。
銃声の音が聞こえた。
「ッ! 奈月! 撃たれてるッ!!」
廃墟から走りだした直後のジルを、サブマシンガンのフルオートが襲う。
けれど、私は。
引き金を引けずにいた。
「嘘!? 大岩に隠れてるんじゃないのっ!?」
大岩にシンタローの姿はない。
スコープから目を外して、目視でジルの方を確認する。
「……っ!……そんなの反則よッ!」
シンタローは、ジルの見立て通り、廃墟の中にはいなかった。
シンタローが芋っていたのは、廃墟の外。
ジルが手榴弾を投げて割った窓のすぐ外、わずかな隙間、足をかけられるかどうかの小さな段差に、身をかがめて潜んでいたのだ。
窓を割った音が聞こえなかったのも、足音が聞こえなかったのも頷ける。
「この反則男! だから他プレイヤーから嫌われるのよッ!」
ゲームのバグとも呼べるような場所。
正規のマップならアップデートで、そんな場所は無くなっていたはずだ。
けれど、この練習サーバーのアップデートは、アジアサーバーよりもかなり遅い。
アップデートはちょうど明日、今日しか使えない幻の強ポジに、シンタローは芋っていたのだ。
「この変態! タロイモ! 大人しく死になさい!」
私は嫌味を吐き散らかしながらシンタローをスコープで覗いて狙撃する。
けれど、もう遅い。
彼は二階から飛び降りて、ジルの死体の方へ駆け出している。
近距離で、無防備な背中から奇襲されたジルは気絶、その上から弾を何発も入れられ、死んでいた。
「くッ!」
相変わらずSMG一丁のみで砂漠を駆け抜けるシンタロー。
次の装填まで若干のタイムラグがある。
私のリロードの隙を突かれて、ジルが自ら投げたスモークの中に逃げ込まれた。
落ち着け……。
まだ有利な状況にいる。
大丈夫、まだ戦える……!
「本当……化け物級の強さね……けれど、そこからどうする気?」
スモークはすぐに消える。
シンタローの武器はSMG一丁のみ、狙撃される心配はない。
一方的に私が攻撃できるこの状況で、しかも遠距離で、私が負けるはずがない。
「終わりよシンタロー……ちゃんと私に殺されなさい」
速攻で照準を合わせられるように、照準線をスモークに合わせる。
けれど、スモークの範囲はどんどん増えていき、最終的には当初の3倍ほどの白煙へと成長していた。
「……無駄よ、スモークを投げて時間稼ぎしても、結局はこっちに来なきゃ、アンタは死ぬんだから……!」
もうシンタローは何もできないはず。
私は照準だけに集中する。
邪念は捨てろ。照準の乱れは心の乱れ。
私は、シンタローの頭を綺麗に抜くだけ。
ただそれだけ。
「…………ッ!」
煙の中から、影が飛び出す。
私はそれを、迷わず撃ち抜いた。
「殺ったッ!!」
揉みくちゃになりながら、死体は明後日の方向へ飛んでいく。
「やった! シンタローに勝った! これで私はシンタローに捨て……られずに………??」
おかしい、
キルログに
シンタローの名前が表示されない。
遅れて、かすかに爆発音のようなものが聞こえていた。
「まさか……ッ!?」
私はスコープで撃ち抜いたはずの死体を確認する。
「ジルクニフ!?」
私が撃ち抜いたのは、おそらく、手榴弾によって吹き飛ばされたジルクニフの死体だった。
鈍い、スナイパーライフルの銃声が聞こえる。
全てを悟った私は、頭を動かそうとするけれど、もう遅い。
画面が暗転する。
画面の暗転が意味する事はたったひとつ。
私はシンタローに負けたのだ。
「そ……んな、ありえない………」
冷や水をかけられたように、冷静になった脳みそが、嫌になるくらい、事の顛末を綺麗に推理する。
スモークの範囲を広げ、ジルの死体からスナイパーライフルを奪い、手榴弾でジルの死体を吹き飛ばし囮にして、私の注意をひいた。
シンタローに遠距離から狙撃されるなんて頭の片隅にも置いていなかった私は、まんまと勝利の余韻に浸って、射線もきらず、5秒以上も無防備なヘッドを晒した。
いくら照準合わせが苦手なシンタローでも、そこまでの時間があれば、私のヘッドを抜くなんてこと、簡単にできる。
「奈月、油断したな」
隣から、大好きな声が聞こえる。
けれどその声は、今はただ、私をこれでもかというほど、傷つけるだけだった。
「………ッ!」
私は完敗したのだ。
シンタローに。
私の大の得意とする。遠距離で。
「ッ!!」
ヘッドセットを乱暴に外して、私はそのまま部屋から逃げ出した。
次回!
夫婦喧嘩!
デュエルスタンバイ!