16話 夏合宿のはじまり、そして決意。
「あちぃ……」
冷房の効いた車内から出ると、うだるような熱気が全身を包む。
電車に2時間ほど揺られ、俺は神奈川県の海岸沿い某所にやって来ていた。
まだ海は見えていないけれど、ほのかな塩の匂いが鼻腔をくすぐる。
熱気にやられ、駅のベンチに座り込むと、電車内から賑やかな後続がやってくる。
「タロイモくん! 海行きましょ! 海!」
「アンタ、ここに来た目的を忘れたの?」
「ちょっとくらい遊んだってバチは当たりませんよ」
「シンタロー、日焼け止めを塗らないと危険だ、俺が塗ってやろう」
ツンツンしている奈月。
終始賑やかなベル子。
そしていつも通り変態なジル。
海に俺を拉致ろうとするジルとベル子に、暑さでグロッキーな俺はゾンビのような声で告げる。
「いいか……ここに来た目的は、東京で開催される高校生選抜大会で優勝するためだ。遊ぶ為じゃないんだぞ」
夏休みが始まった七月下旬。今日から2泊3日のゲーム合宿がはじまる。
いつも通りオンライン上でパーティを組んで練習するだけじゃ、大会の雰囲気に飲まれてしまう可能性がある。やはりリアルで会って練習する期間が必要だ。そうジルが俺に提案して来たのがキッカケで、この合宿は企画された。
「ジル、案内頼むぞ」
「all right! クイーンの頼みとあらば、世界の果てにだって連れて行ってやろう。白馬に乗ってな!」
「徒歩で別荘まで頼む」
「照れ屋め、嫌いじゃないぞ?」
合宿の開催場所はジルの家が管理する別荘。
ジルが親に交渉して、3日だけ使用を許可してもらった。
話を聞く限りでは、別荘には機材やら交通費やら食費まで、何から何まで準備されているようだ。
けれど、そんな美味いだけの話があるはずもなく、俺たちは機材や別荘を貸りる代わりに、合宿後、社長から提示された、とある条件とやらをクリアしなければならないらしい。
俺はまだその条件を知らない。ジルに詳細を聞いても『no problem』と、濁すばかりだ。
嫌な予感しかしない。
「海に温泉にトランプに……楽しみですねタロイモくん!」
「だから、遊ばないって言ってるだろ。この3日は連携強化と作戦会議に徹するからな」
「ゲームするんでしょ! 遊ぶのと一緒にです!」
「馬っ鹿お前、FPSは遊びじゃねーから」
「そうよウサギ女、アンタの下手すぎるエイムをどうにかする為にわざわざ私も参加してあげたんだから、感謝しなさいよね」
「反動制御ゴミの芋スナに言われたくねぇです」
「は?」
「あ?」
ぶーぶー、と、ブーイングするベル子に、奈月が食ってかかる。
こいつら暇さえあれば喧嘩しやがる……。電車内でも、飽きもせず延々と口喧嘩してるからな、ここまで来たらもう逆に仲が良いんじゃないだろうか。
駅から出ると、神奈川県とは思えないほどの田舎っぽい街並みが広がっていた。奥には海も見える。
「海見えました! 綺麗〜っ!」
「海くらいではしゃぐなんて、お子様ね」
「……ちゃっかり水着を持って来ているあなたに言われたくないですね」
「は?」
「あ?」
「はいはい、仲良くしてね〜」
「シンタローの水着は俺が用意しているから心配はいらないぞ」
俺が奢らされたアイスを舐めながらキャンキャンとじゃれ合う奈月とベル子、そして紐みたいな水着を振り回すジル。
こいつら幼稚園児達の方がマシなレベルでまとまりないんだけど。
「はぁ……」
俺は今日一番のため息をはいた。
***
3分ほど歩くと、一際大きな建物が視界に現れる。
高級感溢れる海沿いのコテージ。
俺はジルに確認を取るまでもなく、あそこが件の別荘だと悟る。
「紹介しよう、ここが我が家の別荘だ」
自慢げに紹介するジル。自慢げに紹介されても嫌味に感じないくらい、ジルの家の別荘は高級感あふれる外観だった。アメリカの金持ちが海沿いにたてる別荘を想像して見てほしい。まんまそれだ。
ジルに案内され、でっかい玄関を開けて中に入る。
長い廊下に、高価そうな置物や絵画が展示されていた。なんか見たことがあるひまわりの絵があるんだけどレプリカだよな……?
小綺麗なスリッパに履き替えて、俺たちはジルに案内され、リビングへと進む。
「うわぁ〜素敵です〜!」
「……綺麗な所ね」
「やっぱ金持ちはちげぇなぁ」
リビングの感想を口々に呟く。
壁のほとんどがガラス張りになっており、海を一望でき、おしゃれなウッドデッキまで付いているリビング。
家具やキッチン、家電なども高価そうなものばかり。
一体いくらあればこんなに豪華な別荘を建てることができるのだろう。俺はそんな庶民的なことを考えながらフッカフカのソファーに腰掛ける。
「おいジル……そろそろお前の親父さんが提示した条件ってのを教えろよ」
こんなに高級感あふれる別荘だとは思っていなかった俺は、その条件とやらが急に怖くなってジルに尋ねる。
奈月とベル子も荷物を置いて、ジルに視線を送った。
ジルは一瞬視線を泳がせて、おもむろに口を開く。
「条件はシンプル、この夏に開催される高校生選抜大会で優勝して実績を作り、俺が作ったユニフォームを着て、来年の夏に開催されるRLR世界大会に出場すれば良いだけさ」
数秒間、空気が固まる。
嫌な予感はしっかりと的中した。
「ジル、お前何寝言言ってんの?」
「寝言じゃない。まぁスポンサーの前借りみたいなものだ。機材やら資金やら提供してくれる代わりに、結果を約束する。シンプルだろ?」
「……一応聞いておくけど、もし結果が出なかったらどうするんだ?」
「シンタローがうちの会社に就職して還元できなかった分の利益を返済することになってる」
「マジでふざけんなお前……!」
ウザいくらいのイケメンスマイルを浮かべるジルに掴みかかる。
ジルの肩越しから視線を感じる。
ベル子から何やら生温い視線が送られてきた。
どうやら俺もお前と同じ場所に片足突っ込んだようだぜ……。
RLRの公式大会、それも世界大会であれば、全世界に配信され、それこそ億単位で人が見ることになるだろう。企業としては、これほど良い宣伝媒体は無い。ファッションブランド以外にも、ゲーミングチェアなどのデザインもしている会社であれば尚更だろう。
「大丈夫、Unbreakableならきっと高校生大会も優勝できるし、世界大会にだって行けるさ。それに、海外への遠征費や大会に出る為の必要経費も全部賄ってくれるらしいぞ。アルバイト代という名目で、給料だって出る。悪く無いだろ?」
腰に手を当てて高笑いしているジル。首筋に伝う冷や汗を俺は見逃さなかった。
こいつももしかしたら上手いこと言いくるめられたのかもしれない。
「いいかジル……今回の高校生大会は、日本人だけの全国大会じゃ無いんだ。RLR、U18世界大会と言ってもいい。大会出場規定に国籍を指定していないからな。事実、海外のプロゲーミングチーム期待の新人達が出場を表明してる……diamond rulerだってその内の一人だ。やるからには優勝を目指すけれど、確実に勝てるとは俺だって言い切れないぞ……」
海外勢がちらほら参加するのは聞いていたけれど、まさかrulerほどの大物が参加するとは知らなかった。というか、あの化け物が18歳以下というのが驚きだ。
戦況は、俺たちの全国大会出場が決まった当初ほど明るくない。
rulerが所属する北米No.1プロゲーミングチーム『VoV Gaming』をはじめ、アジアを拠点とする『team heaven』ヨーロッパを拠点とする『GGG Pro』までもが参加を表明している。
賞金もほとんど出ない日本の大会に出場するメリットなんて見当もつかないけれど、実際に出場を表明しているからには疑いようもない。
「勝率は……高くて10パーセント、かなり厳しい戦いになる……」
俺が俯いて、自信なさげにそう言うと、隣から奈月の声が聞こえた。
「いや、私たちは負けないわ」
一片の曇りもない、自信ありげな表情に、ベル子、ジル、そして俺は、目を奪われる。
「だってうちのチームには、年齢制限なんかない総合ランキングで、並み居るプロゲーマー達を蹴散らしている世界最強がいるじゃない」
奈月は何の疑いもなくそう言った。
「……確かにそうですね。非公式ですけど、44キルなんて言う世界新記録を達成した世界最強がいました」
ベル子は苦笑いを浮かべて呟く。
「そうだ、Sintaroもいるし、No.2の狙撃手も、反則スレスレの観測手もいる。もちろん、及ばずながら俺だって味方にいるんだ。負ける要素なんて何処にも無いだろ?」
ジルは俺の隣に座りながら、そう問いかける。
さっきまでバラバラだったくせに、調子の良いチームだぜ。
状況は一向に芳しくない。負ける要素だって充分にあるし、勝率10パーセントというのも、的を射ていると確信している。
なのに、何故か、この3人を見ていると。
不思議と負ける気はしなかった。
「……まぁ、ここまできたら開きなおるしかないよな。結局ゲーマーの悩みなんてのは、強くなれば、勝てば、ほとんど解決する」
3人の視線が俺に集まるのを感じる。
俺は試したい。こいつらと一緒に、何処まで高みに登れるのかを。
「さ、ゲームやろうぜ」
優勝に向けて、合宿が始まる。
夏合宿編スタートです。
ゲームで遊んだり
海で遊んだり
お風呂で遊んだり
肝試しで遊んだり
チーム内で紅白戦をしたりします。