15話 チームに必要なもの
今の俺の感情を、漢字二文字で表すならば、衝撃や、困惑といった文字が適切だろう。
全裸で、大事な部分だけを赤いリボンで隠したジルクニフが、玄関先に立っていた。
ジルの背後には、とんでもなく高価そうな黒塗りの高級車が止まっている。
こいつの親は超有名ファッションブランドを立ち上げたアパレル社長。金髪碧眼でイケメン、おまけにお金持ち。
変態という要素さえなければジルクニフという男は、本当に完璧超人なのだ。
運転席から、アニメや漫画の世界からそのまま出て来たような老執事が、申し訳なさそうにこちらを見ている。
こんな変態に仕えるなんて、本当に心中お察しします。
「さ、プレゼントだ。受け取ってくれ」
ジルは腕を広げてじわりじわりとこちらに迫ってくる。
俺は一瞬、親友が何を言っているかわからなかった。
………いや、こいつの行動を理解できた瞬間なんて一度もないんだけれど、それでも今回は特に理解できない。
「………ジル、一応聞いておこう。その格好はなんだ?」
「もちろんプレゼントだ。ナマモノだから早めに召し上がってくれ」
「…………正気か?」
俺がジルの頭の心配をすると、彼は少し考えて、思いついたように手を叩く。
「………俺とした事がとんでもないミスをしてしまったようだ、謝罪しよう」
「……そうか……! わかってくれたか……!」
良かった。
ジルが自分の異常性に気付けるだけの良心を残していてくれて。
全裸で、大事なところを赤いリボンでグルグル巻きにするなんて正気の沙汰じゃない。
まったく、評判の良い精神病院を紹介するところだったぜ。
俺が胸を撫で下ろしていると、ジルはけらけらと笑いながら口を開く。
「すまない、召し上がるのは俺の方だったかな?」
こいつダメだ、早くなんとかしないと。
俺は一縷の望みにかけて、ジルを説得にかかる。
「ジル、残念ながら俺は女の子が好きなんだ。お前の恋愛感情も否定しないし、正しい気持ちだと思う。けれど、恋愛というものは一人じゃできない。相手が居てはじめて成立するものだろ? 俺はお前のことを親友だと思っている、けれど、恋愛感情はまったくないんだ。わかってくれ」
俺の熱い言葉を、ジルは真剣な表情で聞いていた。
そして、おもむろに口を開く。
「彼女いない歴イコール年齢のシンタローが言っても説得力がないな」
「やばいキレそう」
「冗談さ、分かっているシンタロー。俺がお前を惚れさせればいいということだろ?」
「やっぱりポジティブな変態が一番ヤバいよな」
「ハハッ! 褒めるな照れる」
「いや褒めてねぇよ」
俺とジルが、やいのやいのと言い合いをしていると、高級車の後部座席のドアがバカッと開く。
「ジルクニフさん、いつまでその格好でいるつもりですか? そろそろ通報されますよ?」
車から降りて来たのはベル子だった。
驚いて、一瞬固まるけれど、すぐに冷静になる。
とりあえず、この変態を外に出しておくのは危険なので、ふたりを俺の部屋に通す。
奈月が心底嫌そうな顔をしたのは言うまでもないだろう。
***
俺の部屋に集合した4人。
奈月はベッドに座っていた。ベル子は俺の椅子に座らせて、ジルは床で正座させている。
俺の部屋はいつもとはまったく違う物々しい雰囲気を醸し出していた。
そりゃそうか。股間を真っ赤なリボンでグルグル巻きにした変態がいるんだもんな。
「アンタ達、なんでこんな所にいるの?」
不機嫌な綺麗すぎる幼馴染は、不機嫌そうな美少女Youtuberに、率直な質問をぶつける。
彼女は眉をひそめながら、ぽそぽそと喋り出す。
「それは私が聞きたいです。この変態に『チームにとって大事な用事があるから』とか言われて、なんの説明も無しに拉致されたんです」
ベル子はジルを指差してそう答えた。
ジルの強引さは折り紙つきだ。
ベル子が問答無用で車に乗せられるシーンが眼に浮かぶ。
「ジル……お前マジでいつか捕まるぞ?」
「俺はもう捕まっているさ、恋という名の鎖にな」
何言ってんだコイツ。
「……国家権力という名の鎖に縛られたくなけりゃ、今日の犯行動機を答えろ」
俺がツッコミを入れると、ジルは心底楽しそうに笑って、今日しでかした奇行の動機を答える。
「大会まで残り2ヶ月を切ったにも関わらず、俺たちにはまだ足りないものがあるだろう……?」
「足りないもの?」
俺たちのチームに足りないもの。
そう言われて思いあたる事なんて、たったひとつしかない。
「協調性?」
ジルは、まったく違うと言ったような雰囲気で、首を左右に振る。
違うのかよ。間違いなく足りないだろ。
「シンタロー、お前の読みも甘くなったな」
「……もったいぶらずにさっさと言えよ」
俺が急かすと、ジルは指を、パチンッ、と鳴らす。
すると、バタン! と、勢い良く部屋の扉が開いた。
車に乗っていたはずの老執事が、部屋に闖入する。
老執事は、ハンガーをシルクの綺麗な布で覆ったものを四つほど両手に持っていた。
「俺たちに足りないもの、それは、ユニフォームだ」
ジルの言葉と同時に、老執事はバサリと、シルクの布を取っ払う。
高価そうなハンガーにかかっていたのは、黒と青を基調としたプロゲーマーが着る様なユニフォーム。形状は、半袖パーカー。
袖には水色のラインと水牛のロゴが入っており、胸元には俺たちのチーム名『Unbreakable』と、刺繍されていた。
「かっけぇ……!」
「うわ……すご……!」
「キラキラテカってます……!」
俺たちが思い思いの感想を口にすると、ジルは自信ありげに口を開く。
「俺がデザインしたんだ。ほら、背中には父上の会社のロゴも入ってる」
そう言いながら、ジルと老執事は、俺たちひとりひとりに、ユニフォームを手渡す。
奈月とベル子にはフード付きパーカーと、チームTシャツ。
奈月のものには、黒デニムのホットパンツ。パーカーには猫耳があしらってある。
ベル子のものには、黒いスカート。パーカーにはうさ耳があしらってある。
出来栄えは控えめにいって神。
その道のプロに外注した様な出来栄えだった。
……当たり前か、こいつの親は、人気ファッションブランドを経営する社長だもんな。そういったセンスを十二分に受け継いだのだろう。
「ほら、シンタローのもあるぞ」
「……ジル、俺はお前のことを誤解していたようだぜ。お前はもっと、自分のことしか考えないようなタダの変態だと思ってたよ」
「馬鹿を言うな。俺はシンタローも大切だけど、このUnbreakableも、同じくらい大切に思っているさ」
俺はジルの言葉に、少しだけ涙を浮かべて、まだシルクの布がかかったままのハンガーを受け取る。
協調性がないとかいってごめんな。
お前は変態だけど、本当にいいやつだよ。
「さて、俺のユニフォームはどんな感じだ……!?」
ドキドキワクワクしながら、シルクの布を取っ払う。
「……ジル、なんだこれは?」
ハンガーには、布面積が小さすぎる下着のようなものがぶら下がっていた。股間のあたりにチーム名が刺繍されている。
「ブーメランパンツだ。狭いスペースに刺繍するのは大変だったんだぞ」
「訂正する。やっぱりお前は筋金入りの変態だよ」
その後、俺はジルに土下座して、普通のユニフォームを作ってもらった。
次回は大会前合宿編です。
Unbreakableというチーム名は、「チームの絆は絶対に壊れない」という意味を込めて、シンタローがつけました。ちょっと痛いけど許してやってください。
合宿の資金提供元など、詳しいことは次に書きます。
これからもこの作品をよろしくお願いします。