14話 春名奈月の嫉妬
奈月との会話が弾みすぎてものすごく長くなってしまいました。
「ねぇ、何この動画?」
ベル子との動画を撮り終え、一週間ほど経った日曜日。
俺はなぜか、自分の部屋で、奈月に正座させられていた。
奈月はいつものように腕を組んで、眉毛を吊り上げてツンツンしている。
「何がって、普通のゲーム実況だろ?」
「……ふーん、普通のゲーム実況ねぇ……それじゃあ、タイトルを読み上げてみてよ」
俺のパソコンに映し出された動画のタイトルを、俺はしぶしぶ読み上げる。
「えーっと……コラボ企画、世界最強のSintaroくんとRLR! チーター倒して44キル達成してみた!」
「何しれっと世界記録塗り替えてんの? ふざけてるの?」
俺の胸ぐらを掴んでにらみつける奈月。
ちょっ! 近い近い! あと良い匂い!
「いや……! チーターいたし、たぶん公式記録には認定されないから、落ち着けって……!」
「…………はぁ……百歩譲って、納得してあげる。アンタならいつかはどうせやるだろうと思ってたし」
あきれたような声を出して、奈月は俺の椅子に座る。
俺も正座を崩そうとしたけれど、奈月がひどくにらむのでやめた。
「問題は、本編が終わった後のシーンよ」
「……はて、何のことやら……?」
「しらばっくれるのね、いいわ、実際に見た方が早いもの」
マウスを動かして、動画の最後のあたりをクリック、再生が始まる。
『皆さんどうでしたか!? 私の美しすぎる索敵とタロイモくんの汚すぎる近距離奇襲戦法! まさか本当に44キルするとは思いませんでした! この動画が少しでもいいなと思ったそこのあなた! 是非、高評価とチャンネル登録をよろしくお願いしますねっ!』
ベル子の甘ったるい撫で声が俺の部屋に響き渡っている。
「べ……別に普通だと思うぞ、だからそろそろ再生を止めた方が…!」
「黙りなさい」
奈月は俺の制止を無視して、そのまま動画を流し続ける。
『それと……今回は、私から視聴者さん達に、大切なお知らせがあります……』
急に真面目なトーンになるベル子。
俺はこの先の結末を知っている。
だからこそ、止めなければならない!
「らめぇぇえ!!」
気持ち悪い声を出しながら、おれは奈月に突る。
ゲームではめちゃくちゃスムーズに行く攻撃も、リアルではただのキモいダッシュにしかならない。
正座によって足が痺れているのもあって、俺はその場で顔面を強打しながらこける。
俺の決死の突撃も、無駄に終わり、動画は再生を続けた。
『この度、私、BellKは、タロイモくんと同じ籍に入ります』
ベル子は画面内で、ぽっ、と頬を赤く染めて、あざとく、そう呟く。
対して、奈月は今までで見たことがないくらい冷たい目をしていた。
動画が止まる。
「ねぇ、どういうこと……? 説明して?」
奈月にまたもや胸ぐらを掴まれながら問い詰められる。
「いや、これは違うんだ」
「何が違うの?」
「ベル子が分かりにくい言い回しをしただけなんだよ。正確には、同じチームに、籍を入れます。ってことだから、ホラ見てみ、動画の概要欄に俺たちのチームの説明とか入ってるだろ?」
「……ふーん」
冷や汗を滝のように流しながら、俺はFPSオタク特有の早口でまくし立てる。
「あのウサギ女は、言葉を誤用するようなバカじゃない。わざと周りが勘違いするように振舞っているのよ」
「なんでベル子がそんなことする必要があるんだよ……」
「さぁ? 外堀から攻略していくんじゃない?」
「外堀……?」
「鈍感なアンタには一生理解出来ないことよ」
鈍感とは失敬な。俺ほど敏感な男はいない。自分の名前を検索したりして、評判とかめちゃくちゃチェックするから。
まわりの目を気にしまくるから。
過敏系男子だから。ビクンビクン!
「……それに、男のアンタが、美少女YouTuberと揶揄されているウサギ女と動画を撮るなら、とてつもない弊害が伴うということを、もっと理解した方がいいわよ?」
奈月はそう言うと、動画のコメント欄をマウスでカラカラとチェックする。
そして、俺にとっては耳に毒すぎるコメントを、奈月は丁寧に読み上げる。
『ベル子ちゃん、タロイモと付き合ってるって噂、本当ですか……? ……失望しました。タロイモのファンやめます』
『タロイモ○ね』
『この44キルだって、ベル子ちゃんの索敵のおかげだろ? タロイモ動画内で偉そうにし過ぎ』
『タロイモは2Nとおホモ達じゃなかったのかよ……』
目尻に滲む涙を拭って、俺は叫ぶ。
「やめて! 俺のライフはもう0よッ!」
半泣きになっている俺にお構いなしに、奈月は口撃を続けた。
「……わかったでしょ? あの女と関わるとロクな事がないのよ。これに懲りたら、ウサギ女との実況は控えることね」
俺はそそくさと奈月から離れて、ベッドに潜り込む。
「うぅ……ちょっとくらい人気者になれるかなって思ったのに……」
ガチ泣きしている俺を見て、少し罪悪感に駆られたのか、奈月はベッドの端に座って布団を揺する。
「……そんなに落ち込まなくてもいいじゃない。ウサギ女はルックスが良い分、やっかみコメントが今回は多かっただけよ、下の方にはきっと、シンタローを褒めているコメントがあるはずよ」
「ま……マジで?」
「えぇ、きっとあるわ」
奈月はすぐさまベッドから離れて、カラカラとマウスを回し、コメントの下の方までチェックする。
「……あった?」
「……今はちょっと見つからないけど、きっとあるわ! だから泣きやみなさい……ね?」
「くっそぉ…! 俺、世界最強だぞ……もっとみんなチヤホヤしろよぉッ! 崇め奉れよぉッ! 44キル獲ってなんでアンチコメントばっかなんだよ!!」
最近の悩みを大声で叫ぶと、奈月は大慌てで、スマホを取り出し、画面を俺に見せてくる。
「ほ、ほら! 見なさい! このkitunaって人のコメント! アンタのことを大絶賛してるわよ!」
「ふぁっ!? マジで!?」
スマホの画面には、ベル子の動画のコメント欄が表示されていた。
一つだけ、尋常じゃないくらい長いコメントがある。
『流石は現世界最強のSintaroさんです。勝ち方に隙がなく、細かいところまでリスクヘッジをしているプレイングに好感が持てます。エイムも反動制御も立ち回りも、全部高いレベルでまとまっていて、特に近距離での駆け引きは圧巻です。チーターの倒し方がかっこよすぎました。あんな事思いつくなんてマトモな人間じゃありません。凄すぎます。……けれど、一つだけ文句があるとすれば、私はBellKさんとのコンビより、2Nさんとのコンビの方が好きでした。ほら、やっぱり2Nさんとは長年チームを組んでいる分、ラブラブカップルと呼んでも差し支えないほどチームワークバッチリじゃないですか? 熟年夫婦とも表現できるくらい、阿吽の呼吸だったじゃないですか? その点、BellKさんはシンタローさんの意図を汲めていない気がします。特に、25分31秒のところなんか、閃光弾を投げるのが2秒遅いし、他にも、シンタローさんの呼吸の間を感じとって言われる前に行動するくらい出来ないと、チームを組む意味が無いと思います。まぁ、4人チームになら入れてもいいと思いますけど、2人きりで組むのはあまり良く無いんじゃないでしょうか? やっぱり、シンタローには2Nという大切な人がいるんですから、浮気は良くないと思います。風の噂で聞いたんですけど、2Nさん、twi○chなどで配信をはじめるかもしれないらしいですよ。これを気に、2Nさんと、配信をはじめてはどうでしょう? シンタローと2Nのラブラブカップルコンビなら、すぐに人気が出ると思います。いいですか? すぐに配信に、2Nさんを誘ってあげてくださいね。それでは長々とコメント失礼しました。』
「……うわぁ、すっごい長いコメントだぁ……」
「で、でも! 結構核心突いているコメントよね! きっとこのコメントをした人は、シンタローの事を一番に考えている優しい人なのよ! きっと!」
珍しく、俺以外の他人を擁護する奈月に違和感を覚えつつ、俺はコメントにも書かれてあった事を、本人に質問する。
「そういやお前、配信すんの?」
奈月は何故か耳を真っ赤にして早口でまくし立てる。
「…っ! そっ……そうね! まぁアンタがどうしても私と組んで配信したいって言うのなら、ボイスをありにして配信をしてもいいわよ! 本当は嫌だけどね!? 嫌だけど仕方なくね!?」
「……いやまだそこまで言ってないだろ……。てか、今は大会まで2ヶ月切ってるし、チームの連携をもっと完璧にとれるよう調整しなきゃいけないしな、配信なんてしてる暇ねーよ」
「……っ! ウサギ女とはした癖に……!」
奈月の眉がどんどんつり上がっていく。
まずいぞ……どうやら何か地雷を踏み抜いたらしい……!
これから落ちるであろう雷にビクビクしていると、玄関の方からピンポーンと、小気味好い音が聞こえる。
どうやら来客のようだ。
「おっ! きっとアマゾンからお届けものだ! ちょっと行ってくる!」
「ちょっ……待ちなさいっ!」
俺には友達がほとんどいないので、玄関のチャイムを鳴らすのは宅配業者だと決まっている。
部屋から逃げだす口実を見つけた俺は、ドアを勢いよく開けて玄関に向かう。
「お待たせしましたー!」
元気よく、玄関を開けると、
そこには……
「シンタロー、世界新記録おめでとう」
全身を真っ赤なリボンでグルグル巻きにしたジルクニフが立っていた。
次回、変態降臨