12話 世界記録
「全部話しちゃったのね……」
「……ごめん……鈴子お姉ちゃん……でも! 私、しんぱいで……!」
「いいの、お姉ちゃん怒ってないよ。だから泣かないで」
「……うん」
ベル子は優しく妹を抱きしめて、綺麗な亜麻色の髪の毛をすいている。
目の前で、涙が出てしまうくらいの美しい姉妹愛が華を咲かせていた。
俺はというと、何故かパンツ一丁で正座させられていた。
手は後ろでしっかりと縛られている。
「さて、事の顛末は未来から聞きました。覚悟はできてますか?」
みくるちゃんは、自分の両親の件、ベル子の生活や借金の件を、俺に伝えてしまった事をベル子に報告した。
けれど、パンツ一枚で泣いていた件にはまったくのノータッチである。
どうしよう、このままじゃ本当に捕まっちゃう。
「落ち着けベル子、俺たちはチームだろ……!」
「チーム? 私の大切な妹をあられもない姿にさせて泣かせた極悪人間がチーム? 片腹痛いですよ? 死にたいんですか?」
「たしかに俺はみくるちゃんのスカートを脱がせて泣かせた。けれどそれには止むを得ない理由があってだな……!」
「言い訳は聞きたくありません。法の元で裁かれてきてください」
「待ってお姉ちゃん!」
110に電話をかけようとしたベル子を、みくるちゃんが止める。
「このロリコンにはまだ使い道があるわ! お姉ちゃんの再生数を飛躍的に伸ばす踏み台にしてからでも通報は遅くないはずよ!」
「おい幼女、てめぇ味方なのか敵なのかどっちだよ」
ベル子が心底冷たい目でこちらをにらみつける。
「あっ…すみません……」
怖すぎて思わず謝っちゃったよ……。
「で、タロイモくんはこの件についてどう落とし前つける気ですか? 並大抵の対価では豚箱行きは免れませんよ?」
俺の正座した太ももの上を、グリグリとかかとでグリっているベル子は尊大にそう言った。
ここで選択肢をミスればマジで人生終了だ。
俺は、俺が提供出来るであろう最大のカードを切る。
「そ……そうですね……1ゲーム、44キル動画とかどうでしょう……」
俺の最初で最後の切り札に、ベル子は少し驚いたような顔をするけれど、すぐに冷静になったのか、真顔に戻る。
「……そんな妄言を私が信じるとでも思っているんですか?」
「いや、妄言なんかじゃない。俺が想定している条件さえそろえば、必ずでき……いや、撮れる」
「44キルって、世界記録ですよ? そんなに上手くいくはずがありませんよ……。この場から逃げようとする言い訳にしか聞こえません」
「……やってみる前に否定することなんて誰だってできる。大切なのは挑戦しようとする心なんじゃないか?」
「幼女をパンイチにさせて泣かせていたロリコンとは思えないほど主人公らしいセリフですね」
「えへへっ」
「褒めてないです」
「………」
少しの静寂が訪れた後、俺は恐る恐るベル子に提言する。
「言っておくけど、俺は本気で44キル獲れると思っているからな」
「……無理に決まってます」
「普通はそうだろうな、俺一人で潜って44キルなんて一生かかっても無理だ」
「……ほらやっぱり無理じゃ
ベル子が否定の言葉を言い終わる前に、俺はその言葉を否定する。
「無理じゃない。お前がいれば必ずできる」
「……え?」
文字通り、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしたベル子に、提言を続ける。
「44キル獲れなかったら通報でもなんでもすればいい、けれど、俺がお前の力を借りて44キル獲った時は、みくるちゃんパンイチ大泣き事件は無かったことにしてもらうからな」
「……この犯罪者、なんでこんなにも不利な状況なのに自信満々なんですかね……」
当たり前だ。ここでプレゼンに失敗すればマジで人生終了だからな。
それに、これは単なるハッタリじゃなく、しっかりと根拠のある提言だ。
ベル子は眉間にしわをよせて、30秒くらい、うぅ〜と唸って、はぁ、と、大きくため息を吐く。
「……分かりました。チャンスは3ゲーム。その限られたゲーム数の中で本当に44キル獲れれば、通報はしないでおいてあげます」
口角が自然と吊り上がる。
「3ゲームもいらねーよ、1ゲームで決めてやる」
俺はパンイチのまま、PCのスイッチを入れた。
* * *
「はいどうも〜! 美少女ゲーマーBellKのチャンネルへようこそ! 今回の企画は! 現世界最強プレイヤーと一緒に44キルとるまで帰れません! です!」
いつもの猫なでボイスで企画説明、そして実況をはじめるベル子に、俺は少し胸焼けしつつ、鬱蒼とした密林に向かって、パラシュートを開いた。
眼下には、密林に囲まれた軍事基地のような建物がひっそりと佇んでいる。
原生林がテーマの、このマップは、大きな樹木がいくつも立ち並び、地形は凸凹。オマケに、通常マップの広さの4分の1ほどの面積しかなく、かなり接敵しやすい。
そして、戦闘になったとしても、射線を切りやすい遮蔽物や高低差がある地形じゃ、遠距離攻撃は中々難しく、敵を倒すにはどうしても近距離での撃ち合いになる。
つまり何が言いたいかと言うと。
この密林マップは俺が得意中の得意とするマップだと言うことだ。
しかし、今回は雨が降っている。
遮蔽物や草木が背の高いこのマップで、目視で敵を確認することは難しい。つまり、足音や銃声を聞く索敵能力がネックになってくる。
雨が降れば、足音はほとんど聞こえない。
俺だって、隣の家の足音を聞けるかどうかも難しい。
けれど、ウチのチームの索敵担当は違う。
パラシュートで軍事基地屋上に着地したのち、すぐさまベル子は早口で告げる。
「N方向の青い建物に4人、SW方向の射撃場に4人、私たちと同じ建物に4人パーティが2組着地しましたぁ〜。目視と着地音で確認したのでほぼ間違いありません!」
「……了解」
甘ったるい声で正確な敵の位置を教えてくれるベル子。これでも物凄い索敵なんだけれど、あまりやり込んでないゲーマーにはその凄さが伝わりにくい。
目視での確認もある。これだけじゃ、ベル子の異常な索敵能力は目立たない。
だから、目立つ様に立ち回る。
「この建物にいる2パーティを殺る。正確な部屋の位置を教えてくれ」
おそらく、この動画を視聴するであろうRLRゲーマーは『何言ってんだこのタロイモ、8人同時の足音なんて、雨の中聞けるわけねぇだろ』とか内心でツッコミをいれるだろう。
「一階の一番北側にある大きな倉庫に4人、二階の南側の廊下を2人が、北側に向かって移動中。もう2人は南階段で一階に降りています!」
控えめに言って、チートである。
雨が降って他チームの索敵能力は半減、目隠し状態で戦っていると言ってもいい状態なのに、俺たちは壁が透けるゴーグルでも装備しているようなものだ。
俺はその場にあった装備とSMGを拾って、中央軍事基地の中に入る。
敵の位置、進行方向まで分かっている状態で、負ける訳がない。
「了解」
俺はそう短く言葉を切って、速攻で弾薬や物資を拾いつつ、南側の廊下に向かう。
そして敵を目視で確認。
雨の音で足音がかき消されているのか、敵はまったくこちらに気づいていない。進行方向が正確に分かれば、背後からの奇襲も簡単に出来る。
正面の2人をUMP9で蜂の巣にして、すぐさま窓を飛び降り、階段から降りたであろう2人を奇襲する。
敵はなす術もなくダウンし、そして死亡する。
「流石は現世界最強プレイヤー!Sintaroさん! あっという間に4キルです!」
「いや、こんなチートすぎる索敵があったら俺じゃなくても簡単にキル獲れると思うぞ……?」
「またまた〜謙遜しなくてもいいんですよ?」
そんなこんなで、ベル子の索敵スキルにおんぶにだっこされながら、中央軍事基地の敵を一掃する。
雨の密林でのベル子の索敵の無双っぷりは凄まじく、画面左に表示されたキル数がそれを物語っていた。
15キル。
開幕3分ほどでこの数字。しかもまだ、このマップには78人の獲物がいる。
「タロイモくん……やばいですね……」
思わず素に戻っているベル子に俺は思ったことをそのまま告げる。
「やばいのは間違いなくお前の索敵だよ」
俺がそう言うと、ベル子は甘ったるい声で謙遜する。
俺はここぞとばかりにベル子の凄さを語った。
「お前は自分の希少性をもっとちゃんと理解した方がいい。ベル子の索敵スキルは本当に異常なんだよ。チートと言ってもいいくらいに強すぎる」
「音を聞くなんて誰にでも……」
「二百メートル離れた銃声を3つ同時に聞いて、そのすべての位置を部屋単位で正確に割り出すプレイヤーなんて見たことねぇよ」
敵には死んでもまわしたくないタイプだ。
だって理不尽すぎるだろ。反動制御やエイム力や立ち回りと違って、努力じゃどうにもできない能力だ。
頭を必死に使おうが、どれだけ努力しようが、耳の良さを向上させることは多分できないだろう。できることと言ったら、精々高いヘッドセットを買うくらいのものだ。
「俺だって音を聞くのは得意な方だ。むしろ、ベル子の動画を見るまでは、索敵は俺が世界で一番上手いと思っていたくらいだからな。そんな俺でも、足元にも及ばないくらいお前の索敵は凄いんだよ。チートを疑うレベルでエグい」
「……ま、まぁ! 私は世界で一番可愛いゲーマーですからね! それくらいできて当然です!」
少し顔を赤くして、そう答えるベル子と一緒に、俺はどんどんキルを積み重ねていく。
雨の中、ジープで爆走し、敵を見つけ次第、突撃。
屋内だろうが屋外だろうが、このマップは遮蔽物が豊富だ。
足音がまともに聞けない状況で、屋内と似た様な状況。
そして俺だけが、ベル子によって敵の位置を知ることができる。
rulerクラスのプレイヤーと対戦するなら話は別だけど、普通の野良マップにいるプレイヤーに、これほどのアドバンテージを貰って、負ける訳がない。
山上の物見櫓で、28キル。
川沿いの村で、36キル。
そしてついに、現在いる渓谷で、
43キル。
時間経過とともに、世界記録タイに並んだ俺たちは、息を切らしながら、安地内の建物で芋っていた。
「やばいですよタロイモくん……! 本当に世界記録狙えちゃいますよ……!」
「敵は残り1人……奴さえ殺れば、世界記録更新だ……!」
マウスが汗で湿っている。
文字通り、このゲームに俺は今後の人生がかかっているのだ。
負ける訳にはいかない。
窓から外を眺めるベル子が、声を荒げる。
「外! 敵です! 川沿いをまっすぐこちらに走ってきます!」
「……嘘だろ?」
この安地の形状で、俺たちが芋っている家は明らかに強ポジ。
敵がいますよと分かっている状態なのに、遮蔽物の無い川沿いを走ってくる。
そんな初心者丸出しの動きに違和感を覚えつつ、俺は窓の外にエイムを合わせる。
敵も、走りながらAKMを構えている。
「あんな遠距離から腰ダメでAKMを当てれる訳ないだろ……」
弾がバラける腰ダメ(サイトを覗かずに銃を撃つこと)は、主に近距離戦で使う撃ち方だ。弾がバラけきって、四方八方に飛んでいく遠距離で当てるなんて不可能に近い。
初心者の様な動きに、勝利を確信した俺は、アサルトライフルに持ち替えて、単発撃ちに切り替え、そして引き金を引く。
けれど、結果は。
気絶したのは。
俺の方だった。
「なんだこいつぅ!? AKMを走りながらフルオートで当ててきたんだけど!?」
初心者の様な動き。
遠距離からフルオートで当ててくる機械みたいなエイム力。
弾がバラけるはずなのに、1発も外すことなく腰ダメで当ててくるシステム的矛盾。
ここから導きだされる答えは一つ。
「こいつ間違い無い……! チーターだ……!」
世界記録更新を目前にして、俺が想像しうる最悪の展開が待ち受けていた。




