98話 残酷なまでの強さ【後編】
砂埃が舞う戦場。
生存人数は俺を含め十八人。
「……」
足元に転がる死体を避けながら、バイクにまたがり、エンジンをかける。
現在俺がいる位置は、安地の一番北側。
安地収縮フェーズ5が終わり、フェーズ6の安地が表示されていた。
結果は俺にとって最悪。
現在地から真南に安地は移動した。
ここから安地へ入るには、遮蔽物がほとんどない山の斜面を駆け下り、さらには安地のほとんどをしめる軍事基地、そこを囲むフェンスを突破しなければならないのだ。
だが、諦めるわけにはいかない。
チームとしての強さ、それを見せることには失敗してしまったかもしれないけれど、結果を残せばそれは覆る。
奈月も、ベル子も、ジルも、俺にとっては最高の仲間だし、最強のメンバーなのだ。
それを誰かに否定されるような結果を残すわけにはいかない。
「……絶対に勝つ」
アクセルを踏んだ。
車輪が勢いよく回転し、血を吸った赤い土を巻き上げる。
ぽつぽつと立つ木々を避け、安地の中心にある軍事基地を目指してアクセルを踏みしめた。
もちろん無策では突貫しない。
バイクに乗りながら、先ほど死体の山で手に入れた大量の発煙弾を、前方に投げまくる。
RLRの仕様。バイクのスピードが投擲距離に影響を与え、本来なら人間が投げられないような距離を、発煙弾は飛んでいく。
軍事基地から射線が通るであろう稜線まできたら、すぐさま引き返し、また先ほどと同じように発煙弾をバイクに乗って長距離投擲する。
発煙弾が足りなければ、すぐさま死体箱から奪い、急いで補充する。
しばらくして、軍事基地北側から俺のいる山上まで、まるで雲海のように白煙が立ち込めた。
答えはシンプル。
遮蔽物がないのなら、作ればいい。
「行くぞ」
小さく呟いて、山の急斜面をバイクで駆け下りる。
進むたび、車体がガタガタと揺れた。
白煙で視界が悪いし、道もデコボコだけれど、五千時間以上プレイしてきたこのマップで少々の視界不良で事故を起こすようなことはない。
軍事基地北側には大きなマンションのような建物が三つ、コの字型に並んでおり、そこがフェーズ6の安地の中心。
十中八九、最終安地はそのマンションになるだろう。
白煙によって作られた雲海の裂け目を通るたびに、そのマンションからマークスマンライフルで狙撃される。
けれど、時速130キロで白煙に隠れながら蛇行するバイクを仕留められるはずもなく、弾丸は風切り音だけを立てて、冷たい地面に埋まった。
マンションでの屋内戦は、俺の得意分野。
そこで芋りながら戦えるのであれば、たとえ残り人数の十七人が俺を殺しにきても、逆に皆殺しにできる自信がある。
軍事基地を囲んであるフェンス。
そのフェンスに空いているわずかな亀裂にバイクで飛び込み、基地に侵入。
そのまま白煙の中で車両を止めた。
前方およそ十メートル先に、軍事基地、コの字型マンションへの入り口がある。
白煙がなくなれば、そのマンションにいる無数の敵に俺は蜂の巣にされるだろう。
このまま無策で入り口に走って行っても、足音を聞かれ、白煙から出てきたところを殺される。
絶対絶命であるはずのこの状況、けれど、俺の口角はゆっくりと吊り上がった。
「さぁ、ちゃんとムーブしててくれよ」
そう呟いて、手榴弾をマンション入り口、左側に投げ込んだ。
コンコンコンと、手榴弾は壁やあちこちに当たり、跳ね回る。
そしてついに、手榴弾が床を跳ねた瞬間、空気を揺らし爆ぜる。
「……よし」
次の瞬間、キルログに敵チーム二名の気絶が表示された。
「……ありがとう、俺如きに油断しないでいてくれて」
軍事基地、コの字マンション入り口には、マンションに入ってくる敵に対して必ず撃ち勝てる最強ポジションがある。
入り口から入ってすぐに見える左右の通路。
その通路に隣接して設置されている高級そうな木製のカウンター。
右と左に設置されたその強ポジションに、二人ずつ人数を配置し、射線をクロスすればまず間違いなく負けない。
狭い入り口からは手榴弾も投げにくく、しかもその狭さ故に必ず一人ずつしか入れない。
相手がこちらに銃口を向けながら入ってきても、絶対に左右どちらかから射線が通る。
二つ射線が通れば、どうあがいても一人じゃ撃ち勝てない。
進入してくる敵に対しては最善手。
そんな場所に敵は芋っていたのだ。
だかしかし。
手榴弾を壁や家具に当て進行方向を限定できるという特技、検証を重ねている俺には、そんな待ち方はむしろ好都合と言える。
最善手に、最強のポジションに芋ってくれるのであれば、人数任せで無理やり平地で撃ち合いに来ないのであれば、俺は絶対に負けない。
敵がいるであろう場所に、手榴弾を投げ込むだけで、勝てるのだから。
「右にもいるんだろ」
起爆時間を調整し、右側の木製カウンターに手榴弾が飛び込むよう角度を調整して投げる。
手榴弾は入り口手前の小さな段差にあたり、そして天井についてある豪華なシャンデリアにぶつかり、木製カウンターに備え付けてある椅子にあたり、そしてカウンター内に転がり込む。
トレーニングモードで、何千何万と検証し、練習した成果だ。
手榴弾が投げ込まれた途端、二つ、慌ただしく足音が聞こえた。
俺はすぐさまマンション内に飛び込む。
「それは悪手だ」
木製カウンターから急いで逃げ出そうと、カウンターに馬乗りになる敵二人。
モノを飛び越えようとする動作、パルクールを行えば、銃は構えられない。
致命的なスキが生まれる。
「……」
俺は無言で、敵二人をサブマシンガンで蜂の巣にした。
それと同時に、気絶していた敵二人も死亡する。
マンションを陣取っていた四人が全員死んだ為、気絶体も絶命したのだ。
何にせよ。
「……あと、十四人」
小さく、暗く、そう呟いた。
***
高級感あふれるシックなバー。
俺は昔のチームメイトでありながら、現在ではFPS、いやeスポーツ界隈では知らぬものはいないほど有名らしい真田と、酒を飲んでいた。
「お、俺がコーチ……?」
「あぁそうだ。お前がUnbreakaBullのコーチになるんだ」
「ちょ、ちょっと待て、んなもんできるわけねぇだろ!」
「何故だ? 実力も実績もお前なら申し分ないはずだ」
たしかに、自分で言うのも少し気恥ずかしいけれど、俺はそれなり実績を残している。
けれどそういう問題ではないのだ。
「……」
暗くなる表情。
競技シーンのことを考えると、昔の暗い出来事が、自分の意志に反して無理やり脳内に浮かび上がり、気分が滅入る。
他人の羨望、嫉妬、悪意に晒されるのはもう嫌と言うほど味わった。
俺はもう、FPSを、eスポーツを、することも、関わることも……絶対にしない。
そう決めていた。
「……実力や実績じゃ、どうにもならん部分もあるだろ……」
ゆっくりと言葉を選んで、そう言った。
「……そんなもの考える必要はない」
俺の過去のトラウマを、どうしようもない出来事を誰よりも知っているはずの真田は、簡単に俺の言葉を否定した。
「大切なのは、お前がやりたいか、やりたくないか、だ」
心臓が、トクンとはねた。
「…………」
少しでもその気を見せればすぐに調子に乗る真田の手前わざと知らないフリをしていたけれど、俺はあの四人をずっと前から知っている。
当然だ。
競技シーンを目指すFPSゲーマーなら知らぬものはいないほど、彼らは有名だ。
初弾は必ずヘッドに当てるエイム力、味方の射線をも管理し、生存率をあげるカバー力。
正確性という一点においては他の追槌を許さず、あのDiamond rulerでさえ届かない。
撃たれないように撃ち、そして一撃で決める理不尽エイムのスナイパー、2N。
どんなスコープ、銃種でも完璧に反動を制御し、集弾率、ダメージ数、気絶数は日本……いや世界トップレベル。
どんな逆境でも果敢に撃ち合い勝利を収める自動小銃の王様、Zirkniff。
足音のみの索敵範囲、およそ半径四十メートル。銃声を聞けば2キロ以上先の敵で索敵範囲。
屋内と屋外の銃声から距離を割り出し、センチ単位で敵の位置を把握する人外級の斥候、間違いなく世界でたった一人の逸材、BellK。
そして……。
「……Sintaro」
パソコンのディスプレイに表示されているプレイヤー、Sintaroを、俺はじっと見つめる。
ここ二年、プロゲーマーひしめき合う世界ランキングで、ずっと王座に君臨し続ける怪物。
撃ち合いでは世界最速の決め撃ちで敵を圧倒し、立ち回りでは手榴弾を使い敵をかく乱、行動、思考、足音までも操る。
そのくせプレイスタイルは病的なまでに慎重。
決して奢らず、勝つためには手段を選ばない。
間違いなく日本のFPSプレイヤー史上、最高の逸材であり、最強のプレイヤー。
「……っ」
グッと、奥歯を噛み締める。
「コーチをしたくないわけがない。育てたくないわけがない。……そんな顔だな」
「……うるせぇ」
図星をつかれてしまい、小学生のような悪態をついてしまう。
過去のトラウマを抜きにすれば、喉から手が出るほど欲しいプレイヤーたちばかり。
オーダー出身である俺なら尚更だ。
「なぁ、賭けをしないか?」
「賭け……?」
ニヤリと笑みを浮かべる真田。
「このラウンド、シンタローくんが残り全ての敵を倒し、見事勝利を収めたら、お前はUBKのコーチを務める。正確には俺がお前をシンタローくんたちに紹介する」
「……っ」
残り生存人数は十四人。
しかも残っているチームの一つは、真田がコーチを務める『Recipro Gaming Gray』の姉妹チーム『Recipro Gaming saturation』
正真正銘のプロチームであり、Grayほどではないけれど、国際大会出場経験もある。
それに……saturationには……。
「勝てるわけがない」
俺はそう吐き捨てる。
世界最強の芋でさえ、勝てない。
その理由は数的不利という理由だけじゃない。
「……saturationに、彼がいるからか?」
真田の一言に、ゆっくりと頷く。
数ヶ月前にsaturationに入り、抜群のキルセンスで数多のプロゲーマーを血祭りにあげているプレイヤー。
Gunsh
元々はRLRとは別のFPSゲーム『CSGD』のプロゲーマーだったけれど、今年の春に急に引退を表明し、『Recipro Gaming RLR部門』のトライアウトを受け、そして合格。
前期RJS、grade2で、チームに途中加入ながらも最多キル賞を三度獲得、grade2を落ちかけていたsaturation残留に大きく貢献した。
その功績から、今季のRJSからgrade1のチームであるRecipro Gaming Grayに移籍が決まっている。
彼のプレイスタイルを一言で表すならば、残忍。
公式大会でありながら死体撃ちだって平気でするし、味方の連携を無視して敵チームに突っ込むこともしばしば。大会外でも他チームの選手と揉め事を起こすなど、素行にかなり問題がある。
さらに彼は、周りから頭がおかしいと思われても仕方がないようなことを、インタビューなどで度々口にするのだ。
『俺は、人を殺す音を、本物を知っている。だから強い』
意味深なセリフ。
ファンからはキャラクター作りの一環だとか、厨二病ネタだとか笑われているけれど、そのセリフを口癖のように吐く本人を見て、心底昏い瞳を見て、俺には到底おふざけで言っているようには見えなかった。
そんな超がつく問題児にも関わらず、キルをとりまくりチームの勝利に貢献してしまうからRecipro Gaming も彼を無碍にはできないのだ。
圧倒的な才能を持ってしまった残忍な子供。
動きや言動を見る限り、俺はそんな印象をゴーシュに抱いていた。
「ゴーシュ……あいつは異常だ。それに、理詰めでムーブを組み立てるSintaroとは相性が悪い。さっきのマンション入り口での戦闘だって、敵がちゃんとムーブしていたからこそのキルだ。ゴーシュならそんな動きはしない。白煙だらけだろうが突っ込むだろう」
「……たしかに彼ならそういうムーブをするだろうね」
「……プレイヤースキルならSintaroの方が上。けど才能という面だけで見れば、ゴーシュは圧倒的だ。Sintaroはゲームセンスだけじゃなく、飽きるほどの検証を繰り返し、負けない為にを突き詰めた。推測だけどそういうタイプのプレイヤーだろう。けれど、ゴーシュは違う」
FPSゲームには、eスポーツには、一定数いる人種。
……いや、どのスポーツ、業種にもいるかもしれない。
「才能だけで、すべてをねじ伏せる。奴はそういうタイプのプレイヤー。だから読めない。予想外の撃ち合いじゃSintaroは間違いなく負ける」
「……」
ゴーシュと同じように、現役時代、才能だけですべてをねじ伏せるアタッカーだった真田を見つめて、俺はそう答えた。
俺もSintaroと同じように、理詰めでムーブを組み立てる。だからゴーシュのようなプレイヤーの恐ろしさを嫌というほど理解できるのだ。
「なら、賭けるか?」
「……は?」
「シンタローくんは負けるのだろう? なら賭ければいいじゃないか」
「……」
「俺が賭けに勝てば、お前はUBKのコーチ。賭けにお前が勝てば、ここの飲み代もこれから行くであろう飯代も、すべて俺が出そう」
「…………いいぜ、乗った」
「ふふっ、賭けは成立だな」
残り十四人。
その中に化け物もいる。
安地も悪い。
勝てるわけがないのだ。
「お前も勘が鈍ったなSEED」
わざとゲーム内の名前で、真田を呼んだ。
この状況でSintaroが勝つためには、針の穴を通すような正確なムーブが必要だ。
ゲームを俯瞰して見られる俺たちならともかく、実際にゲームをプレイしている彼がそこまで正確に情報をとって動けるはずがない。
「お前こそ、勘が鈍ったんじゃないか?」
真田はグラスを傾けて、そう言った。
「才能だけで勝てるほど、このゲームは甘くない。どんな逆境でも勝つ為に考える。諦めない勇気こそが、本当の才能だ」
「……なにクサいこと言ってんだよ……酔ってんのか?」
「酔ってなんかいないさ」
真剣な眼差し。
彼は無精髭をさすりながら、懐かしそうに目をほそめる。
「事実、現役時代才能にあぐらをかいていた俺は、一度だってお前に勝てなかったからな」
「……っ」
その一言に、俺はどうしようもなく気恥ずかしくなって、無言でパソコンのディスプレイに視線をうつした。
「まぁ、結果はすぐにわかるさ」
安地はもうすぐ収縮しきる。
最終局面が、始まる。