97話 残酷なまでの強さ【中編】
「……っ」
ディスプレイに表示されているリザルト画面を見ながら、私は胸に手を当てる。
初めてのTier2スクリム。
苦戦するとはわかっていたけど、まさかここまでとは……。
いや……キルもある程度取れてるし、アマチュアにしてはむしろ善戦している方だろう。このレベルでムーブすれば、一位はとれないまでも最下位にはならないし、もしかしたら八位以内に食い込めるかもしれない。
けれど、それじゃあ彼は満足しない。
シンタローは、満足しない。
「また……守れなかった……っ」
もっと私が早く敵を狙撃できていれば、もっと私がムーブを考えてシンタローに助言していれば、もっと私がちゃんとキルログを管理していれば……っ。
ふつふつと、後悔が泉のように湧き出てくる。
彼の焦る声が、悲痛な叫びが、今も耳に残っていた。
たかがゲームで。たかが公式大会の練習試合で、そこまで大げさになる必要があるのかと思う人もいるかもしれない。
けれどシンタローにとって、スクリムも野良も、公式大会も、変わらないのだ。
どんな状況でも彼は負けない。
いや……負けたらいけないのだ。
「……」
シンタローの心を壊した数年前の痛ましい事件が脳裏をよぎる。
まだ、心の傷は癒えていない。
世界最強という称号が、誰にも負けていないという事実が、彼のアンバランスな心をなんとか繋ぎ止めている。
しかし。その理由が、世界最強の称号が、失われたらどうなる?
傷ついた心を、崩れ落ちそうな心を、どうしようもない無力感を、封じ込めていた鎖が解ければどうなる?
「シンタロー……」
私は祈るように、リザルト画面を見つめた。
* * *
息を殺す。
血液が、全身を走り回り、脳味噌は、氷のように冷たくなる。
体は熱いのに、頭は冷静。
矛盾した体の状態。
それでも戦意は萎えない。
「…………」
負ければ全て失う。
俺はその、どうしようもないくらい過酷な現実を身をもって知っていた。
引き金を引けなければ、殺される前に殺さなければ、大切な人も、仲間も、失うのだ。
死なないんじゃない。
殺しにいく。
負けないんじゃない。
勝ちにいく。
もう何も、失いたくない。
冷静になれば敵が発する銃声をより鮮明に聞くことができた。
六箇所同時になる発砲音を、キルログと照らし合わせ、ある程度の居場所を把握する。
「皆殺しにしてやる」
思考を切り替えて、手榴弾の安全ピンを抜いた。
そして、元々俺たちのいたポジションに車突貫した敵チームめがけて投擲する。
射線は合わせない。
確実に敵を殺せるムーブだけしかしない。
爆発時間を調整し、いくつも投げ込んだ手榴弾三つが、粉塵を巻き上げて一気に爆ぜる。
車突貫したチームと、西の市街地から勾配のキツい斜面を歩いてきたチームが、お互いに乗ってきた車に隠れながら撃ち合い、混在している稜線奥。
そんな密集地帯で、手榴弾が容赦なく弾け飛んだのだ。
宙に舞う死体。
俺の名前と、手榴弾の犠牲者が刻まれたキルログが画面右上にズラリと並んだ。
「確殺二人に、気絶三人」
奈月が二人落としたので、現在稜線向こうにいる敵は合計六人。
まともに動けるのは、たった一人。
俺は迷わず駆け出した。
距離を詰める最中も、気絶している敵がいるであろう場所めがけて火炎瓶をばら撒く。
稜線向こう一帯が火の海になり、熱せられた空気がくゆりくゆりと揺れる。
気絶した敵、二人が焼け死んだ。
「生存一人と、気絶一人」
芽生える殺意を押し付けるように、小さく呟いて、敵がいるであろう稜線奥に見えないよう匍匐の体制をとる。
耳をすませると、ザクザクと慌ただしく動く足音が聞こえた。
足音は一人。
逃げたと思った敵がとんぼ返りして、いきなり手榴弾と火炎瓶を死ぬほど投げ込んできたのだ。
慌てない方がおかしい。
その足音をしっかり聞き取って敵の大体の位置を把握し、そのまま閃光弾を投げ込む。
パンッ! と、乾いた音が焼けた野原に響いた。
それと同時に、俺はその場から足音を立てないように立ち上がる。
稜線奥には、遮蔽物も何もない場所でふせながら回復している敵がいた。
「……」
俺は閃光弾で目が眩んでいる敵めがけて、持っていたフライパンを投げつける。
パコンっ! と、間抜けな音をたてて、敵は絶命した。
「これで、六人終わり」
生存人数はのこり十八人。
すぐさま散らばっている死体から物資を獲る。
装備する銃はvector一丁のみ、弾薬は五十発。回復アイテムも最小限に、あとはバックがパンパンになるまで手榴弾や火炎瓶を詰め込んだ。
「ふぅ……」
その場にあった壊れかけのバイクにまたがり、小さく息を吐く。
あと十七人殺せば、奈月も、ジルも、ベル子も、負けたことにはならない。
依然増幅し続ける殺意を、押し殺して、俺はバイクのエンジンをかけた。
***
都内某所。
シックなバーで、二人の男がグラスを傾けていた。
高級感あふれるテーブルには、薄いノートパソコンが置かれている。
表示されている映像は、スクリムTier2公式配信。
ランドマークをかぶされ、必死に戦うUnbreakaBullの姿がそこに映っていた。
「なぁ、この選手、どう思う?」
髪型はオールバックで無精髭をたくわえた男、真田鉄信が、隣に座っている痩せ型で顔色が悪くゾンビのような見た目をした男にそう問いかける。
「どうもなにも、俺はもうこのゲームはやめたんだ。関わる気はないぞ」
FPS界隈のレジェンド、真田に対して、不躾な態度をとる男。
しかし真田は、そんな彼に対して不快感を表すどころか優しげな表情を作り、話を続けた。
「まぁまぁそんなに邪険にしてくれるなよ。俺とお前の仲だろ?」
「……たかが昔一緒にチーム組んでただけだろ。大事な用件があるからって来てみれば、酒飲みながらゲーム観戦だ? ふざけるのも大概にしてくれ」
席を立とうとする男の手を掴み、真田は真剣な面持ちで口を開く。
「ふざけてなんかいないさ。いまから話すことは、俺たちが戦ってきたFPSゲームというジャンルを、弱小と呼ばれてきた日本のeスポーツ事情を、大きく変えるような、そんな話だ」
そう言われた男は、より一層、暗い顔をつくる。
「…………どうあがいたってかわんねぇよ。最強の世代と呼ばれた俺たちでさえ、絶対王者の韓国には勝てなかったんだ」
悲痛な面持ちで語る血色の悪い男。
そんな彼の表情を見つめて、真田は机に置いてあったパソコンを彼の前に差し出す。
「俺たちが勝てなかったのは事実だ。だからって諦めるのか?」
「諦めるもなにも、俺はもうプロゲーマーは引退してるだろ……」
「はぁ……悲しいねぇ。どんな逆境でも絶対絶命の状況でも、必ず俺たちを活かすオーダーを出していたお前が、そんな情けないセリフを吐くなんてな」
「……ならどうしろってんだよ。俺のゲーマー人生はもう終わってんだよ。俺の今の生活を教えてやろうか? 三十代も半ばまで来てるってのに二十代の新入社員とならんで上司にヘコヘコ頭を下げてるんだぞ? お前と違って俺には学歴も社交性もない、貴重な二十代をFPSゲームだけで潰した代償は大きいんだよ……」
酒の勢いもあるのか、男は続ける。
「それに俺はもう……FPSはできない……」
男の心を、ズキズキと痛めつけるモノ。
それは過去におったトラウマだった。
彼がプロゲーマーを引退しなければならなかったその理由は、単純にゲームのスキルが足りなかったという理由ではない。
もっと暗く、人の悪意に満ち満ちた理由だったのだ。
けれど真田は、そんな彼の暗い表情をものともせずに、ニヤリと笑みを浮かべた。
「なら、育てればいいんだよ」
「……は?」
「俺たちが勝てなかったなら、もうFPSゲームができないのなら、後ろから追っかけてくる後輩たちを育ててやればいい。それこそ、絶対王者の韓国を倒せるくらいのチームをな……」
「酔ってんのか?」
「酔っていない。本気だ。いま映っているこのチームと、俺がコーチをしているReciproのどちらかなら、韓国にだって善戦できると確信している」
そういって、彼の前にPCをすべらせる。
「……」
彼は、じっと、シンタロー達のムーブを見つめる。
しばらくして。
ベル子、ジル、そして奈月も落とされ、安地際に逃亡するシンタローの姿を見て、男は以前表情をかえず、口を開いた。
「全然ダメだな」
「……どこがダメだと思う?」
真田のセリフに対して、ゾンビのような男は堰を切ったように喋りだす。
「すべてだ。まずBellK、チームの動きを見る限り、たぶんこいつが斥候だろう。……たぶん、耳がいいのか? こいつの情報を基盤にチームが動いてる。……けれど射線管理がガバガバすぎる。あんなところでぼーっとしてたら殺してくれと言っているようなもんだ。索敵に関しては天賦の才があるみたいだが、それ以外がまるでダメだな。次にZirkniff、こいつの撃ち合いには目を見張るものがあるが、味方をカバーする動きが遅い。おそらくオーダーに盲目的に従っているせいだろう。多少自分でも動こうとする努力は見えるが、オーダーを信頼するあまりムーブに意思がない。腰を据える撃ち合いならプロゲーマーの中でもトップクラス、だがそれだけじゃプロでは通用しない。それは2Nにも言えることだな、エイムの正確性、スピード、どれをとっても一級品、射線管理も上手い。なるべく落とされないようにピーク(顔を出して敵にエイムを合わせる)できる技術も持ってる。だけどそれしかない。アサルトライフルの反動制御が終わってるし、遠距離しか戦えないようじゃスクリム終盤まで生き残っても役に立たないだろ。……まぁ、野良でイキってたプレイヤーがTier2スクリムに出てボコボコにされる。よくある光景だ。どうでもいいね」
「……どうでもいい割には、よくチームを見ているんだな」
ニヤリと笑う真田に対して、バツが悪そうに酒をあおる男。
「それで、Sintaro、このプレイヤーを、お前はどう思うんだ?」
「……」
少し黙って、男は口を開く。
「全然ダメだな。このチームで一番ダメだと言ってもいい」
「ほう、辛口だね」
「おそらくこいつがオーダーなんだろうけど、ムーブが消極的すぎる。仲間を大事にするあまり、味方の良さも自分の良さも消してる。本来ならこいつ一人でもその気になればこの程度のスクリム一位でぶっちぎれるだろ。それくらいこいつの才能は、努力はずば抜けてる。それなのになんだあの気の抜けた偽善者ムーブは、ゲームなめてんのか。2NもBellKもZirkniffも、正直言って逸材だ。こいつもそれを意識している。意識するあまり、無意識に消極的なムーブになってんだ。あークソ! もったいねぇっ! 口に出したら腹立ってきたわ! マスター! 同じのもう一杯!」
「お前……褒めてんのか貶してんのかどっちだよ……」
「貶してるに決まってるだろ。で? このチームのコーチは誰だ……? こんな原石揃いのチームでなにも磨かずスクリム程度でぐだらせてる無能は?」
「コーチはいないよ」
「……は?」
コーチがいないというセリフを聞いて、男は血色の悪い顔をさらに白くして目を見開く。
男はこう思っていた。
これほどまでにタレントが揃ったチームなら、コーチングしたい人間も、スポンサーになりたい企業も山のようにいるだろう。
強さはそのまま金に直結する世界。
原石が揃ったこのチームを放っておく理由なんてないのだ。
そんなチームに対して実力もないコーチがついて、いらないムーブ指導が入り、動きが狂っている。
男はそう思っていたのだ。
「一度、Sintaroくんだけを世界選抜に誘ったんだけどね、断られてしまったよ」
真田のセリフに、男が抑えていた感情が漏れる。
「……は? お前馬鹿か? あのチームはあの四人じゃなきゃ意味ねぇだろ」
それを聞いて嬉しそうに笑う真田。
「……ふふっ、お前と同じことをSintaroくんも言っていたよ」
酒を一口あおる。
九時をまわり、店内に落ち着いたメロディーが流れ始めた。
「このチームの選手にアプローチするなと、色々と根回ししておいた」
「……お前が面倒見る為にか?」
「いいや違う……」
グラスを置いて、目を合わせる。
「俺たちを世界大会二位まで連れて行ったオーダーであるお前に、このチームのコーチをさせる為だ」
「……は?」
グラスの中の氷がとけて、カランと音を立てた。
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戦闘描写が好きな方は必見です!!
よろしくです!