96話 残酷なまでの強さ【前編】
ランドマーク被り、さらに山上からの漁夫。
二つの予想外の展開を乗り越え、俺たち|UnbreakaBullはベル子を削られながらもなんとか安地収縮フェーズ4まで生き残っていた。
現在はシコクで最も大きな山、山上から攻撃してきた敵がいたポジションに入っている。
急勾配な斜面、覆い茂った木々、デコボコとした稜線。
ここなら低地から狙撃される心配もないし、車で突貫されても音ですぐに気づくことができるはずだ。
「奈月は西側にある俺たちがいた街を警戒、ジルは東側の稜線奥、山上を警戒。俺は両方をカバーできる位置で全体を見る」
「「了解」」
スクリムTier2に上がってから初めてのラウンド、序盤を生き残ってもまだまだ油断はできない。
「残り……46人……」
右端には野良マッチでは絶対にありえないような生存人数が記録されていた。
これはスクリムならではの現象。
どのチームもなるべく人数を削らず順位ポイントや強ポジションからの一方的な攻撃を狙っている為、なかなか人数が減らないのだ。
半径四百メートル、円形の安全地帯にまだ46人もの生存者。
16チーム64人からのスタートなので減ったのはたったの18人ということ。
順位ポイントが発生するのは8位から、キルポイントは1ポイント。
ここで倒されればおそらく順位ポイントは入らない……。
ジルと奈月が2パーティー壊滅させてキルポイントを稼いでくれたのだ。このままの勢いで順位を伸ばして一気に上位に食い込みたい。
しかし。
はじめてのTier2スクリムでそんなに上手くいくはずもなく。
「シンタロー! 東奥の稜線から銃声だ!」
「……っ! 私も西側の街から撃たれた! 射線は切れてるけど私たちがいた街におそらく1パーティー入ってる!」
「了解! 俺たちのポジションは安地に入ってる! なんとしてでもここを守り切るぞ!」
安地収縮が終わり、フェーズ5の安地がマップに表示された途端、島のあちこちで銃声が鳴り響く。
安地が変われば、安地に入っていないチームは移動を余儀なくされる。
チームが移動すれば、それだけ接敵回数も増え、戦闘も増える。
フェーズ4が終わり、フェーズ5に変わるこのタイミング、大混戦は必至……ここからが本当のスクリムなのだ。
「……っ」
銃声の方向、銃種、キルログ、聞こえる音や視覚情報すべてを脳味噌に叩き込み、最適解を考える。
「奈月! ジルと同じ東側を見てくれ!」
「西側はいいの!?」
「大丈夫だ! 西側の市街地にいるパーティーは俺たちのいる強ポジまで絶対に歩いてこない! 来るなら確実に車で突っ込んでくるはずだ! 車で来るなら音で突貫のタイミングは分かる!」
「了解!」
円形の安地、俺たちは今その北側に位置している。
もともとあったフェーズ4の安地が収縮しきり、フェーズ5の安地は南側にズレるように移動した。
つまり、北側にいたチームは、南側に一斉に移動し始める。
俺たちは安地に入っているとはいえ、北側、端のポジション。
俺たちのポジションを経由しようとする、もしくは取ろうとするチームはいくらでもいるのだ。
奈月の見ていた西側の市街地から、俺たちがいるポジションに来るまで、勾配のキツい野原が続く。
木々に隠れた強ポジ、しかも高所、そんな場所に敵がいると分かっているのに、遮蔽物も何もない野原を走ってくるなんてヌーブは流石にしないはずだ。
よって、ジルが見ている方向、東側稜線向こうにいる敵のほうが優先度は高い。
向こうからこちらまで若干デコボコしているとはいえ、高さはほぼ同じ、木々という名の遮蔽物もあるし、走って詰められる距離にある。
もし仮にジルが気絶をとられようものなら、一気に敵は詰めてくるだろう。
落とされないためには射線を通してプレッシャーをかける必要がある。その為には数的有利を取ることは必至。
東側に二枚置いて、俺は全体を警戒、それがおそらく今できる最適解のはずだ。
「ジル! 奈月! 気絶をとられてキルログに情報がのれば一気に敵が押し寄せてくる! 頼んだぞ!」
「任せろ!」
そう言って、ジルはマークスマンライフル『SLR』を東側の稜線についている敵目掛けてフルオートばりに連射する。
マークスマンライフルは、スナイパーライフルとアサルトライフルの中間にあるような武器で、威力はスナイパーライフルより劣るが、一発の威力がアサルトライフルより大きく、単発撃ちの射撃間隔も速い。
その分反動も大きく、スナイパーライフルのように一発一発丁寧に撃たなければ銃口が跳ね上がりすぎてまともに当てられないはずなんだけど……。
「東側の稜線、一人気絶とった!」
「な、ナイス!」
あまりに早すぎるタップ撃ち。
それ故に特徴的すぎる銃撃音。
自動小銃の王様の変態反動制御はマークスマンライフルでも健在だった。
「ジルはそのまま敵のいる稜線をロック(射線を通し続けること)しててくれ! 俺が手榴弾を入れる!」
手榴弾の安全ピンを抜き、起爆時間を調整、助走をつけて稜線奥に投げ込む。
爆風と共に木々が揺れ、木の葉が飛び散った。
キルログを確認、ジルが気絶をとった敵に確殺が入る。
「ナイスシンタロー!」
「火炎瓶で焼く! ジルと奈月はそのままロックしててくれ!」
これで最低でも、稜線向こうの敵とは人数は同じ。
こちらには遠距離も中距離もカバーできる撃ち合い最強脳筋コンビがいる。裏でもつかれないかぎり絶対に撃ち負けない。
拮抗するであろう稜線上の撃ち合いを、均衡を崩せば確実に勝てる。
俺がすべきムーブは、西側稜線向こうの敵を大量の火炎瓶で焼く。それだけだ。
ライターで火炎瓶に火をつけ、稜線奥に等間隔で投げ込む。
「……頼む……焼けてくれ……っ!」
祈るように焼け野原になる稜線奥を見つめる。
ベル子が入れば銃声を聞くだけで敵のいる位置を知ることができたし、大量に発煙弾を焚けば、白煙の中で敵を蹂躙しただろう。
火炎瓶の熱でくるりと揺れる空気。
俺たちは三人で稜線奥をロックする。
全方向、鳴り響く銃声。
銃種も判別できないほど数が多い。
索敵も機能していない。
けれど、この熾烈ポジション争いに勝てば、大混戦を生き残れば、さらに上に行ける。
生存人数は目まぐるしく変化し、キルログは滝のように流れる。
稜線奥の敵も警戒しなきゃいけないけど、次に行うムーブを速く考えなければ、先ほどの市街地戦と同じ失敗をしてしまう。
あまりの情報の多さに俺の脳味噌はもうすでにパンク寸前だったけれど、それでも次のオーダーを考え、そして出そうとした。
次の瞬間。
「……ッ!?」
背後。西側の稜線からアサルトライフルの射撃を加えられる。
「なんで!? 車の音は聞こえてないわよ!?」
「奈月下がれ! 俺が撃ち合うッ!」
奈月を庇い、前にでるジルクニフ。
俺はすぐさま発煙弾を焚いて奈月と一緒に隠れる。
西側の敵は、俺たちが最初に降りた市街地にいたはずだ。
そこからここまでくるのに、射線が簡単に通る勾配の強い野原を走ってこなければいけない。
可能性があるのは車での突貫。
それなのに、奴らは走ってここまで詰めてきたのだ。
「……キルログか……ッ!」
良くも悪くも俺たちUnbreakaBullは知名度が高い。
俺も、奈月も、ジルも、ベル子も、すべてのプレイヤーの得意不得意が他プレイヤーに割れているし、もちろんIGN(ゲーム内の名前)も割れている。
キルログに俺たちの名前がのり、そしてそれに表示された武器と同じ銃声が聞こえれば、俺たちが山上で東側の敵と交戦しているという情報を、西側市街地の敵は得られたはずだ。
ジルクニフの特徴的なマークスマンライフルの銃撃音。
索敵人力チートのベル子が削られている数的不利。
ベル子がいないことにより索敵力の大幅ダウン。
それらすべての情報を得られたなら、俺たちが別パーティーと戦闘している間に、背後から音をなるべく立てずに走りで突貫するのはむしろ理にかなったムーブと言える。
「くっそ……ッ!」
まただ……また俺は、予測できたこの状況を避けられず、絶体絶命の状況にチームを追いやってしまった……!
今までベル子の索敵を頼りすぎないようにしていたけど、やはりいなくなれば彼女の存在の大きさを嫌でもわからされる。
これは、奈月やジルにも言えることだ。
奈月がいなくなれば遠距離から撃たれ放題だし、ジルクニフがいなければ火力が大幅にダウンするし、ベル子がいなければ索敵力が大幅にダウンする。
やはり俺たちUnbreakaBullは、四本角の雄牛なのだ。
一人でも、一角でも欠ければ、大きく戦力ダウンしてしまう。
「シンタロー! 奈月! 早く引けッ!」
ジルクニフがアサルトライフルで西側からやってきた敵チームの二人を落とすけれど、残りの二人に気絶をいれられる。
撃ち合い最強のジルクニフとはいえ、四人と真正面から撃ち合って勝てるわけがない。
むしろ二人も落としてくれて時間を稼いでくれたことに感謝するべきだろう。
「すまん……ッ! 奈月引くぞ!」
「了解!」
キルログに流れる親友の死。
それに目を背けて、俺は安地北側ギリギリにある小さな窪みにむけて駆ける。
ここまでムーブぐちゃぐちゃになればもうどうしようもない。
とにかく、生き残らなければ……!
俺と奈月が北側に引けば、東から詰めてきた敵と、西で火炎瓶に四苦八苦している敵がかち合うかもしれない。
一切理にかなっていない、そんなお祈りムーブに、俺は賭けるしか無かった。
しかし、そんなムーブをプロゲーマーひしめき合うこのスクリムで許してもらえるはずもなく。
真正面から俺たちの銃声を聞きつけ、漁夫の利を狙おうと車で突貫してきたパーティーとかち合う。
「ッ!」
車で轢かれそうになったところを、なんとか横っ飛びして回避する。
車で突貫してきた敵は、先ほど俺たちがいたポジションに入り、車を盾にしながら西側市街地から上がってきた敵と撃ち合う。
車突貫の敵は四人、ジルクニフが必死にとった気絶もキルパク(気絶させた敵に他プレイヤーがキルを入れれば、それは他プレイヤーのキルになる)され、東側から上がってきた敵は数的不利によりすぐさま削られた。
東側がやられれば、次は俺たちの番。
車突貫の敵は、一斉にこちらに銃口を向ける。
窪みまでまだ距離はある。
まずい……殺される……ッ!
「シンタロー! 逃げてッ!」
負けを確信した刹那、奈月のスナイパーライフルが轟音と共に鉛玉を吐き出す。
キルログに、敵の即死ログが流れた。
一秒にも満たないわずかな時間。
その一瞬に、彼女は即座に判断したのだ。
俺を生かす為に、敵と正面から撃ち合うと。
「もう、誰にも傷つけさせない……っ!」
小さくそう呟いて、肩や腹を撃ち抜かれながらも奈月はまたスコープを覗く。
そしてすぐさま射撃。
またキルログに、敵の即死ログが流れた。
「……っ!」
血が出るほど奥歯を噛み締める。
予測できる事象を見逃して、チームの二人を犠牲にしなきゃ、生き残れない。
「ッ! シンタロー……ごめ———……」
奈月は何も悪くないのに、気絶した状態で最後の一瞬、俺に謝ろうとして、そして無線が切れた。
情けない……。
なにがU18全国大会優勝だ……。
なにが世界ランキング一位だ……!
なにが世界最強の芋だ……ッ!
今まで、チームのみんなが必死に俺のオーダーを正解にしてくれていた。
それで俺は勘違いしていたのだ。
自分が強いと、仲間といれば絶対に負けないと、勘違いしていたのだ。
「俺は……弱い……ッ!」
小さな窪みの中で、包帯を巻きながら無様にうずくまる。
昔と何も変わらない。
俺は、弱いままだったのだ。
負けたら終わる。
このスクリムは真田さんも見ている。
俺はどう思われてもいい。けれど、奈月やベル子、ジルを馬鹿にされるのだけは耐えられない。
俺たちはRJSで優勝し、世界に行くんだ……。
こんなところで、負けるわけにはいかないんだ……ッ。
「…………」
大きく息を吐く。
自分のミスは、自分で取り返す。
もう誰にも、頼れない。
一人で、戦うしかない。
2Nさんもいなかった、昔みたいに、一人で。
爆発寸前の感情と裏腹に、脳内に溜まる血液は怖くなるくらい冷たくなる。
そんな感覚がした。
強くならなきゃ、誰も、何も、守れない。
途方もない無力感。
ずっと昔にも、同じ気持ちになったことがある。
その無力感を消すために、FPSを始めたのだ。
戦場に鳴り響く銃声。
俺は何故か、父さんと母さんのことを思い出していた。
「……………………皆殺しにするしかない」
負ければ弱い。
勝てば、強い。
答えは、シンプル。
画面右端に表示された生存人数、28という数字を見つめて、俺はそう呟いた。
【UBKスクリムメンバー募集】
PUBGスクリムメンバーを1名募集しております!
少しでも興味持っていただけましたら下記TwitterアカウントDMにてご連絡ください!
@stylish_tanaka0
スクリム配信や野良でのPUBG配信、書籍のお得な情報の告知などしていますので是非フォローよろしくお願いします!