1話 幼馴染と親友
事の発端は5年前。
「シンタロー! 映画見に行くわよ!」
俺がつけていたヘッドセットを、幼馴染の奈月は強引に奪い取って、大声で叫ぶ。
「……見てわかんないの? 今ゲームしてんだよ」
できるだけ冷たい声を出して、彼女にそう言った。
「……だって、今日は映画を見る約束じゃ……」
「また今度の日曜な」
「それ、この前も言ってた……おばさんが亡くなって辛いのはわかるけど、たまには外に出ないと……」
「……うるせぇなぁ」
「っ!」
「俺はお前と一緒に居るより、画面の向こうにいる強いやつと殺しあう方が100倍楽しいんだよ」
俺の言葉で彼女が怯んだ隙に、ヘッドセットを奪い返して、画面に向き直る。奈月は泣いていた。けれどそんなことどうだっていい。
「じゃあ……私がシンタローより強くなったら、ずっと一緒に居てくれるのね」
「………」
ゲームに集中していた俺は、奈月の言葉を聞き取ることはできなかった。
***
そして5年後、物語は始まる。
「いってきまーす」
五月の下旬。朝焼けの中。
俺、雨川 真太郎は、よれよれのブレザーを着て、寝ぼけ眼をこすりながら玄関を開ける。
体が怠い。
けれど、俺の脳みそは熱湯のようにグツグツと茹っていた。
ポケットからスマホを取り出し、イヤホンを両耳につけ、YouTubeにアップした昨晩の激戦のハイライトを眺める。
「やっぱ2Nさん神エイムだわぁ〜」
間抜けな声を出しながら、昨晩、2人組で戦場を駆け抜けた親友『2N』さんを褒め称える。
超遠距離だろうが中距離だろうが、素早く銃を構え、魔法のように高速で照準を合わせ、目標の頭を抜く。鬼神の如き強さとはまさに2Nさんの為の言葉だろう。
俺がここ数年どハマりしているFPSゲーム『Real Life Rivalry』
4人班、25組、合計100人が飛行機に乗って無人島にパラシュートで着陸し、落ちている武器を拾って、最後の1組になるまで戦う有名なゲームだ。
総プレイヤー数、全世界累計6億人の超モンスタータイトル。
その6億人の中で、アジアサーバーのランキング2位と説明すれば、2Nさんが如何に凄いかわかってくれるだろう。
RLR(Real Life Rivalryの略称)を知らない人には「FPS界の吉田沙保里だよ」と言えば、その傍若無人なまでの強さが伝わるはずだ。
そんな2Nさんとチームを組み、ゴールデンウィークに開催されていた『全国高校eスポーツ選手権 RLR部門 中四国サーバー予選』を共に戦っていたのだ。
本来であれば、4人までチームに入れることができるけど、2Nさんの癖の強いプレイングについていけるのは俺だけなので、2人1組で参加した。
もちろん、結果は俺たちの圧勝。
2位のチームに総合戦績、12ポイントの差をつけてぶっちぎりの1位に輝いた。
そして、俺たちは手にしたのだ。
夏休み、東京で開催される、RLR日本1位を決める全国大会に参加する権利を。
「ちょっと邪魔なんだけど」
背後から、妙に高くてツンツンしている声が聞こえた。
恐る恐る振り向く。
10年以上の付き合いである幼馴染、春名 奈月が、眉間にしわを寄せて、敵意丸出しで立っていた。
そのキツい目つきに怯えながらも、難癖をつけてくる彼女に俺は反論する。
「いや、普通にそっちを通ればいいだろ」
俺が今歩いている歩道は、人一人しか通れないような狭い道じゃない。田舎特有の無駄に広い歩道なのだ。
彼女が発奮して抗議している問題は、少し右にそれて、俺を抜いていけば解決する問題だ。
「アンタが退きなさいよ」
正論なんか求めてない、私はお前を攻撃したいだけだ。
舌打ちしながら俺をにらみつける彼女を見れば、そう言う意図があるということは充分にわかった。
俺はしぶしぶ右に避けると、彼女はわざとらしく俺に肩をぶつけて早足で去っていく。
「……はぁ」
幼い頃は、結婚の約束をするほど仲が良かったのに、現在は虫ケラを見るような目でにらまれる。
彼女がそんな態度をとるようになった原因を、俺は知っている。
おそらくキッカケは5年前。俺と奈月が中1になったあたり。
俺が病的なまでにFPSにのめり込んだせいだ。
とある理由で、心底不貞腐れていた俺は、自分の部屋に閉じこもり、いわゆる引きこもり状態になっていた。
そんなどうしようもない俺を見た彼女は、なんとか俺を励まそうと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのだけれど、俺はそんな彼女の優しい気持ちを、酷く踏みにじったのだ。
理不尽な、ひどい罵声を浴びせたこともある。
それからというものの、彼女は俺に対して、ああいう態度をとるようになったのだ。
まさに自業自得、彼女が俺に怒る理由はあっても、俺が彼女に対して怒れる道理はない。
思春期が終わり、後悔した時にはもう遅かった。
彼女はもう、まともに俺と口を聞こうとはしなかった。
すこし、いやかなりの罪悪感に心を押しつぶされそうになるけれど、過ぎてしまったものはどうしようもない。
ちゃんと謝れるチャンスがやってくるまでじっと待つだけだ。
ピロリン、とスマホが鳴る。
画面を見ると、2Nさんからメッセージがきていた。
『おはよ、よく寝れた?』
思わず頬が緩む。
ずっと仲が良かった幼馴染と険悪な関係になった数ヶ月後、俺は2Nさんと出会ったのだ。
なんの接点も無いのに、フレンド申請してきた彼を、はじめは不躾なやつだなぁと思ったけれど、その評価はすぐに覆ることになる。
俺と気が合いすぎるのだ。
裏どりの連携も、手榴弾を投げる場所も、突るタイミングも、言葉を交わさなくてもピッタリと合う。
まるで10年以上の付き合いがあるような幼馴染の様に、俺と2Nさんは周波数が完璧に、寸分の狂いもなく合っていたのだ。
そして、なんの因果か、好きなゲームも、食べ物も、映画も、そんなところまで何もかも一緒だった。
ゲームタイトルが変わっても、俺と2Nさんはフレンドになって、一緒にゲームを続けた。
お互いにどんどん腕が上がっていき、今作、遂に公式戦にエントリーし、予選とはいえ優勝という結果を残したのである。
「2Nさんって、どんな人なんだろ」
さながら恋する乙女のように、俺はそう呟く。
予選を勝ち抜き、全国大会の切符を手に入れた俺たちは、予定通りなら東京の会場でゲームをプレイすることになる。
つまり、直接会うことになるのだ。
びっくりするくらい仲が良い俺と2Nさんだけれど、実はお互いの性別や本名、声、年齢さえも知らない。
今も、今までも、会話や雑談はゲームチャットで済ませてきた。
ゲームをプレイする時も、ボイチャは使わず、お互い無言でプレイしている。他のプレイヤーにそれを伝えると死ぬほど驚かれるけれど、俺と2Nさんは何故か無言でも完璧に連携がとれるのだ。
俺が2Nさんの個人情報を知らない理由はもうひとつある。
2Nさんは、そう言った個人情報関連の話題になると、あからさまに動揺するのだ。誤字が増えたり、日本語がおかしくなったり、とにかくそういった話をさけたがる。
そういう話はあまりしたくないのかもしれない。俺はそう思って、そういった話題は極力避けてきた。
そんな2Nさんと今度、はじめて会うことになる。
楽しみでもあるし、不安でもある、そんな不思議な気持ちだ。
「全国大会参加するかどうか、一応聞いておいた方がいいよな……」
2Nさんはもちろん参加するだろうけど、一応確認の為、メッセージを送った。
不安と期待が入り混じった不思議な感情のまま、俺は校門をくぐった。
* * *
「はぁぁぁぁぁあああっ!?」
スマホの画面を見ながら、俺は大声で叫んだ。
画面には、2Nさんからのメッセージが表示されている。
『ごめん、君と全国大会には行けない』
「なんでだよ……俺たち死ぬほど頑張ったのに……!!」
予想外の2Nさんの返答に、文字通り俺はテンパっていた。いや、狂乱していたと言ってもいい。
この全国大会への切符の為に、俺達は血反吐を吐くほど練習し、同じくらい努力していたライバル達を蹴落とし、そして優勝したのだ。
簡単に、行かないなんて、言っていい状況じゃない。立場じゃない。
たかがゲームで何をそんなに熱くなっているのかと言われてしまうかもしれない。けれど、そのゲームが人生の全てを占めていると言っても過言ではない俺たちみたいな人種からすれば、甲子園出場を決めたのに自ら辞退するようなとんでもない事なのだ。
「おい、雨川」
「なんだよ! 今マジでやべぇんだよ! あークソ!」
「……ヤバイのはお前だ。後で職員室に来い」
「……へ?」
担任教師の冷たい声に、俺は冷や水をかけられたように冷静になった。
冷静になって、周りをよく見ると、奇人を見るような目で、クラスメイト達は俺を見つめていた。
その中には幼馴染の奈月もいた。奈月は何故か顔を真っ赤にしている。
「す……すんませんした……」
俺はそう言って、机に突っ伏した。
けれど机の下で、スマホをたぷたぷつついている。
『理由を聞いてもいいですか?』
落ち着け、2Nさんにも事情があるのかもしれない。
金銭面に関しては、交通費や宿泊費も含めて、大会を開いた主催者側が出してくれる。であるならば、理由はそこじゃないだろう。
俺が手助けできる問題であれば、なんだってする。
これは2Nさんがめちゃくちゃ強くて戦力になるからって理由だけじゃない。
親友と呼んでも差し支えないほど、俺と2Nさんは仲が良い。FPS仲間には、男同士なのに夫婦だと呼ばれるレベルだ。
そんな親友が、全国大会出場を辞退するほどの問題を抱えているのであれば、力になりたい。
スマホがブルブルと揺れる。2Nさんから返信が返ってきた。
俺は恐る恐る、スマホの画面を見る。
『まだ俺は、君より強くなってないから』
「……へ?」
2Nさんのメッセージを、俺は理解することができなかった。
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