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05 ドクロ族の少女。




 一つの建物。家だろう。そこから人が、ひょっこりと顔を出した。

 がっしりとした身体の男の人。顔の右頬には三日月の刺青があった。ちょっと強面に緊張しつつも、私から話しかける。


「あの、水色の長い髪をした少女はどこにいますか?」

「あ? シエルのことか?」


 どうやら知っているようで、すんなり名前が出てきた。


「竜人とちっこいドラゴンと……人間?」


 アギトさんとレックスを見てから、訝しそうに私とりょうたを見る。

 格好が変に映るのだろう。いや、靴も履いていないことがおかしいみたいだ。仕方ない。室内から、召喚されたのだもの。


「あの、実は異世界から転移された者なんです」


 これで伝わるのかな、と少し不安に思いつつも言ってみた。

 目を見開いた刺青の人は、身を引く。


「……おいまさか、シエルの奴、また『青空の子達』を転移させたのか!?」


 どうやら通じたけれど、さっきの村人とは違う反応だ。

 余計怪しそうな目をしてきた。なんだか悪者を見るような目に感じる。


「な、なんですか?」

「……異世界の住人なんて、いいもんじゃねえ。昔暴れられたことがある。略奪に暴力……。言い伝えでは世界ヴァルレオを救うなんて言われているが、全然ちげぇ!」


 私は目を瞬かせた。


「異世界転移の術を持って生まれた上に天涯孤独になっちまったシエルは可哀想だが、術を封印もしない。アイツは、疫病神だ。おい、この村で悪さしようものなら許さねぇぞ」


 凄まれる。悪さをする異世界人だと思っているようだ。

 青い空の住人を一括りにして『青空の子達』と言っている。


「待て。この二人は違うぞ」


 そこでアギトさんが口を開く。

「ア、アギトさん、いいのっ」と止めようとしたが、無駄だった。


「彼女は『正義の女戦士』で、彼は『ドラゴンと心繋げる少年』だ。そしてオレは伝説のドラゴンのタマゴを守る番人、このドラゴンこそ伝説のドラゴン。彼女達は、世界の神バハムートも目撃している」


 紹介してしまったのだ。

 バハムートのことまで話した。

 刺青の人とはいうと、固まっている。驚愕している表情。

 ギギギ、とぎこちなく後退りしては、指を差す。


「……し、シエルなら、村外れのボロっちい家にいるはずだ」


 声を裏返して、教えてくれた。

「ありがとうございます」と私はりょうたの手を引いて、指差してもらった方へと歩く。

 本当に他の家に比べたらボロボロに汚れた家が、外れにあった。

 はしごを登る。扉を叩きたかったけれど、扉がない。代わりに大きな葉のカーテンがしてある。


「こんにちはー」

「こんにちはー!」


 とりあえず声をかけた。

 すると、カーテンをちょっと捲って顔を出した。

 美少女の顔。水色の大きな丸目と赤みがさす頬。長い長いウェーブのついた水色の髪に包まれた女の子。歳はりょうたより上か同じくらいだろう。


「えっと、君がシエルちゃん?」

「……」


 確認すれば、コクリと頷く。

 合っていた。


「その、入ってもいいかな? お話したいのだけれど」

「……どうぞ」


 可愛らしい声で許可をくれたので、私達は靴下を脱いで中に入らせてもらう。

 本当に天涯孤独らしく、少女・シエルちゃんは一人暮らしのようだ。

 家の中は、毛皮の布団が端に敷いてある。一人分。

 それに真ん中に囲炉裏のようなものがあった。

 壁には食器棚とタンスがあるだけ。

 剣は壁に立てかけてもらい、囲炉裏を挟んで向き合うように座る。


「私はえりな」

「僕はりょうた。レックス」

「キュー」

「オレはアギトだ」


 まずは自己紹介。


「……シエル」


 シエルちゃんも、短く名乗った。


「シエルちゃんが、異世界から私達を召喚した。間違いないよね?」

「……」


 コクリとシエルちゃんは頷く。


「なんで召喚したのかな?」

「……ごめんなさい」


 小さな声で謝罪した。

 俯き、反省している様子だ。


「えっと……謝ってほしいわけじゃないんだ。理由を聞きに来たの」

「……わたし、異世界転移の術を使うドクロ族……」

「うん、希少な能力を持っているのでしょう? 三百年に一度の」


 またコクリと頷いたシエルちゃんは、口を開く。

 言葉を発するのではなく、ただ口を大きく開けた。


「口?」

「違う、アゴ」

「アゴ?」


 ほっぺ。いや違う、顎をシエルちゃんは指差す。


「ドクロ族は、顎の骨に模様がある。大きく口を開いて模様を合わされば、転移の術を発動させるという。その模様がドクロだから、ドクロ族」


 右隣のアギトさんが教えてくれる。


「あくびをすると発動しちゃう……」

「えっ、つまり……」


 それを聞いて、私は口元を引きつらせた。


「あくびしちゃって、私達を召喚しちゃったの!?」


 きっかけはあくび。

 あくび一つで、トリップしてしまった。


「うん、ごめんなさい」


 またシエルちゃんは頭を下げる。


「村の人達から発動させるなって……言われたけれど……。封印しろとも言われた……でも、お母さんが素晴らしい能力だって褒めてくれたから……」

「……そっか」


 きっと変な異世界人を召喚してしまい、村で暴れられたのだろう。

 異世界から来たのならパニックにもなるだろうけど。

 今は亡き母親の褒めてくれた能力を封印せず、大切にしたみたいだ。


「……りょうた」

「ん? 僕?」

「りょうたがはしゃいでるのを見て、異世界人は悪い人ばかりじゃないと思った」


 そして漏らしてしまったあくびで、召喚してしまったりょうたを見た。


「えりなもいい人。そして言い伝えの『青空の子達』だから……」

「召喚してくれたわけね……そっか。私はてっきり助けがいるから召喚しているのかと思った。でもあくびを漏らしていただけなんだね」

「助け?」

「お姉ちゃん、助けって?」


 左右でアギトさんとりょうたが、首を傾げる。


「うん。ほら私とりょうたはこの世界を救うって言い伝えがあるのでしょう? 危機に直面しているのかと思って心配してたんだ」


 心配したが、これで安心した。

「ううん」とシエルは首を横に振る。サラサラと水色に艶めく髪が揺れた。


「よかった。じゃあ帰してもらえないかな?」

「……泊まっていかない?」

「え?」

「いいの!? 僕この世界でお泊まりしたい!!」

「えっと……」


 立ち上がって帰ろうと言うのだけれど、手を伸ばしてシエルちゃんは私の袖を掴んだ。天涯孤独と聞いたシエルちゃんに、上目遣いされては断りづらい。そしてりょうたも泊まる気満々で目を輝かせていた。

 まぁ明日は日曜日。学校は休み。りょうたが泊まることを母には連絡済み。


「じゃあ泊まってもいいかな? シエルちゃん」

「……うん」


 シエルちゃんは、口元に笑みを作って頷く。頬を赤らめて嬉しそうだ。

 りょうたもレックスも大はしゃぎ。

 アギトさんは腰を上げた。


「オレは二人のブーツを調達してやろう」

「え、いいんですか? 助かります」

「レックスを頼んだ」

「はい!」


 びしょ濡れの靴下で動き回るのはもう終わりのようだ。

 ブーツがあれば助かる。

 窓のところに、ニーソと靴下を干させてもらった。


「それにしてもちょっと……家、汚れてるね」

「ボロボロだよね!」


 私が気を遣ったのに、りょうたが率直に言ってしまう。

 パシンと頭をはたいた。


「……掃除、手伝ってくれる?」

「うん! いいよ、全然オッケー! 手伝うよ」


 掃除をするくらい大丈夫だ。

 むしろお礼に手伝う。異世界転移をさせてくれたお礼だ。

 布切れを濡らして、家の中を拭いた。

 そのうちブーツを持ってアギトさんが戻ってきたが、掃除をしている姿を見てから「夕食をとってきてやる」と行ってしまう。

 中は掃除し終わったので、外も掃除することにした。

 革のブーツはサイズが合わない、ちょっとぶかっとしたものだけれど、文句は言わない。りょうたの方も同じくぶかっとしてしまうようだった。同じく文句は言うことなく、とても楽しそうに足を揺らした。


「じゃあ外もピカピカに磨こう!」

「うん!」

「……うん」

「キュー!」


 カーテンをくぐり、はしごを降りて、地上に立つ。

 バシャン、と水飛沫が飛ぶ。

 膝丈ほどのブーツに、水は侵入しなかった。

 りょうたは大喜びして、バシャバシャと水を踏んだ。


「りょうたとシエルちゃんは壁を拭いて、私は屋根をきれいにする」

「わかった!」

「……うん」

「レックス、離れちゃだめよ」

「キュー!」


 レックスに気をつけつつ、私は壁をよじ登って屋根を登った。

 修理しなきゃいない箇所はなさそう。落ちないように慎重に拭いた。

 そんな掃除中、ドクロ族の村人がぞろぞろシエルちゃんの家の前に来ては、私達を見物する。あの刺青の人が言い伝えの『青空の子達』と教えたようだ。

 果物らしきものを置かれたり、拝まれたりされた。

 掃除が終われば、玄関には山積みになった果物が置いてあった。

 甘い香りがする。マンゴーの匂いに近いけれど、形は真ん丸。

 シエルちゃんが一つ手にすると、皮を捲った。それを差し出してくれたので、私は受け取り一口食べてみる。果実はなめらかに舌の上で溶けて、マンゴーの甘さが口に広がった。美味しい。


「りょうた、美味しいよ、マンゴーみたい」

「ほんと!?」


 りょうたにも、シエルちゃんは皮をむいて差し出した。

 受け取ったりょうたとレックスは、躊躇もなく食べる。


「おいしい!」

「ねー」


 これ持って帰ってもいいかな。おやつとして。


「終わったか」

「アギトさん!?」


 戻ってきたアギトさんは、肉の塊を担いでいた。


「夕食だ。お返しに食べてくれ」

「食べ切れるかな……」


 肉の塊はすでにこんがりと焼けている。

 香ばしい匂いが鼻に届く。


「いただきます!」

「いっただきまぁす!」


 きれいになった家の中で、肉を切ってもらって食べる。

 味付けはなしだけれど、文句は言うまい。

 なんの肉か疑問に思っちゃだめだ。


「お姉ちゃん、焼肉のたれが欲しい」

「りょうたっ」


 正直者なりょうた。確かに私も思ったけれど。

 ご馳走になっているのに文句は言ってはだめだ。


「えりなのように料理上手ではなくてすまないな、りょうた」


 アギトさんは別に気を悪くしてない。

 さらりと褒められて、照れてしまう。

 料理は一人暮らしで困らない程度に出来るだけのこと。


「えっと、シエルちゃん? お姉ちゃんの家に来なよ!」

「……え?」


 りょうたの提案に、シエルちゃんはきょとんとした。


「そうだね。シエルちゃんも異世界に来てみない? ご飯も作ってあげる」

「……異世界……青い空の?」

「そう、青い空の世界、地球っていうの」

「……うん」


 シエルちゃんが静かに頷く。

 嬉しそうに微笑んで、お肉にかぶり付いた。


「そう言えば、どうやって私達を召喚……ううん、転移させるの? 別にシエルちゃんの能力は『青空の子達』を転移するだけのものじゃないのでしょう?」

「最初は偶然……でも2回目はりょうたを思い浮かべたら転移出来た」

「思い浮かべるとその人を転移させることが出来るのね」


 私はりょうたと一緒にいたから巻き込まれたということだろう。


「偶然ではなく、運命だろう」


 肉をかじって千切るアギトさんが言い切った。

『青空の子達』が召喚されたことは、偶然ではなく必然。

 異世界に来たのは運命だと言われて、ちょっとドキッとした。

 私達にはこれから、何が待っているというのだろうか。

 食べ終えて、食器を手を洗いに外に出ると驚きの光景を目にした。


「オーロラ!」

「うわぁ!」


 すっかり夜になった空には、オーロラのような光があったのだ。

 それは虹色に揺れるカーテンのようだった。

 そしてキラキラと星のように瞬くラメもある。

 なんて美しいのだろう。こんな春のような気温なのに、オーロラが見れるなんて幸運だ。


「アウロラメというが、チキュウにはないのか?」

「似た現象のものはありますが、私の国では滅多に見れな……あれ?」


 アギトさんに顔を向けずに、圧巻な光景を見上げていたら、私は気付いてしまう。


「星……がない?」


 オーロラの輝きのせいじゃない。薄暗い森色の空に星は一つも輝いていなかった。


「星? 何を言っている。星は世界のことだろう?」

「えっ……そうじゃなくて、星は? 月は? 宇宙は見えないんですか?」


 玄関に腰かけたアギトさんは困ったように首を傾げた。


「……ウチュウとはなんだ?」

「っ!」


 私は息を呑んだ。この世界は宇宙がない。

 宇宙にない世界ということなのか。



 

20181106

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