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02 英雄の誕生。




 ばふっ。

 何かクッションみたいなものの上に落ちた。


「ほぎゃ!?」


 次にばしゃんっと水に落ちたものだから、奇声を上げる。オフショルダーの服がどんどん水を吸い込んで、背中に冷たいそれを感じた。


「生きてる!?」


 涙目でがばっと飛び起きると、目の前には女の子。

 ニーソを履いた足で、仕方なく水溜りに立つ。

 大きな口を開けた水色の髪をして、不思議な格好をしている女の子だった。

 コスプレイヤー、なわけないか。袖が大きく広がっていて、肩を露出しているワンピースのような服を着ている。色はベージュ。ハイネックだ。ロングブーツを履いていて、瞳も水色だった。髪の毛は、背中まで波打って伸びている。


「えっとぉ……君は?」

「?」


 小さな白いドラゴンは、りょうたの頭にしがみ付く。

 今、異世界に来ているらしいから、言葉が通じるのだろうか。ふと思う。


「ようこそ! ヴァルレオへ」

「バル……?」


 でも、言葉が通じた。

 私が聞き返そうとしたら、後ろからヌッと手が伸びてきた。


「捕まえたぞ、お前! タマゴを返せ!」

「ひぃい! ごめんなさい!」


 男の人が、りょうたの肩を掴んだ。

 人間と呼ぶには、神々しい容姿だった。白銀の髪は毛先がはねていて短いと思ったけれど、首の後ろから長い三つ編みがある。腰まで届きそうだ。

 首には、大きな金の首飾りがある。十字架が彫られていた。羽織っているマントは薄茶。耳は上に尖っていて、イヤーカフとピアスをつけていた。

 瞳も、銀色だ。肌は透き通ってしまそうな色白。神々しい。

 一瞬息を呑んで、私は見惚れてしまった。

 けれども、すぐにりょうたを引き戻す。


「な、なんなんですか? うちの弟が何をしました?」

「タマゴを盗んだ!」


 大きな口を開いて、怒鳴る彼の牙が見えた。


「タマゴ……盗んだの?」


 りょうたを見下ろす。


「お姉ちゃんに見せたくて。返そうと思ったけれど、そしたら元の世界に戻ったの」


 りょうたはガクガクと震えながら、私にそう言い訳した。

 嘘ではないだろう。私に見せたくて、タマゴを持ち出してしまった。


「すみません、謝ります」

「謝罪はいい! タマゴを返せ!!」


 ビリッと空気も震える声。身構えつつも、私はりょうたに肩車されているように乗っている小さなドラゴンを見た。


「タマゴは返せません……ドラゴンになってしまったので」

「は!? ……はぁ!!?」


 先ずは返せないという言葉に驚き、次に掌で指したドラゴンを見て驚愕する。

 白い小さなドラゴンを見て、ひたすら驚いて放心してしまう。


「……あの、大丈夫ですか?」

「…………オレは……番人だ」


 番人と、ぽつりと漏らす。

 番人とは、つまりタマゴを守っていた人なのだろう。


「……どうやってタマゴをとったの?」

「寝てたんだよ、この人」


 こそっとりょうたから聞き出せば、とんでもなかった。

 グッと悶えてしまうことを堪える。こんなにも神々しい容姿の人が、そんなうっかりミスをしてしまうなんて可愛い。可愛いところがある人が好きな私は、胸をときめかせてしまった。

 落ち着いて、私。今、私は異世界転移をしてしまっている。ファンタジーの王道。空は緑色で、森は青く茂っていて、地面から水玉が湧いてくる。そんな不思議な世界に、私は弟と一緒に来てしまったのだ。弟のために、しっかりしなくてはいけない。

 久しぶりのときめく出逢いに、必死に堪える。胸を押さえてから、番人と名乗る男の人と向き合った。


「予言のドラゴンを守る番人、アギトだ……。予言のドラゴンが孵ったということは、そなた達が予言の『青空の子達』……」

「予言?」


 まだ放心している番人のアギトさんは、また呟くように言う。

 私とりょうたを怪訝そうに見つめた。


「キィー!」

「あ、レックス!」


 そこで小さなドラゴン、レックスが飛び上がる。

 青い森を越えてしまう。


「追え!」

「ええ!?」


 背中を押されて、番人アギトさんと一緒に追いかけることになった。

 女の子もついてくる。

 私の身長よりも大きなキノコの森を離れ、文字通り青々しい葉をつけている森の中を進む。

 根っこの間が潜れるくらい大きな木は、茶色い。大きさは建物の二階くらい。心なしか、顔があるように見えた。


「こっちだ!」


 アギトさんについていく。茶色い木の森を進めば、次はヤシの木に似た植物の森に入った。これは黄色い葉だ。そこらかしこに雲が浮いていたけれども、やがてなくなる。

 でも地面はバシャバシャと水浸し。おかげで、ニーソはすっかり水を吸い込んだ。でも透けていて、綺麗な水だ。


「キィーキィー」


 ヤシの木のような森を抜ければ、レックスを見付ける。

 上を旋回していたけれど、息を荒げるりょうたにまた肩車のように乗った。

 私も久しぶりに走って、もうへとへとだ。圧倒的、運動不足。

 あとで筋肉痛にならないといいけれども。


「はぁ……はれ?」


 深く息を吐いて、整えた。顔を上げればそこは、村だ。

 底の高い建物は、焦げ茶の木。そして、人集りが出来ていた。

 レックスはそれに惹かれてきたのだろうか。

 見てみれば、くいっと顎を上げて人集りを見るように言っているようだった。


「近付くな。今はまずい」

「えっ?」


 アギトさんが私の腕を掴み、止める。

 けれども、レックスは翼を羽ばたかせて、りょうたを人集りに導く。


「わ、わわっ!」

「りょうた!」


 りょうたが離れていく。でも強い力でアギトさんが掴んでいるから、追いかけられない。そばにいないといけないと思った。

 すると、ざわめく。高いタワーのような木造の建物に人が登っていて、弓を構えていた。矢が放たれる。りょうたに危ないと叫ぼうとした。

 でも、その前にあの女の子が前に出る。水色の髪を靡かせて、りょうたの元まで駆け寄ったかと思えば、突き飛ばした。

 りょうたは、ばしゃんと地面に尻餅をつく。

 ポスン、と矢は、女の子の足元に突き刺さった。

 白羽の矢だ。


「その娘だ、捕らえろ!」


 村人達は、水色の髪の女の子を捕まえた。


「え、なに? 何事!?」

「生贄に決まった。この村では定期的に生贄を差し出すんだ」

「生贄ですって!? じゃああの子っ」


 アギトさんが答えてくれる。

 つまりあの女の子は、りょうたを危機から救った。自分の身を呈して。


「なんの生贄なんですかっ?」

「……サラマンダーの主だ」

「さ、サラマンダー!? 火を吹くトカゲ!?」


 ゲームとかで火を吹くトカゲとして出てくるあのサラマンダーなのか。

 主というほどだ。大きいに決まっている。


「止めなきゃ!」

「……わかった」

「えっ!? どこに行くんですか!?」

「待っていろ」


 アギトさんは森に引き返してしまう。

 見捨てる気!? だったら、幻滅だ!

 けれど、何かあるらしい。

 私は立ち上がったりょうたに、駆け付ける。


「どうなるの!?」

「わ、わからないっ」


 りょうたを安全なところに行かせたいが、それがどこにあるかはわからない。今はしがみ付くりょうたを抱き締め返す。

 村人達は女の子をひきずって、矢を放った木のタワーに連れていく。


「あの、やめてください! 生贄なんてそんなっ!」

「なんだ、君はよそ者か? 関係ないなら去れ!」


 私達の服装を訝しそうに見ると、村人の男がしっしっと追い払う。

 そういうわけにはいかない。


「村を守るには生贄を捧げるしかないんだ!」


 食い下がろうとしたが、突き飛ばされた。

 水音を立てつつ、なんとか踏み止まる。


「太鼓を鳴らせ!」


 ドーン、と太鼓の音が響く。

 ドーン、ドーン、ドーン。

 それが響き渡ると村の人々が、木の家の陰に身を隠し始めた。

 ヤシのような木々の森が、ざわめく。


「来たぞ!」


 誰かが言った。

 サラマンダーの主!?

 私はりょうたの背中を押して、そばにあった岩に身を隠した。

 岩陰から見てみれば、ドシンと水溜りの地を揺らして、その巨大生物が現れる。トカゲよりもイモリに似た姿だけれど、三階建てマンションに匹敵する大きさ。

「フシュー」と息を吹くと火が零れ落ちた。

 サラマンダーの主だ。説明がなくても、わかった。


「どうしよう!」

「ど、どうしようと言われても……!」


 周りを見ると村の人々は息を潜めている。

 あの女の子は、タワーの上でもがいていたが、縛られてしまったようで動けずにいるみたいだ。

 そして迫っている巨大な生物・サラマンダー。

 足が竦む。岩に背を重ねて、固まる。

 なんとかしなくちゃ。りょうたを助けてくれた恩もあるし、生贄を黙って見ているなんて出来ない。

 でも、私に何が出来るというの?

 不安げに見上げる弟と隠れることで精一杯だ。

 けれど、あの子を助けなくちゃ。

 ドクンドクンと心臓が、嫌な感じに高鳴る。気持ちの悪い緊張だ。


「おい!」


 そこで駆け付けてきたのは、アギトさんだった。

 大剣を担いで戻ってきたかと思えば。


「受け取れ! 正義の女戦士よ!」

「え? ええ!?」


 重たそうに投げ渡してきたのだ。

 大剣というものを投げられて仰天したが、なんとか柄を掴む。


「重っ……くない?」


 大剣だから相当重いと予想したのに、それに反して軽いものだった。

 りょうたの身長ほどの大剣は、片手で持てるくらいの軽さ。


「やはりな……『正義の女戦士』だ」

「は、はい!?」

「やれ。やるべきことを」


 この剣であのサラマンダーと戦えと言うのか。

 無理難題だ。予言とか正義の女戦士とかわけわからないし、剣を投げ渡して押し付けるなんて! あなたがなんとかしてよ!

 泣きつきたかったが、剣を握り締めていたら、とある名言が浮かんだ。


「……英雄とは己のできることをなした人である。だが凡人はそのできることをせずに、できもしないことを望んでばかりいる。ロマン・ロラン」

「えっ?」


 りょうたが、ポカンとした。

 私は己を奮い立たせて、剣を構えて立ち上がる。


「英雄になりたいわけじゃないけれど、出来ることをする!! りょうた! あの子はアンタの身代わりになったのよ! 助けなきゃ男じゃない! サラマンダーの気を逸らして!」

「え!?」

「出来ることをやるの!」


 岩の陰から出て、私は聳えて見える光景を見た。

 足が重いのは、水を吸った靴下のせいだけじゃないだろう。

 ええい、気にしない。


「やるよ! りょうた! 女の子を救う!!!」


 それだけを目的にして、いざ挑む。


「レックス!! お願い!」


 りょうたが頼むのは、ずっとそばにいたレックスが飛び出す。

 剣を持って駆け出す私よりも、早くタワーに辿り着いた。

 そのレックスが「キィー!」と鳴きながら、サラマンダーの気を引いてくれる。


「右に回って!」


 りょうたから離れているのに、指示に従って旋回していく。

 不思議に思ったけれど、目の前に集中した。

 サラマンダーがレックスを追って顔を背けている間に、私は木のタワーを切る。ロープを切れば、崩れ落ちた。


「アギトさん!」

「ああ!」


 落ちても大した怪我を負わないと思うけれど、アギトさんに頼む。

 彼は投げ出された女の子をキャッチしてくれた。


「よし!」


 女の子を奪還完了!


「お姉ちゃん! 次は!?」

「……」


 レックスがりょうたの元に戻って、飛び回る。

 アギトさんも女の子を抱えたまま、私を見た。

 え、私に決断を委ねる気なの!?

 逃げの一手じゃだめなの!?

 いやだめだ! 村が壊滅してしまうかもしれない!

 サラマンダーを倒さなければいけないな!


「キェエエエ!!!」

「っ!」


 サラマンダーは、一番近い位置にいる私に向かって吠えたてる。

 そして火を吹いた。私は反射的に、地面の水溜りを切り上げる。でもそれだけでは足りず、火が襲いかかったから、倒れて避けた。一瞬潜ったあとは、「ぷはっ」と息を吐いてすぐに立ち上がった。

 身を屈めるような態勢で、バシャバシャと素早く駆ける。

 水溜りスレスレに構えた剣を振り上げて、サラマンダーの足を切った。

 大口開いて奇声を上げるサラマンダーが崩れ倒れる。

 その拍子に波が押し寄せたけれど、踏み止まった。

 倒れたサラマンダーの頭に向かって、私は剣を横から振りかざして。

 ザンッーーーー突き刺す。

 びくん、と跳ねたサラマンダーは、それっきり動かなくなった。

 仕留めたのだろう。


「……はぁーああっ」


 どでかいため息をつく。

 よかった。運動不足でも、高校の体力テストでは女子一位だったくらい身体能力が高くて。

 柄から手を離せば、震えてしまう。痺れたみたいにプルプル。

 そのまま倒れてしまいそうだったけれど、なんとか堪えた。


「お姉ちゃん!! やったね!」

「りょうた! レックスも、ありがとう!」


 りょうたがお腹に飛び付いたと同時に、レックスも顔に飛び付く。

 りょうたとレックスの協力プレーもよかった。


「おい……」

「サラマンダーの主が……」

「倒されたぞ」


 ぞろぞろと出てきたのは、村の人々。

 動かなくなったサラマンダーと、突き刺した本人である私達に注目が集まる。

 その目はーーーー。


「なんて罰当たりな!」

「この村は終わりだ!」

「なんてことしたんだ!!」


 怒りや絶望に満ちていた。

 ですよねー!

 生贄を捧げるほどの存在を倒されては、怒り心頭だろう。


「その少女もろとも命を差し出せ!!」

「っ」


 私の元に来た水色の髪の女の子も、りょうたとレックスも、私の後ろに隠した。このままでは三人まとめて処刑されかねない。

 村の人々は私達を囲い、逃げ場をなくす。一致団結しているようだ。斧や木棒と貧弱な武器を手にして、睨まれる。

 まずい。これは、絶対絶命だ。

 村人相手に剣を振り回すわけにはいかないし、そもそもこの数では敵わない。

 どうか今すぐに地球に戻してください!

 そう願ったけれど、影は七色に光ってくれなかった。


「待て!」


 そこで声を張り上げたのは、アギトさんだ。

 私達の前に立ち塞がってくれた。

 村に届けるように、声を響かせる。


「彼女と彼は、予言の『青空の子達』だ! 『正義の女戦士』と、『ドラゴンと心繋がる少年』! その二人だ!」


 怒声にも近い大声で告げた。森さえも震わせた気がする。

 また言った。予言ーー青空の子達。

 女戦士は、私のことだろう。

 ドラゴンと心繋がる少年とは、りょうたのこと。

 レックスと以心伝心が出来ていたみたいだし。

 すると、どうだろう。村の様子が変わった。初めは口をポッカーンと開いたまま立ち尽くしていたが、やがて武器を落とす。

 ぽちゃん。ぽちゃん。一つ、また一つ落ちた。

 それから、ばしゃん。膝をついた。

 途端にわっと沸き起こる歓声。

 人々が跪き、歓声を上げる光景に、鳥肌が立つ。

 わけわからないまま、私はりょうたと顔を合わせた。



 その世界の名前は、ヴァルレオ。

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