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第六章 素直

秋の柔らかな日差しが差し込むオフィス。

部長の前で、あおいの係がプレゼンテーションを行った。

係員が仕事を分担し、あおいはチーフとして仕切り、仕事を進めてきた。

スリーピースのスーツでビシッと決めた謙一が、プレゼンテーションを行った。

内容は、「新成人に向けた、メッセージ溢れる本の紹介」

会社では、社長の号令で、夏休みの読書感想文キャンペーンに引き続き、来年の成人の日に向けたキャンペーンを行うことになった。

でも、会社から発行している図書は、私小説やホラー小説、旅行ルポばかりで、正直あまり新成人への餞になりそうな本はないのが事実である。

今回も社長が、それを知ってか知らずか、本当に数少ない新成人向けに出版された図書をPRするよう、無理難題を押し付けてきた。

今度のキャンペーンは都内中心であるが、大手書店を中心にPR活動を行うことになる。


「チーフ、今度は係員手分けして行ってきますよ。」淳は、あおいに目配せしながら伝えた。


「私、がんばってPRしてきますぅ。営業って怖いけど・・怖いものみたさもあるので、トライしてみますっ。」まゆみは微笑みながら、敬礼のポーズをした。


「プレゼン用の資料はしっかり揃えたので、この通りにやれば、営業がはじめてのまゆみさんや沙綾ちゃんも大丈夫だと思います。」謙一は、自信満々に伝えた。


「チーフ大丈夫っすよ、俺はこないだチーフと一緒に全国でプレゼンやりましたから、怖いものなしっすよ!」と和行は拳を握り、俺を信じろとばかりに力を込めて叫んだ。


「和行くん・・あんた、全然プレゼンしてないじゃない。全部あたしがやったんだけど。」あおいがちょっと嫌味を込めて話すと、和行は少したじろぎつつも、「でも、チーフが頑張ってた後ろ姿はずっと見てきました。だから、それを真似すれば、俺も出来ますよ!」と、さっきよりやや自信なさげに叫んだ。


「私は大丈夫ですよ、相手に何か言われたら100倍返しするつもりでやりますから。」沙綾は、不敵な笑みを浮かべつつ、あおいの耳元でささやくように話した。


「100倍・・あはは、そのくらいの心意気で行けば大丈夫、かな?」


あおいは、何か問題が起きた時のことを考えてちょっと怖さを感じつつも、沙綾の勇気あふれる言葉に頼もしさを感じた。

係員皆がプレゼンのため出払った後、書類を整理していたあおいの携帯電話の着信バイブ音が静かなオフィスに響いた。

発信番号を見ると、電話帳に登録されていない、見たこともない番号からであった。見ず知らずの番号に掛け直すのは正直怖さを感じたが、間違い電話で再度かかってくる可能性もあったので、おそるおそる、掛け直してみた。


「はい、松栄出版です。」


「え?松栄出版さんですか?・・・」あおいは驚き、思わず聞き直した。

電話に出た女性の声は、あおいの勤める共栄出版のライバル会社の名前を告げていた。


「あたし・・二柳あおいといいます。さきほど御社からあたしの携帯電話に連絡があったようですが。」


「わかりました。少々お待ちください。」しばらく保留中のBGMが流れた後、中年くらいの男性の声が受話器の向こうから聞こえてきた。


「もしもし、編集部の西脇と言います。二柳あおいさんでしょうか?」


「はい・・二柳ですが。何か御用でしたでしょうか?」


「実は、あなた様が作られた小説「青春のリグレット」について、色々伺わせていただきたいと思いまして。」


「え?あたし、御社に投稿なんてした覚えないですが?まだ同人誌とかネットでしか作品を発表していないのに。」


「あなたの小説を読んだ方が、私どもの会社に原稿を持ってきて下さいまして、現在わが社でおこなっている文学賞に応募できないか、相談に来たのですよ。」


「はあ?どなたがそんなことを・・・」


西脇は、しばらく黙り込んだあと、「たしか・・早川さんって方でしたね。一緒に付き添われてきた方が、たまたまうちの常務と知り合いの方だったので、会って話を伺ったのですが。」


「早川・・朱里さん??ですか。」


「そんな名前ですね。たしか、ミュージシャンをしている方だと伺いました。」


「朱里・・」


あおいは朱里との約束通り、新作の小説が出来てすぐ、美智奈を通して朱里の元に小説を届けた。それがまさか、出版社に行っていたなんて、夢にも思わなかった。


「早川様は、二柳様の小説について、青春時代の思い出のほろ苦さ、人間模様、夢を諦めないことの素晴らしさがこの作品から伝わってきた、とPRしていましたね。なので、今回の文学賞に応募して、より多くの人にこの作品を読んでほしいと言っていました。」


「ハハハ・・共感だなんて、そんなそんな。」


「私どもとしては文学賞に1作品でも多く参加してほしいのですが、二柳様がこのことをご存知なのか、ご存知でなければ、ご了解を得た上で受け付けようと思いまして。」


「でも、正直突然のことで戸惑っていますし、私も出版関係の仕事をしているんで・・同業他社に投稿するのって、いかがなものでしょうか。」


「どちらの出版社様でしょうか?」


「共進出版ですが・・。」


「でも、自分の小説は自分の会社から出版しなければいけない、という決まりは無いはずですし、御社もそうだと思いますが、今は文学賞やコンクールを経ないと、仮に身内であっても、なかなか出版まで結びつかないと思いますよ。今回の応募について、ぜひご検討いただければ、と思います。それでは、また・・」


そういうと、西脇は電話を切った。

あおいは昼休みの食事を取る間もなく、朱里に電話を掛けた。


「もしもし朱里?あたしだよ、あおいだよ。」


「あら、あおいちゃん。どうしたの?」何事?という感じで、朱里が応対した。


「あんた、あたしの知らないところで、松栄出版の文学賞に応募したんだって?」


「そうだけど・・それが?」


「気持ちはありがたいけど・・勝手なことしないでよ。」


「どうして?」


「あたしは今は小説家としてはまだまだ入り口にも入ってないのよ。まだ同人やネットで十分な評価すら受けていないのに。文学賞応募しても、ケチョンケチョンに言われるのが目に見えるから・・・恥ずかしいから、やめてよ、本当に。」


「だから?」


「だ、だからって・・やめてってこと!大体あたしの許可もなしに、勝手だと思わない?」


「じゃあ、やめる?私から取り下げるよう話しておこうか?」


「う・・」


「私は素直に、あおいちゃんの作品、すごく心に響いたよ。青春について、繊細に率直に書いた作品だったと思う。私の青春と重ね合わせて読んじゃった。」


「そ・・そうなんだ。それは嬉しいよ。けど・・」


「けど?せっかくの目の前のチャンスを逃すの?」


「あんたが良いと思っても、他の人の評価も良いと思わないほうがいいよ。あたしの会社の編集部もそうだけど、凄く評価がシビアなのよ、新人作家に対しては。」


「じゃあ、やめるんだ?シビアだから、それが怖いから、やめるんだ。」


「そういうことを言ってるんじゃない!」


「あおいちゃん・・せっかく今、やりたいことを見つけたんだから、それに徹底的に向き合ってみたら。」


「あたしはまだ、これ一本で食べていこうと思っていないよ・・・家族もいるし、仕事だってチーフになって忙しくなってきたし。向き合おうにも、中途半端にしかできないよ。」


「でも、やりたいんでしょ?作家の仕事。もっと自分の気持ちに素直になりなさいよ。」


「うん・・やりたいよ。」


「じゃ、それでいいじゃん。私もあおいちゃんに断りもなく、勝手なことしたのは謝るよ。けど、今あおいちゃんが好きなことに向き合って、これだけ素晴らしい作品を作ってきて・・私、何か自分にできることはないかって考えたのよ。そして、知り合いにマスコミ関係の人がいたから、相談したら、その人が松栄出版の文学賞を紹介してくれたの。」


「知り合い?あんたのファンなんでしょ。」


「まあ、そうだけど・・・あははは」


「いいよ。ありがとう。相談もなく申し込まれたことは正直ビックリしたけど、でも、朱里の気持ちだと思うと、ちょっとだけ、嬉しいかな。」


「じゃあ、トライしてみる?」


「今回だけだよ。これでだめなら、しばらくはコンクールには投稿しないからね。」


「はいはい。じゃあね、いい結果になることを祈ってるからね。」


そういうと、朱里はプツッと電話を切った。

せっかくの昼休み、朱里との電話でほとんど時間を取られてしまい、あおいは昼食を食べそこねてしまった。


朱里の行動は確かに軽率だと思うところがあるし、あおいも徐々に段階を踏んで、あわよくばデビューできれば、程度の考えでいたので、まさか今の段階で、出版社のコンクールに応募することになるなんて、夢にも思わなかった。

ただ、コンクールでどのような評価を受けるのか、興味はあった。

あおいは、松栄出版の西脇に電話し、文学賞に応募する意思を伝えた。

結果が分かるまで、次の作品に手が付かない日々が続いた。



会社近くにある靖国神社の銀杏が徐々に黄色に染まる頃、神田神保町のイタリアンバーで、あおいがチーフを務める係の宴会が行われた。

幹事の和行が、にこやかに開始のあいさつを行った。


「お集まりのみなさん、プロジェクトの方お疲れ様でした。皆で片っ端から書店を回ったおかげで、なかなか反応もいいみたいです。あとは、どのくらいの売上になるか、楽しみです。まずは皆さんの労を労いたいと思い、この会を開催しました。」


「疲れたよ、営業なんて新人以来だよ。俺も年取ったな・・・」淳がハンカチで額を拭いながら、笑った。


「プレゼン資料、いい内容でしたよ、さすがは謙一さん!」沙綾が謙一に対し、親指を上げて微笑んだ。


「そんな大したこと、書いてないんだけどなあ・・今回のプロジェクトの趣旨をきちんとまとめ、相手の心に届く資料にまとめただけだよ。」


謙一は謙遜しながらも、プレゼンの極意をしっかり皆に伝授していた。


「あ、そうそう、今回の宴会の目的は、もう1つあるんですよ。」和行がにこやかに、皆に語りかけた。


「うちのチーフ、二柳あおいさんが、松栄出版主催の文学賞で、なんと奨励賞を獲得したんです!」


和行の言葉に会場が、しんと静まり返った。そして、皆の視点があおいに集中した。


「チーフが?小説書いてたんですか?」淳は驚きの表情で語りかけた。


「え?本当?チーフ・・私だって学生の時文章さんざん書いたけど、賞なんて取れなかったですよぉ」まゆみが、目を大きく見開いて、まさか、という表情を見せた。文学部出身で、自分の文章力には自信があったまゆみは、自分以上に文章が上手い人間が身近にいたことへの衝撃は大きかったようだ。


「すごいっ、チーフ!そんな能力があったなんて!このまま書き続けていけば、デビューも夢じゃないんじゃないですか?」沙綾は大きな声で、あおいをひたすら褒め称えた。


「あおいチーフ・・プレゼンでは誰にも負けない自信があるけど、文章では俺以上に上手いのはまゆみさんだけだと思ってた。だから、正直・・なんというか、今までみくびっていました。ごめんなさいっ。」謙一は普段はめったに他人を褒めたりはしないが、珍しく、あおいを評価する言葉をかけてくれた。


「そんな・・・あたし、今回はたまたまだよ。」あおいは、ちょっと照れ顔で、手を振っておどけてみせた。


「ひそかに趣味で書いてただけだったのに・・・私の友達にたまたま見せたら、私の知らないところで勝手に申し込んだんだよ。本当にビックリしちゃった。」


「けど、それが高評価、ってわけですよね。」和行はにこやかにツッコミを入れた。


「でも、大賞や準大賞じゃあないから、奨励賞なんで・・あまり誇らしげには言えないんだけどね。あたし、内緒にしてたのに・・課長が新聞か何かであたしの名前を見つけて、バラしちゃったのよね。」


「そんな、いつかはバレますって・・松栄の文学賞はそれなりに歴史もあるし、著名な作家さんも受賞経験があるし。」淳は、そんな事も知らないのかという表情で、呆れ顔であおいを見つめた。


「まあ、とにもかくにも、めでたいことです。ライバル会社の文学賞ですけど、あっぱれなことです。そんなわけで以上2つ、飲む口実が出来たことで、勝手ながら祝宴をおこなうことになりました。さあ、乾杯しましょうか!」と元気よく和行が声をかけると、係員は皆グラスを高く掲げた。


「乾杯のご発声は・・チーフしかないですよ、今日の主役、しゅ・や・くですから!」和行があおいに耳打ちした。


「聞こえてるんですけど~・・耳打ちの意味ないじゃん。」沙綾が笑いながら茶化した。


「あはは・・じゃあ、皆さん、プロジェクトの方、お疲れ様でした。そして突然ではあるけど、あたしのためにお祝いの場を作ってくれて、ありがとうございました。それじゃあ、乾杯しましょう。乾杯っ!」


「乾杯~!」グラスがあっちこっちでかち合う音が響き合った。


あおいは自分の受賞について知れ渡っていたのを恥ずかしいと思いつつも、皆が祝ってくれたことを嬉しく思った。そして何より、チーフに着任当初、孤立していた自分が、しっかり係員の気持ちをひきつけ、一目置かれる存在になってきたことを、ほんの少しだけ誇りに思えるようになった。



プロジェクト続きの忙しい時期をようやく終えて、あおいは貴重な休日を家族水入らずで過ごした。

神宮外苑の青山通りまで続く銀杏並木の下、あおいは文美音と、夫の3人で散歩した。


「ママ・・また小説書くの?」


「うん、まだまだ書きたいことがあるんだ」


「あたしにも書けるかな?」


「フミはまだ日記を書くだけで精一杯でしょ?小説ってすごく大変だよ。」


「じゃあ、俺のようにルポを書くライターなんてどうだい?小説よりは書く文章も短いから、フミでも大丈夫だぞ。」夫の隆介が笑いながら言うと


「いやだ、だってパパの仕事見てたら、面白そうだけど稼ぎが少なそうだし、ヒマそうなんだもん。」文美音は口をとがらせた。


「そんなことないぞ、忙しい時は忙しいし、その時はお金だってガバっと入るんだぞ。」隆介は自慢げに語りかけると


「でも、収入は不安定だからねえ・・・結局あたしが稼がないと、フミは習い事も出来ないし、おしゃれもできないんだよ。」あおいは隆介をにらみながら、そんなに自慢したいなら、もっと稼がなくちゃだめでしょ・・、と小声でつぶやいた。


「ママ、あたし、恋愛小説書きたいの!今、友達から借りた恋愛小説を読んでるんだ。未来の世界から来たかっこいいイケメンと、勉強がイマイチでドジなかわいい女の子が主人公のやつ。すごく面白いの。あたしも自分で書いてみたい。」


文美音が、目を輝かせながらあおいを見つめた。


「え~・・出来るかなあ。」あおいは遠くを見つめながらつぶやいた。


「できるよ、ママだってできたんだもん。フミだってできるよ。」


「じゃあ、今度書いて、ママに見せて。ママも出来る限り、フミが上手に書けるようになるまで付き合うからね。」あおいはニコッと微笑み、文美音の手を握りしめた。


「うん、お願いします、ママ先生!」文美音は満面の笑顔を見せた。


3人は、銀杏並木の下を歩き、青山通り沿いのしゃれた小さなレストランに入っていった。家族皆であおいの受賞祝いを兼ねた食事をするため、隆介が予約をしてくれたのだ。

仕事や友達、家族、そして自分のやりたい事・・色々気ぜわしい毎日が続くけど、今はそれが心地良いと思える。

新しいことを始めると、失敗も多いけど、投げ出して後悔リグレットはしたくない・・そんな思いが、今のあおいの背中を押してくれているような気がする。

レストランの窓から見える秋の空を眺めていると、店のBGMに「Fly me to the moon」がかかった。朱里の情感あふれる歌声が、あおいの脳裏をかすめた。


「ありがとう」


思わず友達への感謝の言葉を口走ったあおい。家族は何があったの?という顔であおいを覗き込んだが、あおいはニコッと笑って、「さあ、食べようか」と言い、

目の前に運ばれてきた料理に手をつけた。


(「書き下ろし 青春のリグレット」おわり)


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