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Re:The End《レジェンド》  作者: フィルゼ
第一章
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06 絶望と希望

風邪引きまして遅くなりました。

それでは、どうぞ。


 あれは誰だ?――敵だ。だって、血の付いた曲刀を持っているんだから。ベッドに血だらけのあの子が倒れているんだから。


「ドアからっ、離れろっっ!!!」


 唐突に放たれた言葉の意味も分からず、急に視界が回転する。肩に痛みが走り、顔に冷たい物が当たった感触があった。

 

 千草が俺の事を突き倒して助けてくれたのだ。


 廊下の壁に、深々と刺さった仰々しい数個の短剣のような物に気付いてそれを察する。 

 

「ちぃっ、外したか。まいいや、逃げ回る方がマトとして相応しいだろ」


 聞き慣れない少し濁った低音の声が、軽い調子でしかし面倒くさそうにそう言うのが聞こえた。

 声のした方向、保健室の方を見ても、廊下の床に寝そべる俺には、開け放たれたままになった古びたドアとその後ろ辺りの、盗賊然とした不審者から死角になる位置に立つ千草しか見えない。


「甲斐駒、早くこっから離れるぞ!」


「あの子はどうするんだよ!?」


「リーゼが死ぬ前に俺等が死んだら、助けられるもんも助けらんねぇだろうが!」


「……! だったらこっちだ!」


 自分でも信じられない速度で飛び起き、傷んだ保健室のドアを勢いよく閉めて出口右の廊下を駆ける。俺より足の早い千草は直ぐに追いついてきた。


「なんでこっちなんだ? 左の方が階段も渡り廊下も近くて撹乱しやすかっただろ!!」


「人間をマト認定してる異常者だぞ!? 渡り廊下渡って教室棟に逃げれば死人が増えるだけだ!! 逃げるなら人が少ない管理棟の方が良いに決まってる!!」


 危機的状況にあるせいか半ば咎めるように質問する千草に、俺も噛み付く様に答える。


「おいおいおい、って事は振り切るだけじゃなくて俺等であの物騒な奴をぶっ倒すってのか!?」


「ああ、早くしないとあの子が死ぬ!! ここは死ぬ気でなんとかするしか無い!!」


「あー分かった分かった、お前の馬鹿げた賭けに乗ってやるよクソッタレ! 絶対に死んでやらねぇ!!」


 向かい合う渡り廊下と階段の付近に差し掛かったときに、不審者の位置を確認するため後方を確認する。

 慣れない場所で手間取ったのか、今ようやく保健室のドアを開けて出てくるところだった。


「よし、こんだけ離れてれば少しは用意できる!」


「作戦はあんのかよ!」


 二段飛ばしで階段を登ったおかげか、二階の防火扉の前で肩で息をしている千草。そんな彼に、急造の作戦を伝える。


「時間がない、頼んだ」


「拒否権ねぇのな!」


 と言いつつ指定した位置に行く千草に感謝しながら、俺自身も持ち場に着く。

 

 あの子――リーゼを痛めつけた代償、絶対に支払ってもらう。


 ――初対面の相手に抱く感情とは別のそれを抱きながら、俺は怒りの根源を待つのだった。


      ――――――――――――――――



「……上手くやれよ、甲斐駒」


 口から、そんな言葉が漏れ出る。

 いけない、そんな事考えてる場合じゃない。

 甲斐駒から伝えられた役割をしっかりと遂行するため、自分の立っている廊下から7.8メートル程離れた場所にある階段から目を離さないように注視する。


 ――来た。


「はっ、もう体力切れで休憩ってか? やっぱりこっちの人間はヌルいみたいだなぁおい」


 視界に異常者の影が映り込んだ途端、駆け出す。

 後方から聞こえた間延びした声には構わず。

 遠く、遠く、遠く。異常者に追い付かれないよう本気で。

 ――異常者に、これが陽動だと悟られないよう全力で。


 上手く、やってくれよ甲斐駒。


 またもよぎるそんな想いを、今度は振り払わずに。


 


 駆ける。


       ―――――――――――――――


 

 タンッタンッタンッ


 ものの見事に人気の無い管理棟1階と2階を繋ぐ階段に、明らかに学校指定の内履きの音では無い足音が響き渡る。

 

 ――来た。


 視界に異常者の影が映り込むのを待つ。チャンスは一瞬だ。


「はっ、もう体力切れで休憩ってか? やっぱりこっちの人間はヌルいみたいだなぁおい」


 滑稽とも言える、現代にそぐわない服装をした男が呆れたように言う。

 千草が走り出した。


「お、まだ余力はあるみたいだな、感心感心ってなぁ。さて、次はこっちで魔法が使えるかの確認でもすっかね」 


 保健室では血を纏った曲刀を携えていた右手は、盗賊の頭を掻くとその後、手のひらを上にして盗賊の体の前にかざされた。


「得意じゃねぇけど、一人殺すくらいはできんだろ。――火球よ(ラハブ・クア)


 火の球と形容する以外に表しようのない物が手のひらの上に出現する。異常な出来事に声をあげそうになったが、確実に盗賊の動きが止まった事の方が重要だ。


 ――今だ。


 意を決して3階へ続く階段の中程辺りから、踏み切る音を立てないよう脚の力だけで飛ぶ。

 手に抱えた消火器を男の頭めがけて振り下ろしながら。


 あと、2メートル。


 一向に気づく気配はない。


 あと、1メートル。


 火球を発射するように手を動かす。


 あと、30センチ。


 ――こちらを、一瞥した。


 ガキンッ!


 廊下に金属と金属のぶつかる音が響く。曲刀にいなされた消火器は地面を叩き、手の感覚を奪い去っていく。

 盗賊は、からかってやったのだと言わんばかりににやりと笑った。


「気配バレバレだっつーの。スラム街の子供の方がまだ分からねぇぞ?」


 盗賊は右手に今だ残っていた火球を握り潰し、左手に逆手で持った曲刀を右手に持ち替える。

 対する俺は痺れた手で消火器を持ち直し、盗賊に向き直る。

 

「さて、武器の重さでふり回されるお前と、戦闘慣れした俺。どうするよ?」


「これが何か知ってるか?」


 心底楽しそうに聞いてくる盗賊に、消火器を手のひらで叩いて言う。


「いいや、知らねぇな」


「だろうな」


 言って消化器のレバーを掴んで握る。


「だから不意打ちは効かねぇってのに」


 ノズルの直線上から離脱し、一気に間合いを詰めようとする盗賊に一言。


「残念、目くらましだ」


「…………!!」


 瞬間、目の前がペンキを塗りたくったように真っ白に染まる。

 武器だと勘違いしていた盗賊にとって、やはりこれは意表を突く結果になったのだろう。

 曲刀は消化器の側面を叩いた。


 ガランガランッ!


 それでも強力な力で手から消化器が叩き落とされる。

 この少しのスキを活用して消化器の粉末の中を突っ切って階段を駆け下り、下まで降りてきた白い煙の正面に立つ。

 音を追ってきたのか、すぐに中に人影が見えた。


 これが、最後のチャンスだ。


 助走の勢いと体重を全て乗っけた拳をシルエットの顔面めがけて思い切り叩きつける。


「っっっらぁっっっ!!!」


 確かに、顔を捉えた感触が有った。しかし――


「――マトにしては良いパンチだったなぁ、え? でもなぁ」


 顔を殴られてなお、その異常者が地に伏す事はなかった。

 

「――殺す覚悟が無いなら大人しく殺されろ」

 

 殺される覚悟が無いのなら殺すな。

 それの逆。

 異常者の理不尽な言葉には、非常識に成り切れなかった事がお前の敗因である。武器を使う相手にただの素手で挑むなど、不敬も甚だしい。人を傷つける事を怖れる、だからこそマト以外の何物でもないのだ。

 そういう、ニュアンスが含まれていた。


「さてと、どうやって殺されたい? 希望を言えよ、叶えてやる。首の骨を折る? 体中の大動脈を同時に切り裂く? それとも目から刃を入れて脳がペーストになるまで掻き回すか?」


 例示される残虐な殺し方に、それを語る抑揚、軽い口調。

 その不釣り合いなバランスに、心の底から湧き上がって来るようなえも言われぬ恐怖を感じる。


「……っっ!!」

 

「遠慮すんなって。良い経験をさせてもらった礼だ、是非とも受けとってくれ」


 何とかなると、心の中で思っていた。だが、現実はもちろん違った。

 覚悟が足りない。知性が足りない。修練が足りない。 

 足りないもの尽くめの自分を、自分には秘めた力があると。やれば出来るのだと、そんな馬鹿みたいな言い訳で補ってきた。

 だが、蓋を開けてみればどうだ。なんにもできてやしないじゃないか。蹂躙される対象でしかないじゃないか。

 

 ――殺される。


 嫌だ死にたくない殺されたくないっていうかこいつは何なんだよいきなり現れて襲ってくるとか意味不明だしそもそもどうやってここに来たんだ警察仕事しろこんな不審者放って置くな殺されるのは警察の怠慢のせいだろつまり俺は悪くないこの不条理をなんとかしてくれ誰か助けてくださいここから救ってくださいお願いします――



 纏まらない思考。現実逃避する心。高ぶる感情。

 ――ぐちゃぐちゃになったそれが止まったのは、盗賊の曲刀の刃が俺の脇腹に食い込んだからだ。


 ぐずり。


「っっっっあああぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 ドロドロに溶けた溶岩を押し付けられたような、灼けるよう痛みが襲ってきた。刺された脇腹を起点に、じんわりと広がっていく血の感覚。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


 痛覚の叫びを、脳が律儀な程に拾う。眼前の光景全てがチカチカと明滅している状況で、サディストが曲刀を掴み直し、引き抜こうとするのが見えた。


「……っっ!! や、やめっ!! っっっっっっ!!!!」


「どうよ? 痛みって気持ちいいだろ? 生きてる実感が湧くだろ? 俺その表情見るの大好きなんだよ」


 本来触れられもしない内臓をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられ、最早声も出ない俺に向かって、あっけらかんと言ってのける。


「次は、どこで痛みを感じてみたい?」


 嗜虐的な笑みを浮かべた盗賊がそう言った時、異常者の背後に影が射した。


 千草だ。千草が来た、武器を持って。これで、助かる。


 根拠のない希望を抱く。抱いてしまう。

 この先の絶望を、感じとってしまったから。絶望の代わりに、希望を抱きたい。

 そんな心理を――――絶望の根源である盗賊は、くだらない、と踏みにじった。


 血で赤黒く光る曲刀の刀身で、後方から千草が振るった金属製のモップを防ぐ。


「マジかよ」


 苦笑いする千草の首に、振り向きざまの回し蹴り。


 ベキベキッ


 クリーンヒットした首は丁度くの字のように折れ、そのまま壁まで運ばれる。駄目押しで側頭部を叩き割られたのか、壁叩きつけられた千草の頭からはとめどなく血が溢れていた。


 一瞬だった。

 

 先程まで話していた親友が息絶えるのを、見たくもない光景を、見てしまった。

 いよいよ脳が拒絶反応を起こし、胃から酸っぱい液体が込み上げ、灰色の床を黄色く彩る。


「ゔぅえっ、おうぇっ、っはぁっはぁ」


「お前とは違って覚悟を持っていたようだから本気でやったが、なんか不満だったか?」


 背中を向けたまま、顔だけをこちらに向けてくる。


 もう、いっそ殺してくれ。

 痛みを享受しようと身体が言う。

 絶望を、死を受け入れようと心が言う。


「お、俺を……殺して、く……」

 

 その時。俺の後方、廊下の奥から、俺の言葉を遮るように弱々しく呟く声が聞こえた。


旋風……吹き、荒れよ(ヴィルベルヴィント)


 その途端、フワッと頬を気持ちの良い風が撫でた。

 

 

 ――――ゴウッッ! パシャパシャッ

 

 盗賊の背中に、風穴が開いた。本来その風穴にあるべきものは、動かなくなった千草と廊下の上に散々にぶち撒けられた。先程まで白色に染まっていた空間に、血と臓物の赤が添えられる。


「……な……にが……」


 ゴポリ。


 身体を動かす要を大量に失った盗賊は、血反吐を吐き倒れ込み、即座に息絶えた。

 

「……え?」


 絶望の象徴がいとも簡単に、呆気なく消えた。

 ――後ろを振り向けば、豊穣の土のような焦げ茶の髪に、新緑の翠色をした瞳の少女が立っていた。


 リーゼは、希望の象徴は言う。


「そう……安安と、死を受け入れようと、するんじゃ、ないわよ」

 

 あちらこちらから血が吹き出している身体を酷使して保健室からここまで来たのが目に見えて分かる。


 ドサリ


 既に限界が来ていたのだろう、廊下に倒れ込むリーゼ。

 リーゼに近付こうと立ち上がるが、ふらつき自分の血で脚を滑らせてしまった。

 また、彼女を救えなかった。それどころか、自分の脚で立てさえしない。彼女の方がよっぽど酷い有様なのに、だ。

 空から彼女が降って来てからずっと感じていた無力感が、更に増幅する。


「貴方は、私が、救う……。何が、あろうと」


 今にも消えそうな声だった。しかし強い意志の籠もった声だった。

 

 何を言ってるんだ。俺はもう十分に救われたよ。

 

 朦朧とする意識の中、それを伝えようとしたが、口からはもう音がほとんど出ない。


「リー、ゼ。俺……は」


 俺は、君に――


 想いが口から滑り出す前に、俺の意識は途絶え――



     ――――――――――――――――――



「……い、おいこら、甲斐駒。今しがた起こしたばかりだろう、ちっとは起きる努力をだな――」


 再び、2時30分の教室で目覚めた。

 



 





余談。リーゼの魔法はドイツ語、盗賊(名前はまだない)の魔法はアラビア語になってます。魔法の宗派の違いみたいなものを出せればな、と。


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