03 千草の見た夢
ふぅ、なんとか間に合いました。今回は千草視点です。
――――――――――――――――――――――
数学の時間が始まる前、少し体調が悪いと感じた俺は、早めに来ていた奥田先生に
「体調悪いんで、保健室行ってきます」
とだけ伝えて教室を出た。
「昼飯なんか変なもん食ったっけか……。いやでも腹痛とかじゃ無いんだよなぁ」
ちょっと疑問に思いつつ、一階にある保健室までゆったりとしたペースで歩いていく。
コンコン
保健室に着いたので、古びたドアをノックする。
老朽化した木製のドアだからか、何だか軽い音がするんだよな、ここ。
暫くしても返事が無い。ドアノブを握ってひねり、中を覗く。
「失礼しまーす、って、やっぱり誰もいないのか」
突然、平衡感覚を失い、地面に倒れ込みかけた。
頭を打っては危ない。
そう思ってドアノブに体重をかけてなんとか耐えた。
「おっとと、こりゃ職員室に先生呼びに行ってる暇ねぇな」
先生すんません、勝手にベッド借ります!
心の中で謝りながらベッドまで歩きカーテンを閉め、内履きを脱いで横たわる。
瞼を閉じた途端にすうっと。予兆もなく吸い込まれるように、夢の中へ落ちていった。
――――――――――――――――――――――
「……し、もしもーし」
なんか、声が聴こえる……?
無理矢理睡眠から目覚めさせられた俺は、声の正体を知るべく瞼を開けた。
「もしもし、もしもーし! あ、起きたよ!」
…………寝ぼけてんのかな。6.7歳くらいの女の子がお腹の上に乗ってる。
「君、誰? 駄目だよ、勝手に高校に入ってきちゃ」
「? こうこう? なにそれー!」
「ニミュ、気にせんでええぞ。大方『あっちの世界』の言葉じゃろうて」
……ん? 大人も居るのか。この子の親御さんかな? それにしては知識がおかしくないか? ってか、あっちの世界の言葉ってなんだ?
まだスッキリとしない頭の中に、疑問ばかりが入ってくる。
……とりあえず起き上がろっか。
「はいはーい、子供は降りましょうねー」
言いつつニミュと呼ばれた子供の両脇に手を入れて持ち上げ、上半身を起こす。
「……って、ここ何処だよ!?」
身体を起こす事によって目に入ってきた景色は、保健室のそれではなかった。
「なんでペンションみたいな所に居んの!? なんでソファーの上で寝てんの!? なんで電灯じゃなくてランタンなの!?」
「デントウ? お祭りのことー?」
子供を抱えていなければ、変わりに頭を抱えていただろうな、という確信を持てるほどには驚いた。
「まぁ落ち着きなされよ、神の使徒様や」
「一番落ち着けねぇ理由は喋る人型ヨークシャーテリアのあんたなんだけど!!?」
「よーくしゃてりや? おじじのこと?」
「ニミュ、少し静かにはしてくれんかの? 使徒様とちょっとばかし話さにゃいかん事があるんじゃて」
「ちぇ、つまんないのー。リーゼのとこ行ってくるー!」
「まぁ、役目も終わったし良かろうて」
抱いていた俺の手を振りほどき、薄暗い廊下へ駆けていく少女を気にする余裕など何処にもなかった。
「では、使徒様や。お話を始めてもええかの?」
「待って1分だけ待って頼むからお願い」
何どういうこと!? 保健室からどっかに移動してると思えばヨークシャーテリアがあっちの世界共々言い始めるし挙げ句の果には俺の事を神の使徒呼ばわり!? 痛い痛いヨークシャ爺さん痛い! なんだこの夢みたいなシチュエーションは!! …………あ、夢か。納得。よし、落ち着いた。
「よしオッケーだ、夢だと分かったらとことん話に付き合うからな、ヨークシャ爺さん」
「お、おお。目まぐるしく表情が変わっておるから心配しておったが、切り替えが恐ろしいほど早いのぉ……」
夢。それを免罪符にしてしまえば、飲み込むことは簡単だ。それに、夢には現実の記憶を整理する役割があると聞いた事がある。普段働き詰めの自分の脳を助けるのも、やぶさかではないのだ。
まぁ、ここ最近ヨークシャーテリア見た覚えはないんだけどね。
「して、【よーくしゃ】とはなんじゃ? 『あっちの世界』の言葉であることまでは分かるんじゃが。儂の事をどう受け取っているのか少し気になるんじゃて」
「気にしなくていいよ、爺さんが言うところの『あっちの世界』では、爺さんみたいなのをそう言うんだ」
ひらひらと手を振りながら答える。
「ふむ、なるほどの。儂の事はどう呼んでもらっても構わんが、他の皆はちゃんと名前を覚えてやってくれんかの? あやつらは自分の名前に誇りを持っているからの」
「他の皆? さっきのニミュとか言う子以外にも誰かいるのか?」
「その事も含めて話すつもりじゃったんじゃが、こうなっては致し方あるまいて。とりあえずは確認も済んだことだし、先に皆を呼ぶしようかのぉ」
そう言ってヨークシャ爺さんは細い目を閉じて、しばらく黙り込んだ。
数十秒黙りっぱなしになったヨークシャ爺さんに、堪らず話しかける。
「なぁヨークシャ爺さん、何やっ……」
「来ても良い、って事は、敵意は無いものとして良いんだろうな」
「……ああ、そうじゃ。こやつには敵意の欠片も存在せんよ」
突然廊下から聞こえてきた声。その声の主は、音も無く廊下の影から現れた、筋骨隆々とした出で立ちのオオカミのような男だった。
この部屋を照らす、光量の少ないわずかに見え隠れする牙に鋭さは、よくよく見なくても分かる程のものだ。眼も、牙と良い勝負をするほど鋭い。
……なんか犬科ばっかだな。
「って、それは置いといて。ヨークシャ爺さん、敵意ってなんなんだよ。それと、この……人で良いんだよな? 誰なんだ?」
「そう慌てるなよ、神の使徒。じきに皆が集まる、もう少し口をつぐんで待ってろ」
「そう喧々するでないぞロンド。はなから疑ってかかっていたのは儂等の方じゃて、悪いのは儂等じゃ」
「置いてけぼりだよ……」
「悪かったの。こやつはロンド、儂と同じ獣族じゃ。喧嘩っ早い所はあるが、なに、悪い奴ではない。敵意については後々話すから、待っとってくれると有り難い」
そうこう話しているうちに、ロンドとヨークシャ爺さんの言う皆さんがやって来た。
「エラウス、話……終わった……?」
入るなりそう発言したのは、よくフィクションに出てくるエルフそのまんまの容貌をした、16.7歳くらいの容姿の女だった。
「まだ始まってもおりゃせんよ。全員が揃ってから始めることにしたんじゃて」
その長い髪はご多分に漏れず白髮で、やっぱり耳は尖っている。美しいなんて使い古された言葉で形容して良いのかすらも疑われる美貌に、心を奪われそうになった。
「彼女はシャーラ。長耳族じゃ。長耳族は元来人を誘惑すると言われておる。効果自体はそれほど強いものでは無いが、気を付けるのが無難じゃて」
ヨークシャ爺さんが話しかけてくれた事で、なんとか自我を取り戻す事に成功できた。
すんません、注意される前にやられました……。
ってかこの爺さんの本当の名前はエラウスって言うんだな。
数秒して、また廊下に人影が見えた。
ちっちゃいな、ニミュかな?
「うぃ、エラウス。呼ばれたって事は祝杯を上げるって事で良いんだよな? ほれ、一杯やろうではないか!」
「まだ飲む時間ではないぞ、ガラック。せめて飲むにしても話が終わってからにしてくれんかの」
予想とは裏腹に次に出てきたのは、如何にもといった風貌のゴロンとしたおっさんだった。
何が如何にもかって、ドワーフっぽさが。
纏うオーラは正に山男。毛は濃く赤みがかっており、髭も長い。過剰な程の豪快さは、行動の端々に現れている。
片手に瓶はデフォルトなのか?
「彼はガラック。鉱山族じゃ。総じて酒好きの鉱山族じゃが、こいつはマシな方じゃて。|鉱山族に酒を勧められても、よっぽど強くない限り飲んじゃいかんぞ」
これでまだマシかぁ……。ドワーフって凄い。
「爺、ニミュが離れないんだけど……」
最後に入ってきたのはニミュと、ニミュに袖口を掴まれた、人と思しきすらりとした女の子だった。
「すまんの、リーゼ。儂が追いやったから暇を持て余してるようなんじゃて。構ってやってくれ」
焦げ茶の、腰までもある長い髪に、ペリドットのような黄緑色をした瞳。透き通った白い肌には、しなやかな筋肉が付いているのが見て取れる。
端的に言うに、美人だ。人と全く同じ見た目であるからこそ、より確信を持って言える。
「彼女はリセファー、愛称はリーゼ。見ての通り人族じゃて、この中では一番使徒様と馴染み易かろう」
「んで、最後にニミュ、だよな」
「そだよー! ニミュー!」
袖を掴んで離さないニミュに目を移して言うと、元気よく返答してくれた。
軽い釣り目と笑った時に見える八重歯が、悪戯っ子のイメージに良く似合う。短く切り揃えられたブロンドの髪は、悪戯っ子という印象を更に深めていた。
一応確認の為に、ヨークシャ爺さんの方を見る。
「うむ、この子はニミュ。妖精族じゃ。自由奔放で手に負えん事もたまにあるが、良い子じゃよ」
こっちに向かってピースしてる、可愛い。
「ヨークシャ爺さん、これで全員か?」
廊下に人影が見えなくなった所で、ヨークシャ爺さんに聞いてみる。
「今近場に居るのはこんくらいのもんじゃて。……さて、皆の紹介も済んだことじゃ。改めて話を再開させてもらうが、良いかの?」
「おう、ドンと来い」
これでやっと自分の脳を手伝えるんだよなぁ。んじゃヨークシャ爺さんの話聞いて、早々に目覚めますかね。
ぼやっとそんなことを考えてる間に、ヨークシャ爺さんは話を始めた。
「では、まず『異種世界間戦争』について、確認しようかの」
「……ん?」
――――――夢にしたって突拍子もない事を、話し始めた。
長耳族→エルフ
鉱山族→ドワーフ
妖精族→ニンファ
獣族→ヴァンガ
ルビの振り方が分からなかったのでここに。
ここが見にくかった、ここが分かりにくかった、などなど、意見を頂けるととても有り難いです。
次回予告
主人公が出ません