桃太郎はお姫様
山へ芝刈りに行っていたお爺さんが家へ戻ると、お婆さんは台所で床に据えた大きな桃を前に座していました。
「さぁ、爺さん、川で拾ってきたこの大きな桃、この斧でかち割っておくんなさい。」
「ほほう、これはなんともうまそうだ。」
お爺さんが頑丈な斧を振り下ろそうとしたそのとき、桃は自然にパカンと真っ二つに割れ、勇ましい産声を轟かせながらかわいらしい赤ん坊が姿を現しました。
「元気なお姫さまだのう。」
「神様が授けてくださったのですね。」
「いやあ、神様がわしらの願いを聞き届けてくださるならば、太郎をくれただろうに。」
年老いた二人はどうにかして子供が欲しい、そろそろ働き手が必要だと常々言っていたのです。
抱きかかえようとしたお婆さんの手を、赤ん坊は力強くはねのけました。
「なんと勇ましい。」
お爺さんとお婆さんは顔を見合わせて、男の子として育てよう、桃から生まれた桃太郎と名付けようと、微笑んで赤ん坊をあやしました。
桃太郎はすくすくと育ちました。身体は大きく、力は強く、大人を相手に相撲をとっても負けることはありませんでした。隣村や、山の向こうから挑戦しに来る者さえありました。
けれど気立ては人一倍優しく、お爺さんとお婆さんをとても大事にし、よく働きました。
見目麗しく、働き者で、礼儀正しく、心優しき桃太郎は、老若男女を問わずに羨望の眼差しを向けられる、疑う余地のない村一番の人気者でした。
桃太郎が一五歳になったときのことです。
日本国内では強さで自分の右に出る者はいないと自負し、外国で腕試しをしたいとさえ思っていました。
そこへ、外国の島々を旅して戻って来た人がありました。桃太郎の噂を聞き、ひと目そのお顔を拝見と立ち寄ったのでした。
美しいお顔を前に、旅人は饒舌に奇々怪々な話を数多く繰り広げました。そして最後に、「鬼ヶ島」のことを語りました。
「遠い遠い海の向こう、悪い鬼どもが国々から盗んだ宝を守っている島がございます。」
桃太郎はもう居ても立ってもいられず、お爺さんとお婆さんにこう告げました。
「よし、この私が征伐してくれよう!」
「あれまぁ、なんと勇ましい。さすが自慢の我が子!」
「ええ、ええ、ようよう行っておいで。」
お婆さんは遠方へ行く我が子のために、さっそく弁当をこしらえました。
桃太郎は、いつぞや倒した相手から授かったものだったか、いずれか貢いでくれる者があったか、お侍が着るような金襴豪華な陣羽織を纏い、輝く刀を腰に刺しました。
お婆さんは吉備団子を入れた袋を刀の反対側にぶら下げ、お爺さんはここぞとばかり、桃の絵をあしらった軍扇を手渡しました。
「では、お父さん、お母さん、行って参ります。」
桃太郎は凛々しく一礼し、鬼ヶ島を目指して旅立ちました。
桃太郎が大きな山の麓にたどり着くと、草むらの中から犬が飛び出して来ました。
美しき若武者にじゃれつこうというのか、吉備団子をねだっているのか、桃太郎が身構えると、犬はそれ以上近寄ろうとはせず、ていねいにお辞儀をしました。
「桃太郎さん、どちらへおいでになるのですか?」
「鬼ヶ島へ、鬼退治に。」
「お腰の吉備団子を一つください。お供いたします。」
「いいだろう。」
桃太郎は礼儀正しい犬を伴にすることを喜ばしく思いました。
山を越えて、森へ差し掛かると、今度は木の上から猿が飛び出して来ました。
桃太郎が身構えると、猿もていねいにお辞儀をして、行先を尋ねました。
そして犬と同じように、お供をするので団子を一つとねだるのです。
それでも桃太郎は、礼儀正しき猿も供にと歓迎しました。
犬も猿も、薄暗い森の中を我先にと争うことなく、桃太郎の三歩後ろを注意を怠ることなく追いかけるのでした。
森を抜けて、野原へ出ると、青空から雉が舞い降りてきました。
身構える桃太郎の膝下に舞い降り、ていねいにお辞儀をしてから、団子をねだってお供をするというのです。
もちろん、桃太郎は雉も家来に加えました。
三人の家来を連れ、いよいよこの世で怖いものなしと勇み足の桃太郎の目の前には、大きな海が広がりました。
そして、つながれていた一艘の船に乗り込み、いざ鬼ヶ島へと漕ぎ出しました。
波一つ立たない穏やかな海はどこまでも広く続いているように思われました。
「漕手は私にお任せを。」
最初にそう言ったのは犬でした。
しばらく経つと猿が自ら船を漕ぐといい、そのまたしばらく後には雉が自ら船を漕ぐといいました。
船は目の回るような速さで進み、一時間も経っただろうかという頃に、ぼんやりと雲のような薄暗い塊が見えてきました。
そちらの方へ進むと、徐々に島の形が現れてきました。
「ああ、あれこそは鬼ヶ島。」
桃太郎がそう呟くと、三人の家来は「万歳!万歳!」と到着に歓喜しました。
本来であれば何年もかけてやっと到着できるかという最果ての島に、束の間、目をつぶった間に来てしまったようです。
岩が連なって畳なってできあがったような鬼のお城の門の前には、見張りの姿も見えます。
難なく着岸するや否や、雉は空高く舞い上がり、お城の一番高い屋根の上に舞い降り、桃太郎の方を眺めました。
桃太郎は、犬と猿をしたがえて、船からひらりと陸の上に飛び降りました。
その颯爽とした美しい姿に、見張りの鬼たちはたじろぎました。少年とも少女とも見分けがつかぬ、まやかしの姿に恐れ慄いたのです。
慌てて門の中に逃げ込んだ鬼たちは、扉を固く閉ざしてしまいました。犬は門の前に立ちはだかり、大きな声で喚きました。
「開けろ!日本の桃太郎さんがお前たちを征伐しにいらしたのだぞ!」
「桃太郎?」
「なんだ男か?」
鬼たちはしっかり押さえた扉の隙間や穴からその美しい姿を確認しようとしました。
雉は屋根の上から飛び降り、扉にへばりついた鬼たちの後ろ姿を好きなようにつつきました。
逃げ回る鬼たちを尻目に、猿は門をよじ登り、内側から閂を外しました。
扉が開くと、勇ましく美しき桃太郎はお城に攻め込んで行くのみです。
鬼の大将は頭の上に尖った角をぎらつかせ、真っ赤な目をむき、鋭い牙を見せつけて、荒々しく金棒を振り回し、数多くの家来を連れて、桃太郎めがけて突進して来ました。
ところが、桃太郎の美しい顔を間近にして戦意を喪失してしまいました。
鬼の家来たちも、大将と桃太郎を囲うようにして立ったものの、美しい桃太郎を前にして身動きさえ取れないのです。
「いざ、勝負!」
桃太郎が身構えても、鬼の大将は一向に戦う気を見せません。
「美しい姫。」
「私は桃太郎だ。」
「桃太郎姫や、お前のように美しい姫と戦う気などない。」
「馬鹿にするな!」
「わしの嫁になれ。」
「嫁になどなるものか!」
「たくさんの宝に囲まれ、食うものにも着るものにも困ることはないぞ。」
「なんだと?」
「美しいお前のいうことなら、なんでも聞いてやるぞ。」
「…なんでもか?」
「鬼に二言はない。」
桃太郎は、鬼ヶ島の宝物すべてを差し出すようにと大将に申し付けました。
しかしながら、ここへ来たときの小さな船一艘には、すべてを載せることができません。
そこで、年に一度、十分な食物とできるだけの宝物を村に持って来るようにと命じたのです。
夫の勤めとして一年に一度は会いに来るようにと、そしてそのときに決して村や旅路の途中で暴れることがないようにと約束させたのです。
鬼を相手に傷一つ負うことがなかったどころか、戦わずして勝利した桃太郎の噂はたちまち国中に広まり、英雄としてもてはやされました。
村に戻って、お爺さんとお婆さんと、三人の家来とともに、いついつまでも末永く幸せに暮らしました。
もちろん、夫である鬼からの豊富な年貢が途絶えることもありませんでした。