これはある婚活サイトでのメッセージのやりとりの実録(コピペ)である その14
本シリーズを継続的にフォローしてくださっている読者は、前作「その13」で、
「おっ、閑山もようやっと婚活サイトで女に会えたか」
と、さぞや思ったことだろう。
結果はご覧のとおり、相手のドタキャンスルーである。
忸怩たる思いは「後書き」で述べたが、プロフのTTさんは59歳とはいえ身長163センチのスリムな体型で、顔写真を見る限り、年相応の劣化はあるものの、私好みのスーチーさんタイプである。初回デートを国宝展の観覧だけで終わらせるつもりはなく、自宅マンション隣のレストランに誘ったことからして、食事のあとでマンションに連れ込み、スナックと飲み物を供してから、せめて下のお口だけでもご奉仕させていただく心積もりだった。
女性への「奉仕」とは何ぞや。
ピンと来ない読者は、林真理子の『不機嫌な果実』をお読みいただきたい。「奉仕」という言葉が文春文庫版で21ページと106ページの2箇所出てくる。
それぞれ抜き書きしておくと、
“麻也子は、この男はどんな風に女を抱くのだろうかとふと考えた。
容貌に恵まれていない男ほど、セックスの際に女に奉仕するものだと以前聞いたことがあるが、本当だろうか……。”
“姑は舅に、クンニリングスをしてもらったことがあるのだろうかと麻也子は考える。野村の舌といったら最高だ。航一も恋人時代は、たっぷり麻也子に奉仕してくれたものであるが、最近はさっぱりである。夫婦と恋人との違いというのは、舌を活躍させるかどうかということにかかっているのではないかと、あの夜以来麻也子は思うようになった。”
ここで運営諸君は必要以上にめくじらを立てないでいただきたい。『不機嫌な果実』は小中学生でも本屋で購入することができるし、図書館で借りたっておとがめはない。しかも本文から引用しただけである(『アンネの日記』にだってものすごいことが書いてある。完全版ないし増補新訂版の1944年3月24日の記述を見よ)。
とまれ、私は『不機嫌な果実』を読んで、すっかりその気になってしまったわけだ。経験豊富な女性はみな男に奉仕を求めこそすれ、概してまんざらでもないはずだと。
そもそも何をいまさら『不機嫌な果実』で盛り上がるハメになったかというと、これも婚活サイトの影響なのだ。
たとえばmatchにはプロフに「最近読んだもの」という項目がある。大方の女性はこの項目をスルーするが、回答を寄せる半数以上が小説かその著者名を挙げてくる。やはり流行作が多いが、目にするとたまらず読みたくなる。小説の作品世界を共有することが相手女性と仲良くなるきっかけになればというのもあるが、妙齢の女性のお気に入り小説はフォローしておきたい、読んで自作の肥やしにしたいという思いが強い。
ここ最近読んだ朝井まかて『先生のお庭番』、林真理子『女文士』も、プロフで女性が紹介していた本で、そこから同一作者のほかの作品にも目を通しておきたくなって、朝井まかてはアマゾンレビューで好評だった『すかたん』を読んだし(直木賞受賞作の『恋歌』は重そうなので未読。ついでの読書はさらっと流したい。それより先に読まなきゃならない本がたくさんある)、林真理子は代表作で未読の『不機嫌な果実』を押さえておかねばという気になって、手に取った次第である。
これまで経験こそないが、たとえアラ還女性であっても、好みのタイプであれば奉仕に抵抗はない。思えばかつてそんなシーンを拙作『ニッポナリ』に描いてたので、潜在的な欲求だったわけだ。しかも先月、田辺聖子の『新源氏物語』(これまた女性会員のおすすめ。ついでの読書にしては国内屈指の重たい小説。前述と矛盾する)を読破しており、TTさん同様アラ還の典侍(ないしのすけ。作中では57,8歳の設定)を光源氏が頭中将と取り合うエピソードを思い起こさずにはいられなかった。
TTさんからは、この原稿をアップする時点で返信がないので、やはり計画的ドタキャンに違いない。
深まりつつある秋の冷え込みの下、地下鉄の改札口に1時間も待ちぼうけを喰ったのはこたえたが、相手が時間を間違えてるんではないかという思いもあり、私はいつもそれくらいは待つ。
家に帰ってドタキャンを知ったときはさすがにショックで、もっとぎりぎりまでサイトをオープンにしておけば会えたのではとか、いろんな後悔が頭のなかを巡ったが、こちらからメールを送ってもTTさんから何らフォローがないので、次第に妄想から覚めていった。
「逃がした魚は――」の思いがないではないが、手元に残った国宝展のチケット2枚(3000円相当)は翌日、会期最終日の前日に、いまだ健在の両親に電話したら是非行きたいということで、次の日(11月26日、会期最終日)の朝、仕事帰りに届けに行った。しばらく顔を見せてなかったのもあって、いい親孝行になった。結局お小遣い(25000円!)までもらった。
それにTTさんにドタキャンを喰らった時点で、私にはもう一件、別の女性と会う約束があったのだ。
彼女は大阪在住の30歳独身で、身長167センチ。モデルの経験があるらしく、体型はスリム。英語とフランス語が話せるとあって、顔写真は欧米の血が混じっているっぽい、いわゆるバタくさい顔で、かなりの別嬪さんである。
他の男性会員から1150の「いいね」をもらっており(この数は破格に多い)、うだつのあがらぬアラフィフの男と会ってくれるというのはおかしい、きっと裏に何かある、また騙されるに決まってるという向きがあるかもしれない。
そう思いたければ勝手に思うがいい。私はそうやって生活してきた(どこかで聞いたようなフレーズだ)。
これまでに相手から送られてきたメッセージは22通、1150の「いいね」をもらってるとは思えないレスポンスの良さである。普通彼女くらい人気があれば、既読スルーか読んでさえもらえないだろう。それともよほどのカモと見込まれたか。
約束の日時は12月11日、月曜の午後3時。顚末はシリーズ「その16」でお伝えするつもりである。
フィリップ・ソレルスの言葉を借りれば、「ぼくの書物とは戦闘の報告であるだろう」。