非情なる者⑥
『ママ、ちひろちゃんが、おっきしたよ。やっぱり、おねしょしている。』
ああ、すっきりした。心も体もリフレッシュできた。お漏らしは恥ずかしいが、すっきりしたことに変わりはない。
『ちひろちゃん、おっきしたね。おねしょは治りそうもないから、寝るときは、ずっと赤ちゃんだね。』
俺は、抗議の意味を含めて、手足をばたつかせた。
『まあまあ、全身で喜びを表現して、よっぽど嬉しいのね。』
しまった。逆効果であった。
そうだ。急いで調べないといけないことがあったのだ。いつまでも、ベビーの姿のままではいられない。
『レイお姉ちゃん、お着替えをお願いしまちゅ。』
『はい。お利口ね。今、お着替え持ってくるから、4歳になって待っててね。』
我が家の、俺に関するルール。眠るときは0歳女児。昼の行動は4歳女児。お仕事に行くときは、20歳の女性。基本的に、男性に戻ることは禁止なのだ。もちろん、非常時は例外ではあるが、この場所は女人禁制なのだ。このルールは破ると、厳しく罰せられる。
レイちゃんに着替えさせてもらい、俺は昨夜の続きを始めた。パソコンの電源を入れ、画面を開いた。スリープ状態であったので、眠る直前の画面が現れた。そこには、ちひろの暗殺完了の文字が書かれていた。バブバブしている場合ではなかった。
俺の思った通り、敵は罠に完全にはまっている。しかし、油断は出来ない。次の行動への予告も書かれているからだ。ちひろがいなくなったことで、大胆な行動に出る可能性が高まった。つまりは、レイちゃんへの危険度が増したことになる。俺の仕組んだ罠は、間違いだったのか。敵を倒す目的には近づいたが、危険度が高まったことは、非常にまずい。俺はレイちゃんの護衛用の分身仏を10体追加した。
浦島さんを見張らせている分身仏から連絡が入った。
『主様。浦島さんが自宅を出ました。「白雪姫」と呼ばれている人に会いに行くようです。見張りを続けます。』
浦島さんの次は白雪姫か。ふざけた組織だ。順に辿っていけば、いずれ親玉に行き着くはず。俺の狙いは親玉のみ。雑魚はどうでも良い。おそらく、白雪姫は浦島に、新たな指示を出すのであろう。まずは、その指示を阻止する。
俺は、部屋の奥にしまっていた箱を取り出した。そして、箱の中身を、テーブルの上に並べた。
ダヴィンチの絵
キリストの手紙
聖杯
アロンの杖
アロンの杖を手に取った。如意棒である。俺は棒術の経験はない。時間を取って、練習しなければ。それこそ宝の持ち腐れになってしまう。テーブルの上にはないが、まなの壺も入手していると思っている。無限を意味する壺。それは、分身仏の術のことであると、俺は確信している。
残りの宝は、アークのみ。未だ、何の情報も掴めていない。神との約束事が書かれている石版が納められているという。神と人との契約である。神が定めた人間の行動に関するルールである。
しかし、今、俺の前にあるのは、我が家のルールだけ。オムツをつけて、バブバフ言いながら眠らないといけないとか、そんなルールだけだ。石版に、そんなことが書かれていたら、面白いのに、などと、バカな妄想をしてしまった。