非情なる者①
動き出したのは、おそらく下っ端の者であろう。裏で糸を引く者を炙りださなければ意味がない。俺は、歌舞伎町の雑居ビルに、ちひろの姿の分身仏を囮として待機させている。さらに、その周辺には、昆虫サイズの分身仏を配置し、事態を見張らせている。
事務所のインターフォンが鳴った。
『はーい、誰ですかあ?』
『お届けものです。』
バカかこいつは。ここは、人が住んでいない事務所、勤めているものなどいない事務所だ。そんなところに、届け物などあり得ない。おそらく雇われた暗殺者だろう。しかも三流の暗殺者だ。何の下調べもせずに、のこのことやってくるとは、俺も舐められたものだ。一流の暗殺者なら、まず、断る仕事だ。なぜなら、ちひろの情報が乏しいからだ。情報不足は、己の命を落とすことになりかねないからだ。こんな男に、俺や分身仏が殺られることなど100%ありえない。ただ、俺は、囮の分身仏に殺されるふりをするように指示を出していた。
『お家のかたは、いないのかな?』
『うん。みんな出かけているの。私は留守番してるの。えらいでしょ。』
『とてもお利口だね。届いた荷物を入れるから、ドアのチェーンを外してくれるかな?』
分身仏は、ドアチェーンを外した。案の定、宅配員を装った男は部屋に押し入ってきた。分身仏は逃げるふりをする。
『キャー!』
『お嬢さん、大丈夫だよ。何もしないから、こっちにおいで。』
何もしない男が、なぜ部屋に押し入る?つくづくバカな男だ。
『イヤ、イヤ。だって、おじさんは悪い人だから。』
『そうかあ、仕方ないなあ。悪く思わないでくれ。』
男は、持っていたカバンの中から、何かを取り出した。拳銃だ。男は、サイレンサーを取り付け、銃口を分身仏に向けた。
『バスン!パスン!パスン!』
3発の銃弾が、分身仏の体に命中した。ちひろは床に倒れた。男は笑みを浮かべた。
『ちょろい仕事だ。こんなチビを殺して、大金が得られるとは、楽な仕事だ。』
やはり、金で雇われた殺し屋だ。お前は分かっていない。ちひろが銃弾で倒れることはないのだ。
男は再びカバンから何かを取り出した。今度は携帯電話だ。雇い主に報告をするつもりだ。
『もしもし、浦島さん。例のご依頼の件、完了です。金はいつものところで、受け取る。現金で300万円待ってきてくれ。21時に待っている。』
300万円とは、俺の命も安く見られたもんだ。そして、バカなお前は命が21時で尽きるということを知らない。金を取りに行ったところで、ズドーン!お前は、間違いなく、口封じのために殺される。俺は全く可哀想とは思わない。だが、チャンスを与えよう。生きるチャンスだ。
しかし、依頼者が浦島さんとはビックリだ。浦島さん、どうせ偽名だろうが、乙姫様であるこの俺が直々にお仕置きしてやりましょう。
倒れていた分身仏のちひろが起き上がった。胸を貫いた銃弾の跡は、すでに消えている。暗殺者は、これから恐怖を味わうことになる。