表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

秋から冬に春を介して

作者: takasaki_
掲載日:2017/07/08

(私達とビーフシチューの秋)


水色が嫌いだ。青色にもなりきれないあの色が嫌いだ。と澄みきったまずい水色の下で言った彼女を横目に置いて 寒い石のタイルの街を白い息で歩いている。


日本の秋は風が立つ と平安貴族は言った。もちろんそんな事はあまりに曖昧で、美意識の為す幻想だが あれはあながち間違いじゃない。秋の連れた風は頬をかすめて 北に逃げる。


「ビーフシチューかビーフカレーか」

私の左肩で重たく呟いた彼女に、

「悩ましい問題だね」

私は軽く応える。

「ローリエが安かったらカレー、赤ワインが安かったらシチューにしようよ」

「うん ナイスセンスだ」

「そうなると私 赤ワインが安いのがいいと思うの」

「偶然だね、私もそう思ってたよ」


そうなると、ニヤッと笑って 大きく踏み出した彼女に合わせて 私も繋いだまま小さく踏み広げた。

ビニール袋に入った赤ワインと牛肉がカサカサと落ち葉に共鳴するみたいに鳴いた。


牛肉は一口大に切って表面をクラッと焼いて置く、玉ねぎは2つ、みじん切りと薄切りを3:7で切る、人参は皮をむいて、マッシュルームは石突を切って乱切り。玉ねぎのみじん切りをバターで甘い色になるまで炒める。人参と玉ねぎの薄切り7と水700mlを厚手の鍋に一緒くたにして 火をかける、一度沸騰させれば 弱火にして25分 あくを取る。25分が何事もなくシラフで過ぎれば ルウを入れて2時間煮込む、2時間の20分前に牛肉の一口大と石突を失ったマッシュルームをルウの溶けた鍋の中に入れる、ローリエに打ち勝った赤ワインで味を整えれば食卓は無事に揃う。


「おいしいねえ」

「やっぱり君のビーフシチューは最高だ」

「また食べたい」

「また作ってくれる?」


連ねた愛しい言葉を頭に乗せられた私は彼女を飯田橋の1LDKから何処へ行かせようか。

ひそかに思ったその気持ちは煙を吸うために出たベランダから見える杏の木の上にみそかに投げつけた。「まさか」と笑いながら。

2本吸い終わって 部屋に戻るとエヴァンスのレコードカバーを抱きながらソファーでスヤスヤする彼女が居た。ワルツ フォー デイビーが充満した部屋の窓を秋の風がゆすって私は彼女のよく開いたおでこの左側にキスをした。みそかに。髪をすいて 君を見ていた。



(中央線各駅停車と白い人々の春)


先週だった。キレイな映画を観た。2時間25分のその映画を観た後でふと彼女を思い出した。


近くのハンバーガーショップで昼飯はすませて外に出ると朝よりも日差しの強くなった春の陽気にうんざりした。平日よりも空いた車内の端に座って腕に付けた時計は3時を少し回った所でいかにもノロマといった風に秒針を回していた。

神楽坂でまばらに降りた人達はおろしたてのバスタオルの白さを身体にまとって見えた。春の弱々しい風が本のページを勝手にめくってそのうち私の読んでたページがどこだったのかはわからなくなった後で外の景色が動き始めた。

あの春風は秋風に繋がっていたのだろうか、繋ぎ損ねた私の指と春風の跡をなぞって それでもやはり駄目だと思った。私の手もやはり白かった。

なぞればあの日に戻れる様な気になった。


彼女の好きな映画はなんだったか、「ティファニーで朝食を」だったか、「パリの休日」だったか、好きな本は「春琴抄」だった、一年間つきっきりで「春琴抄」を読んでた。じゃあ好きな季節は 好きな場所は 好きな曲は 好きな色は、ぼやけた記憶を長く辿っている内に5時の鐘が鳴った。


牛肉は一口大に切って表面をクラッと焼いて置く、玉ねぎは2つ、みじん切りと薄切りを3:7で切る、人参は皮をむいて、マッシュルームは石突を切って乱切り。玉ねぎのみじん切りをバターで甘い色になるまで炒める。人参と玉ねぎの薄切り7と水700mlを厚手の鍋に一緒くたにして 火をかける、一度沸騰させれば 弱火にして25分 あくを取る。25分が何事もなくシラフで過ぎれば ルウを入れて2時間煮込む、2時間の20分前に牛肉の一口大と石突を失ったマッシュルームをルウの溶けた鍋の中に入れる、赤ワインで味を整えれば食卓は無事に揃う。


久しぶりなビーフシチューを食べ終わった後で フランスワインを飲みたくなった。冷蔵庫から飲みかけを取り出して、2つのグラスに注いだ。彼女もこのワインが好きだった、これを飲み終わった後はいつもの目をゆっくり細めて笑っていた。私はそれを見ていた。彼女も同じく。

すっかり回ったアルコールを冷ますためにベランダにでたのは3時を回った頃で真っ黒な夜がしめしめと部屋に滑り込んでくるのがあからさまに見えた。杏の木の上ではいつの日にか投げつけた思い出は哀しく光って、その先端に広がる枝は「本当に幸せだったのかね」とでも問い出すような傾き方をして私を困らせた。


真っ黒な夜に足を取られてソファーに倒れた後で私はいつもより深く眠る事に決めて 目を閉じた。



(私達と早稲田のラーメンの冬)


"師が走るほど忙しい季節"はどこか自分の与り知らぬ場所で何か重大なことか起こっているような気がして好きじゃない。と7分前に頼んだ替玉を前に彼女は言った。


年も終わる。年末の夜飯がラーメンの外食なのはいつからか、私と彼女の風物詩となっていた。

日の落ちる速度は速く それにつれ人々は街の中で忙しそうにする。彼女曰くアレは堕落した人間の悪あがきだそうで 私もそれには概ね賛成した。


「ねぇ 次はどこにしようか」

「早稲田のラーメンが美味しかったんだ、そこでどうかな」

彼女は少し悩んだそぶりを見せつけた後で

「うん 君の味覚は私の味覚」

そう言って自慢げに人差し指を口の前に置いて私を指した彼女と笑い合うと、月に雲が群れた。


冬は大きい足音をさせながら年を連れて頭の上を旋回し始める。時間の進み具合が途端にゆっくりになって このまま止まってしまうんじゃないかと騒々しくうすらカラスが騒ぎ立てた。

大きいものの中に隠れる 小さなものを私は間違えないようにと大脳に示して冬を越すことにした。


「こたつに入ってると 私の足が時折君と当たるでしょう それが私は好きよ」

くるぶしをふくらはぎにコツコツ当ててそう言ったとき 除夜の鐘が大きく鳴った。


いつもの商店街も近所の大通りも年始の空気と人でごった返していて見上げた満月は満ちた潮のような厳粛さを持って異質な街中をほのかに照らした。甘酒をもらい飲む 彼女は鼻を赤くしていて 私はどうしたものかとマフラーを巻いた。

朝ぼらけの東京大神宮に着くと神明造の本殿が年の始めを否応なしに突きつける様にして迎えた。

彼女ははぐれないようにと私の暗いダッフルコートの裾をこぢんまりと握っていたためかひどく不器用な歩き方をしていた。私はその左の手を優しく握って引き寄せた後で嬉しくなった。

七草がゆを食べれば春が来ると誰が遠くで呟いた。



(受容された唯一の事実とカレンダーの8beat)


「明るい」

そう言った後で乾いた広い部屋に落ちた梅の花びらを拾い上げるのは面倒だ滑稽だと思って笑った。長い長い春の間にとどまっているのは私とあの梅の花ぐらいのもので、それでも高潔な白い花びらの分 大幅に劣った。今日はいつもより5時の鐘が鳴るのが遅い。


一回り小さくなった部屋を眺めるのはみっともなく習慣化して もう感じるものはほぼ何もなくなった。抜け殻すら残さない蝉に似た彼女に私は一種の尊敬を覚えたぐらいだった。


3月に入って 大学はすっかり行かなくなった。部屋の空気は以前に増して重たく。濁った明かりを吸って 肺の苦しくなる空気を吐いた。めくるべくしてめくられた3月のカレンダーも無機質に日ごとのリズムを8beatで細かく刻んだ。浮かぶ抽象的な例と眺む窓の外は空腹に似た焦燥感を消し去った。


貯金はもう底をつく。虚無感の吹きこぼれたこのダダチックな生活の終わりがあらゆる方面から顔を出した。風景は崩れずに日々を飾り付ける。変わったことは大きく1つで細かく2つに分かれた。


8月に生きる事を絶対とされた蝉はその青く大きい運命にも必然にも勝ち得ないまま9月には どうしようもなく死んでいくのは誰も驚きはしない 見向きもしない。ただ湿った雲が水色の空に浮かんでは消えてゆくような夏の過ぎ方に私達は一方的な認識を残す。今になって思い返せば月に雲が群れた時に何かを激しく察してやるべきだった。

「月がキレイ」だとかそんな悠長な事を吐いてる場合じゃなくて、優しく引っ張ったままバラバラにしてはならなかった、とニセモノながらに今はもうバラバラになってしまった世界を深く嘆き。浅く喜んだ。


2時間25分あればビーフシチューが作れる。それだけが私の中に受容された唯一の事実だった。初めての 日本髪解く 梅月夜 と詠んだのは凡茶だったか。誰だったか。今になって思い出すには少し遅過ぎたかもしれない。



(東下りの手紙と5月25日)


私はあの人がどうしても好きだ。

大学生になった頃買った 岩波国語辞典より、冬に連れて行ってくれた早稲田のラーメンより、あの人の作るビーフシチューより。

あの人も私が好きだ。そういう確信の持てるこの関係がなにより好きだった。

神鳴る騒ぎに私は鬼に取って喰われる。白露の事をあの人は応えてくれた。でも運命は変わらない。朝と夜のタイムスケジュールの様に。

だから5月25日に手紙を書いて 部屋に隠して置くけど 気付かないかな。


5月25日


もう外はすっかり暗くなってあなたは仕事に出掛けたところ。少し悲しいけど夜もすがら綴る事にしたの。


何も残していかない。私はそういうのが良いと思うの。きっとあなたなら

「うん ナイスセンスだ」

って満月みたいに笑ってくれると思ってる。


空の雲が湿ってたのはあなたのせい。


東下りはよしてね カキツバタで泣くのはあまりに女々しいから。


今日は月がキレイだってあなたさっき言ってくれたでしょう 私あなたの為なら死んでもいいわ。


水色は青色にならないけど。3が5と25になったら また会える きっと。

だから真珠貝で穴を掘ってね。


fin.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ