Psychokinesis
まだ日は高いはずであったが、山中は視界を奪う霧雨で周囲の様子を窺うことは難しかった。そんな中、一人の旅人が歩いていた。
「足を休めるつもりでいたいた村が廃村になっていたなんてなぁ。しまったな…。それに隣り町まで近道をしようとしたばっかりに、山で迷ってしまうなんて…ついてない」
そう呟いた旅人は、まだ青年であった。
旅人は、足元を一つ一つ確認するかのように進んでいた。いまだ霧雨は止まず、数メートル先の様子もおぼつかなかった。
旅人に不安と焦りが募りはじめたとき、不意に足元が手入のなされた砂利道に変わった。旅人はしゃがみ込むと地面をまじまじと観察した。
「人の使う道だな…うむ、これは助かった。どこか人の居るとこに出られそうだ」
旅人は呟き、足元の道を見失わないように再び進み始めた
しばらく歩いて行くうちに霧雨も弱まり、視界が開けてきた。すると視線の先に館が浮かんだ。旅人は歩調をはめた。近づいてみると、小ぶりな雰囲気ながら建物をつくらせた人物は裕福であることが想像できた。
玄関に近づき、旅人は少しためらいながらもドアのノッカーを叩いた。しかしながら、しばらくの間反応はなかった。
「やはり、ここは別荘か何かなのだろう…人の居る気配はなさそうだ」
旅人は小さくつぶやいた。あきらめて立ち去ろうとした時、扉の開く音がした。
館の主人と思しき人が顔を覗かせた。その人物は意外にも若く、旅人である青年より若干歳が上といった感じであった。ほっそりとして中性的ではあるが、凛々しい顔立ちの人物であった。
「私は旅をしている者です。不覚にも山中道に迷ってここまで来たのですが、一晩泊めてくださいませんか?」
それから、館の主人はまじまじと旅人を見た。
「よかろう…」
旅人は声を聞いて、館の主人が女性であることに気が付いた。
その女性は一瞬見ただけでは美青年と思わせるほどの凛々しい顔つきであった。また、その体つきは日々の鍛錬であろう引き締まっており、動きは一つ一つに無駄が感じられなかった。ただ旅人は少しの違和感に気が付いた。
「私の、気がかりな点がるか?」
「ええ…まあ」
「まあ、気にするな。慣れた話だ。私の四肢はつくりものであるのだから、細かな点に目が行く御仁にはいたし方あるまい」
「それにしても、まったく普通の人々と変わらぬ動きは…一体どんなカラクリなのです?」
そこで少し彼女は微笑んだようにも見えた。
「気になるか?」
「多少は…」
「よかろう。だが、カラクリなどは何も無いぞ」
すると館の女主人は片腕の義手を慣れた手つきで外すと、旅人に向かって投げ渡した。
「じっくり見てみたまえ」
旅人は思わず取り落としそうになったのを何とか掴むと、義手をまじまじと眺めた。だが中は空っぽだった。もちろん指や肘の可動部分は精巧な機構が造り込まれていた。それでも、動かすための動力源やそれを伝達するような機構の類は一切見られなかった。
「奇妙だ」
旅人は呟くと、今度は部屋の周囲や天井に目をやった。なにか仕掛けがあるはずだった。
「はっはっは。私は操り人形ではないぞ」
女主人はいたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。
「ならば一体、どんなトリックを使っているのです?」
「トリックではない」
「では一体…」
「信じるかね?」
「はい?」
「サイコキネシス」
「超能力…」
旅人は眉をひそめた。
「テレキネシスとも。慣れたことだ。あまり人には言わんが、私の言葉に人々は非常に奇妙な眼差しを向ける」
それから女主人は続けた。
「私の能力だって近年体系化された物理法則に反しているわけではない。大きな岩は動かすことができないし、この義手義足を動かせば、身体は疲れるし腹は減る。つまりエネルギーの消費量は常人と変わるぬということではないだろうか」
「そうですか…」
旅人はまだ疑問の表情を浮かべていた。
「仕方ないことだ。人々は未知のものごとに対しては恐怖や否定の念を抱くことの方が多い。これは歴史も示している。だからと言って、存在そのものを否定することはできまい…。例えば物だが、燃えるというのは空気の中にある酸素と言う物質がその対象と反応を起こすことで発生している。私のこの能力も、今は原理が不明だとしても、案外それと似たり寄ったりなものではないのだろうか?」
それから女主人は話題を変えた。
「それよりも君、腹は減っておらんのか?そろそろ夕食の時間だ。質素なものだがね」
食事が終わり、暖炉に火が付いた居間に場所を移った。
「君はエーテルと言う物質を知っているかね?」
暖炉のそばに向かい合うように置かれた椅子に、お互い腰かけると、女主人はまたしても唐突に話題をふった。
「アルコールの一種…ですか?」
「はっはっは化学と来たか、いや物理の話だ。この星や宇宙空間全て満たしているとかんがえられている物質だよ。そして、それは光を伝達する媒体とも考えられている。まあ、仮説だがね」
「それと似たような、未知の物質もしくは力そのものが、私の持つ能力を発生させているのではないだろうか」
「そ、そうですね…」
旅人にとって、まるで雲を掴むような話であった。
「まあ、単なる仮説に過ぎないがね」
「ちなみに…その能力は万人も秘めているのでしょうか?」
「それは分からいな…残念ながら」
「一体いつから貴女はその能力を?」
「生まれながらと言っていいだろうな…。それにしても、君は割と臆せずにものを訊いてくるな」
旅人はハッとした。
「申し訳ありません。つい、好奇心が強いもので…」
「いや、かまわない」
それからまた女主人は気にしてない様子で続けた。
「ものごころつた頃から自分のこの能力には気付いていた。だが家族や村の人たちは私の能力を恐れた。今となって理由は知る由もないが、病的なまでにな…。それから…私は…四肢を切断され、村から離れた山に…捨てられた。実の親たちにだ…。確か…秋も暮れそうな時期だった。死にたくない…ただその一心だった。私は死にたくなかった。手足の痛みはもはや麻痺していた。それから寒さ…。それから私は死に物狂いで這っていた。あてどなく…。時折、あの冷たい地面の感覚を夢に見る」
女主人は軽く目を閉じるとそこで言葉を区切った。
「どれほどだったときだろうか、この屋敷のもともとの主人が息も絶え絶えの私を見つけたのだ。それから、気がついたときはこの屋敷の部屋にいた。暖かったよ。暖炉には赤々と炎が揺れていた。こうやって暖炉を見ていると今でも想い出す…」
しばらくの間があった後、女主人は軽く咳払いをして意識を現在に戻した。
「かつての屋敷の主人には妻子がいたらしいのだが、病気と戦争で皆亡くなったと聞いた。それから、主人は医学に関心があって、ずっとこの屋敷で研究をしていた。裏にはささやかながらも温室を作って薬草に使える植物も育てていた。そして、それらの研究で生計を立てていた。今はこの私が引き継いでいるというわけだがね。もっとも私にこの館の管理を引き継いで欲しかったようだ」
「ところで…」
旅人はゆっくりと切り出した。
「どうして僕などに、このような話を?」
「深い訳などは無い、私は時間をもてあましているからな。特に最近は人と話す機会が滅多に無くなった。それから…言っても分かってもらえないかもしれないが、自分の過去を人に話すことで自身の存在を再確認できる気がしてな…」
しばらくの間、沈黙が部屋中にこもった。暖炉の薪の燃える音が妙に大きく感じられた。
「今宵は、旅の道中疲れていだろうに私の無駄話に付きわせたな。部屋でゆっくり休みたまえ」
翌朝になり、旅人は女主人に礼を述べて玄関に出た。
「来た道を戻って行けば町に出る。砂利道だから分かると思うが、見失うことのないようにな」
女主人がそう言った後、旅人はふと思いついたことを口にした。
「最後に一つだけ、ふとしたことですが僕が思うに、貴女の持つ能力について研究を深めれば、世の中にすばらしい変革がもたらされるのではないでしょうか?」
「もちろんだ。とっくの昔にそれは考え付いていた…」
女主人はあっさりと返した。それから浮かない顔で言葉を続けた。
「私は学者でもなければ政治家でもない。科学技術に関する知識も不十分だ。最も、そこは本質的な問題ではないがな。私は悲観的なのだよ。こんな人里離れて暮らしていても世間の情報は入ってくる。特に最近は暗い話ばかりだ。これは君の方がよく分かっているだろう?我々はこの星であまりにも愚かな存在だと思っている…」
旅人は女主人の言わんとすることに気が付いた。
「戦争や争いごとに利用されるのではないかということですか」
女主人は黙ってうなずいた。
「しかし、必ずしもそうとは限りませんよ」
「どうだろうか…。ある話だが、火薬を開発した科学者がいた。彼は自分が作ったものが運河や鉱山の開発に使われると思っていた。人々の役に立つものだとね。もちろんそうなったが、現実は、それ以上に戦争で使われることになった。きっと彼は人の愚かさをあまり知らなかったのかもしれない…。それと同じように、人々はこの力を扱いきれないだろう」