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起-4-

 仁は、小首を傾げ、玻綾を見る。応えが返るまでに、間が落ちた。

 投げられた問いの意図を理解するのに時間が掛かっているのだ。自分達には当然の疑問も、一人違う色をその瞳に宿す彼女には、そんな質問をされた事自体が不思議なことなのだろうか。

「……まぁ、逆に惹き付けてしまう事もあるけれど」

 ようやく開かれた唇が紡いだそれは、些か質問の意図とは外れた返答に思われた。継がれたその言葉が、なければ。

「彼等は、案外、人が好きだから」

 予想だにしていなかった科白に、宵達は瞠目する。彼女の言っている事を、今度はこちらが理解出来なかった。

 人間と妖、二者間に引かれる一線は強固で、闇に属するモノ達は総じて、光の世界で生きる者にとっては忌むべき対象でしかない。彼等は得体が知れず、人とは違う理の中で生きている。

「妖が人を好きだなんて、そんな……」

 退魔師にとって、討伐すべき存在に感情があるなど、俄かには信じられなかった。

 だって、彼等は。

「俺達から、家族を奪ったのに」

 仄暗い感情が病室の白に落ちる。

 家族は妖に殺された。宵達の目の前で。裕福な暮らしでは決してなかったけれど、家族や友人、大好きな人達に囲まれて、幸せだった。ずっと続いていくと思っていた日常はしかし、突如として壊された。

 そこに理由などなかった。理不尽に命は奪われて、世界の不条理に嘆き疲れて、宵達は今、ここにいる。

 憎悪はいつしか、希求に代わっていた。大切な人を護れる力が欲しい、と。

 碧色の瞳がゆっくりと宵を捉える。その双眸はなんて、静かな光を湛えているのだろう。

「そうでなければ、君達は今、ここにはいないはず」

 伸ばされた指、触れたのは心臓の丁度真上。

「臣が渡した巻き煙草は、あれは謂わば依代」

 まるで自分達の不安に呼び寄せられたかのように姿を現した女に求められるまま、臣は確かに、巻き煙草を四本渡した。それに何か意味があるのだろう事は判ったが、本質自体は未だに不明なままだった。

「四は黄泉に繋がる数字。敢えてその本数の煙草を渡す事で、厄を祓ってもらったんだよ」

 彼女の使う言葉はまるで謎掛けの様だ。それだけでは完成しない。与えられる言の葉達は飽く迄も手掛かり、熟考の末の答えは案外、常識の外にあったりする。

 難しい顔をしてみせる宵達に、仁は苦笑に似た吐息を零した。

「恐怖、と言えば解る?」

 言い換えられたそれは、すとんと、抵抗なく二人の胸に落ちた。思わず顔を見合わせ、どちらからともなく頷く。

 得体の知れないモノ達が蠢く異界で、それは甘えだと知りながら、師範達を目にした時は心の底から安心した。それも束の間、確かに先輩錬士達も傍にいてくれたが、再び荒波の只中に放り出されたかのように、常に不安を抱えながら神座の森を進んだ。一本道であるはずなのに、望むべき場所へ辿り着けないのではないか。

 恐怖に支配されかけた時、彼女は現れた。お行きなさい――その言葉に背を押され、先の不安が嘘であったかのように軽くなった心のまま、自分達はこうしてこの場所で朝を迎えている。

 それでも。

「それでも……」

 続けようとした思いは、唇にそっと添えられた冷たい指に奪われてしまう。すぐに離れていった指先、追った先には静かな笑みを湛えた仁の姿がある。

 それはまるで、葛藤も拒絶も全て享受したかのような。

 痛みを孕むのなら、それ以上は必要ない――そう言われているようで、宵は口を噤む。心配そうな臣の背をそっと叩き、大丈夫だと伝えたところで、医務室へ続く扉が再び開かれた。

「気が済みましたか? そろそろ患者を解放して欲しいのですが」

 そこから姿を現した白衣姿の蒼葉は、言葉は丁寧なれど凍えた視線を投げて寄越した。大きな窓からは太陽の光が差し込んで病室内は暖かいはずなのに、彼が纏う気配だけが酷く冷たい。極寒の風に身を撫でられたかのような悪寒に身震いして、真っ先に動いたのは宵と臣だ。

 丁度、鐘が鳴ったところだし。

「では、失礼します!」

 一秒でも早くこの凍えた空間から退散したくて、それでも礼は忘れずに、綺麗に低頭した二人は早足に病室を後にする。

 その後ろ姿を仄かな笑い声を零しながら見送る病人を見下ろして、呑気なものだと玻綾は思う。

(間違いなく、怒られるのは貴女なのに)

 されど口にはせず、突き刺さる氷の視線に促されて玻綾も腰を上げた。医者には逆らわないと決めている。

「あたしも行くわ。緊張で死にそうな顔をしている錬士達を送り出してあげなくちゃ」

 先程鳴り響いた鐘は、冠誕の儀二日目開始時刻があと半刻に迫っている事を告げるものだ。師範の補佐として、準師範の冠位に就く玻綾は宵達よりも更に忙しくなる。

「大人しくしていなさいよ、仁」

 ついさっきまで重傷人に馬乗りになって胸倉を掴み、あまつさえベッドの背に傷口を打ち付ける様な真似をしていたことなど忘却の彼方に捨て去ったかのように、玻綾は病衣に身を包んだ仁を睨み付けた。それはそれ、これはこれ、割り切りのよい友人に、仁は苦笑するも、大人しく頷く様に満足したように、玻綾もまた颯爽と病室を去っていった。


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