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起-1-

 久し振りに夜更かしをしたが、幸いにも寝坊することなく、早朝鍛練を終えた鍛練場は、昨晩の皆既月食の話で持ちきりだった。都には外出禁止令が敷かれ、子の刻には既に殆どの者が就寝している。それでも、無事、冠位習得の試練を終えた者達は、恐らく、その興奮でなかなか寝付けなかったのだろう。窓から差し込む月明かりが翳り、ふっと、突如として闇に包まれた世界に落とされて、その時の恐怖と、今朝、地平線から昇る朝日を拝んだ時の感動を、変わりなく廻る世界の摂理の尊さを、興奮した様子で語って聞かせている。

 そんな仲間達を横目に、宵は相棒の臣と共に早々に朝食を摂った。月食の夜の後だったとしても、昨日と同じように朝を迎えた高見家は、冠誕の儀二日目を執り行う予定で、試練が始まってしまえば宵達も後方支援部隊として忙しくなる。朝食後の一時間程度の空き時間は貴重で、その間に済ませておきたい用事があった。

 作り手には大変申し訳ないが、掻き込むようにして空の胃に食事を詰め込み、宵と臣は急ぎ足で食堂を後にした。向かった先は、昨晩同様、母屋に設けられた医務室である。

 自室に戻り、寝間着に着替え、床に入ってそこで鼻を擽った残り香に、臣が声を上げたのだ。預かっていた物を返し忘れていたのは、自分も同じだと。

 布団に包まれると一気に襲ってきた疲労感と強い睡魔には勝てず、結局、朝の時間を使って返しに行こうという話でその場は収まった。

 預かり物を返そうと、病室の扉を開けた。

「いい加減にしなさいッ!」

 その僅かな隙間からでも響いてきた、脳天を衝くような怒声に、無関係であるはずの二人も思わず盛大に肩を震わせ、背筋を正してしまった。回れ右をして脱兎の如く逃げださなかっただけでも褒めてもらいたいくらいだ。

 非常に嫌ではあったが、そっと、病室の中を覗き見る。

「…………」

 ――見なきゃよかった。

 二人して、先の己の行動を激しく後悔した。

 怒りの針が振り切れ、背後に仁王像を侍らせた準師範の姿は、恐怖以外のなにものでもない。互いに目配せをして、そっと扉を閉めてこのまま何も見なかった聞かなかった体で病室を離れようとした二人の企みは、背後から伸びてきた手に見事に打ち砕かれた。

「入るなら早くしてください。邪魔です」

 白衣から覗く細い手が閉まりきる前の扉を容赦なく押し開ける。口を開けたまま固まる二人の前で修羅場への入口は簡単に開かれ、これでは、足を踏み入れない訳にはいかないではないか。

 迷惑そうな若い医師の視線に背を押され、二人は病室に入る。その横を、まるで室内の騒動が聞こえていないかのように、主治医であるはずの青年は医務室に続く扉の向こうへ消えて行ってしまう。

「あんたね! どんだけ心配したと思っているの! 恰好つけているんじゃないわよ!」

 残された宵と臣は、入口に立ち尽くしたまま、病室で繰り広げられている一方的な叱責の場面をただ、見ているしかない。

「丸腰で竜魔の前に飛び出すなんて、莫迦にも程があるわ! 紅雪(こうせつ)に倒れ伏すあんたを見ているしかなかったあたし達の気持ちを少しは考えなさい!」

 適度な傾斜にベッドの背を上げ、傷に障らぬよう間に挟んだ枕に体重を預けて本でも読んでいたのだろう、静かな朝に突如として烈火の如く乱入してきた玻綾は、あろうことか怪我人に馬乗りになり、その胸倉を掴み上げている。

 というより、若干、首を絞めているようにも見えなくもない。

「その上、重傷の身で刀を研いでいたですって? そのままあたしに返せば、それで済んだことでしょう! せっかく蒼葉(あおば)君が治療してくれたっていうのに、悪化したらどうするのよ!」

 いや、今まさに貴女がしている事は、果たして、傷口を開かせるものではないのだろうか。

 という突っ込みは、勿論、入れられるはずもなく。

 昨夜、あれくらいは自分もやったし。

「あたしだけじゃない。師範や、貴女が護ったあの子達だって、どれだけ心配したか……それを、あんたって奴は……ッ」

 胸倉を掴み上げたまま乱暴に揺さぶれば、されるがまま、枕は衝撃を和らげる緩和材の役目は果たせず、ベッドの背に何度かぶつかる。

 最後の一撃、激情のまま背中をベッドに叩き付けられて、流石の仁も顔を歪めた。

「玻綾、あの……痛い……」

「五月蠅いッ!」

 滅多に零さない仁の弱音を切って捨てた玻綾は、彼女の胸を拳で叩く。そのまま、額を押し付ける様にして伏せた顔を、流れた銀髪が覆い隠した。

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