幼馴染二人
主人公二人の登場です
月と夜
苗字はないので基本名前呼びです。
何度読んだか分からない、「和」の「本島」の歴史書。作者は「異国島」の調査に来た「本島」の役人。紙の表紙は何度も何度も繰り返し読んだため、色あせ、破れている。村の大人たちに言わせれば、「本島」から運ばれてきた時点ですでに、出版から長いこと時間が経っていたと言うので、誰かの古本だろう。
俺たち「異国島」の人々は年に一度の生活物資の支給で「本島」から本や衣類などを受け取る。それは総じて中古であるし、「異国島」の人々も衣類に関しては自給自足しているので正直不要だ。本も結局は「本島」に都合の良いことしか書いていないので、嫌って読まない人も多いが、俺は暇つぶし、として読んでいる。俺は自分の黒の髪を触るとため息をついた。
本を閉じた時、聞き慣れた鈴の音が響き、同時に、
「月」
幼馴染の柔らかな音が俺の名前を呼んだ。
「…どうした、夜。」
「和」の「本島」の人間の様な黒い髪。その身は夜自身の瞳と同じ空色の着物を纏っている。
「また、それを読んでるんだな、と思って。」
「…畑作業は終わったのか。」
今朝、夜が家から「母たち」と並んで畑に行く様子を見ていたのだ。
「ああ。あれくらいなら、午前中で終わった。月は?「国長」たちと勉強じゃなかったの?」
俺たち「異国人」たちのリーダーでもある「国長」。彼の家で週に一度、「勉強会」が開かれている。俺はそこで「国長」から字や計算、そして俺たち「異国人」の存在について分かっていることを全て…教わった。
「…。今日は、あの日、だろ?」
夜は少し逡巡するような顔をし、瞳を大きくした。
「…そっか。「王様」が来るのは今日だったか。」
幼馴染が「本島」に対する嫌悪…というより無関心なのは昔からだったが、まさか一月前の「御触れ」のことも忘れていたとは。
「そういえば「母さん」たちがその話してたかも。面倒だったから聞き流してたんだけど。」
夜は俺の傍にあぐらをかくと、俺の髪の毛に触れた。
「月は相変わらず綺麗な髪だね…私は元の髪の方が好きだけど。」
と言いながら器用に俺の髪を結っていく。
…そう。俺の「異国人」としての特徴は銀髪だ。
今まで記録に残ってきた異国人に銀色の髪はいまだかつてなかったらしく、物心ついたころからの周囲の「珍しい」という視線に耐えられず染めてしまった。幸いにも瞳が金色なので、染める前と違って「異国人」の皆の中にいても、悪目立ちすることはない。
この島には「本島」でいう元服式などは存在していないので、人々は髪を好き放題伸ばしたり切ったりしている。規律に縛られることはなく、仲良く平和だ。唯、「本島」の人間に異端扱いされていることを除けば。
大木から桃色の花びらが落ちる。考え事をする時はいつもこの場所に自然と足が向く。
島で尤も大きな木だが、ここは「俺たち」幼馴染にとっては特別な場所だ。
「月、はどう思う?「本島」から来る「王様」?」
その御触れが出されたのは一月前。いつも通りに「本島」からの物資の支給の船が来たが、役人が「王の御触れ」の紙を持ってきたのだった。文字が読める「国長」が代表して詠んだ。
『一月後の新月の日。「異国島」に「支配者」が到着する。「異国島」は今まで「本島」からの追放者「異国人」を閉じ込めておく場所であるが、数百年の年月で人口も増え、自治が行えるほどになっている。しかし「本島」の人間の方が上なのは変わりのないことだ。「異国島」は「本島」の支配下にあることを忘れるなかれ。』
折りたたまれた紙にはそう書いており、文末には朱色の印が押されていた。
「…確かに突然、王族が「異国島」に介入してくるのはちょっと変だよな。」
今まで罪人を閉じ込めるように最低限のことしかしてこなかったにも関わらず、突然の「御触れ」。「異国人」に一番関わるのを恐れているのは王族ではないのだろうか。
「…何があっても、私は屈しない。「異国島」の「父さん」「母さん」が私を育ててくれた。「異国人」であることが私の誇りだもの。」
「そうだな。」
物ごころついた頃に、親から強制的に引き離されてくる「異国人」の子供たち。
この「異国島」で生まれ、「本島」を知らない子供たち。
俺と夜はそのどちらにも当てはまらない。
この桜の木の下に捨てられていた幼馴染二人は、親の顔を知らない。
所謂捨て子なのだ。