正義感ならあります
「こうして、2人で街を歩くのはいつぶりかしら。」
私は、ニコリと笑ってオズウェルを見上げる。
私たちは今、街中を歩いている。
いつもは馬車で移動をするが、オズウェルがいることもあり、たまにはのんびりと歩くのもいいと思ったのだ。
「少なくとも、5年以上は経っているだろうな。」
オズウェルは前方から視線を逸らさずに言う。
昔はそんなにも身長差が無かったのに。
いつ、こんなにも差が出来てしまったのか。
オズウェルと私は、幼い頃からの仲だった。
お母さまと彼の母が仲良しだった、という縁からの付き合いだ。
物心付いたときには、お兄さまとお姉さまとオズウェルの4人で遊んでいたように思う。
1番年下の私を3人はとても可愛がってくれた。
しかしながら、私が12歳の頃には殿下との婚約が決まった上にオズウェルも騎士団で働いていたために、会うことも少なくなったのだけれど。
「ユニは、殿下との婚約が無くなったらどうするんだ?」
「そうね、どうするのかしら。」
王妃として教育されてきた私。
それ以外の道を歩むなんて考えてもいなかった。
幸いにも、私は軍師としての仕事や政治的な仕事もいくらか担っている。お先真っ暗、というわけではない。
少なからずプレッシャーから解放された部分もあるが……ただ、圧倒的な虚無感。
一体これから何がしたいのか、自分が1番わからない。確かに殿下への愛は無かったけれど、日々努力し公務に励む彼の横に王妃として立つ自分の姿は明確に想像出来ていた。
そして、王妃として彼を支えたいとすら思っていた。しかし、それも所詮は過去の話。
私が支えたいと慕う彼はいなくなった。
もしも彼が正気に戻るかもしれない、という仮定すらも出来なくなったら……そんな未来を想像して、また私の心は軋むのだ。
「……強がりは一旦やめにしないか?」
ポンと頭に手が乗っかる。
私がチラリと彼を見ると、彼はクールさを少しも感じさせない程の笑顔を向けてきた。
そうして、くしゃりと頭を撫でる。
綺麗に整えた髪もぐしゃぐしゃだ。
だが、心境としては何も悪い気はしていない。昔に戻ったようで、逆に嬉しく感じていた。
強がり、か……強がってなどいない、と心の中では思っていても、きっと彼には伝わっているのだろう。不安が、悲しさが、辛さが、憎しみが、苦しみが、怒りが。
そんな負の感情、抱いたってどうにもならない。
大好きなお兄様が戻らなかったら。
殿下がこのままだったら。
王妃になるため、私が努力してきたことはなんだったのか。
なぜ、リマ・ベネダは私の大事なものを奪っていくのか。
アシュレイがリマ・ベネダの元へ行ってしまったら。
オズウェルまでも、私から離れてしまったら。
気づけば、目に涙が浮かぶ。
まだ早い……泣くにはまだ早いのだ。
「随分と舐められたものですね、私がこの程度で何を強がると?」
私はバッと彼の手を払い退けた。
それから前を向いて歩き出し、いつもの強い口調で言葉を放つ。
彼はどんな顔をしているだろう。
心配しているのにと怒っているだろうか、それとも……こんな私に失望してしまっただろうか。
後ろからタッタと音がしたと思うと、それは私を追い越して進行を阻んだ。
「ユニが望むならば、俺はいくらでもこの胸を貸す。」
真剣な瞳が私を一直線に見つめる。
どこまで彼は優しいのだろう。
いくら拒絶しても彼は私を見捨てないでくれる。
「結構ですわ。」
いつも通りの声音で答えるが、自然と少しだけ微笑を浮かべてしまう。
彼は私の言葉を聞いて「そうか」とだけ呟いた。
そして、また歩き出す。他愛のない話をしながら楽しい時間が経過していった。
中央噴水広場へ辿り着き、ふと市場の方に目を向ける。
「あれ……?」
そこには、大きな荷物を抱えたエリスさんがいた。私はすぐに駆け寄って声をかける。
「エリスさん! こんなところで1人で何を……。」
「あぁ、ユニちゃん。今日は、みんなの為にご馳走を作ろうと思ったの。」
優しい声音でエリスさんは言う。
「侍女は? 誰も付けてないの?」
「ううん、向こうで買い物して貰ってるの。買う物が多くって。」
既に両手一杯なのにまだ買うのか。
まるで誰かの誕生日じゃないか、と思わせるほどの大量な食材がある。
エリスさんはチラリとオズウェルを見て「まぁ!」と驚いてから微笑んだ。
「誰だかわからなかったわ、オズウェルくん。大きくなったのね。」
「ご無沙汰しています、エリスさん。」
お母さまが亡くなった後も遊びに来ていたオズウェルは、勿論エリスさんとも面識がある。
ただ、家に来なくなったオズウェルとエリスさんが会うのは数年ぶりだろうか。
「手伝いましょうか?」
「いいの! いいの! 気にしないで!」
オズウェルの申し出に、エリスさんはブンブンっと首を横に振るう。
「重いでしょう? 1つ持つから。」
「いいの! 私のことは気にしないで!」
ニコリとエリスさんは笑いながらも、頑なに私たちの手伝いを受け入れなかった。
そこまでして拒否するのは何故なの。
その時突然、市場の奥で怒鳴り声が聞こえてくる。
「すまない、ここで待っていてくれ。」
オズウェルはすぐさま怒声に反応し、私たちにひと声かけてからそちらへ向かっていった。
騎士団だもの。治安を守ることも彼らの仕事だ。
「それにしても、何か特別なことでもあったの?」
私が大量の食材を見ながら言うと、エリスさんは恥ずかしそうに笑った。
「私にとっては特別な日っていうか……。」
「? どういうこと?」
どういうことなのか、わからずに聞き返すと少しの間が空いたあとにエリスさんは口を開いた。
「私たちが、家族になれた日。」
「家族に……?」
お父さまと結婚した日? いや、3ヶ月前に結婚記念日は盛大に祝ったはずだ。
エリスさんと出会ったのは季節が真逆の時だし……全く頭に浮かんで来ず、うーんと頭を悩ます。
「みんなが母親として私を認めてくれたの。最初はね、やっぱり誰も懐いてくれなくて……特にルナベルとエドは冷たかったなぁ。ユニは覚えているかな? 数年前の今日ね、みんなでサニアさんのお墓に行っちゃったのよ。」
エリスさんは、懐かしいと朗らかな笑みを浮かべた。彼女にとっては苦い思い出になってしまってもおかしくない経験のはずなのに。
サニアさんとは私の本当のお母さまのこと。
その時のことは今でも鮮明に覚えている。
10歳の頃、私たちは勝手に屋敷を抜け出して、お母さまのお墓へ向かった。
私たちと良好な関係を築こうと頑張ってくれるエリスさんに対して、ただ幼心から反発したかっただけなのだと思う。
言いだしっぺのルナベル姉さまも、思春期真っ只中の年齢だったわけなので。
そうして、勝手に抜け出して人攫いに襲われた。いや、襲われかけた。
運良く、すぐに騎士団がかけつけてくれたから事なきを得た。お兄さまは私たちを庇って数発殴られて怪我を負っていたので、無傷だったとは言い難いけれど。
しかし、それだけで済んだのはエリスさんが一生懸命に探し回ってくれたからだ。
エリスさんが見つけてくれたとき、開口一番に私たちを怒鳴りつけた。お父さまはあまり叱らない。お母さまも静かに諭す人だった。だから、厳しく叱りつけられた経験は私たちにとって初めてのことだった。
だけれど、エリスさんは一方的に叱りつけるわけではなかった。ひとしきり怒った後は、涙を流しながらもぎゅっと私達を抱きしめてくれた。
どうしてか、エリスさんがごめんねと謝っていた。私のせいだと自身を責めていた。
エリスさんは何も悪くないのに。
幼いながらにも、エリスさんが真剣に私たちを思ってくれているのだと感じて、もう困らせるようなことはしないと誰が言うわけでもなく心に決めた。それから、少しずつだけど私たちは彼女に信頼を寄せていったのだ。
「あの日、みんなが私を認めてくれた気がするの。だから、勝手に私が家族の日にしてる。いつか、いつかね……。」
エリスさんが重大な決心をして何かを告げようとしたそのとき、広場の一角に開かれているお店で怒鳴り声がした。
あぁ、またか、なんなのだ、と私は呆れながらも目を向けると、貴族が女性にイチャモンを付けているところだった。
「なぜ、絹がこれほど高いのだ! 我々が貴族だからと、値段を詐称しているのではないか?」
「申し訳ありません……ですが、これは市場で出回っているものと同じ価格です。」
どうも、絹を買おうとしたが値段がいつもより数倍も高いことが彼らの気に障ったらしい。
貴族の2人組は女性に向かって非難という名の難癖をつけているのだ。
「数日前はもっと安かったぞ!」
「多くの製品がアレグエット領に入って来ずに品薄状態のため、価格は日に日に高騰しているのです!」
女性からの悲痛な叫びに、貴族の2人はギリリと歯を噛み締め、眉間に皺を寄せて女性を睨み付けた。
女性にとっても苦しい状況下だということは、少しも2人に伝わってなどいなかった。
「その理由こそ貴様がでっちあげたのではないのか!? いいから、もっと安く売れ!」
「ですから、これが相場で……。」
「我々を誰だと思っているんだ!」
まるで話の通じない相手に矢継早に怒鳴りつけられ、女性は目に涙を浮かべる。
私は彼らの胸元にあるエンブレムを見て、この状況でに対して『なるほど』と納得するほかなかった。
助け舟を出すべく歩き出したところで、パシッと腕が掴まれる。
「エリスさん、何を。」
「首を突っ込むつもりでしょう?危険だわ、怪我でもしたらどうするの!? 近くに騎士団の人たちがいるはずよ。」
「待っていたら、あの女性が理不尽な値段で売らなければならなくなるわ。」
「だったら、私が行く。」
必死に私を引き留めてたエリスさんはバッと立ち上がって歩き出そうとした。しかし、私はその腕を掴んでグイと引き寄せてから、今まで座っていたベンチにもう一度座らせる。
「大丈夫、ここで待ってて。」
安心させようと、私はエリスさんにニコリと微笑みかけてから足早に騒ぎの渦中へと向かっていく。
「ユ、ユニちゃん!」
エリスさんは私を追いかけるべく立ち上がったが、彼女が私に辿り着くよりも私が屋台へ辿り着く方が随分と早かった。
「それくらいにしたらどうです? ベネダ家のお2方。」
彼らの胸元で光り輝いているエンブレムは、ベネダ家のモノだった。
近くまで来て、初めて2人がベネダ家の三男と当主の末の弟だということがわかる。
ベネダ家当主と末の弟は10歳以上も年が離れているため、弟は今20代半ば頃だ。
私の声を聞いた2人はくるりと振り返り、私を見て眉を潜める。彼らの"お楽しみ"を邪魔してしまったからか何なのか、かなり鋭い視線や表情が私を貫いている。
「ユシュニス・キッドソン公爵令嬢。何か御用でしょうか?」
「御用も何も貴方たちの行動が目に余りましたので、声をかけさせて頂いただけですわ。」
ベネダ家3男ーーソルティ・ベネダが険しい表情で聞いてきたので、私はニコリと笑いながら返答する。
「この女性が我々を騙そうとしたので糾弾したまでです。」
「あらあら、私には事実に理不尽を突きつけていたように見えましたけれど。」
ベネダ家当主の弟であるジクター・ベネダが、表面的な笑顔を張り付けて弁解をする。
しかし、私はそれに対しても反論をしてみせた。
「この馬鹿らしい値段が、真実だと?」
「ええ、勿論ですわ、ソルティ様。その女性が仰っていたように、現在のアレグエットは多くの商品が品薄です。それは生糸・綿・絹などの素材から鉄や銀などの鉱産物、外国の特産物である食べ物まで広範囲に渡っています。」
「ほう、それで? ならば仕入れれば良いだろう。」
こいつらはバカなのか。
現状、これほどの事態に陥っているのは彼らのせいだと言っても過言ではない。
ベネダ家は元々はただの商家であったが、先々代ベネダ家当主が多くの功績を成し爵位を賜った。それを次いだ先代当主が伯爵まで成り上がり、現ベネダ家当主が数年前に侯爵という爵位を貰ったのだ。
正直、ここまでの短い期間でこれほどに成り上がることは容易ではない。しかし、それを成し遂げたのはそれ程に多くの功績を残したからであった。
貿易を渋っていた国との貿易を実現し、いくつかの貿易国と不利の一切ない条約を締結したり……アレグエッド王国に対して申し分ない程に多くの利益をもたらしてくれたのだ。
しかし、リマ・ベネダを保護してからその仕事量は減っていく一方。ディオンさんたちだけでは賄えず、重要度の高い品物から貿易を行っている為にいくつかには手が回っていない。
どうにかしなくては、と別の商人に手伝いを求めれば品物が渡っていくうちに値段が高騰する始末。
貿易相手もチャンスと言わんばかりに高値で売りつけてくる。
どう考えても悪循環だった。
「仕入れはそちらの仕事でしょう?」
「我々は聖女を保護しているのだ。重要な仕事で手一杯だと理解して欲しいものだな。」
ジクター様がさも当然だと言うように、少しの悪びれもなく言い放つ。
「そうして甘やかして、国を衰退させることの何が重要だと?」
私が問いかけると、彼らはあからさまに不機嫌そうな表情を見せた。
「……リマの存在が重要でないと言いたい
のか?」
「そうとまでは言っていません。が、少なくとも、この状況を考えるならば優先事項くらい考えて頂きたいですわね。」
「言わせておけば!」
昂る感情を抑えながら静かに言葉を述べると、カッと怒りの表情を見せたソルティ様が私に殴りかかろうとする。
「ユニ!」
横からエリスさんが飛び出してきて私の前に立ちふさがる。ソルティ様の拳が振り下ろされる前に、スッと剣が彼の行動を阻んだ。
「そこまでだ。」
オズウェルの凛とした声が響いた。
辺りに多くの人がいる中で、彼の声だけが明確に耳に届く。
「あまり騒ぎを起こさないで頂きたい、ベネダ家の方々。それに、女性へ暴力などみっともない。」
くっ、と悔しそうにソルティ様は拳を下ろして後退した。
「エリスさん、無茶なことを……。」
「自分の子供を守って、何が悪いのかしら。」
ムッとエリスさんは頬を膨らませる。
「でも、私は……。」
「本当の子供じゃないなんて悲しいことは言わないで頂戴ね。」
予測するように私の言葉を遮るエリスさんの表情は悲しそうで、数年前の今日させてしまった表情とまるで一緒だった。
「オズウェル・ジュラード副団長、その剣を収めていただきたい。」
割って入ってきた声に、私たちは目を向ける。そこには現ベネダ家当主である、グライフ・ベネダがいた。
グライフ様は完全なる愛想笑いをニコニコと浮かべながら、コツコツとこちらに近づいてくる。
その言葉を受けてオズウェルはスッと剣を下ろした。
「父上!」
これは勝った、と言わんばかりの笑みを浮かべてソルティ様はグライフ様を見る。
しかし、返されるのは冷たい視線。
「このザマはなんだ、ソルティ。みっともない。」
その言葉に、ソルティ様は顔を青ざめる。
グライフ様は次にジクター様へ目を向けた。
「まさかお前まで付いていながら、ベネダ家の名前に傷が付く恥ずべき状況になるとはな。」
「だけど、兄さん!」
「もう良い、お前達は下がっていなさい。」
ジクター様は目を泳がせながら抗議の声を発するが、グライフ様はそれを遮って2人を後ろへ下がらせる。
「申し訳ない、ベネダ家の者がご迷惑をおかけしたようで。それで、絹の値段が高いという話でしたよね?」
「あ……はい。」
グライフ様が店の女性に視線を向ける。
女性はコクリと頷いた。
グライフ様は話の通じるお方なのだろうか?
しかし、その考えは直ぐに打ち砕かれる。
「ここにある絹全て買いましょう……5万ガリオムで。」
5万ガリオム……そんなのおかしい話だ。
絹の通常価格は2千ガリオム、現在の価格が8千ガリオム。約4倍程に跳ね上がっている。
それを全て合わせて5万ガリオムだなんて、利益が入ってこない状態だ。確かにマイナスにはならないが……。
一般的に人が1人が生きていくのに必要な1ヶ月のお金はおよそ10万ガリオム。
何かを作る際、絹がたった一枚で事足りるなんてことはない。つまり、現在の値段では到底平民が絹を買えるはずがない。
だからといって、そんな不当な値段を提示するなんて……。
「そんなっ! こちらに利益がありません!」
「利益は無いが不利益も無い……そうでしょう?」
女性の意見にグライフ様は理不尽を突きつけた。
あぁ、結局彼も同じだった。
予想はしていたけれど。
「ですが、それでは……。」
「マイナスにならない、それだけで十分でしょう? このご時世ですから、利益より安定を求めたらいかがですか。」
変わらずニコリと笑顔を貼り付けたまま、女性の肩へと手を置いた。
「あ、あの……あの。」
その手にギリギリと力が加わっていくのが側からでもわかった。
「売るのですか? 売らないのですか?」
笑顔の、威圧。
女性は顔を真っ青にしてブルブルと震え出す。そしてコクコクと勢い良く首を縦に振った。
少なくとも私には、彼女に選択肢があったようには思えなかった。
「う、売ります、売らせて、頂きます。」
「ええ、ええ、それが良いでしょう。」
グライフ様は、ジクター様に目をやる。
すると、ジクター様は女性の元へ行き金を払って絹を受け取った。
「彼女は不利益を被る心配がなくなる、我々は絹を購入出来る。Win-Winではありませんか。」
「なにが、Win-Winですか……貴方のソレは脅迫と同義ですわ。」
笑顔のままに、ギロリとグライフ様が私に鋭い視線を送ってくる。
私は少しだけ体を引いてしまった。
「脅迫? どこが脅迫だと? 私は、お互い損のない提案を持ちかけただけですよ、ええ。それを呑んだのは彼女でしょう? それの何が問題だと言うのでしょうか、説明して頂けますか? ユシュニス・キッドソン公爵令嬢。」
まくしたてるように、ペラペラと言葉を放ってくる。私はそれに負けないように口を開いた。
「明らかに、そちらに得しかない交渉でしょう。商売で利益が無いなんて、それでWin-Winだなんてよく言えますわね。仮にも商家の人間がそれすらも分からないのですか?」
「君こそわかっていないね、商売は『どちらがより優位に交渉を進められるか』だ。所詮は競争なのだよ、ユシュニス公爵令嬢。君も先に身を引いてしまった時点で負けさ。」
私はグッと唇を噛みしめる。
それでは、とグライフ様は綺麗なお辞儀をしてソルティ様とジクター様とお付きの者を従えてその場を離れていく。
確かに、彼の威圧に勝てなかった。私は少しの恐怖から身を引いてしまった。
いやしかし、負けてはいない、負けてはいなかったはずだ。必死にそう思い込むが、わかっている。ここは私の負けなのだと。
悔しさを胸に抱きながら、私は屋台の女性の元へ向かう。
「大丈夫、でしょうか?」
「ええ……確かにこの数日で絹を買い求めたのは1人や2人、余ってしまえば叩き売るしか無い。ここで売ってしまえばその心配はなくなります。」
そう言っていた彼女だが、確実にその顔は悲しみや悔しさに帯びていた。
「申し訳ありません。」
「い、いえ! ユシュニス様が謝ることではございません! お心遣い、ありがとうございます。」
彼女はニコリと笑って私を見た。
私も小さく笑みを返してからその場を離れる。
「何もできないことが、悔しいわね。」
エリスさんの言葉に『同感だ』とコクリと頷いた。
「あのね、ユニ。私は貴方達のことを本当の子供のように育ててきたつもりよ。だから、危険な目にも遭って欲しくないし、出来るだけ私が守ってあげたい。」
「うん……心配かけてごめんね。」
私が素直に謝ると、エリスさんはニコリと笑って私の頭をポンポンと撫でてくれる。
「さっき言おうと思ってたことだけど、いつかね、みんなにお母さんって呼んでもらうのが夢なの。」
エリスさんはとびきりの笑顔を見せて、堂々と自身の夢を語ってくれる。
それに対して私は何も言えなかった。
何もだ、何を言えば良いのか分からなかった。
「あなたはオズウェル君に送って貰いなさいね。」
エリスさんは私の横に立つオズウェルに視線をやってからひらりと手を振ると、再び侍女と共に大きな荷物を抱えて歩いて行った。
「何といったら良いかわからないが……無茶はするものではないぞ。」
エリスさんを見送った後、オズウェルが告げる。
「無茶はしていませんわ、これが私の仕事です。」
「そうじゃなくて。」
私は不思議に思いオズウェルの方を見る。
オズウェルはチラリと目線だけでこちらを見て、目があったところで直ぐに視線を落とした。
「そうじゃなくてだな……心配させるなってことだ。」
「……ええ、そうですわね。」
心配させるようなことをしている自覚はない。間違ったものを間違っていると戒めることが悪いとも思わない。
しかし、オズウェルが……そしてエリスさんが心配だと言うのならば、それは心配させてしまっていると言う証拠なのだろう。
「帰ろうか。」
オズウェルの言葉で深く考え込んでいた私はハッとする。それから、コクリと頷いて歩みを始めた。
その日の家の夕食は豪勢で、何事かと聞かれたエリスさんは私へ語った話をして彼女の夢を語った。ルナベル姉さまもアシュレイも目を丸くして真剣に話を聞いていた。
ただ1人、お父様だけは全てをわかっているかのような顔をしていた。
本当にすみません、いろいろと詰めてしまった。
長すぎるとの意見は今回に限り避けて頂けると嬉しいです。ベネダ家もクズです。