王家の真実を知りましょう
リュドリューク・アレグエッドに対しての最終手段、それは王位継承権の剥奪であった。
王位を剥奪した後のリューク殿下の扱いなどは勿論、陛下たちに決めて頂く。私にそこまでの権利はない。
そして、この最終手段の行使も私の一存で行えることではなく、私は準備をして提案することしか出来ない。
だから、私はこの件を行使するために陛下の元を訪れていた。
「ご協力感謝いたします、エルシエル様。」
「国の危機と言うならば、協力するのは当たり前のことさ。それに、僕が適任だということは僕が一番わかっているよ。」
ここにエルシエル様がいる理由、それはリューク殿下を廃したのち、王位継承権を復活させ再び王太子となって頂くためであった。
そんなことが可能なのか?
異例を認めるか否かも陛下たちに決めて頂く所存だ。これに関しても私は提案することしか出来ない。
そして、もう1人私たちと共に陛下の元へ向かう者がいる。それは、この事件が起きてからずっと私の護衛のような立場を続けているオズウェルであった。
重鎮が集まる場で何かあった際のことを考えると、護衛を付けるのは妥当で、更に今までの経緯を全て知る彼なら尚更適任だった。
私は扉をあけて部屋の中に入る。
「お集まり頂き感謝します。」
入った瞬間に、私は感謝の言葉を述べ頭を下げる。
今日この場にいるのは私たち3人の他に国王陛下と王妃、そして宰相のライオットさんにミシェルの計7名である。
このメンバーの中に、なぜミシェルがいるのか。
それは、ミシェルがエルシエル様の妹であるからだ。つまり、元々ミシェルは王族でありその後神殿に入り王族としての権威を放棄したのである。
とはいえ、彼女は幼い頃から才能を買われて神殿に務めていたので、王族を抜けることも時間の問題であったような気もするが。
「今回はリューク殿下の件でみなさまにお話があります。まず、端的に申し上げますと、リューク殿下は魅了にかかっておらず、他の方とは違って自らの意識で動いていたものと思われます。」
私の言葉に驚くのは陛下と王妃、そしてミシェルの3人。ハッと息を飲み、王妃に至っては口元に手を添えて震えてさえいた。他の人たちはその事実を知っているため驚く素振りはない。
はて、ライオットさんにはまだ伝えていなかったはずなのですが……いつ知ったのでしょう。宰相という役職にはどんな情報も筒抜けということなのでしょうか。
「それが真実なのだな、ユシュニスよ。」
「はい、誠に残念ながら。」
陛下の私への問いかけには、リューク殿下は望みはないのかという真意も含まれている。
『魅了という魔法で操られていた』という弁明すら出来ないこの状況。
正直、彼らが行ってきた様々な愚行について、魅了によるものであるというただ一つの事象だけが彼らの救いでもあり、与えられた挽回のチャンスであった。
現にカイル様もお兄さまも魅了状態が解かれた今は、元のように仕事に励み、周囲の評判も徐々にだが回復しつつある。
だからこそ、魅了にかかっていないという事実は、リューク殿下が只々リマという1人の女性の為に心から愚行を行なっている、救いようのない現実を突きつけただけであった。
「陛下、この事実を受けて提案があるのです。リューク殿下の王位継承権を剥奪し、エルシエル様の王位継承権を復活してはいかがでしょうか。」
私の提案に場がシーンと静まる。
「エルシエルとミシェルがこの場にいることから、其方がそれを提案することはなんとなく予想はしていた。」
沈黙を破ったのは陛下の言葉だった。
「この際、リュドリュークへの処遇は厳しいものにすべきであることは承知している。しかし、エルシエルは一度廃嫡され自ら王族を出たのだ。そう簡単に王族に戻ることは許される事象だろうか。」
陛下は私に厳しい口調で投げかけた後に、スッとエルシエル様に目を向ける。
「それに、エルシエル。其方がどのような思いで王族を出たのか、吾輩はそれを理解している。エルシエルも……そしてミシェルも決意は固かったはずだ。だからこそ、吾輩はお主の気持ちを最も大切にしたい。」
正直、私はエルシエル様とミシェルが王族を出た経緯や理由についてはよく知らない。ただ私は、その事実だけを聞いたに過ぎない。
だからこそ、エルシエル様が無理に私の要請を聞き入れようとしているのならば、私としても望まぬ展開だ。意思を無視するつもりは少しもない。
そして何よりも陛下自身がそれを許すはずがない。解決策について提案する以前の問題だ。
「ユシュニス、其方には彼らの事情を知る義務がある。エルシエルが王位継承権を放棄し、ミシェルと共に廃嫡され王室から離脱した背景には、彼らの母親が関係しているのだ。」
陛下の先程の口ぶりだと、王室離脱は彼ら自身の意思であり、その決意は固いものだったという。
その全ての原因が彼らの母親だということは初耳であった。突然に病気で亡くなった側妃のことだ。
エルシエル様とミシェル、そしてリューク殿下は母親が違う。
エルシエル様とミシェルの母親が側妃。そしてリューク殿下の母親が王妃さまである。
「ワタクシは、王妃の立場にありながら子を生すことが難しい身体だったの。」
ずっと口を閉ざしていた王妃さまが言葉を紡ぎ出す。
「王族として血を絶やすことは許されない。だから、トリドリッド伯爵家の娘を側妃として迎えたわ。彼女は聡明で自身の役目を理解していた。勿論、ワタクシたちがどれだけ酷なことを彼女に強いていたのかわかっていたわ。だから、生涯不自由のない生活と伯爵家への国としての支援、彼女へ出来ることは何もかもしようと決意していたわ。ワタクシたち3人の関係は良好で、ワタクシと彼女は何でも話し合えた。彼女がエルシエルを産んだ後に、奇跡的にもワタクシはリュドリュークを身籠り、その少し後のタイミングで彼女はミシェルを身篭ったわ。王位継承権は先に生まれたエルシエルが1番目で2番目がリュドリューク。だから、元々はエルシエルが王になる為に育てられてきたし、特に争いも無く幸せに暮らしてきたわ。」
私が王族にしっかりと関わったのはリューク殿下との婚約が決まってからで、それ以前はたまに会って話したり遊んだりするくらいの関係だった。
だから、こうしてしっかりと話を聞くのは初めてであった。きっと正式に婚姻を結んでから内情を正確に話すつもりであったのだろう。もしかしたら、今回のような想像し得ない事態が起こって婚約が破綻してしまうかもしれなかったから。
「そう、僕たちは幸せに暮らしていたんだ。数年前のあの悲劇が起きるまではね。」
ずっと口を噤んでいたエルシエル様が口を開いた。
「突然だった、母は王妃さまをナイフで襲ったのさ。いや、このことはよく知られているだろう。市井までは出回らなかったとはいえ、王城の者たちや貴族たちに話が広まっていないわけがない。王妃さまへの傷害罪として母は捕えられ、部屋へ幽閉されていた。側妃という立場や王妃さまの温情で地下牢への投獄は免れた。その後、母は病死したということになっているね?」
エルシエル様の投げかけに私はゆっくりと頷く。
「本当は違う……極一部しか知らない情報だけれど母は部屋で自害したのさ。食事に使う為に与えられたフォークで首を何度も刺して……惨い死に方をしたものだ。そして、その死は贖罪の為に行われたわけじゃない。遺書もなく表情からも予測できるものだった。何かに怯え、恐怖した表情、完全なる発狂。突如として発狂した理由は誰にも分からなかった。」
私の知り得ない事実に驚きが隠せなかった。
確かに側妃が事件を起こした事は知っていた。そして、側妃が病死した為にその責任が子ども達へ向かい廃嫡されたのだと貴族達の間では噂になっていた。
しかし、病死では無く自害したのだ。
一体、側妃は何に怯えていたというのだろうか。
「父や王妃さまは、僕たちに責任はないと言ってくれていたけれど、母の子どもだという事実が周りを恐怖に陥れてたようだ。多くの圧力が僕の王位継承権を消失させようとしていた。子どもながらに僕とミシェルは悟った、僕たちはここにいるべきではないと。大人たちからたくさん心無い言葉を浴びせられた、畏怖の目で見られた。確かに、僕たちの王室離脱は母の罪を償うためでもあるし、王族の名をこれ以上落とさないためでもある。ただそれ以上に……何よりも自分たちの為に僕らは王族を出て行くことを決意した。僕たちまで壊れてしまいそうで、逃げ出した。」
そう話すエルシエル様の表情は、とても辛そうだった。
後見人として、母方の家であるトリドリッド家が2人を一時的に預かったため、2人の姓は『トリドリッド』である。一時的にというのは、すぐにエルシエル様はカルクレアへ行き、ミシェルは神殿へ入った為である。
私は無知にもエルシエル様を再び引きずり出してしまったのだ。彼のトラウマの場所へ。
トラウマという一言で片付けてはいけないのかもしれない。逃げたと言いながらも決意して出た場所へ戻ることを私は願った。その決意の全てを無かったことにして欲しいと願った。
どうして彼は、何事もなかったかのように承諾したのだろう。どうして、何でもないような顔が出来たのだろう。
「吾輩たちは勿論止めたのだが、2人の気持ちや意思はとても固かった。エルシエル、こうした形でも久方ぶりに会えて吾輩たちは嬉しく思っている。あの時、吾輩たちが2人を守るべきだったとずっと後悔している。すまなかった。」
陛下がエルシエルへ頭を下げる。
国の王が頭を下げることは通常あってはならないことだが、今は私的な場と考えて父としての謝罪だとすれば咎めるものではない。
だから宰相も一切口を出さずに、この場の様子を静観している。
「確かに悲しい事件がありました。そしてワタクシはあの時、貴方たちを恐怖に思った瞬間があった。血は繋がらずとも我が子のように成長を見てきた貴方たちを、ワタクシは怖く感じてしまったのです。あの時の自分を情けなく思います。そんなワタクシをどうか許して頂戴。貴方たち2人は今だって我が子同然だわ。」
王妃さまの言葉にエルシエル様とミシェルは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
そして、ミシェルが陛下と王妃さまの前に膝をつく。
「私は神殿に身を置いて活動を行なっています。神殿に入ったために身分も何もかも全て捨てて、ただのミシュメール・トリドリットになりました。再び王族へ戻りたいなどとは思っていませんが、またお父さまと王妃さまと家族のような関係になれたことを幸せに思います。」
王妃さまは、ふわりと席から立ち上がりミシェルの目の前に座ってギュッと彼女を抱きしめた。
「ワタクシは、聖女でなくなっても懸命に務めを果たす娘を誇りに思います。王族と立場が違えど、国民を……いいえ、神殿務めとして多くの人々を照らす光であり続けられるよう願っています。」
王妃さまは、そうミシェルに言葉を投げかける。
2人は涙を浮かべながら立ち上がり、再び抱擁を交わした。
そこにエルシエル様が歩み寄り、陛下と王妃さまに真剣な表情を向ける。
「僕は、この国から逃げたまま研究者として生きて行くつもりでした。しかし、国の危機が訪れ僕という存在が切り札に成り得るかもしれない中で、このまま現実から目を背け続けることは出来ませんでした。あの頃の僕は幼く逃げるという選択しか出来なかった……けれど僕は成長し大人になり強くなった。この国の王になることは、僕の運命だと感じています。僕はもう逃げません、再び王族に戻りこの国の王となるチャンスを!」
エルシエル様は、片膝をつき深々と頭を下げる。
そもそも、幸いなことにエルシエル様とミシェルの廃嫡は公にせず内々に行われたことで、知っているものは多くなかった。
国民は、ミシェルに関しては神殿に入っているために王族でなくなったことは周知の事実となっているが、エルシエル様に関しては王位継承権が下がったという認識であって廃嫡されたとは思っていない。
だから、リューク殿下は「第1王子」と呼ばれているのだ。エルシエル様が「第2王子」だと認識されているから。
それは、陛下と王妃さまの2人への配慮によるものである。2人自身が何か問題を起こした訳ではないのに、廃嫡という事実が広まると側妃の事件も重なって、より世間の2人への目が厳しくなってしまうと考えたからだ。
国民に知られていない。
だからこそ、エルシエル様の王族と王位継承権の復活は、成し得ることの出来る例外であった。
「吾輩は、其方の気持ちを大事にしたいとは言いつつも、一度捨てたものを再び軽々しく取り戻させるということはしたくはない。しかし、リュドリュークへの処遇を考えると、エルシエルの王族復活は欠かせぬものとなる。ユシュニス……本当にリュドリュークに希望はないのだろうか。王でありながら、吾輩は親として希望を持ちたいのだ。」
「陛下、残念ですがリューク殿下にはもう希望を持つことは出来ません。チャンスすら与えられないのです、それだけのことを殿下はしてしまったのです。」
私の厳しくもハッキリとした意見に、陛下は少し悲しそうな顔をする。
「いいや、分かっているのだ。ただ、自身の子を王族から追い出す経験は一度だけだと思っていたものでな。リュドリュークの王位継承権を剥奪し、エルシエルを王族に戻した上で王位継承権を復活する。その後、リュドリュークへの処遇を改めて考える。それで如何でしょうか。」
陛下は意思を固めたようで、キッと真剣な表情をして決意を口にする。
それから、宰相を見て決定を促した。
「何にでも特例というものはありますから、認めましょう。」
今まで一言も言葉を発さなかったライオットさんが、ここで初めて言葉を紡ぐ。
何だか、彼の雰囲気がいつもと違う。
そして、何よりも不思議なことが最も決定権を持っているはずの陛下が、最終決定を宰相に促していたことだ。
このことにはオズウェルも不思議そうな表情をしていた。ただ、エルシエル様はそれを当たり前のように受け入れて疑問を感じていないようだった。
「ならば、この事実を会議で報告しなければなりませんねぇ。良いですか、エルシエルよ。」
「はい、承知しております。」
王族であるエルシエル様が宰相に対して敬意を払っている? どういうことなのだろうか。
「心底不思議な顔をしていますねぇ、ユシュニス・キッドソン公爵令嬢。貴方はこの事件に関して極めて中心的な活動をしています、会議への参加を認めましょう。」
会議、それは一体なんの為のものだ。
この国の会議だというのならば、言わずもがな私には参加する権利がある。今までだって参加しているのだから。
「そして、オズウェル・ジュラード副団長。」
ライオットさんは、部屋の端で一連の話を見聞きしていたオズウェルの方を向く。
「先日の戦争で龍の存在を知りましたね。そして貴方もこの事件をユニさんの護衛として見届けている。特例として会議への参加を認めましょう。」
「え、あ、はい。」
オズウェルは何が何だかわからないというように、困惑しながらも返事をした。
「タイミングよく定例会議がある日で良かったですねぇ、この事態の決定を先延ばしにするべきではない。」
ライオットさんがスタスタと歩いて扉の方へ向かい、バッと扉を開けた。
扉の先は王城の廊下ではなく、見たことのない円卓のある一室であった。
なんだか伝わらないような気がしたので補足ですが、側妃の自害の理由は精神的な病気によるものです。




