許すということ
ジークの話は簡素だった。
けれど悲しみ、悔しさ、怒り、様々な感情が感じられた。
ジークの話は……
ニナが殺されたという内容だった。
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私はそんなこと知らなかった。ルーシーの記憶にも無かったことで頭が混乱する。
家族じゃないのに、本当の家族ではないのに、胸に突き刺さるような痛みを感じた。
私のお父さんが死んだときも同じ痛みに襲われた。
途轍もない話を聞いてしまった。ジークもまだ自分の中で整理が付いていなかったのだろう。だから、私に話さなかったし、こんなにも荒れていたんだ。
何て言葉をかければいいのだろう。話してスッキリするような問題では無かった。
私自身も勝手に涙が溢れてくる。感情も涙に溺れまともな思考が出来ない。ただひたすらに胸に突き刺さる痛みだけを感じた。
ジークはそんな私を無言で抱きしめてくれた。自分も辛い筈なのに。
ジークの胸板は硬くて広かった。そんな無骨なジークの胸に精一杯しがみついた。
ジークの鼻をすする音も聞こえた。いまジークも泣いている。私も泣いている。
徐々に落ち着いてきた思考で私は考えた。
殺された、ということは殺した人がいる。
何故殺されたのか。
ある青年達にお金を奪うために殺された。
それだけの、たったそれだけの理由で私の母親は殺された。
この世界にも法律があるらしい。その青年達は15,6歳で現在の法律では裁けない。ジークはやり場のない怒りを自身に溜め込んでいたのだ。
許せない。裁いてもらえない。
腐りきった日本と同じだ。
成人じゃないから。子供だから。
たったそれだけで受ける罪が軽くなり、法律的には許される。
そして彼らはその後何も無かったかのように、社会を生きていく。
被害者は? 残された家族は?
死者は蘇らない。一生戻ってこないのだ。
学校でのいじめで誰かが死んだときもそうだ。
誰も助けてくれない。決して誰も裁かれることはない。
いじめなんて殺人と同じじゃないか。
優越感を得たいがために他者の人権を踏みにじっている。殺しているのと同じだ。
この痛みを知らない者は平気でいじめをする。
子供も大人も変わらない。
どこの世界も……腐っている。
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私が帰り着いて1時間後くらいにダズが帰ってきた。
なにやら制服のような服を着ている。中学生になったらしい。
ということは私は小学2年生? いや学習内容的に1年生だから私はこの世界では早生まれなのかな。
ダズの顔をみると何故か安心してそんなたわいもないことを考えてしまった。
ダズは泣きじゃくった私と、私を抱くジークを見た。
「ただいま、父さん。」
「あぁ……おかえり。」
どことなくジークが小さくなった気がした。
「まだ……落ち着かないの?」
「お……落ち着けるわけがねぇだろ!!」
呆れたように言うダズにジークが怒鳴った。
ジークのそばにいた私は耳がキーンとなる。ジークはそれに気がついたようで、すぐにばつの悪そうな顔をした。
「父さん。母さんはもう……帰ってこないんだよ。母さんは今の父さんを見て悲しんでるよ。前向きに生きよう。母さんの分も。」
「……分かってる。だが、あいつらが裁かれないとニナが報われねぇ! 未成年が何だ! やったことは立派な殺人だろうが!」
「それをここで言っても何も変わらないよ、父さん。」
「んなっ……お前は悲しくないのか! ダズ! お前の母さんだぞ! 悔しいとは思わないのか!」
どちらの言い分も正しい。けれど、やはりニナを殺した人たちには相応の罰を受けてほしい。
「……とにかく、もうすぐ神官が葬式に来るから。とにかく片付けよう。」
ダズはそういって部屋に戻った。
ジークは話は終わってないと言いたげだったが、時計を見て慌てたように部屋を片付け始めた。
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家にはレンガ作りの仏壇のようなものがあった。仏壇という名前かは分からないが、ニナのためのものだろう。ジルア神官と家族は3人での葬式はそれの前で行われた。
ジルアさんの長い言葉の後に私たちは4人で死者を弔う歌を歌った。
その歌の内容はニナよりも、私たちを元気付けるためのものだった。
『残された君に 最期の望み
叶えて欲しい 強く生きて
あなたの中で 見てるから
あらたな道を 歩く君を 』
ニナからの伝言のような気さえした。ジークと私は枯れるほどに涙を流しながら言葉を紡いでいた。ダズは涙を飲んで私の背中を支えてくれた。
そのとき、目の前の景色が薄い光の膜で揺らいだ。その光は徐々に集まり、人影を作った。
実際に会ったのは一度だけなのに、何年も一緒に過ごしたような気もするニナの姿だった。
ジークもダズも目を白黒させている。ジルアさんは優しく微笑んでいた。
「ニ、ニナ……? お前なのか……?」
「ええ、ジーク。私よ。」
淡い光に包まれた優しいニナの微笑みは暗かった家と家族の心を照らした。
「ジーク、最期にお願いがあるの。」
「お、おう…! 何でも言え! 何でも叶えてやるから!」
ジークは叫んだ。ダズもニナの言葉を一言も聞き逃すまいと、真剣な眼差しをしていた。
「あの青年達を許してあげて。憎しみからは何も生まれない。貴方が許したならば、新しい人生を歩めるはず。貴方の幸せが私の幸せ。」
「わかっだ……わがっ…だ……から消えないで……くれ……」
「ごめんなさい。ジーク、ダズ、ルーシー、さようなら。いつまでも愛しているわ。」
ニナはその言葉を最後に光の粒子となって天へ昇っていった。
そこで、私は意識を失った。
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目が覚めた。いつもの天井。見慣れた悪夢の天井だ。
「許してあげて。憎しみからは何も生まれない。貴方が許したならば、新しい人生を歩めるはず。」
ニナの言葉を繰り返す。
あのあとジークは青年達を許すのだろうか。きっとジークなら許せるだろう。他でもないニナの最期のお願いだから。
私は? 私は許せるのか?
私はお母さんの謝罪を思い出した。
私はお母さんを許していない。許せなかった。
ジークは自分の最も大切な人を、赤の他人に殺された。
私は実の母親に私を殺された。
決断が出来ない。私はまだ……
朝ごはんを作って食べているとお母さんがリビングに来た。
昨晩のお母さんの謝罪に一言も返さなかったせいか、気まずい雰囲気が漂っていた。
そんな雰囲気にも関わらず、お母さんは謝った。朝から何度も何度も。許して貰えないとしても謝罪せずにはいられないんだろう。
ニナ、教えて。
ーーどうしたの、ルーシー。
私も新しい人生を歩めるのかな。
ーーええ、もちろん。貴方は私の娘だもの。
記憶の中のニナに背中を押された。
私はお母さんに近寄った。
「お母さん。」
突然近くに来た私にお母さんは少し怯えた顔をした。それだけ申し訳なく思っていたのだろう。
「もう、謝らないで。」
失った悲しみや怒りに溺れてはダメだ。辛い現実を受け止めて初めて、人間は前を向いて歩ける。
「お母さんの分も朝ごはん用意してるよ。だから……一緒に食べて。」
お母さんは泣いた。謝りながら泣いた。私も泣いた。
これからは一人じゃない。その喜びに。決別した過去に。
この日私は
久しぶりに家族になれた。