~プロローグ~ 私が見た夢
私はA高校1年生、あだ名は雑巾ダルマ。
他にもあだ名は沢山ある。雑巾ダルマ派生でダルマ雑巾、ダルマ女、雑巾女、他にはゾンビなど。
沢山のあだ名はあるけれど、親しみを持って呼ばれることはない。
そう、私はクラスのゴミ箱。クラスメイトの鬱憤の捌け口。A高校に通い始めて2ヶ月。こんなことになるはずでは無かった。
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私が学校でいじめられるようになったのは小学生の頃。母親が私に八つ当たりをして、私の目の周りに青いアザが出来たのが始まりだった。
私の顔は最初はパンダと言われた。少なくともこの頃は悪意は無かった。数名には心配もされた。
けれど、A子は私をゾンビと呼んだ。男子は全員真似をした。女子は影で言い始めた。先生は見て見ぬ振りをした。
A子のお母さんは教育ママで、PTAという団体の中で偉い立場に居るという。だから先生はA子が怖いのだ。母親の八つ当たりも、A子の母親のストレスによるものだった。
ある日、先生は見て見ぬ振りをやめた。そして私は諦めた。
先生は私の"あだ名"で呼んだ。忘れられない、あのときのクラスの大歓声。忘れられない、私をいじめるときの団結力。
私は中学生になった。地元から少し離れたところに受験をして入学した。
あのいじめから逃れたい。生徒も、先生も、母親もが、私をいじめるあの日常から抜け出したい。その一心だった。
なのに、A子はそこに居た。当たり前のように。勝ち気な笑みを浮かべて立っていた。
当然のようにいじめは続いた。
A子は綺麗だ。男子は綺麗な人に夢中になる。その人の言うことに大きな影響を受ける。だから、私はいじめられた。
中学生になって初めて呼ばれたのは"あだ名"だった。
その頃になってリストカットというものを知った。私の腕は傷まみれになって横断歩道みたいになった。
唯一私の味方をしてくれていたお父さんは初めに腕を刻んだ日に死んだ。脳出血だったそうだ。
死ぬのは怖い。本気で死にたいわけじゃない。
でも自分の存在を否定したかった。腕に刃物を滑らせればそれができた。私の腕の横断歩道は瞬く間に長くなっていった。
私は傷を隠すために毎日長袖だ。このときからダルマと呼ばれるようになった。母親はそんな私に新しい服を買ってくれなくなった。
しだいに服は古くなる。自分で新しい服を買うお金なんてない。私は中学3年生で雑巾ダルマと呼ばれた。
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高校に入ってもA子は当然のように私の前に居た。同じことの繰り返しだ。今日も学校でいじめられ、母親に罵られて布団にもぐっている。
「他の人生ってどんなものなんだろう」
布団の中で言葉に出してみると、涙が自然に溢れ出た。お父さんが死んでからは泣きつく人が居なかった。その分も全て余すことなく涙が流れた。
その日、私は夢を見た。
すごい夢だった。やけに息苦しくて、生暖かい空間から押し出されたと思うと、自分の口から発しているかのように泣き声をあげた。
それが出産だったと気づいたときには目が覚めた。
リアルな夢だった。その場の温度も音も景色も全てが本当にあるかのようだった。
その次の夜も夢を見た。また、リアルな夢。その夢は、私がその場に居るかのように、私の五感全てに訴えてくる。
その夢の中で私はルーシーと呼ばれていた。そしてルーシーにはダズという兄がいた。
「ルーシー駄目だろう? こんなところにいてはお母さんに怒られるぞ?」
それは紛れもない空想上の家族の声。
嬉しかった。私に優しくしてくれる人なんてどこにも居ないと思っていた。夢の中には優しい家族が居た。
私は願った。
私は夢の世界で生きていきたい。偽りでも優しさが愛おしい。
私は目覚めた。ここからが本当の悪夢なのに目覚めてしまった。
どちらが夢でどちらが現実なのか。
そんなものははっきり分かっている。けれど私は否定したい。
血に塗れた横断歩道を渡り続ける人生など捨てたい。
神様。もしいるのならば教えて下さい。
私の夢はどちらなのでしょうか。悪夢のような現実か。幸せな家庭の夢か。
答えは帰ってこない。
私は今日も学校へ行く。起きたのに、悪夢を見に行くのだ。
その日の晩に長い夢を見ることなど、想像もせずに。