2夜目―1
「こんばんわ、王様」
「ああ」
二日連続で訪れた王様。その日から頻繁に来るようになった。しかも、必ず私を抱きしめて眠る。いいかげん慣れたもので、体温も息苦しさも気にならなくなってしまった。
「今日はかぐや姫なんかいかがでしょう?」
「聞いた事の無い話だ。いかがかと訊かれても困る」
確かにそうでしょうね。いつも私が物語を決めて話す。その間、王様は横になって聞いているだけ。しっかり質問はしてくるけど。
王様はふとナイトテーブルに視線を映した。そこにはすっかり良くなったイキニスが丸まって寝ていた。今は箱ではなく、籠に入っている。
ちょんっと指で触ると、ピクリと動いたが起きる様子はない。いつも触っている私の指ではなかったのに、気にならないのだろうか。野生に戻った時、心配だわ。この子、隠れるの苦手そうなんだもの。だから鳥に運ばれて来たんだろうし……。
「起きないのだな。……野生動物は警戒心が強くなければ生き残れないだろう?」
どうやら王様も同じように思ったようだ。私は素直に頷く。
「懐いてくれたのは嬉しいのですが、このままでは野生に還れなくなってしまうのではないか、と心配しているのです」
「そうだな。もし、居座る様ならここで飼えばいい」
「良いのですか?後宮で飼って他の方々にご迷惑おかけするようなことがあって、それが原因でイキニスを殺すなんて事にはなりませんか?」
「それはお前が責任を持て。元より、あいつらが動物に近付くことは有り得ないと思うが」
言う通りだ。あの方たちが野生動物と触れ合うなんて場面、一瞬も想像できない。それに、鼻の良い動物は香水臭いご令嬢に近寄らないだろうし。
王様が急かすので話をすることにした。部屋は蝋燭の淡い光だけで満ちている。
この世界に電気は無い。光源は月明りか蝋燭、ランプくらいだ。私は蝋燭の揺らめく炎が好きで好んで使用していた。アロマキャンドルのようなものとして使っている。匂い付きのもあるから本当はそちらを使えばいいのだけど、実は匂いに酔いやすい。だから無臭の蝋燭を使用していた。
私は王様の横に座り、姿勢を正した。
「今からずっと昔。竹取の翁と呼ばれる男がいました」
「また昔か……」
「お伽話は受け継がれる話しですからね。昔、という表現が使われるのは仕方のないことです」
「まぁ、それもそうだな」
私の枕の上で腕を組んでその上に頭を乗せた王様。随分とリラックスしていらっしゃること……。
王様が枕を独占するせいで、王様が来た時私の枕はその逞しい胸か腕になっていた。寝心地が悪いな、と思って移動するが、起きると乗っている。
「ある日翁が竹藪に入ると、光り輝く竹があったのです。翁が竹を切ると中にはとてもとても小さく可愛らしい女の子がいました。翁はその子を連れ帰り、かぐや姫と名付けました」
「竹の中に人?有り得ないだろう。第一、どうして竹が光るんだ?」
……また始まった。王様の「なんで、どうして?」が。まるで好奇心旺盛な子供の様だ。ユヴェールと変わらないのではないだろうか。
「王様……。以前にも言ったではありませんか、お伽話なのですから説明できないこともございます」
「だが気になるだろう?」
「そうでしょうか。私が幼少期に訊いた時は気になりませんでしたけど……。王様、考えがひねくれていらっしゃるのでは?」
言ってからヤバいと思った。素で言ってしまった。
アワアワと焦る私に王様は無表情で体を起こし、ぬっと手を近づけてくる。
――殺される!
そう思って目を硬く瞑った。一瞬で冷や汗が肌から吹き出し、背中がじっとりと濡れて気持ち悪い。
だが、命の危険は襲ってこなかった。王様は私を引張り、胸に抱いたのだ。驚いて目を開けた私の視界に入ったのは、綺麗に整った王様の妖艶な顔。その眼尻が本当に少しだけど、下がっていた。
表情のない顔に人間味が見えた気がした。
「あ、あの。王様?」
「お前は面白いな」
え、どこらへんが王様のツボにはまったの?
頭上にクエスチョンマークを大量生産している私に王様は「寝るぞ」と一言言い、目を閉じてしまった。
蝋燭の灯りに照らされた王様の綺麗な顔……。生きて目の前に居るのが奇跡のようだ。まるで絵画に描かれた神のよう。
私はそっと手を伸ばし、その彫刻みたいにきめ細やかな頬に触れた。
傷一つない作り物みたいな肌。でも柔らかく、温かい。
頬に掛かった髪は蝶を誘う蜜そのもの。これで何人の女性を虜にしてきたのだろう……。
慎重に触っていたつもりだったが、王様は目を開けた。
「くすぐったい」
「寝ていらっしゃると思っていました」
「そんな一瞬で寝られるわけがないだろう」
「……寝つきの良い王様なら出来ると思っていました」
「今度じっくり触らせてやる。今日は寝ろ」
いいえ、結構です。そう拒否しようとしたけど再び目を閉じ、五分もしないで規則正しい寝息を立てはじめる。
なんだ、結構一瞬で寝られるじゃない。
もうちょっと触りたかったけどまた起きられると困る。私も素直に眠りについた。