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SHADOW  作者: 氷塊1019
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#04 A NEW STARTING POINT

〝影〟の剣を弾き、間髪入れずに切り払う。その一撃で、〝影〟の右手に握られた拳銃を弾き飛ばす。拳銃は、数メートルの距離を回転しながら飛んで行った。

「畜生!」

声の主は健。どうやら状況は理解できているらしい。まずこちらの無事を確認してきた。

「みんな無事か?!」

「大丈夫だ!だが赤木はもう・・・!」

遼と健が会話をしている瞬間を、〝影〟は見逃さなかった。右手も剣に変化させ、健に切りかかる。しかしその剣もまた、健に届くことはなかった。〝影〟のちょうど右側から光の矢が降り注ぐ。それは完全には〝影〟を捉えず、〝影〟の宿主がかぶっていた学生帽に当たった。そしてその光弾をすり抜けながら、一人の女性が〝影〟の脇腹に蹴りを放つ。和泉と千鶴も一緒だ。和泉は何発かの光弾を〝影〟に当てた―掠らせたという方が正しい―後にこちらへ走ってきた。

「テル!」

和泉が僕の名前を呼ぶ。彼も赤木が取り込まれてしまっていることは分かっているはずだ。

「和泉さん・・・!」

「やるしかないのか、くそっ・・・」

彼は合流した後狙撃銃を捨て、代わりに拳銃を抜いた。長銃身の狙撃銃は、近距離戦で邪魔になる。

「・・・ハッ!」

二度目の蹴りで、〝影〟の体は遠く吹き飛ばされた。千鶴も拳銃を抜く。

「日比谷・・・躊躇するな。」

その言葉に背筋がゾクリとした。確かに僕は躊躇している。それは、仲間の危険を招く行為でもある。しかし、

「近衛さんは赤木を撃つんですか?!」

「当然。彼はもう人間では無い。」

「でも・・・!」

「来る。」

〝影〟はゆらりと立ち上がり、右手を拳銃の形に変化させた。そこから、赤色の光弾が放たれた。急いで身を物陰に隠す。

「まさかSRWDガンの情報を取り込んだのか?!」

「そう考えたら合点がいくな。どうする、遼!」

「・・・やむを得ない、〝影〟は取り込んだ情報を他の個体と共有できるからな。まだ銃の情報を奪われただけでは対策も効く、・・・くそっ!」

健と話し合っていた遼は結論を見出すと同時に遮蔽物となっている塀を拳で殴った。

「・・・赤木君の処分を最優先して。」

そういうとアイは拳銃を〝影〟に向けた。そして引き金を絞る。碧い光弾は〝影〟の右肩を貫いた。しかし、すぐに傷口は再生していく。

「傷口が再生していく・・・ということは増殖の力を全てそちらにまわしている事になるわね。増殖の危険性は低いわ。」

「待てアイ、何を勝手に言っているんだ。僕はどうしても納得出来ない。『赤木の処分を最優先』、だと?」

「しょうがないじゃない!このまま黙って暴れまわっているのを見過ごすっていうの?!」

「さすがは最先端の戦闘用人工知能だな。危険があるなら処分するのか!」

「・・・あたしだって辛いのよ!」

凄まじい剣幕で僕を叱りつけたアイの顔には、ほんの一瞬、泣いているような顔をしていた。

「失いたくないのなら強くなればいい。」

冷静な千鶴の声が突き刺さる。

「ここに居る皆が赤木の死を悔やんでいる。如月も平沼も001も・・・私だってそう。彼を撃ちたくはない。でも撃たなければならない。」

分かっている。でも分かりたくない。拳銃を握りしめうなだれていると、攻撃が止んできた。すかさずメンバーが飛び出す。

「テル」

声をかけたのは、遼だった。

「アイと千鶴の言う通り・・・俺も辛いんだ。これまでにもこんな事は何回かあった。でもそれを乗り越えなければ俺たちは強くなれない」

「遼さん・・・」

「ここで赤木は死んでしまった、なら俺たちがアイツの分まで戦い続ける、強くなって誰も死なせないようにする、乗り越えていくしかない。そうすることしかできない。」

「・・・」

「行くぞ。」

「・・・はい。」

正直言ってすべてを納得して受入れた訳ではない。しかし僕は戦い続けることにした。彼の死を乗り越え、強くなる。今度は誰も失うことの無いように。


そこからは、実にあっけ無かった。次々と打ち出される光弾に、〝影〟は成す術なく沈んだ。僕は泣きたくなるのを必死に堪えながら銃を撃った。〝影〟の消えた後、すぐ近くに落ちていた彼の拳銃を拾い上げ、今度こそ泣き出してしまった。以前とは違う大切なものを失ってしまった涙を。


メンバーが一人欠けたギルドは、閑散としていた。僕はソファーでがっくりと肩を落とし、理央は遥を―自分も辛いのに―必死に慰め、岡部は椅子にもたれかかり険しい顔をしている。和泉はRBOAS上層部へ提出する報告書を作り、千鶴とアイはそのデータを持ってギルド奥の部屋へと消えていった。遼と健は無言でその帰りを待っている。


一時間ほど経っただろうか、ドアを開けて千鶴が、パソコンを介してアイも戻ってきた。

「・・・で、何だって?」

遼は千鶴からプリントされた上層部からの書類を見た。そして、その書類を机に叩きつけた。凄まじい怒りの表情をしていた。

「・・・馬鹿野郎!」

その隣で書類を見ていた健も遼と同じような反応を示した。

「それが全部よ。こんな小さな支部には・・・ほとんどないに等しい援助しかしてくれない。」

そういったアイも怒っている様な沈んでいる様な顔だった。書類の内容はこうだった。


SRWDガンの威力を増加させる。

そちらの持つ人工知能TYPE-001の装備を実装させる。

取込まれた情報内にSRWDガンが存在するため今後の〝影〟には十分な対策をすること。


これだけだった。確かに無いに等しい。さらに最後には、「これ以上貴重な人員を減らさないように」といった内容の文が書き連ねてあった。

「アイ、この実装される装備って・・・」

「・・・他の少し大きめの支部にいる人工知能にはほとんど装備されている物・・・確か名前は〝SRWDシールド〟。その名の通りシールドを発生させる機能よ。」

そして、憤りの感情を含んだ声で、

「これがもっと早く実装されてたら、赤木君は死なずに済んだ・・・!」

アイは内側から自分のいるコンピュータの電源を切った。モニターが真っ暗になり、それに続いて健や千鶴も帰りだした。理央も遥を慰めながら部屋を後にする。和泉も岡部も順に出ていき、残りは僕と遼だけになった。

「帰らないのか?」

「・・・帰っても元気が出ないと思います。」

「・・・そうか」

「・・・」

「・・・」

重い沈黙が流れる。すると、遼が口を開いた。

「・・・赤木は開業医の長男だった。」

RBOASにおいて過去を語るのは本来タブーである。が、遼はそのまま語ってくれた。

「三人兄弟の一番上だったアイツは、幼いころから様々な教育を受けて育った。だが、全てうまくいかなかった。代わりに弟たちは何でもできた。アイツのやっていた習い事・・・塾の成績まで全て兄を上回った。家族は弟たちを後継ぎに決めた。アイツにとってはそれが猛烈なコンプレックスでありストレスだった。そんなある日、弟が二人とも、遊んでいるときの事故で死んだ。そして両親の期待は今更どう足掻いても医者にはなれない赤木に向かった。ほとんど裏口に近い方法で私立の進学校に入学し、そこで勉強させられていた。従順な赤木だったが、とうとう耐えられなくなってしまう。そして、この力・・・RBOASで戦うための力を覚醒させたんだ。それがアイツの過去。」

遼は淡々とした口調で赤木の過去を語った。

「・・・アイツはここでの生活を楽しんでいた。」

それだけ言って遼も出て行った。ギルドには僕一人が残された。ここの鍵は全員が出た後何者かによって閉められる。おそらくアイが操作しているのだろうなどと考えながらドアに向かう。

「日比谷さん」

声がした。その気配、後ろに赤木が立っている。しかし僕は、振り向くことが出来なかった。彼に合わせる顔が無いからだ。

「赤木・・・」

「大丈夫ですよ。如月さんたちはいい人です。・・・僕の過去、如月さんから聞いたようですね。」

「・・・そんな生活、楽しかったか?」

「RBOASが無ければ楽しくなかったでしょう。僕は、ここにいれて幸せでした。」

「僕達の事を・・・憎んだりしていないのか?」

「憎む理由がどうしてありますか?僕は、ここが凄く好きでした。いい人たちに囲まれてとてもよかったです。」

「守ってあげられなくて本当に・・・」

「日比谷さんのせいじゃないです。あれは、運が悪かっただけですよ。」

「・・・」

「人はいつか死ぬんです。僕は人生の中で最高に面白い仲間と出会えて悔いはありません。」

「でも!」

「言ったはずです。僕は、ここが好きでした。このギルドのメンバーが僕にとっての生き甲斐でした。日比谷さん、あなたも例外ではありません。」

「赤木・・・」

「短い間だったけど、今まで、ありがとう。君達は、いつまでも生き残ってくれると信じている。さよなら。」

「赤木!僕は・・・!」

振り向くと彼は消えていた。彼がいつもの敬語ではなくため口を使ったのはこれが最初で最後、その喜びと大切なものを失ってしまった悔しさが一緒になってまた涙と共に溢れ出す。


―僕は、強くなる。大切な人を守るために―

そう決めた。心に誓った。涙を拭きながらギルドの外へ出た。


―――


夜の街は好きだ。だんだん賑やかになっていく商店街、高架下。暖かな明かりに照らされた人々の表情も明るい。しかし、本当に幸せな人間はこの中にどれ位いるのだろうか?時々考える。別に私は自分の事を不幸と思っている訳ではない。逆に幸福だとも思っていない。普通。いたって普通なのだ。私は。

「そろそろ行くかぁ」

商店街の裏、顔も分からないような暗い場所で私に話しかけてきたのは白石斗真だ。身長186センチの長身、成績優秀運動神経抜群、さらにかなりのイケメンで超社交的。欠点があるとすれば、ミリタリーマニアの友達と話していてあまりの銃の詳しさに周辺にいた女子共々ドン引きさせるほどのガンマニアということぐらいだろうか。

「ねね、今日はどんなことするの?」

興味津々に私と白石に寄って来る春川真由。中学一年生で私や白石は高校一年。妹のような存在だ。

「今日のメンバーはこれで全員?」

暗闇に慣れた目で二人の顔を交互に見やって私は確認した。

「ああ。今日は三人だけだ。それで・・・銃は?」

「持ってきてるわよ。本当に銃好きよね。このガンオタ」

「失礼だなあ、そこまで詳しくないと思っているのだが?」

そう言って私たちは自分たちの持っているケースを開く。大きなガンケースには、ハンドガンとサブマシンガンが入っていた。ハンドガンの方は、オーストリアのグロック社が開発したグロック21C。9ミリ弾より威力の強い45口径弾使用。汎用性の高いアンダーマウントレイルを装備した第三世代モデル。きつい反動と装填数低下のデメリットも持ち合わせているが、それを補うパワーがあるのであまり気にしていない。サブマシンガンの方はTDIと米軍が共同開発したヴェクターSMG。45口径弾を使用しグロックと弾薬の供用が効く。独自のシステムで反動を抑制し、操作がしやすいのでこれは気に入っている。白石の持つ銃はイタリアのピエトロ・ベレッタ社のベレッタPx4ストーム。9ミリ弾を20発装填。優美な曲線を描くデザインは、イケメンの白石が持つに相応しいデザインだ。そしてメインアームにはSIG社のSG550。30発装填のマガジンを銃に叩き込み、満足げな表情を浮かべる。真由の武器はサブマシンガン。サブマシンガンと言っても彼女の持つ物はマシンピストルと呼ばれるタイプで、この部類の武器を「響きがかっこいいから」と好んでいる。特にお気に入りは今日の作戦にも持ち込んでいる銃、日本の自衛隊が採用している、ミネベア社9ミリ機関けん銃。自衛隊の中では評判は良くないと言われているが、真由はそれをいとも容易く使いこなす。ハンドガンは白石と同じベレッタ社のM84FSを使っている。380ACP弾使用。手入れはばっちりで鈍く美しい輝きを放っている。―ちなみに今までの銃の説明は私に対してうるさく語ってきた白石のものを分かりやすくしたものである。耳にタコができるほど聞かされるので、もう大体覚えてしまった―弾薬の装填を確認、いつでも撃てる状態にしてから目をつぶり、〝あの空間〟へ侵入をする。WQWS空間―RBOASという組織はこの名を用いているらしい―である。私たちはRBOASのメンバーではない。ならばどうしてこの空間へ出入りすることが可能なのか?答えは簡単である。私たちには、戦う意思があるから、だ。私たちの戦う理由はRBOASのそれと大きく異なり、むしろ敵対関係にあるだろう。RBOASの目的は〝影〟を根絶やしにし、この世の安寧を取り戻す事。私たちは、それが嫌なのだ(・・・・・・・)。RBOASでは〝影〟に取り込まれてしまうと死んでしまうのが常識のようだが、必ずしもそうであるとは限らない。本人に強い意志があれば、自我を保つことが可能なのだ。いわば〝影〟と同化できるのである。同化した人間は普通の人間とは比べ物にならない力を手に入れることが出来る。私たちはその力に惚れ込んでいて、解決策を見出そうとせず終わりのない戦いに明け暮れるRBOASが許せないのだ。

「まーたやってるよ。ストレス発散(・・・・・・)

真由が呟く。WQWS空間に入って出会ったのは、五人ほどのグループ。RBOASだ。おそらく大学生。こちらには気づいていない。

「今日もまた派手にやってくれちゃって・・・よく飽きないわねぇ?」

「どうする?今すぐに仕掛けるか?」

「まだ様子を見るわ。奴らがここを出る直前を狙う。記憶っていうのは寝る前の方が定着しやすいのよ。」

「相変わらずえげつないですなぁ」

今WQWS空間が発生しているのは私たちが住んでいる町から五駅ほど遠くにある場所だ。この近くにはRBOASの支部がある。私たちの住んでいる近くにも支部はあるらしいがその付近で戦ったら同級生に見られてしまうかもしれない。しかもそれがクラスメートならさらに話がややこしくなる。〝RBOAS狩り〟のためには多少面倒だが遠出しなければならない。

「終わったみたいね。」

RBOASの持つ銃SRWDガンの独特の銃声が聞こえなくなり、代わりに談笑が聞こえてきたのを確認して白石と目で合図。行動開始だ。

「え?!ちょっ・・・!」

白石がSG550を肩付けにして狙い撃つ。一瞬で銃弾三発を腹部に撃ち込む。血は出ない。WQWS空間の特徴だ。どんな大怪我でも死ぬことはない。大学生は蒼白い銃創が腹に現れたことが認識しきれていないようだった。隠れていた建物から私たちは飛び出した。

「な、何だこいつら!」

流石大学生。戦い慣れているだけあってすぐに散らばる。だが、遅い。

「うわあああっ!」

白石が負傷して逃げ切れなかった一人に一発。こめかみにぽつっと蒼白い穴。そこからその大学生は逃げようとも喋ろうともしなかった。WQWS空間特有の仮死状態だ。

「はっ!」

銃のグリップで殴りつけ、バランスを崩した直後に足払い。動きが俊敏な真由の得意とする戦い方だ。どうっと音を立てて転んだ大学生の心臓に銃を突き付け、五発お見舞い。こちらも倒れた。残るはあと三人。一対一で片付けたかったが、素直にそうさせてはくれなかった。三人がいっぺんに真由に向かってくる。真由は小柄で体格で圧倒させやすいとでも思ったのだろうが、そこまで彼女は弱くない。組みかかる瞬間に、垂直に飛び上がった。その光景に大学生は口をポカーンとあけたままだった。飛び上がる高さが普通の人間から見れば異常なのだ。その高さ五メートルほど。あっけにとられて隙を作ってしまったため、白石の放った銃弾に横薙ぎに撃たれた。

「あがああっ!」

「うわあああ!」

悲鳴を上げたのは二人だけ。どうやら影になってもう一人には当たらなかったようだ。小さく白石の舌打ちが聞こえる。白石が追撃する間もなく、一人は素早く数十メートルはあろう距離を駆け抜け、物陰に飛び込んだ。まったく、逃げ足だけは達者だ。真由はくるりと一回転して地面に着地。お見事。

「な、何なんだ・・・何なんだお前らはっ!」

二人が起き上がり銃を向ける。だが発砲には至らなかった。一人は私のヴェクターで、もう一人は真由に頭部を撃ち抜かれた。

「さて、ラスト一人だが・・・」

「仲間を見捨ててここから出れないでしょう。まだそこにいるわ。」

「行くか?」

「ええ。あたし一人で十分。」

ゆっくりと相手のいる物陰に歩みを進める。相手の早くなった鼓動が聞こえてくるようだ。

「うおおおっ!」

あと十数メートルというところで相手は飛び出してきた。かなり精密な射撃で、二、三発撃っては隠れ、また撃っては隠れる。

「ふうん」

久々の手練れの予感。もしそうならかなり嬉しい。ひょいと光弾をかわしつつ歩み寄る。

「食らいやがれ!」

大学生が手榴弾を投げた。手榴弾は辺りを巻き込んで敵にダメージを与えるものだ。RBOAS製のそれも例外ではない。しかも、大学生は爆発の瞬間に物陰に隠れるだろう。こちらはひどい損害を受け大学生は逆転勝利、か。そのあと残った白石と真由をどうにかすることは別としてなかなかいい戦術だ。大学生は勝ち誇った笑みを浮かべていた。しかし。

「・・・バカ」

トン、と蹴るとその手榴弾は真っ直ぐに大学生のいる物陰に飛んで行った。手榴弾が爆発するにはわずかながらタイムラグがある。まして、私たちは〝影〟と共生して身体能力は常人のそれを凌駕する。私の視界にはさっきの笑みとは反対の驚愕の表情を浮かべた相手が映っていた。

「わああああああっ!」

激しい爆発音を響かせて手榴弾は爆発した。相手の情けない悲鳴が聞こえてくる。ああ、今回も私と張り合えるような相手とは出会えなかった。私は爆発で吹き飛ばされた大学生の所まで歩いて行った。

「お前達・・・何者なんだ・・・〝影〟・・・じゃないのか・・・?」

男は左足と左腕がなくなっていた。息も絶え絶えになっているが、どうせ一五分ぐらいで再生するくらいの物だったので、少し落ち着いていた。それにも腹が立った。

「覚えておきなさい?あなた達のやり方は必ずしも正しい事じゃない。世の中には色々な考えを持つ物が存在する。私たちもそのうちの一つ。」

「RBOAS以外に・・・組織があったのか・・・?どういうことだ・・・」

「教える義理なんてないわ。」

とどめの一撃は拳銃で、眉間に撃ち込んだ。イライラする。私たちはWQWS空間を後にした。組織の行動目的は今の所RBOASの壊滅。WQWS空間が主な戦場のため極めて難しいが、組織全員一丸となって努力している。RBOASと違うのは本格的な〝影〟の研究を行っているということである。研究の結果、〝影〟の正体は単なるバグプログラムではなく、個々の意思を持った生命体でもあったのだ。生命体なら人間がペットを飼うように分かり合うことが出来るかもしれない、自分たちの味方になってくれるかもしれない。それをただバグプログラムの塊として殲滅しようとしているのには納得できない。というのが今の組織トップの考え方である。そのためRBOASとは対立関係にあり、今日のように戦場に出向いて〝影〟という同胞を殺した見せしめを行うのも珍しくない。いつまで戦えばいいのかわからないが、当分はまだ対立が続くだろう。


―――


一週間後。僕は赤木を失ったその次の日から毎日のようにギルドで訓練を行っていた。赤木の僕達への思いを汲み、彼の銃を使って、だ。学校から出ると迷いなくギルドの方へ歩き出していったため理央や遼も驚いていたようだったが、すぐに僕の意思を汲み取り協力してくれた。ギルドの内部にあったドアのうちの一つは広大な訓練場になっていた。縦横およそ百メートルはあり、そこには銃を撃つためのレンジを始めとする様々な訓練施設が設けられていた。

「普段遼さんたちもここで練習を?」

「最近は戦いが集中していたからなあ。まあ週に三、四回は訓練するかな。」

シューティングレンジで撃った銃の弾倉を交換しながら会話する。遼が僕の練習に付き合ってくれるようになったのは、前の戦いから二日後、五日前のことだ。理央はその一日後から付き合ってくれている。そして三日前からは遼に釣られるようにしてやってきた岡部、遥、健も一緒だった。今日から和泉も来るらしい。

「あんまり当たりが良くない・・・」

僕が今やっているのは、拳銃で高速で動く〝影〟の形をした的を撃ち抜くものだった。だが撃った銃弾は、全て肩や足の部分に当たり、遼のように一撃で倒すことが出来ない。

「もういっぺんやってみろよ。」

後ろで見ていた遼が言う。また弾倉を撃ち尽くすまで撃った。結果はほぼ同じ。

「テル。お前は一発撃つごとに着弾を気にしてサイトから目を離しているような感じがある。手の上に銃を乗せるんじゃなくて、顔と腕の延長線上に銃があることを意識して撃ってみろ。」

言われた通りにやってみると、さっきの倍以上の成績を記録することが出来た。

「よし、いいぞ。常にそれが出来るように意識しておくんだ。」

拳銃の次は、理央によるサブマシンガンの訓練だ。理央は自分の銃を手に取った。

「日比谷君は普段使うのがAR(アサルトライフル)だからあまり縁が無いけど・・・一応使い方を覚えておいてね。」

〝ジャキッ!〟と金属音を響かせて弾倉を装着、そして間髪入れずに五発。的の中心部に穴が開いた。

「〝影〟は頭を狙わなくてもこのくらい撃ち込めば倒せるわ。狙い方はまずここを覗いて。」

理央は僕の持っているサブマシンガンの上部に設置された筒状の部品を指差した。

「その中にはドットと呼ばれる赤い点があるの。それを標的に向かって合わせる。」

筒の中を覗くと、確かに赤い点がレンズに映し出されていた。言われた通り的に重ねる。

「あとはトリガーを引くだけ。ハンドガンより簡単でしょ?」

SRWDガン特有の軽い音が響き、光弾は全弾命中した。ただ理央とは違い、かなりばらけた。

「最初はこんなものよ。何度もやって行けば上手くなる。この狙い方はARでも重要だからきちんと見に着けることね。」

そこから訓練した三十分間は長いような短いような、不思議な感覚だった。そうこうしているうちに和泉がやってきたので、僕は理央に伝えてサブマシンガンの訓練を終えた。

「よう、テル。」

和泉は挨拶しながら銃を手に取る。そしてこちらに渡してきた。

「早速始めるぞ。」

正直言ってスナイパーは簡単に思えた。映画や漫画のワンシーンでスナイパーを見かけたことが何度かあったからだ。スコープを覗くだけなので簡単だと思っていた。だが。

「当たらないだろ?」

笑いながら和泉が言う。そう、全然という程ではないが当たらないのだ。当たっても、腕や足ばかり。頭や体には当たらない。

「ただスコープを覗くだけじゃ駄目だ。ちゃんとスコープの中を覗いて交差する線の中心を的に合わせる。それが狙撃の基本だ。」

言われたとおりにやってみるも、かなりの集中力を使う。もしかすると、学校の授業より真面目に取り組んでいたかもしれない。やっと、着弾がまとまってきた。

「狙撃は一般的な軍でも比較的難しいとされている分野らしい。だからこそ、しっかり出来るようになれば自分はより強くなれる。さらに応用も効くから、マスターすればするほど戦いの幅が広がる。」


その日も一日中ギルドで訓練に明け暮れた。赤木を失ったという嫌な後味は未だに心の奥で燻っていたが、ひたすら「強くなる」という願望の糧としていた。そして二日後、学校は終業式の日を迎えた。

「気が重いなぁ・・・」

僕の手には一枚の紙が握られていた。その紙に書かれているのは「退部届」。テニス部を辞めることにしたのだ。うちの高校では退部届はマネージャーに渡すことになっている。そう、それが気が重くなっている一番の原因。あの神崎に渡さなければならない。普段から神崎が苦手でしかたがない僕にとっては、ただの拷問―とは言いすぎだろうが―だ。

「理由をでっち上げないと・・・」

ギルドでの訓練に支障をきたすから、と書きたいところだがそこまで真面目に書いてしまったなら顧問や親を巻き込んでの大戦争が勃発する。当然書けない。親や顧問、そして何より神崎が納得する内容でないと。結局「個人的な事情」等と納得できるか否かの瀬戸際にあるような理由で埋めた。

「・・・何よ?」

紙を渡すと、非常に気分が悪そうな顔をした神崎がそれを受け取った。

「個人的な事情?足でも挫いたの?」

「いや、そういう訳じゃない。」

「親に反対でもされた?」

「むしろやれって言ってるよ。」

「じゃあ何で?」

「言いたくないから個人的な事情なんだけどなぁ・・・」

「答えになっていない。書き直し。」

げっそりしながら僕が紙をもらおうと手を差し出すと、ひょいと神崎はその紙をクリアファイルの中に入れた。

「・・・と言いたいところだけど、まぁいいわ。私もあなたが幽霊部員になっているのには腹が立っていたし。これからどこの部に入るのかは知らないけど、元気でやりなさいよ。」

そう言ってテニスコートの中へ入って行った神崎をしばらく―といっても二、三秒―見つめ、「やっぱり自分に合わないタイプだ」と再認識して部室、続いて高校を後にし、ギルドへ向かった。


ギルドでは、先に着いていたメンバー達が慌ただしく動いていた。僕にはその理由が一瞬で理解できた。僕が来たのに気がついた遼は、何も言わずに銃を差し出してきた。僕はその銃を受け取り、奥の個室で動きやすい私服に着替える。

「場所は?」

「このギルドから直線距離で東北に数十メートル。かなり近いわ。」

部屋を出てきてアイとのやり取り。すると準備の終わったらしい遼がギルドにいる全員に向かって言った。

「アイからの情報と俺たちの以前の戦闘から考えると、今回から〝影〟との銃撃戦が予想される。あちら側のエネルギーは有限か無限かわからない。少しでもエネルギーを大事にして無駄撃ちをしないこと。遮蔽物に身を隠して銃撃から身を守ること。なるべく単独行動しないこと。以上だ。」

「「了解!」」

ギルド全員―もちろん僕も―一斉に言った。今日からの僕は今までとは違う。僕はギルドの皆に後れを取らないよう急いだ。


一周年ですよ!一周年!

お久しぶりです。氷塊です。

もうこれを投稿し始めて一年も経つのかと思うと、一年って早いなぁと感じます。投稿スピードが遅いなぁとも感じます!

さて、ここから謎のキャラクターも登場し物語も急展開…と行きたいところなんですが、はい。受験です。勉強です。なので読者さんには申し訳ありませんが、ペースを落とすor休載することになってしまいました…。

でもそれが終わったら、もっとこの小説をパワーアップさせてここに帰ってまいりたいと思っています!

質問などは随時受け付けていますので、そちらも是非。

では、またお会いしましょう!

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