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SHADOW  作者: 氷塊1019
3/5

#02 GENUINE BATTLE

目を開いた僕を待ち受けていたのは、あの、見覚えのある黒と白の空だった。


・・・あの空間だ。生き物の気配を感じない、建物だけの空っぽの世界だ。ただ一つ前回と違うところを挙げるとすれば、僕たちが入った時にはもう何十体と〝影〟が蠢いていたことくらいだ。

「来るぞ!」

〝影〟はこちらに気が付くと凄まじい速さで増殖のペースを速めた。急いで武器の成型を始めるが、間に合わない。仕方なく、武器ができるまでの間、ハンドガンで〝影〟を打倒していくことになった。

「後ろ!」

桜井の声に振り返ると、〝影〟の一体が僕を狙っていた。

「くそっ!」

だめだ、この間合いでは銃を向けるのが間に合わない・・・!そう思った矢先、素早い斬撃がその〝影〟を襲い、ノータイムでばらばらになった。そして〝影〟の後ろから、実体を作った少女が現れた。

「アイ!」

「突っ立っているだけじゃやられるわ!もう武器の成型は終わってるでしょう?!さっさと持ち替えて迎撃にあたって!」

見ると、確かに武器の成型が終わっていた。それを掴み取り、すぐさま殲滅にあたる。その時アイが何か呟いていた。内容は小声なのでよく分からなかったが、一部だけはっきりとこう聞こえた。

「あんなの初めてよ・・・」

この言葉から察するに、これは異常事態なのだろう。そういえばさっきも、こんな短時間で新しい空間が発生するのは普通じゃない、みたいなことを言っていた。情報を整理したい所だが、この状況下では無理と判断した僕は、着々としたペースで敵を殲滅していった。

その時だった。

「おい・・・あいつ、何かおかしいぞ。」

遼の視線の先には一体の〝影〟がいた。しかしその様子は、確かに他の〝影〟とは違ったような感じだった。まるで、何かに悶え苦しんでいる様な・・・そして、それは自分の腕を仲間の〝影〟の一体に手を伸ばした。

「何か始める気だ!」

和泉がその言葉を言い終わると同時にライフルを構え、トリガーを引いた。その弾道はまっすぐに何かをしようとしている〝影〟に向かっていった。だが・・・

〝バチッ!〟

電気コードが焼切れるるような音がして、碧く光る光弾はかき消された。

「弾きやがった?!」

健の表情が驚きを隠せない表情に変わった。当然だ。今までSRWDガンで倒す事の出来ない〝影〟など、少なくとも僕の記憶には存在しない。他のメンバー達もそう思っているはずだ。すると〝影〟が、伸ばしていた手をいきなり仲間の〝影〟に突き立てた。

次の瞬間。その〝影〟は伸ばされた手に吸収され、消えていった。

「そういうことですか・・・」

赤木が納得した表情で頷いた。

「な、なんだ、どういうことだ、赤木!?」

「取込んでいます。それも仲間を、ね。そうして自分は強くなっているようです。」

「じゃあどうやって倒すんだよ?!SRWDガンが効かなくなってるんだぞ?!」

すると赤木と健の会話に、千鶴が割って入った。

「・・・恐らく、効いていないのではなく、自分の周りに他の〝影〟で作った装甲(シールド)

張っていると思う。」

「で、どうしたらそのシールドを破れるんだ?」

「簡単。攻撃をひたすら当てる。ただし、新たな〝影〟を取り込む前に。」

僕達の視線がどんどん肥大化していく〝影〟に向けられた。〝影〟はその巨体の周りにいくつもの〝影〟の層を作り出していた。その数は五百を軽く超えている。いくら弱い

ノーマルタイプの〝影〟でも、この数ではさすがに苦戦するだろう。そしてその奥には、

今回のボスとも言えるレベルの〝影〟。奴は腕を伸ばし、どんどん〝影〟を吸収していく。

一体あたりの〝影〟の吸収にかかる時間はおおよそ十秒といったところだ。そうモタモタしていることは出来ない。すると、アイが一気に流れ出すような速度で僕達に言った。

「いい?今即興で考え付いた作戦よ。一度しか言わないからよく聞いて。今から私達は

あの〝影〟に向かって攻撃をかけるわ。でも私達十人が束になってがむしゃらにかかったとしても、あの増殖速度の前にはほとんど意味がない。そこで、今から指定するメンバーで外側から少しずつ雑魚の層を剥いでいって、最終的に中心のボスにたどり着く作戦で行くわ。いいわね?」

皆が一斉に頷くのを確認すると、アイはさらに続けた。

「和泉君、千鶴ちゃんでペアを組んで。まずその二人で、みんなが通れる隙間を開けてもらう。」

確かに、千鶴の持っている銃はマシンガンのようなタイプで連射力が速いし、和泉の銃もライフルのような形はしているが貫通効果や当たり判定の範囲も広く、それなりに連射力も速い。

「そしてそのまま二人は外側で待機。それから皆で内部の〝影〟を倒しつつ奴らの中心まで辿り着く。」

恐らくここに居残りさせられる二人は退路の確保、および増殖の抑制だろう。二人は反論せず「ああ。」「了解。」と返事をした。

「内部に突入する私達はそれぞれ掃討にあたる訳だけど、一つ、守って欲しい事があるの。」

「何だ?全員負傷しないっていうのは承知の上だが・・・」

「違うわよ。」

岡部が先読みしたように言うが、あっけなく制止される。そして、彼女は改めて口を開いた。

「日比谷君と理央ちゃんを中心に向かわせることを最優先にすること。それだけよ。」

ここまで言われて僕は困惑した。理央は確かに強い。だが一番戦闘に慣れてない僕も行ったところで何になる?すると、健がばん、と僕の肩をたたいて、顔に笑みを浮かべながら言った。

「細かいことは気にすんな、気にすんな!」

彼らは僕に期待してくれているのだろうか?こんな一番非力そうで、今まで誰からも期待されなかった僕に・・・


公園を出てすぐ隣にある幅広の国道に移動し、皆それぞれの準備を開始した。

和泉と千鶴がそれぞれ銃を構え、大体の狙いを定める。僕達は、アイの指示を受けて、彼らの少し手前、流れ弾が当たらず、かつ〝影〟の攻撃も届かないギリギリの位置にいた。

「行くぞ!」

遼の声と同時に二人が撃ち出し、僕達も走り始める。〝影〟の数は雑魚だけでも五百体はいる。そしてその中心にいる親玉目指して突っ走る。外側に残る二人の照準は恐ろしいほど的確だった。僕たちの進行方向、〝影〟の大群めがけて光の弾が飛んでいき、次々に黒い塊はその体を四散させた。そして十秒もかからず親玉の〝影〟を取り囲んでいる雑魚の層は薄くなり始めた。それに気づいたのか、徐々に〝影〟は僕らの進行方向に向かって集まってくる。だが、アイや皆にはこれくらいなら想定範囲内の集結スピードなのだろう。すぐさまアイが指示を飛ばす。

「岡部君、赤木君、撃って!」

すぐさま二人の銃は蒼白い光を噴出した。後れを取ってはいけないと考え僕もすぐに銃を構えた。が、

「撃つな!」

と遼の声に制止させられた。慌てて顔を少しだけ後ろに向けて見渡すと、岡部と赤木の二人以外は誰も射撃体勢に入っていなかった。銃を下げ、視線を前に戻す。二人の攻撃は徐々に〝影〟を減らしていき、そこで二人はいきなり立ち止まった。それを確認した遼が叫ぶ。

「このまま突っ込むぞ!」

「待ってください!あの二人を置いて行くんですか?」

「和泉や千鶴の二人みたいにアイツらにも遠距離から援護してもらう!」

振り向くと、二人はこちらを心配する様子もなくただ「頑張れよ!」という表情を見せていた。僕はみんなを信じて、遼たちと一緒に〝影〟の中へ飛び込んでいった。それからもう一度振り向くと、二人はもう既に後ろから来る〝影〟の中に紛れて見えなくなっていた。「今で半分ってところか・・・このペースだとSRWDガンのエネルギーが尽きそうだな・・・」

「今のうちに予備のエネルギーパックを生成しておいて。特に理央ちゃん、日比谷君。あなた達はどうしても今死ぬわけにはいかないわ。」

彼女の言葉には、死に戻りするほどの余裕がないことを表しているということが含まれていた。僕は言われたとおり三つほどエネルギーパックを生成して、ポケットに突っ込んだ。

「ようし!じゃあ俺が一丁やってやるか!ソードマスターの実力、見せてやるぜ!」

その言葉が終わるころにはもう健は猛然と駆け出し、僕たちの一番前にいた。

「セイッ!」

気合一閃、健の強力な斬撃は、一度に三体もの〝影〟を葬り去った。そのまま愛用の刀で次々と連続技を決めていく。

「お前にばかり任せておけるかよ!」

遼も拳銃で狙い撃ちを始めた。

「二人とも、ナイスよ!だいぶこっちが楽になったわ!」

アイが少しの安堵がこもった声を出したその時、例の大型タイプの〝影〟が姿を現した。その数七体。まるで待ち伏せていたような現れ方だ。もう既にボスまで三分の二ほどを進んでいる僕達にもう進路変更の余地はない。するとアイが銃に取り付けた銃剣を構え、僕達のすぐ前で立ち止まり五人の到着を待っていた健に向かって言った。

「健!行ける?」

「おう!俺が四体やるぞ!」

「何言ってんの、あたしが五体やるのよ!」

二人は自分の倒す〝影〟の数を言い合いながら、僕達の正面まで走って横二列に並んだ。そして立ち止まりこちらを見て、健は右手の、アイは左手の親指を立てた。そして、僕達に励ましの一言。

「「Good Luck!!」」

その言葉と同時に二人の持つ斬撃武器が蒼白い光をまとった。

「「ゼアァッ!!」」

同時に地面をけり、健は下段、アイは上段の斬撃をお見舞いする。結局、それぞれが何体倒したか判定できない速度で大型タイプと、ついでにその周囲にいた〝影〟は消え去った。するとぽっかりと空いた隙間に、あのボスが見えた。僕ら四人は意を決してボスに挑む。ボスの周りには五十メートルほどのリング状の隙間があった。つまり、このボスは外や途中に残ったメンバー達に〝影〟を割き、自らの周りには〝影〟を残していなかったのだ。

「灯台下暗しもいいとこじゃねえか・・・」

呆れたように遼が呟く。僕達は注意をこちらに向けていないボスのさらに後ろに回り込んで、一点への集中攻撃を行うことにした。いくら装甲が分厚いからと言って、一点を貫通されて内部を破壊されての無事ということはないだろう。僕は銃のエネルギーパックにまだ相当量のエネルギーが残っていることを確認し、慎重に皆の照準と重なるように狙いをつけていた。そのとき、背筋に嫌な感触が走る。振り向くと、自分の後ろに、いつの間に増殖したのであろう、軽く三百体を超す〝影〟がひしめいていた。

「待ち伏せされていたの?!」

「賢い奴らだ・・・!」

「あたしが抑えるわ!」

遥が一歩前に進み出る。

「少しくらいなら時間稼ぎになってあげる。そのかわり絶対に失敗しないでね。」

そう言って彼女は少しずつ〝影〟との距離を縮めていった。

「・・・アイツ、アホなんだよな。すまない、俺も行くわ。後は頼んだぜ。」

そういって遼も左手に二挺目の拳銃を生成しながら迎撃に向かっていった。

「あら、来たんですか、先輩?」

「お前みたいなアホは放っておけないから、な。」

「いつまでたってもハンドガン使いのポリシーを捨てない人に言われたくないですね。」

「・・・さっさと片付けるぞ。」

「はい!」

ボスはいつまでたっても僕と理央の方を向こうとしない。今遼と遥が迎撃している〝影〟で間に合うとでも思っているのだろうか。僕は銃のスコープを覗き、再び慎重に理央の照準と重ねていく。

「準備はいい?」

「ああ。速いところ終わらせよう。」

短い言葉を交わし、同時にトリガーを引く。甲高い音が響き渡り、僕と理央の正面は蒼白い光で照らしだされた。他の〝影〟を吸収して得られたシールドが、黒雲母のように薄く、しかし確実に剥がれ落ちていく。

〝グオォォォ!!〟

頭上から轟音が鳴り響き、僕が頭を上げた時、すでに目前にボスの腕が迫っていた。

―ダメだ、死んだ―

その言葉が脳裏をよぎった時、後ろで〝影〟の迎撃をしていた遼が、こちらに上半身をひねり、両手に持った拳銃をその腕めがけて撃った。寸分狂わない命中と共に腕の狙いは僅かにそれ、僕の左斜め前に大穴を穿った。

「・・・ッ!」

「顔を動かさないで!照準がぶれる!」

横から理央の怒号が飛んでくる。しかしその声は、僕の軽くパニック状態になった頭を戦闘に引き戻してくれるだけのとてつもない力を持っていた。すぐにずれてしまった照準を戻し、誰にも止められない強さでトリガーを引き絞る。その間にもボスの攻撃は続いたが、直撃するものはさっきの一撃のそれっきりで、残りは身を掠めてもお構いなしの勢いで痛みを忘れる。


もうシールドを二人合わせて五百枚は破壊したであろうか、未だにボスは抵抗を続けている。「いい加減墜ちろよ・・・!」と何回も思ったが、念じるだけではシールドは減らない。銃からエネルギー切れのエラー音が鳴り響き、空になったエネルギーパックを引っこ抜き、替えのエネルギーパックを乱暴に銃に叩き込む。これが、最後だ。もう空になったからと言って新たな替えを生成することは出来ない。その余裕もない。ただこのエネルギーパックの容量と、傍らで射撃を続けている彼女を信じて撃ち続けるしかない。銃のメーターに目をやると、みるみるうちに容量が減っていく。八十九・・・八十八・・・と二秒に一%位の猛烈なスピードでメーターはゼロに近づいていく。こいつ、知らない間にこんなに味方を取り込んでいたのか、と不覚にも感心するほどの硬さでなお攻撃に耐えている。理央も恐らく最後のエネルギーパックに入ったのだろう、焦りの感情が顔に浮かぶ。

「うおおおお!」

その叫び声が自分の物と気づくのには少し時間が掛かった。自分でも知らないうちに叫んでいた。こんな叫びでどうなることもないのに、ただ気迫を込めた叫びと共にトリガーを引く。僕の心の中に、一つの言葉が浮かんだ。

―絶対に、倒す―

だが無情にもエネルギーは減り続け、ついに二十%台に突入した。

二十九・・・二十八・・・

どんどん減っていく。

二十七・・・二十六・・・

もう間に合わないのだろうか?

「ああっ!」

理央の短い叫び声が聞こえた。エネルギー切れを起こしたのだろう。僕の銃の残りエネルギーももう十%台だ。もうここから神に祈ることくらいしかできない。

十五・・・十四・・・

視界の隅で理央が新しいエネルギーパックを生成しているがもう間に合わないだろう。僕の銃のエネルギーが切れたその時、きっと隙の出来た僕達に向かって本気の一撃を撃ち込むのだろう。実際、ボスの攻撃は少し前にピタリと止み、まるで力を圧縮しているかの如く腕を振り上げたまま動かなくなっている。そうこうしている間に、ついにエネルギーが一桁台まで落ちた。

九・・・八・・・七・・・六・・・

もう間に合わないと思った、その時だった。

〝グギャアアアアアアア!!〟

鼓膜が突き破れんばかりの音が聞こえた。ついに攻撃を始めるための気迫の声と一瞬錯覚した。だが、それは違うと顔を上げてボスの様子を見ればすぐに気が付いた。これは・・・ボスの悲鳴―断末魔―だったのだ。


体の周りに分厚く張っているシールドに亀裂が走り、そのシールドはまるでビルの解体作業を間近で見ているかのような勢いだった。その中に隠れていた本体は、シールドの崩壊に優るとも劣らない盛大さで、内部から黒い液体をブジュブジュという肌が粟立つような感覚に襲われる音と共に噴出し、その体を跡形もなく四散させた。疲れてへたり込んだ僕の目の前に流れてきた黒いどろりとした液体は、しばらく消えずに残っていた。周りにいた〝影〟は全て姿を消していた。頑張ってくれたメンバー達に心の中で「おつかれ」と労いの言葉をかけながら、やたらと重みを増した自分の銃のメーターを見ると、そこには独特のフォントで書かれたアラビア数字で、〝2〟とだけ書かれていた。二%。僕達の信念を現したその数字を見て、すぐ隣に同じようにへたり込む理央が口を開いた。

「・・・よく間に合ったわね。私、絶対に間に合わないと思ってた。」

「僕も間に合わないと思っていたよ。正直、あの最期の叫び声、最初悲鳴って気が付かなかったんだぜ?絶対、反撃の叫びだと思ってた。」

「あなたには感謝しないといけないわね・・・ありがとう。日比谷君。」

「僕はそんなにいい仕事をした覚えはないさ。あれを倒したのは、絶対にアイツを倒すという強い信念を持った君と僕の心のおかげでもあると思う、な。」

僕がそういうと、理央はあはは、と笑った。

「さて、遼さんや高崎達にもお礼を言わないとな。」

「そうだね。あの人たちの援護がなかったら、ここまで頑張れなかったもんね。」

僕と理央は重くなった銃を半ば引きずるようにして遼の所まで赴いた。遼は流石というべきか、銃を両手に仁王立ちをしていた。だが疲労は隠せない様子で、僕達が話しかけると、振り向きざまに苦笑いをしていた。遥は潔く座り込んいて、こちらに気づくと満面の笑みで「おつかれさま」と一言。

「おぅ、テル。ボス討伐成功、おめでとう。」

「いえ・・・僕だけじゃなくて、桜井も頑張ってくれたから・・・それに、あの時の遼さんの援護が無ければ、僕は今頃吹き飛ばされて死んでいただろうし・・・」

「礼にはおよばねぇよ。俺達みたいなベテランがたった三百体くらいの敵に二人がかりで挑んで最終的にはお前達に任せっぱなしになっちまったからな。ははっ、笑えるぜ。」

遼は少し自嘲気味に笑いながら、くるりと体の向きを変えた。

「さて、他のメンバー達の無事を確認して、さっさと帰ろうか。」

「そうですね。アイや健さんも頑張っていましたからね。」

「あーっ、待ってください先輩、おんぶして・・・」

両手を差し出して遥は遼に介抱を求めるが、遼はちらりと遥を見て、これ以上疲れさせるなという感じ全開で「さっさと立て。」とだけ言い放った。遥は「ケチ。」と言い返して立ち上がり、小走りでついてきた。

「だから、俺が百五十二体倒したって!」

「違う。あたしが百五十三体倒したのよ。」

「ああ忘れてた。やっぱり俺百五十四体倒してたわ。」

「あたしは百五十五体倒してたもんね。」

「百六十体。」

「百八十体。」

「二百体。」

「四百体。」

「八百体。」

「そんなにいなかったでしょう!」

「四百体の時点でもうおかしかっただろうが!」

地面に大の字になって寝ころぶ健とその隣に銃を抱えて座り込んでいるアイの間では、物凄くどうでもいい言い争いが勃発していた。

「お前ら・・・馬鹿か?」

「おう遼いい所に来たな!なぁ俺絶対こいつより多く倒していたよな?」

「知らねぇよ!見てねぇよ!」

「ほら見なさい。あなたが勝っていたということはまだ誰も証明できてないわ。」

「お前が勝ったことだって誰も証明できてねぇだろうが!だいたい・・・」

「はいはい、引き分け!ここは引き分けにしましょう、ね?」

これ以上言い合いをしていても二人のいずれかの記録が伸びるわけでもないので、僕はその言い争いに終止符をうつため割り込んだ。しかし、逆効果だったらしい。

「引き分け?そんな中途半端なことできるわけないだろう!なぁテル、お前はどっちが勝ったと思う?」

・・・なんなんだ、この二人の変なプライドは。早く何とかしないと。

「ええと・・・二人合わせて何体倒したんです?」

「ボス前方に展開、増殖していた六百八十七体のうち、二百六十二体よ。」

二百六十二体。僕達が二人の言い争いに出くわした時の数でもまるっきり当てはまらないではないか。どれだけ撃破数を盛ったんだ、この二人。

「じゃあアイも健さんも両方百三十一体倒したってことでいいじゃないですか?」

「・・・むぅ」

健は少し不服そうな表情を浮かべたのち、アイに向かって言い放った。

「しょうがねぇ今回だけは引き分けにしておいてやる。だが次は絶対俺が勝つからな!」

「望むところよ。倍以上の差をつけてあげるわ。」

そこで今回の勝負は幕を閉じた。この二人は仲が良いのか悪いのかよく分からない。

「まぁ何はともあれ、テル!ボス撃破おめでとう!」

肩を脱臼しそうな勢いでバスンと叩くと、健は大声で称賛の言葉をくれた。続いてアイも。

「おめでとう、日比谷君。あなたはもう立派なあたしたちの仲間よ。」

仲間。今まで誰にも言われたことのない言葉を受け取り、僕は半ば泣きそうになっていた。とても嬉しかった。皆に認めてもらったことがこんなに素晴らしい事だったなんて、もうとっくの昔に忘れていたからだ。


その後、千鶴、和泉、岡部、赤木も順に無事が確認され、WQWS空間は閉じられた。今まで白と黒のうねりでいっぱいだった空が一瞬で現実の夜の闇に戻り、ふと時計を確認すると七時を過ぎていた。まずい、という声が頭の中を駆け巡る。今から家に帰ると八時に家に帰りつく算段になるので、これはどう考えても遅い。僕はメンバー達にざっと早く家に帰らなければならない事情と、僕を信頼して仲間と認めてくれたことのお礼を済ませると、ダッシュで帰路についた。


「遅かったじゃないの!どうしてメールの一つでも打たないの!」

あぁ、もう手遅れだった。うちの母親はこれだから困る。時計の時間は七時四十分。予定より二十分も早く帰って来れたということは自分的にはかなり上出来なのだが。

「それに昨日も早退したんですって?どういうこと?!お母さんてっきり部活最後までやって帰ってきたとばかり思ってたわ!学校を出て何してたの!変な友達とつるんでいるんじゃないでしょうね?!」

変な友達、ときたか。あながち間違ってはいないが、どうせRBOASの事を話しても信じないだろうし、もとより秘密裏に活動する組織なので話す必要もない。僕は生返事―今ではもう得意技となってしまったが―をしながら夕食を済ませた。二階の自分の部屋に戻ろうと廊下に出ると、ちょうど僕の姉、日比谷ゆかりが珍しく早く帰ってきた。彼女は僕に気が付くと「よっ」と右手をひょいとあげてきた。僕は「おかえり」の言葉と共にその右手を自分の右手で叩いてハイタッチのような挨拶を交わして二階に上った。

正直、僕がこの家に住む家族の中で一番言葉を交わし、また仲良しであるのはゆかりなのだ。母親はうるさい、弟の祐次は生意気、そして父親は家庭にはそんなに干渉してこない。しかし、ゆかりは僕の悩みを聞いてくれたり、相談に乗ってくれたり、とにかくいい人なのである。一番の心の拠り所、とでもいうべきか。


金曜日。この日を超えれば土日という休日が待っている、と言っても毎朝の登校のだるさは減らない。今日はギルドへの集合はないだろう。と疲れて重くなった瞼をこじ開けながら考える。昨日は〝影〟と戦うとき、そして帰り道で全力ダッシュをしたのだ。疲れていないはずがない。学校の教室のドアをくぐると、時計は八時二十分。始業のチャイムまであと二十分もある。僕は微かな安堵の声と共に机に突っ伏した。このまま始業まで眠るとしよう・・・


「こぉらーっ!」

怒声と共に打ち下ろされた一撃は、バシッというかなり盛大な音を伴って僕を眠りから引きずりおろした。

「痛ぇ・・・!」

「朝っぱらから寝るんじゃないの!何しに学校に来てるのよ!」

「だからって教科書で殴ることないだろう・・・!」

ズキズキと痛む頭を上げながら僕が言い放っている言葉の先にいるのは、神崎百合だった。彼女の右手―すなわち僕に向かって一撃を浴びせたその手―にはいやらしくも一番大きくて厚みのある現代社会の教科書が収まっている。つくづく百合などというかわいらしい名前に騙されてはいけないと感じさせられる。百合は、このクラスの学級委員長であり、僕の所属する硬式テニス部のマネージャーでもあり、そして、学年トップクラスの美人。学年の中には神と崇める者もいる始末だが・・・果たしてそれはこの状況でも思えることなのだろうか。いや、僕には無理でも多分その人達には可能かもしれない。

「一時間目は物理の移動教室でしょう?!今何分だと思ってるの!」

「え・・・そうだっけ・・・?」

恐る恐る時計を見ると、八時四十八分。周囲には、彼女以外誰もいない。

「先生に呼んで来いって言われたんだから!早く来て!これ以上遅れても、味方になんかなってあげないから!」

全身から血の気が引き、体中から汗が吹き出て来る。夏なのだから汗をかくのは普通なのだが、これは暑さで出て来る汗ではない。冷や汗だ。

「・・・ッ!」

机の上にあらかじめ用意しておいた物理の用意をさらうように手に取り、猛然と教室から実験室までの全力ダッシュを敢行した。だが、さっき神崎が教室で僕を起こした時にはもう授業はとっくに始まっていたので、実験室のドアを勢いよく開けた瞬間にはみんなの視線全てが僕に向けて注がれた。

「先生・・・連れて来ました・・・」

後ろで乱れた呼吸を整えながら教師への報告を済ませた神埼はすたすたと実験室の自分の席へ歩いて行った。僕は恥ずかしさと脱力感で、「遅れてすみません」の一言も言えなかった。

「おぉ、神崎ご苦労さん。日比谷は授業が終わった後ちょっと先生の所まで来なさい。」

・・・何かが終わったような気がした。


「あはははは」

理不尽だ。理不尽すぎる。なんで皆して僕を置いて行ってしまったのか。僕を嵌める気はなかったのは確実だろう。だが嵌める気もなければ起こしてくれる気もなかったらしい。

「あはははは」

もう何もかもが最悪だ。今日は厄日だ。早く帰ってすべてを忘れたい。

「あはははは」

「もうそれ以上笑わないでくれ・・・」

「だって、朝休みに寝て授業に遅れるなんて私見たこともなかったん・・・くっ!あはははは!」

「やめてくれもう・・・」

帰り道、ギルドのメンバー達と歩を進める僕は、がっくりと肩が落ちていた。

「朝休みに寝たことは俺もあるから大丈夫だって!」

「・・・岡部さんは遅刻したことは?」

「いや、すまん。ない。」

岡部はフォローのつもりで言ってくれたのだろうが、今の僕には何もかもが心を抉る言葉に聞こえる。俯きながら歩いていると、僕の少し後ろで歩いていた遼が僕の肩を掴みながら少しどんよりとした口調で話しかけてきた、というより助けを求めてきた。

「テル、助けてくれ。」

「どうかしました?」

遼がくい、と首を動かした所には、遼の腕にべったりと張り付いている遥だった。

「せんぱぁい、クレープ奢ってください」

「黙れ。」

気が付くと僕達は昨日の〝戦場〟だった公園の前に来ていた。そしてその真ん中に屋台が来ている日だった。

「いい加減離れろ・・・っ」

「おーおー辛いなぁ、モテるおと」

口を開いた岡部を高威力の右フックで制し、さらに僕に言ってきた。

「テルすまん、金貸してくれ。今日財布忘れたんだ。」

「いいですけど・・・いくらです?」

「五百円あったら十分。」

それくらいなら、と自分の財布から五百円玉を取り出し遼に渡す。

「すまねぇ、明日返すから。・・・ほら、好きなの選んで来い。」

「あはっ、テルありがとう!」

ぱっと子供のような笑顔で遥は駆け出して行った。貼りついていたものが居なくなった遼は、背伸びをしてリラックスしていた。

「さて、やっと離れてくれたな。」

「なぁ、俺達も寄って行こうぜ。」

「いいわね。はるかちゃん食べるの時間かかるし。」

「え、そうなの?」

雑談をしながら手近にあるテーブルを探して座る。その光景はいかにも仲の良い高校生集団に見えるが、実はその正体が人類の敵と戦う正義の戦士達―というのは誇張かもしれないが―だと知ったなら、ここに居る人々はどんな反応をするだろうか。

「信じてくれないわよ、百人中百人全員ね。」

僕の左隣に座った理央が、まるで僕がそう考えていたのを読んでいたようなことを言ったので、僕はドキリとして彼女の方を見た。

「・・・読めるの?その・・・人の心が。」

「大体雰囲気でわかるものなのよ。そういうの。」

肩をすくめながらこちらに視線を向けてくる理央に、僕は少し質問をしてみた。

「そういえば、さ。桜井はなんでRBOASに入ってきたの?今の笑顔とか見てると、とても現実が嫌になったとか思えないんだけど・・・」

「おっと」

右隣りに座った岡部が手の平で拳銃の形を作り、僕のこめかみに突き付け、威圧感のある声で言った。

「この組織では原則、自分の過去を語ったり他人の過去を詮索してはいけないっていう決まりがあるんだ。あまり調子に乗りすぎると、ひどい目に遭うぜ。」

「そうだったんですか・・・すいません。」

僕がしゅんとなると、こんどは慰めるような優しい口調で岡部は続けた。

「まぁ、そんな決まりがあっても話す話さないは個人の自由だし、俺も遼や理央達には話しているしな。そのうちテルにも話すつもりだったが、その前に一回言っておこうと思っただけだ。」

そこまで言い終わると彼は手拳銃を降ろした。

「ごめん、桜井・・・僕、そんなこと知らなくて、つい・・・」

「いいのよ別に。まぁ、確かにここで私の過去は話したくない・・・かな。せっかく皆で楽しく話しているのに、どんよりしたくないもん。」

本当にごめん、僕がさらに謝ると、理央は微かに微笑んで、日比谷君は誠実だね、と感心していた。

「じゃあさ、RBOASについては聞いていいか?」

「いいわよ。あなた達もこの質問に答えてもらいたいんだけど、いい?」

理央は遼と岡部が順に頷くのを確認し、ふぅ、と短く息を吐いた。

「なになに~何の話してるの?」

ちょうどそこへ遥も戻ってきた。理央はちょうどよかった、という感じで、

「はるかちゃんも参加してもらっていい?」

「え?あぁ、そういうこと。いいよ~」

くるりとテーブルに座る僕達を見ただけで、大体分かった様子の遥は、あいている最後のイスにすとんと腰を下ろした。

「じゃ、何から話そうかしら?」

大きな瞳をこちらに向けて微かに不敵な笑みを作る理央に、僕は質問のために口を開いた。


・・・進歩しちゃいない。まったく進歩していない・・・

お久しぶりです。氷塊です。前回もうちょっと早く投稿できるよう頑張る等と言っていましたが、何のことはありません。遅くなりました。

次回はもっと遅れる気がします!(←おい

しかしボスについて一話で済ませるのはどうなんですかねぇ・・・まだまだ強い〝影〟やそのほかの敵は沢山出てくる予定なので問題ないのかどうか初心者なのでサッパリです。

引き続き意見や質問など募集していますのでお気軽に感想ページへどうぞ。

これからもよろしくお願いします!!

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