表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君に逢いたい

作者: shiraka

 私達は、妖しげなお札の貼られた扉の前で少し戸惑っていた。


 いかにも「何かありますよ」という感じがひしひしと伝わってくる。

 

 一呼吸置いて、彼がそっと扉に手を掛けた。


 私は見えない何かに虚勢(きょせい)を張るように身構えたが、何かが飛び出してくることはなく、ほっと息をついた。彼の肩越しに部屋の奥を見ると、紅い二つの光がじっとこちらを見ていた。


「――――ッ」


 驚いて言葉を発せない私の足元をその光は風を引き連れるように、さっとすり抜けていった。


 唖然(あぜん)とする私をよそに、彼は納得したように何度か(うなづ)く。


「そうか、アレが原因だったか。確かに、こういう場所なら有り得るな」


「えっと、どういうこと? さっきの、どう見ても猫だったけど」


「そうだな。猫の形をしていたが、アレは本物の猫じゃない。この校舎に残る色んな記憶と想いが具現化したものだろう。それがここを守るように作用してるんだと思う。とりあえず、追いかけるぞ」


 そう言うと、彼は走り出した。まだ理解出来ていない私は置いていかれないように後に続く。


 長い廊下を駆け抜けて、彼は真っ直ぐ出口へと向かう。何故、迷いなく走れるのか私には判らなかった。


 校舎の外は広い校庭と空だけだった。ここは浮島なので、地面の外側は全て空なのだ。


 今まで暗い室内にいたので、太陽の日差しが眩しくて私は少し目を細めた。


「……いた」


 彼の視線の先を見ると、アレは綺麗な姿勢で座り、楽しそうに(わら)って尻尾を振った。


「あの仔が、解体工事の度に怪我人を続出させてる原因なんだよね?」


「だろうな。この浮島で意思を持つ者は俺達以外にはアレだけだろう。ここが閉鎖されてから、既に数十年過ぎている」


「……ずっと、(ひと)りぼっちだったのかな」


 彼が呆れたように微笑(わら)った。


「遊び相手が欲しいだけなのかもしれないな。少々、やり過ぎな気はするが。とにかく、捕まえるぞ」 


 彼が駆け出す。


 はっと、私は息を飲んだ。


 その光景をどこかで見たような気がしたのだ。ずっと前に、同じように彼が走り出し、その後ろ姿を追って私も走った。何かの為に。そして、私は……彼は……。


 そう、私はこの未来(さき)を知っている。


 私は彼の後を追った。


 アレはその場から逃げることもせず、ただ尻尾を振っている。まるで、私達を呼んでいるようだった。


 彼は真っ直ぐ進んでいく。


 でも、その道筋が嫌な未来に繋がっていることを知っている私は、彼を呼び止めようと声を上げたが前を行く彼には届かない。


 追い付くように必死に足を動かし、私は彼へと手を伸ばした。


 ――――あの時と同じように。


 彼の背に触れ、押し飛ばすはずだった。それで、助けられるはずだった。


 しかし、彼はふいに反転して、逆に私をそこから押し退()けたのだ。


 ガシャンッ、と甲高い金属音が鼓膜を揺さぶる。


 地面に膝をつけた私の目の前で、彼の足は鈍く光る足枷(あしかせ)のようなものに捕らわれていた。


 あの時と同じ光景。


 私はまた、彼を助けられなかったのだ。


 今回は知っていたのに、起こることを判っていたのに。


 助けることが出来なかった。


 彼に走り寄り、その足を捕らえる金属に手を伸ばす。氷のように冷たいそれは、どんなに力を込めても、彼の足を離してはくれなかった。


 (うつむ)く私に、彼は呆れたように優しく微笑み、そっと頭を撫でる。


 確かな温もりが離れるとふいに世界が闇に()まれ、全てが真っ暗になった。次第に明るさを取り戻し、次に私の視界に広がったのは見慣れた自室の天井だった。


 数年前にこの夢を見た。


 二人で歩いていて、猫みたいなのがいて、彼はアレに捕らわれた。

 

 そしてまた、同じ夢を見たのだ。


 だから、助けたかった。結果を変えたかった。


 そこに私がいたのは、その為だと思ったから。


 だけど、また繰り返してしまった。

 

 もう一度、夢で君に逢えたら、今度こそ助けるから。


 いつか、本物の君に逢えるなら「ありがとう」と伝えるから。

 

 どうか、もう一度君に……。

 

 そっと目を閉じると、冷たい雫が溢れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ