第七話「彼女の異変――ツンデレ病」
神坂木――そうか、神坂木だから――か。
体格差があるとは言っても、まだ中二の俺はそこまで身長のある方ではない。同級生の女子とも、そこまで差があるわけではないし、だとしたら、体格差があるとしたら――相手は必然的に小さい事になる。
いや、今はそんな事、どうでもいいっての。
俺は神坂木に手を伸ばし、
「すまん、神坂木……大丈夫か?」
「いたた……もう……なんなのよぉ」
神坂木が俺の手を掴んだところで、引っ張り上げた。見た目通りに軽い。
「気をつけなさいよ! バカ丸!」
「バカ丸!?」
そんな呼ばれ方をしたのは初めてだ。
というか、神坂木の口調が昨日と違う……これではまるで別人じゃないか。
「間違えた、ハゲ丸だったわ」
「誰がハゲ丸だ!」
活字にしたら素で間違いそうだから怖い。
え、ていうか、誰だよコイツ……本当に神坂木?
俺の知ってる神坂木はこう――なんつーか、よく言えば『お淑やか』な感じだったはずなんだが。
少なくとも、こんなに『強気』なキャラではなかったはずだ。
昨日の今日で何があったと言うのだ。
「まったく、あんたのせいで遅刻しちゃうじゃないの!」
「いや、まだ急ぐ時間でもないけどな」
「そんなのは関係ないのよ!」
「……そっすか」
神坂木は双子だったとか?
でもそれだと、俺の名前――バカ丸って一文字しか合ってないけど――どうして知ってるんだという話になる。
「なあ、神坂木――で、いいんだよな?」
「はあ? あんた何言ってんの? そんなの当たり前じゃない」
「……神坂木、お前急にどうしたんだよ? 昨日まではあんなに――」
「あんなの『嘘』に決まってるでしょ」
「……え?」
「何よ?」
「…………」
アレが、あの神坂木が――『嘘』だった、って?
言葉を失う俺を見て、神坂木はその可愛い顔で口元をニヤリと歪めて笑う。
「あんたバカァ?」
何処かの帰国子女みたいに俺を罵ると、
「簡単に騙されてんじゃないわよ、バーカ」
額にデコピンをして高笑いした。
……む。
いくら紳士的な俺でも、ここまでコケにされて黙っているわけにはいかない。
好きな女子だからとて――いや、好きだからこそ、彼女の悪い所は、全部、ちゃんと指摘してやるべきだ。
「神坂木、お前、『ツンデレ』って知ってるか?」
「何よ、急に……バカ丸のくせに」
「知っているのかと聞いている」
鋭い眼光で上から彼女を睨む。力強く、威圧する。
「そ、それぐらい……し、知ってるわよ」
さすがにビビったらしく、素直に答えた。
どんなに気丈な態度であろうとも、神坂木の背が俺よりも低い事に変わりはない。
上からの目線は、不快であり、怖いのだ。
「お前がやろうとしているのがまさにそれだ。俺は別に、『ツンデレ』が嫌いだとか言うつもりはないし、それはそれで個性としては悪くないとは思うが、それはあくまでも二次元だからこそであり――つまり、その、なんだ、今のお前、かなり痛い奴になってるぞ」
「なっ……!?」
「……神坂木は神坂木のままでいいじゃねえか。何をそんな、実は猫被ってましたみたいな『嘘』を――」
「『嘘』じゃないわよ」
「……は?」
「『嘘』じゃないし、『本当』でもないんだから」
「何だそれ……神坂木、お前、言ってる事、矛盾してるぞ?」
「気づきなさいよ……バカ……っ」
そう言って。
そう言い残して、神坂木は走り去ってしまった。
おかしいな……何か、本当に、『ツンデレ』みたいになってねえか……?
わけもわからず――かと言って、彼女の言った言葉を無碍にするわけにもいかない俺は、しっかりと、その意味を思考していた。
考えて、考えて、考え抜いた末に、それでも何も理解出来なかった俺は、もしかしたら本当に馬鹿なのかもしれない……馬鹿で、間抜けで、『残酷な奴』なのかも、しれなかった。